The /ak/ Wiki
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ゲート-1帥一

自衛隊彼の地にて、斯く戦えり

柳内たくみ

とうとくしゅう

蓋徳愁

中華人民共和国国家主席。『特地』に移民を送り出すことによって、利権

独占を狙っている。

a・圃園田r~

ジヱガノフ

ロシア連邦大統領。『特地jからの資源流入によるロシアの影響力低下を

懸念して、様々な策謀を巡らせている。

aE工事司;'!'m討し司...

テユ力・ルナ・マルソー

165歳(外見は16~17 歳入金毛碧眼のエルフ上位種族の娘。父ホド

リュー・レイ・マルソーとともに、コワンのエルフ村で生活していたが、古

代龍の襲撃によりコワンの村は全滅し、一人生き残る。

レレイ・ラ・レレーナ

15歳。ヒ卜種の賢者、魔導師。老賢者カ卜ーの二番弟子。理知的で優れ

た才能を持つが、それだけに情緒に欠ける。細い体つきのため、年齢より

幼く見られることがある。

ロゥリイ・マーキュリー

961歳(外見は13歳)。亜神、神エムロイの使徒。死神ロゥリィとあだ名さ

れ、華審ながら巨大なハルパートを操り容赦なく敵を切り裂く。異世界の

神宮服であるフリフリの黒コスを縫っている。

モルト・ソル・アウグスタス

異世界の帝国皇帝。帝国の覇権拡大を図るために、ゲートを越えて日本

にまで出兵を試みる。

ピニャ・コ・ラー夕、

19歳。モル卜皇帝の美人娘。帝国と日本との聞にある国力の差にいち早

く気っき帝国を守るために奔走する。伊丹と関わったため、おたく文化に

接触して強い影響を受ける。

a・・・:T:;唱・・・F

いたみようじ

伊丹耀司

33歳。陵上自衛隊二等陸尉、第三偵察隊隊長。いわゆるおたく趣味の持

ち主。同人誌やネット上の小説や漫画を愛読する。仕事は生活と趣味の

ための収入源と割り切っている。

くらたさんそう

倉田三曹

21歳。第三偵察隊に所属。伊丹の乗る高機動車のドライバー。猫耳萌

(ケモノ系萌)の趣味を持ち、先輩の伊丹ともおたく話で盛り上がる間柄。

くろかわにそう

黒川二曹

23歳。第三偵察隊の女性自衛官。看護師でもあり、身長190cmの美女。

ゆったりとしたお淑やか口調だが、なにげに毒舌を放つ。

くりばやししの

栗林志乃

24歳。第三偵察隊の女性自衛官。陸上自衛隊二等陸曹。小柄ながら豊

かなバストを装備するが、格闘徽章を有する猛者でもある。

とみたあきら

富田章

27歳。第三偵察隊に所属。陸上自衛隊二等陸曹。レンジャー、空挺徽章

の二つを併せ持つ。通信制の大学で天文学を学んでいる。

もとい

本位総理大臣

日本国の総理大臣。『特地jの利権を狙う内外の干渉を、とうはねのける

かに苦慮して精神を磨り減らしている。

かのうたろう

嘉納太郎

日本国の防衛大臣兼務特地問題対策担当大臣。おたく趣昧の持ち主とし

て国民に知られ、かつては伊丹ともおたく仲間だった。

りさ

梨紗

伊丹と離婚した元妻。女性向け同人誌作家。

a・I#'.JU;・E

ディレル

アメリカ合衆国大統領。I特地Jから得られる利権拡大を狙って、様々な陰

謀を巡らせている。

二O××年

その日は、蒸し暑い日であったと-記録されている。

気温は摂氏三十度を超え湿度も高く、ヒートアイランドの影響もあって街は灼熱の地獄と化して

いた。にもかかわらず土曜日であったために、多くの人々が都心へと押し寄せ、買い物やウインド

ウショッピングを楽しんでいる。

午前十一時五十分。

陽光は中天にさしかかり、気温もいよいよ最高点に達しようとした頃、東京都中央区銀座に突如

ゲート

『異世界への門』が現れた。

あふ

中から溢れだしたのは、中世ヨーロッパの鎧に似た武装の騎士と歩兵。そして・・:ファンタジー

の物語や映画に登場するようなオークやゴプリン、トロルと呼ばれる異形の怪異達だった。

彼らは、たまたまその場に居合わせただけの人々へと襲いかかった。

老いも若きも男も女も、人種国籍すら問われなかった。それは、あたかも殺裁そのものが目的で4

~

l

3隊

5

あるかのようだつた。平和な国の平和な時代であることを慣れ親しんだ人々に抵抗の術はなく阿鼻

叫喚の惨劇の中で次々と倒れていった。

買い物客が、親子連れが、槍を突き刺

され、

そして海外からの観光客達が次々と馬蹄に踏みにじられ、

しかばね

そして剣によってその命を絶たれた。累々たる屍が街を覆い尽くし、銀座のアスファルトは

血の色で赤黒く舗装された。その光景にあえて題字をつけるならば『地獄』。異界の軍勢は、

上げた屍の上にさらなる屍を積み、そうして出来た肉の小山に漆黒の軍旗を掲げたのである。そし

て彼らの言葉で、声高らかにこの地の征服と領有を宣言した。それは聞く者の居ない一方的な宣戦

布告だった。

『銀座事件』

歴史に記録される異世界と我らの世界との接触は、後にこのように呼ばれることとなった。

* *

3うじようしザわり

時の首相、証条重一則は国会で次のような答弁を行っている。

「当然のことであるが、その土地は地図に載ってはいない。

どんな自然、かあり、どんな動物が生息するのか。そして、どのような人々が暮らしているのか。

その文化レベルは?科学技術のレベルは?

今回の事件では、多くの犯人を逮捕した。

逮捕などという言葉を用いるのも、もどかしく感じる。これと言うのも、憲法や各種の法令、がか

かる事態を想定していないからである。そして我が国が、有事における捕虜の取り扱いについての

法令を定めていないからでもある。現在の我が国の法令に従えば、彼らは刑法を犯した犯罪者でし

かないのだ。

ならば、強弁と呼ばれるのも覚悟で特別地域を日本国内と考えることにする。

ゲ!ト

「門』の向こう側には、我が国のこれまで未確認であった土地があり、住民が住んでいると考える

のである。向こう側に統治機構が存在するとしても、これと交渉し国境を確定して、国交を結ばな

和むア」

ければ独立した国家としては認められない。現段階では、彼らは無事の市民と外国人観光客の命を

奪った武装勢力でありテロリストなのだ。

彼らと平和的な交渉をという意見があることも承知している。だが、それをするには相手を交渉

の席に座らせなければならない。だが、どうやって?現実的に我々は『門』の向こう側と交渉を

持っていないのに。

ゲート

我々は『門』の向こう側に存在する勢力を、我々との交渉のテーブルに着かせなければならない

のだ。力ずくで、頭を押さえつけてでもだ。

交渉を優位に進めるには、相手を知る必要もある。

宗教は? 統治機構の政体すらも不明である。

7 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編一6

逮捕した犯人達::言葉が通じない彼らからも、少しずつ情報を得ることが出来るようになっ

た。だが、それだけを頼りにするわけにもいかない。誰かがその眼と耳で確かめるために赴かなけ

ればならないだろう。

アート

従って、我々は『門』の向こう側へと踏み入る必要があるのだ。

だが、無抵抗の民間人を虐殺するような、野蛮かつ非文明的な土地へと赴くのである。相応の危

険を覚悟しなければならないだろう。

まずは、非武装と言うわけにもいかない。さらに特別地域内の情勢によっては、交戦することも

考えられる。未聞の地で誰を味方とし、誰を敵とするか、その判断も現場にある程度委ねなければ

ならない。

何も、危ないところへわざわざ行く必要はない。いっそのこと、『門』が二度と聞かれることの

ないように破壊してしまえばよいという意見が、野党の一部から出ていることも承知しているが、

ただ扉を閉ざしてこれで安全だと言い切れるのだろうか?

これから日本国民は、同じような『門』が今度はどこに現れるかという不安を抱えて生活しなく

てはならなくなる。今度、あの『門』が聞かれるのはあなた方の家の前、家族の前かもしれない。

さらには、被害者やご遺族への補償をどうするかという問題もある。

もし、特別地域に統治機構があってそこに責任者がいると言うのであらば、我が国の政府として

は、今回の事件について誠意のある謝罪と補償、そして責任者の引き渡しを断固として求めなけれ

ばならない。

もし相手方がこれに応じないならば、首謀者を我らの手で捕らえ裁きにかける。資産等があれば

これを力ずくにでも差し押さえて、遺族への補償金に充てる。とれは、被害者やご遺族の感情から

みても当然のことである。従って、我が日本国政府は、『門』の向こうに必要な規模の自衛隊を派

遣することと決定した。その目的は調査であり、かつ銀座事件の首謀者逮捕のための捜査であり、

補償獲得のための強制執行である」

特別地域自衛隊派遣特別法案は、野党の一部が反対するなか、衆参両議院で可決された。

ゲート

なお、アメリカ合衆国政府は、「『門』の内部の調査には、協力を惜しまない」との声明を発表

している。北条総理は「現在の所は必要ではないが、情勢によってはお願いすることもありえる。

その際はとちらからお願いする」と返答している。

また、中国政府は、『門』という超自然的な存在は、国際的な立場からの管理がなされることが

相応しい。日本国内に現れたからと言って、一国で菅理すべきではない。ましてや、そこから得ら

れる利益を独占するようなことがあってはならないとのコメントを発表した。

9 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー8

*

*

みぞう

「あえて言上いたしますが大失態でありましたな。この未曾有の大損害に際して、いかなる対策を

講じられるおつもりか、陛下のお考えを承りとう存じます」

元老院議員であり、貴族の一人でもあるカlゼル侯爵は、議事堂中央に立って玉座の皇帝モル

ト・ソル・アウグスタスに向けて歯に衣着せぬ言葉を突きつけた。

元老院議員は議場内であれば、至尊の座を占める者に対してもそれをすることが許されていた

し、またそれをすることが求められていると確信していたからでもある。

薄閣の広間。

せいひつ

そこは厳粛であることを旨に、華美な飾り付けを廃し静誼と重厚を感じさせる石造りの議事堂だ

った。円形の壁面にそって並べられたひな壇に、いかめしい顔つきの男達が座って、中央をぐるり

と囲んでいる。

数にしておよそ三百人。帝国の支配者階級の代表たる、元老院議員達であった。

との固において元老院議員となるには、いくつかのルlトが存在する。その一つが権門の家に生

まれること。何処の国であっても、貴族とは稀少な存在であるが、この巨大な帝国の首都では石を

投げれば貴族に当たると言われているほどに数が多いのだ。従って、ただ貴族の一人として生まれ

ただけでは、名誉ある元老院議員の席を得ることはかなわない。貴族の中の貴族と言われるほどの

名門、権門の一員でなければ、元老院議員とはなれないのである。

では、権門でもなく名門でもない家に生まれた貴族は、永遠に名誉ある地位を占めることは出来

ないかというと、そうでもないのである。その方法として聞かれている道が、大臣職あるいは軍に

おいて将軍職以上の位階を経験することであった。

はんざっか

国家の煩雑且つ膨大な行政を司るには官僚の存在、か不可欠である。権門ではないが貴族の一族と

して生まれ、才能に恵まれた者が立身を志したなら、軍人か官僚の道を選ぶという方法が存在し

た。軍や官僚において問われるのは実務能力である。名ばかり貴族の三男坊であっても、才能と勤

労意欲、そして幸運さえあればこの道を進むことも可能なのである。

大臣職は宰相、内務、財務、農務、外務、宮内の六職ある。軍人となるか官僚となる道を選び、

大臣か将軍の職を経験した者は、その職を退いた後に自動的に元老院議員たる地位、が与えられる。

ちなみに将軍職については、出身階級が平民であっても就くことが出来る。と言うのも士宮になる

と騎士階級に叙せられ、位階を進めるにつれ貴族に名を連ねる乙とも可能だからである。

カ1ゼル侯爵は、男爵という貴族としてはあまり高いとは言えない位階の家に生まれた。そとか

らキャリアを積み、大臣職そ経て元老院議員たる席を得たのである。そうした努力型の元老院議員

は、自らの地位と責任を重く受け止める傾向がある。要するに張り切りすぎてしまうのである。得

てしてそういう種類の人聞は周囲からは煙たがられるもので、そして煙たがられれば煙たがられる10 -

)

11

ほど、より鋭く攻撃的な舌鋒になってしまうのだ。

きょうだ

「異境の住民を数人ばかり撞ってきて、軟弱で戦う気概もない怯儒な民族が住んでいると判断した

のは、あきらかに間違いでした」

もっと長い時聞をかけて偵察し、可能ならばまずは外交交渉をもって臨み、与し易い相手かどう

かを調べ上げるべきだった、と畳みかけた。

確かに、現在の情勢は最悪である。

帝国の保有していた総戦力のおよそ六割を、今回の遠征で失ってしまったのだ。この回復は不可

能でないにしても容易ではなく、莫大な経費と時聞を必要とするだろう。

当面は、残りの四割で帝国の覇権を維持していかなくてはならない。だが、どうやって?

モルト皇帝は即位以来の三十年、武断主義の政治を行ってきた。周辺を取り囲む諸外国や、国内

あつれきいさかいかく

の諸侯・諸部族との札牒、語いを武力による威嚇とその行使によって解決して、帝国による平和と

安寧を押しつけてきた。その圧倒的な軍事力を前にしてはいかなる国も恭順の意を示すより他はな

く、あえて刃向かった者は全て滅んでいった。

諸侯の帝国に対する反感、がどれほど強かろうと、圧倒的な武威を前にしてはそれを隠すしかな

い。帝国は、この武威によって倣慢かつ傍若無人に振る舞うことが許されてきたのである。

だが、覇権の支柱たる圧倒的な軍事力の過半を失った今、これまで隠忍自重をつづけてきた外国

や諸侯・諸部族がどう動くか?

帝国におけるリベラルの代表格となったカlゼル侯爵は、法服たるトュlガ(トlガに似た正

装)の裾をはためかせるように手を振り、声を張りあげて問いかけた。

「陛下!皇帝陛下は、この国を、、どのように導かれるおつもりかり」

カlゼル侯爵が、そのように演説を結んで席に着くと、皇帝は重厚さを感じさせるゆっくりとし

た所作で、玉座の身体をわずかに傾けた。その視線はゆらぐことなく、自らを指弾した論客へと真

つ直ぐに向いていた。

「侯爵・:卿の心中は察するものである。此度の損害によって帝国が有していた軍事的な優位、か一

bめ'b

時的にせよ失せていることも確かなのだから。外国や諸侯達が隠していた反感を顕わにし、一斉に

ひるがえ

反旗を翻し鋭い槍先をそろえて帝都まで進軍して来るのではないかと、恐怖に駆られて夜も眠れな

いのであろう?痛ましいことである」

皇帝のからかうような物言いに、厳粛な議場の空気、かくぐもった噌笑で揺れた。

「元老院議員達よ、二百五十年前のアクテクの戦いを思い出してもらいたい。全軍崩壊の報を受け

た我らの偉大なる祖先達が、どのように振る舞ったかっ・勇気と誇りを失い、敗北と同義の講和へ

と傾く元老院達を叱略する、女達の言葉がどのようなものであったか?

『失った五万六万がどうしたというのか?その程度の数、とれで幾らでも産んでみせる』と言っ

てスカートをまくって見せた女傑達の逸話は、あえて言うまでもないだろう?

かいびやく

この程度の危機は、帝国開聞以来の歴史を紐解けば度々あったことである。わが帝国は、歴代12 l

13

の皇帝、元老院、そして国民がその都度、心を一つにして難事に立ち向かい、さらなる発展を成し

遂げてきたのである」

皇帝の言葉は、この国の歴史であった。

元老院に集う者にとっては、改めて聞かされるまでもなく誰もがわきまえていることであった。

「戦争に百戦百勝はない。だから此度の戦いの責任の追及はせぬ。敗北の度に将帥に責任を負わせ

ていては、指揮を執る者、かいなくなってしまう。まさかと思うが、他国の軍勢が帝都を包囲するま

で、裁判ごっこに明け暮れようとする者はおらぬな?」

議員達は、皇帝の問いかけに対して首を横に振って見せた。

誰の責任も問われないとなれば、皇帝の責任を問うことも出来ない。カlゼルは、皇帝が巧みに

責任を回避したことに気付いて舌打ちをした。ここであえて追及を重ねれば、小心者と罵倒された

上に、裁判ごっこ中信しようとしていると言われかねない雰囲気になっていたのだ。

さらに皇帝は続けた。

此度の遠征では熟練の兵士を集め、歴戦の魔導師をそろえ、オークもゴブリンも特に凶暴な個体

を選抜した。

十分な補給を整え、訓練を施し、それを優秀な将帥に指揮させた。これ以上はないという陣容と

言えよう。

将帥が将帥たる責務、百人隊長が百人隊長たる責務、そして兵が兵たる責務を果たすよう努力し

たはずだ。

にもかかわらず、七日である。

『門』を開いてわずか七日ばかり。敵の本格的な反撃が始まってからを数えるならば、二日で我が

軍は壊滅してしまったのだ。

将兵の殆どが死亡するか捕虜となったようだ。ょうだ、と推測することしか出来ないのも生きて

戻れた者が極めて少ないからである。

今や『門』は敵に奪われてしまった。『門』そ閉じようにも、『門』のあるアルヌスの丘は敵に

よって完全に制圧されて、今では近付くことも出来ないでいる。

これを取り戻そうと、数千の騎兵を突撃させた。だがアルヌスの丘は、人馬の死体が覆い尽く

し、その麓には比喰でなく血の海が出来てしまった。

「敵の武器のすごさがわかるか?パパパ!だぞ。遠くにいる敵の歩兵がこんな音をさせたと思っ

たら、味方が血か」涜して倒れているんだ。あんな凄い魔術、健は見たこともないわ」

魔導師でもあるゴダセン議員、か、敵と接触した時の様子を興奮気味に語った。

彼と彼の率いた部隊は、枯れ葉を掃くようになぎ倒され、丘の中腹までも登ることが出来なかっ

おのれ

た。ふと気づいた時には静寂があたりを押し包み、動く者は己を除いてどこにもいない。見渡す限

むくろ

りの大地を人馬の躯が覆っていたと述懐した。

皇帝は隈目して語る。14 -

1

15

たむろ

「既に敵はこちら側に侵入してきている。今は門の周りに屯して城塞を築いているようだが、いず

れは本格的な侵攻、か始まるだろう。我らは、アルヌス丘の異界の敵と、周辺諸国の双方に対峠して

いかなければならない」

「戦えばよいのだっ!」

とくとう

禿頭の老騎士ポダワン伯爵は、立ち上がると皇帝に一礼して、主戦論をもって応じた。

「窮している時こそ、積極果敢な攻勢が唯一の打開策じゃ。帝国全土に散らばる全軍をかき集め

て、逆らう逆賊や属国どもを攻め滅ぼしてしまえ!そして、その勢いを持ってアルヌスにいる異

界の敵をうち破る!その上で、また門の向こう側に攻め込むのじゃ!」

議員達は、あまりに乱暴な意見に「それが出来れば苦労はない」と、首を振り肩をすくめつつヤ

ジの声を投げた。全戦力をかきあつめれば、各方面の治安や防衛がおろそかになってしまう。皆、か

口々に罵声を放ちあって、議場は騒然となった。

ポダワンは、逆賊共は皆殺しにすればよい。皆殺しにして、女子どもは奴隷にしてしまえばよ

い。街を廃櫨にし、人っ子一人としていない荒野に変えてしまえば、もうそこから敵対する者が現

れる心配などする必要もなくなる:::などと、過激すぎる意見で返していた。非現実的なことのよ

うだが、歴史的に見れば帝国にはその前科がある。

帝国がまだ現在よりも小さく、四方の全てが敵であった頃、敵国をひとつずつ攻略しては住民全

てを奴隷とし、街を破壊し、森は焼き払い農地には塩をまいて不毛の荒野とし、周囲を完全な空白

地帯とすることで安全を確保したのである。

「それが出来たとしても一体全体どうやってアルヌスの敵を倒す? 力ずくでは、ゴダセンの二の

舞そ演じることになろうな?」

議場の片隅から飛んできた声に対して、ポダワン伯は苦虫を噛みつぶしたような表情をしながら

も、苦しげに応じる。

「うjそうじゃな・:・属国の兵そ根こそぎかき集めればよい。四の五の言わせず全部かき集めるの

じゃ。ざすれば数だけなら十万にはなるじゃろて。弱兵とは一言え矢玉除けにはなる。その連中を盾

にして、遮二無二、丘に向かって攻め上ればよいのじゃよ!」

「連中が素直に従うものか!」

「そもそもどんな名目で兵を供出させる?素直に軍の過半を失いましたから、兵を出して下さい

あなど

とでも頼むのか?そんなことをしたら、逆に侮られるぞ」

カlゼル侯は、空論を振りかざして話をまとまりのつかない方向へとひっぱっていこうとするポ

ダワン伯という存在を苦々しく思った。

タカ派と鳩派双方からの聞くに耐えない言葉の応酬が始まり、議場は掴み合いに陥りかねない雰

囲気が漂いだした。

一「一「

ひで

つは

こど

めいう

戦;し

馬ろ

鹿と

! 言

」う

のか

17

しー

17 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触、編16

議員達は冷静さを失って乱闘寸前にまでヒlトアップする。

時間だけが虚しく過ぎ去って行く。わずかに理性を残す者もこのままではいけないと思うもの

の、紛糾する会議をまとめることが出来ないでいた。

そんな中で、皇帝モルトが立ち上がる。

発言しようとする皇帝・宇佐見て、罵り合う議員達も口を喋んで静かになっていった。

「いささか乱暴であったが、ポダワン伯の言葉は示唆に富んでおった」

それを受けてポダワンは、皇帝に恭しく一礼した。

皇帝の威厳を前にして議員達は冷静さを取り戻していく。皇帝が次に何を言うのか聞こうとし始

めているのだ。

「さて、どのようにするべきかだ。このまま事態が悪化するのを黙って見ているのか?それも一

つの方法ではある。だが、余はそれは望まない。となれば、戦うしかあるまい。ポダワン伯の進言

を採用し、属国や周辺諸国の兵を集めるが良いであろう。各国に使節そ派遣せよ。ファルマlト大

陸侵略を窺う異世界の賊徒を撃退するために、援軍派遣を求めるとな。我らは連合諸王国軍を糾合

し、アルヌスの丘へと攻め入る」

「連合諸王国軍?」

皇帝の言に元老院議員達は、ざわめいた。

今から二百年ほど前に東方の騎馬民族からなる大帝国の侵略に対抗するため、大陸諸王国が連合

してこれと戦ったことがあった。それまで相争っていた国々が集うのに、「異民族の侵攻に対して

仲間内で争っている場合じゃない」という心理が働いたのである。不倶戴天の敵として争っていた

はずの列国の王達が、騎士達が、馬そ並べて互いに助け合い異民族へと向かっていく姿は、今では

英雄物語の一節として語られている。

「それならば、確かに名分にはなるぞ」

「いやしかし、それはあまりにも:::」

そう。そもそも『門』を聞いて攻め込んだのはこちらではなかったか?皇帝の一言葉はその主客

を転倒させていた。こちらから攻め込んでおいて、「異世界からの侵略から大陸を守るため」と称

して各国に援軍を要請するとは、厚顔無恥にもほどがあるのではないか。・・:それをあえて口にす

る者はいなかったが。

とはいえ「帝国だけでなくフアルマ1ト大陸全土が狙われている」と撒を飛ばせば、各国は援軍

を送ってよこすだろう。要するに、事実がどうであるかではなく、どう伝えるかと言うことだ。

「へ、陛下。アルヌスの麓は、人馬の躯で埋まりましょうぞ?」

カlゼル侯の問いに、皇帝モルト噛くように告げる。

「余は必勝を祈願しておる。だが戦に絶対はない。故に、連合諸王国軍が壊滅するようなこともあ

りうるやも知れぬ。そうなったら、悲しいことだな。そうなれば帝国は旧来通りに諸国を指導し、

これを束ねて、侵略者に立ち向かうことになろう」18 l

19

周辺各国が等しく戦力を失えば、相対的に帝国の優位は変わらないということである

「これが今回の事態における余の対応策である。これでよいかなカIゼル侯?」

皇帝の決断、か下った。

カlゼルは連合諸王国軍の将兵の運命を思って、呆然とした面持ちとなった。

周囲は、そんなカ1ゼルら鳩派を残し、皇帝に向かい深々と頭を下げると、粛々と各国への使節

を選ぶ作業へと移ったのである。

*

*

とつと、つ

打ち上げられた照明弾が、漆黒の閣を切り裂き大地を煙々と照らす。

連合諸王国百

彼らがみ山すからそして『コドゥ・リノ・グワパン』と呼ぶ、敵の突撃が始まった。

人工の灯りと、中空に打ち上げられた照明弾によって、麓から押し寄せる人馬の群れが浮かび上

がる。

重装騎兵を前面に押し立て、オークやトロル、ゴプリンといった異形の化け物が大地を埋め尽く

して突き進んで来る。その後ろには、方形の楯を並べた人間の兵士が続いていた。

上空には、人を乗せた怪烏の群れが見える。

数にして、数千から万。はっきり言って数えようがない。

監視員が無線に怒鳴りつけていた。

「地面三分に、敵が七分。地面、か三分に敵が七分だH」

敵意が、静かに、ひたひたと押し寄せて来る。

哨所からの知らせを受けた、陸上自衛隊特地方面派遣部隊・第五戦闘団第502中隊の隊員達は

えんたい

交通壕を走ると、第二区画の各々に指定された小銃掩体へと飛び込んで、担当範囲へ向けて銃を構

えた。

陸自の幕僚達は、今回の特地方面派遣部隊そ編成するに当たっては、かなり苦心惨惜していた。

なにしろ、文明格差のある敵である。槍や甲胃で身を固めた敵と対峠した経験を持つ者などどこに

もいないし、魔法やら、ファンタジーな怪異、幻想種への対処法に至つては、知るよしもない。

そこで彼らは、小説や映画にアイデアを求めることとした。

自衛隊のPX(売届)では自衛隊、か戦国時代にタイムスリップする小説はもとより、漫画、挙げ

句の果てに新旧の映画版やテレビ版のDVDが飛ぶように売れたという。さらにはファンタジーの

映画やアニメを求めて幹部自衛官が秋葉原の書屈に列を作るという、笑っていいのかいけないのか

判らない事態すらおこっている。

M氏やT氏といった高名なアニメ監督や小説家などが、市ヶ谷に集められて参考意見を求められ

たという話までもがまことしやかに語られているほどなのだ。

なにがし

そして彼らは某かの結論を下すと、全国の各部隊から併せて三個師団相当の戦力を抽出したので20 ー

l

21

ある。

それは一尉i三尉の幹部と三等陸曹以上の陸曹を集中するという特異な編成であった。

その理由としては、首相の答弁にある『未聞の地で誰を味方として、誰を敵とするか』とい予ユロ両

度な判断力を現場の指揮官に求める必要があるからと説明しているが、それだけではないことは、

誰の自にも明らかだった。

特地方面派遣部隊は、かき集められた装備にも特徴があった。比較的古い物が多く見られるとい

ろくよんしきしようじゅう

うことである。まず隊員達の携行する小銃は六回式小銃。集結した戦車は七四式だった。全て新装

備が導入されたことで、第一線からは姿を消しつつあるものだ。

「在庫一斉処分」などと口の悪い最先任上級曹長は語っている。そういう側面がないとも吾一守えない

が、そればかりが理由ではないのだ。

六四式小銃が選択されたのは八九式の5・印刷弾では、槍を構えて突っ込んで来る重量級のオl

しとっしのぎクを止めるととが出来なかったからだ。さらに同銃の銃剣で敵を刺突すると、鋸状になっている鏑

が鎧やチェーンメイル等の防具にひっかかって、そのまま抜けなくなってしまった事例が多く報告

されたのだ。

その上、情勢によっては装備を放棄して撤退しなければならない事態も想定されている。一両数

億円もする高価な兵器を、簡単にうち捨ててくるわけにはいかないので、廃棄しても惜しくない、

廃棄予定あるいは既に廃棄済みであるが、手続きの遅れによって倉庫等に眠っていた装備をかき集

めたのである。

しようせいしょうもん

六四式小銃を持つ者は二脚を立てて、照星と照門を引き起こす。配られた弾が常装薬なので、規

整子は『小』にあわせた。

ある者は5・問削機関銃のミニミを構え、カチカチと金属製ベルトリンクで繋がれた弾帯を押し

込んでいる。(六二式機関銃は、陸曹や幹部が血相を変えて「俺たちを殺すつもりかあ」と反対し

たので、特地には持ち込まれていない。それほど故障が多く、言うことキカン銃と勝札附されていた

銃なのだ)

高射特科のスカイシュlターをはじめとする、お剛二連装高射機関砲L叩や、叩m白走高射機

関砲MmUと言った新旧そして骨董品の対空火器が、上空から近付く怪鳥へと砲口を向けた。

次の照明弾が上げられ、闇夜が再び明るくなった。上空から降り注ぐ光が、夜空を背景にしてい

た敵を浮かび上がらせる。敵も、その足を速め、足音と言うよりは轟きに近くなっている。

小銃の切り替え軸(安全装置)を「ア」から「レ」へとまわす。

耳に付けたイヤホンから、指揮官の声が聞こえた。

「慌てるなよ、まだ撃つなあ::・」

慣れたわけではないが、これが初めてという訳でもない。自衛官達は近づいて来る敵を前にして

息を呑みつつも、号令を待つことが出来た。

敵が、彼らの言葉で『アルヌス・ウルウ』と呼んでいるこの丘に押し寄せて来るのは、これで三22 l

23

回目。そのうち二回は彼らの失敗だった。大敗北と言って良いはずだ。

この世界の標準的な武器である槍や弓そして剣、防具としての甲胃では、その戦術はどうしても

隊伍を整えて全員で押し寄せるという方法となる。時折、火炎や爆発物を用いた攻撃(魔法かそれ

に類するものではないかと言われている)も行われているが、射程が短い上に数も圧倒的に少ない

ため、それほどの脅威にならない。そのために、どれほどの数を揃えようとも、現代の銃砲火器を

装備した自衛隊の前では敵ではなかったのだ。

黒津明監督の映画『影武者』で、武田騎馬隊、か織田・徳川の鉄砲隊を前にたちまち壊滅するとい

う場面が描かれていたが、それよりもさらに映画的に、人馬の屍が丘の麓を埋め尽くす結果となっ

たのである。

だが、それでもなお彼らはこの丘を取り戻そうと攻撃を始める。

自衛隊もこの地に居座って、アルヌスの丘を守ろうとする。

全てはことに『門』があるからだ。『門』乙そが、異世界を繋ぐ出入り口であった。敵はこのア

ルヌスから銀座へとなだれ込んだのである。東京、そして銀座で起きたあの忌まわしい惨劇を防ぐ

ためには、この『門』を確保し絶対に渡すことは許されない。

奪おうとする。そして守ろうとする。この二つの意志が衝突してついに三度目の攻防戦へと行き

着いた。過去の二回の経験を学んだのか、今回は夜襲、だった。月の出ていない夜間なら見通しも利

かない。夜ならば油断も隙もあり得る:::というのが、この世界の感覚だったのだろう。悪い考え

とは言えない。が、しかし・:・次の照明弾があがると、

きりと浮かび上がった。

連合諸王国軍

コドゥ・リノ・グワパン将兵の姿、か、

「撃てぇ!」

東京そして日本は、二十四時間営業は当たり前の世界だ。昼だろうと夜だろうと区別無く、間べ

られた銃口は挨拶代わりとして砲火を持って彼らを出迎えたのである。

01

いたみようじ

伊丹耀司二等陸尉(三十三歳)はオタクであった。現在もオタクであり、将来もきっとオタクで

あり続けるだろうと自認している。

二攻削作『オタク』と言っても、自分でファンフィクション小説や漫画を描いたり、あるいはフィギュアや

球休関節人形を作って愛でたりするという、クリエイティブなオタクではない。もちろんボlカロ

イドを歌わせたりもしない。他人が「創った」り「描いた」ものへの批評や評価を掲示板に投稿す

るという、アクティブなオタクでもない。誰かの書いた漫画や小説をただひたすらに読みあさると

いう、パッシブな消費者としてのオタクであった。

夏季と冬季の同人誌即売会には欠かさず参加し、靖国神社なんかには一度も行ったことがないく24 l

25

せに中野、秋葉原へは休日の度に詣でている。官舎の壁には中学時代に入手した高橋留美子のサイ

ン色紙が飾られていて、本棚には同人誌がずらっと並んでいるありさまだ。法令集や教範、軍事関

係の書籍は開くこともないからと本棚でなく、新品状態のままにビニール組で縛り上げて押入の中

に放り込んである。

そんな性向の彼であるから、仕事に対する態度は熱意というものにいささか欠けていた。例え

ば、演習の予定が入っていても「その日は、イベントがありまして:・・」と臆面もなく休暇を申請

してしまうというように。

-っそぶ

彼は噛く。

「俺はね、趣味に生きるために仕事してるんですよ。だから仕事と趣味とどっちを選ぶ?と尋ね

られたら、趣味を優先しますよ」

そんな彼が、よlも自衛官などになった、ものだと思うのだが、なっちゃったのだから仕方ないの

である。

そもそも彼のこれまでは、「喰う寝る遊ぶ、その合聞にほんのちょっと人生」と言うに相応しい

物であった。彼が昔愛読したマンガにあった「息抜きの合聞に、人生やってるんだろ」というセリ

フが最も合っているように思われる。だからでもないだろうが、競争率の低い公立高校を選んで、

あんまり勉強することなく入試に合格。成績は中の下。アニメ・漫画研究会で漫画や小説を読みふ

なら

ける毎日。たまに映画の封切り日には朝早く映画館に列ぶという三年間を過ごしたのだった。

大学は、新設されたばかりで競争率の低そうな学科を選び、これもまたあんまり勉強することな

く合格。やはりアニメを観賞し、漫画やライトノベルを読みつづける毎日を過ごすが、在学中無遅

刻・無欠席で全ての講義に出席していたこともあって、講師陣の受けはそれなりに良く、「伊丹だ

から、ま、いいか」と『良』と『可』の成績をもらい四年で卒業。

「就活どうする?」という話題、か、学生の間でそろそろ出始めた頃に、彼はしゃかりきになって会

社訪問するのは好きじゃないなあ:::などと吃きながら都内某所にある自衛隊地方連絡部(現在は

地方協力本部)の事務所の戸を叩いたのである。

「こんな奴、よくも幹部にしたものだ」とは、誰のセリフだっただろうか。

彼の国防意欲というか、熱意に欠ける職務態度に業を煮やした上司、か、「お前ちょっと鍛え直し

て貰ってとい」と有無を言わせず過酷な訓練で定評のある幹部レンジャ!訓練に放り込んだ。

案の定、すぐに音を上げて「やめたいんですけど」と電話をかけて来た。

これには彼の上司も因ってしまった。あの手この手で励まし、頑張らせようとしたのだがどうに

もならない。そもそも言ってどうにかなるなら最初から苦労しない。疲れ果て、どうしょうもなく

なって、最後にポツリと怯いた。

「ここで止めたら、年末(二十九、三十、三十一日)の休暇はやらん」

「じゃあ、頑張ってみます」

伊丹の上司は、自分、か口にした何に効果があったのかと、今でも悩んでいると言う。26 -

1

27

さて、こんな伊丹が夏のある日、都内某所でおこなわれているイベントに行くために新橋駅で

『ゆりかもめ』を待っていたところ、とんでもない事件に出くわした。

後に「銀座事件』と呼ばれるアレである。

突然あらわれた巨大な『門』。

そこからあふれ出た、異形の怪異をふくむ軍勢。

今でこそ『門』の向こう側を、政府は特別地域などと呼んでいるが、

界』だと理解できた。理解できてしまった。

そしてこう思った。

伊丹には瞬間的に『異世

このままでは、夏の同人誌即売会が中止になってしまうし

その後の彼の活躍は、革新系の大手新聞ですら一面で取り上げざるを得なかったほどである。

霞ヶ関や永田町も襲われ、何が起きているのかわからずただ逃げ回るばかりの政府の役人と政治

家たち。命令が来ないために、出動したくても出来ない自衛隊。桜田門以南の官庁街がほぼ壊滅し

たために指揮系統がズタズタになり、効果的な対応が出来ない警察。

そんな中で伊丹は、付近の警察官を捕まえて西へ指さした。

「皇居へ避難誘導してくれ!L

だが、「そんなことできるわけないしという言葉が返ってくる。

「くそっ!

一般の警察官にとって、皇居内

に立て寵もるなどというアイデアは思案の外にあったからだ。

とはいえ、皇居は元より江戸城と呼ばれた軍事施設である。従って数万の人々を収容し、かつ中

世レベルの軍勢から守るのにこれほど相応しい施設はない。いや、包囲されているわけでも無いか

ら龍城の必要はない。避難した人々は、半蔵門から西へと脱出すればよいのだ。

伊丹は、指揮系統からはずれつつも懸命に民間人を守ろうとしていた警察官や、避難した民間人

の協力を仰いで、皇居へと立て寵もった。皇宮警察がやかましかったが、これも皇居にお住まいの

『偉い方』のお言葉一つで鎮まる。

徳川の手によって造られた江戸城は実戦経験のない城塞である。だが、数百年の時を経て平成の

世にて初めて城塞としての真価を発揮したのである。

乙の後、皇居にある近衛と称される第一機動隊、そして市ヶ谷から自主的に出動してきた第四機

動隊によって、『二重橋濠の防衛戦』は引き継がれたのであるが、それまでの数時間が、数千から

の人を救ったという功績は誰もが認めることである。こうして伊丹は防衛大臣から賞詞を賜った上

で二等陸尉へと昇進することとなった。

なっちゃったのである。

で、時が少しばかりたって、特別地域派遣部隊である。

三度目の攻撃を受けた翌朝。28 -

1

29

明るくなって見えた光景は、移しい人馬と怪異の死骸によって大地が埋め尽くされているという

ものだった。

さらには高射機関砲の刊剛徹甲弾を受けて墜ちた飛竜も横たわっていた。

伝説ではドラゴンの鱗は鉄よりも硬いと語られているが、確かにそのようである。ただmw醐弾を

受けては耐えることは出来なかったようだ。

「ちょっとした地方都市一個分の人口が、まるまる失われたってことか」

伊丹は、これを見て思った。

銀座事件で攻め込んできた敵は、約六万。

第一次から始まって昨晩の第三次攻撃で、およそ六万が死傷(オ1クやゴブリン等の怪異はこれ

に含まず)。併せて十二万もの兵を失っちゃって、敵はどうするつもりなんだろか、と。

この世界の人口がどの程度か知る由もない。何しろ、『門』とその周辺を確保しただけで、まだ

なんの調査も出来ていないのだから。

だが一般的な常識から考えても、数万の戦力を丸ごと失って、その部族、だか国家、たかが無事でい

られるはずがないのだ。見たところ倒れている兵士の中に、子どもにしか見えない者もいる。実際

に子どもなのか、そのような容姿をもった種族なのかは判らないが:・。もし、子どもを戦場に送

るようならその国の有り様は、最早末期的と苦一守えるだろう。

伊丹ですらこのように感じるのだから、他の幹部達も当然考えていた。

乙の世界の調査をしなければ、と。

前進して一定の地域を確保するにしても、『門』周辺だけを確保し続けるにしても、さらに進ん

で敵と交渉するにしても、今後の方針を定めるには情報が不足しているのである。幸いにしてOH

lI型ヘリが撮ってきた航空写真から周辺の地図は起こすことができた。滑走路が開けば、無人偵

察機を飛ばすこともできるだろう。従って、次はどんな人聞が住んでいるか、人口や人種、産業、

宗教そして政治形態がどのようになっているか、そして住民の性格はどういうものかの調査をした

いところだ。

どうやって、調査するのか。

もちろん、直接行って見るのである。

「それがいいかも知れませんねえ」

「それがいいかもじゃない!君、か行くんだ」

ひがき

檎垣一二等陸佐は、物わかりの悪い部下に疲れたように言った。

伊丹は、新しく上司となった男の言葉に首を傾げた。

自分は員数外の幹部として第五戦闘団に所属しているおまけみたいな二尉だ。調査という任務は

わからなくもないが、その為の部下を持っていなかったのである。

「まさか、一人で行けと?」

それも、気楽でいいかなと思わなくもない。30 -

)

31

「そんなことは言うわけないだろう。とりあえず六個の深部情報偵察隊を編成する。君の任務はそ

の内の第三の指揮だ。担当地域の住民と接触し民情を把握せよ。可能ならば、事後の今後の活動に

協力が得られるよう、友好的な関係そ結んできたまえ」

「はあ・・ま、そう言うことなら」

こうして伊丹は後頭部をポリポリと掻きながら、第三偵察隊の隊長となったのである。

*

*

アメリカ合衆国

ホワイトハウス

ゲll

「大統領閣下。東京に現れた『門』に関する、第六次報告です」

大統領のディレルは、カリカリに焼き上げた薄切りのトーストにパタ!とジャムを重ねて塗った

ものをサクツと噛ると、彼の優秀なスタッフが差し出した報告書を受け取った。

大統領は表紙を含めて数枚ばかりめくる。さっと目を通した程度で、テーブルの上にポンと放り

出した。

「クリアロン補佐官。この報告によると、日本軍は折角『門』の向こう側へ立ち入ったのに『門』

の周囲を壁で囲んで、亀の子みたいに首を引っ込めて立て寵もっている。そういうことなのだ

ね?」

「その通りです、閣下。自衛隊は守備を固めて動いていません」

〉円ヨ〕『(箪)ではなく∞OR口。FD印。問。円円。(自衛隊)だと、さりげなく訂正する補佐官。だが大統

領はそれに気づかないのかそのまま話を続けた。

ためら

「ふむ:::圧倒的な技術格差。高度な訓練を受けた優秀な兵士。いったい何を鷹踏う必要がある?

君の考えを述べたまえ」

「大統領閣下、ご説明いたします。日本は、かつての大戦の教訓から学んだのです。いかに強力な

戦力を有しているとは言え、広大な地域を制圧支配しようとするには、その戦力は不足します。選

択しうるオプションとしては、特別地域の政治状況を明確に見極め、要点を抑えるという戦略しか

ありません」

そのことは中級指揮官の層を異常なまでに厚くした特地派遣部隊の編成からも窺い知ることが出

来る。『門』を確保する段階を終えて、現在は特別地域の各地に小部隊を派遣し、情報収集や宣撫

工作にあたらせる、といったところだろう。

大統領はナプキンで口元についたバターをぬぐうと、目の前の部下を一瞥した。

「つまり、日本軍の現状は特別地域の情勢を窺っているからだと言うのだね?」

ほうじよう

「そのとおりです大統領閣下。北条首相は石橋そ叩く男のようです。成果を急いでいません」32 -

1

33

大統領は、ススッとコーヒーを口に含んだ。

銀座事件を受けた後の強腰の態度をとった北条は、空前の支持率を受けて政権、か安定している。

だから成果を急ぐ必要がないと言うのである。

我が身を振り返ればディレルは支持率が急落している。早急に具体的な成果をあげて国民に示さ

なければならない。それが彼の立場だった。

「補佐官、『門』はフロンティアだ」

「その通りです、大統領閣下」

「『門』の向こう側に、どれほどの可能性が詰まっているか、想像したまえ」

手つかずの資源。圧倒的な技術格差から生ずる経済的な優位。汚染されていない自然。これら全

てに資本主義経済は価値を見いだすのである。

資源は存在する。これは間違いがない。

東京に攻め込んできた兵士の武装を解析したところ、ほぼ地球と同じ鉱物資源があることが判明

している。それどころか、こちら側ではレアメタル、レアア1スとされる稀少資源が、特地では豊

富に存在する可能性も指摘されていた。

そして技術格差は、武器の種類や構造から類推することが出来る。

見事な、工芸品と見まがうばかりの細工が施されていたが、所詮は手工業の域を出ないものばか

りだ。材質、構造共に不均質で規格といったものは存在してなかった。

とれらの武装で身を固めた騎士達が攻め込んで来るという戦術を見れば、その社会構造と生産力

までも予想が可能だ。

さらに、こちら側には存在しないファンタジーな怪異、動物、亜人達。これらの生き物、か持つ遺

伝子情報は、生命科学産業の研究者達にとって宝の山と言えるだろう。

極めつけは『門』である。

この超自然現象を含めた全てに、全世界の科学者達が注目しているのだ。

「ご安心下さい大統領閣下。わが国と日本とは友邦です。価値観を同じくする国であり、経済的な

結びつきも強固です。「門』から得る利益は、わが国の企業にも開放されるでしょう。また、その

ように働きかけるべきです」

「それでは不足なのだよ」

同様の働きかけならば、既にEU各国が始めている。

中国やロシア、新興諸国も『門』がもたらすであろう利益、資源を狙って水面下の活動を始めて

いた。

「問題は、どれほどの権益を確保できるかなのだ」

これこそがディレル大統領が国民に示すことの出来る成果となるだろう。

「その為には、わが国はもっと積極的に関与するべきではないかね?

派兵を検討しても良いと思うが」

米日同盟の見地から陸軍の

35 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー34

補佐官は残念そうに首を振った。

「我が国は、中近東だけでも手そ焼いております。余所様の喧嘩に手を出す余裕はありません」

それに『門』の持つ可能性は、必ずしもよい面ばかりとは限らないのだ。未開の野蛮人若手なず

け教化しようとするなら、多額の予算と人材を長期間にわたって投入しなければならなくなる。か

つての植民地時代のように、ただ収奪すればよいという時代ではないのだ。

大統領は、思ったようにならない現実の忌々しさに、深いため息をついた。

「報告書から見ると、『門』の向こう側での戦闘は苛烈極まりなかったようだね?」

つ弾薬の使用量が尋常ではなかったようです。ですが、ここ最近は落ち着いています。自衛隊は守

り通すでしょう。自衛隊は装備、訓練共に守勢に秀でています」

「ふむ。では、わが国の対応はどうするべきかな?」

「現段階としては日本国政府の武器弾薬類調達を支援する程度でよいでしょう。これは兵器産業界

に声をかけるだけで済みます。あとは、特別地域の学術的な合同調査を持ちかけ『門』の向こう側

に人を送り込みたいところです。これ以外については、状況次第かと存じます」

あまり、日本に一肩入れしすぎると万が一の時に巻き込まれるおそれがある。

物事は、どう転ぶかわからないものなのだ。日本が特別地域に自衛隊を進めることについては、

多くの国が大義名分があると認めている。だが一部:::中国や韓国などは、かつての軍国主義の再

来であり、侵略であると非難していた。こうした国は日本が何をやっても非難する傾向があるが、

E-t、たカ

耳に入る以上は気にはなるのだ。日本が『門』から得られる利益を独占するような素振りを見せれ

ば、この主張に同調する国も出て来るだろう。そうなった時に、合衆国が共犯呼ばわりされる事態

だけは避けたい。

「火中の栗は、日本に拾わせるべきですし

そして、状況がこじれたらしゃしゃり出で抑えてしまえばよい。そのために国連を利用する手配

もしてある。補佐官はそう言っていた。

だが、ディレルとしてはやはり不満だった。

今のところ日本はうまくやっており、口や手を出す機会が見いだせそうもない。

ディレルは圏内に向けて具体的な成果を示す必要に迫られているのだ。かと言って、補佐官の危

慎を無視するわけにもいかないのもまた確か。大統領は舌打ちしつつも「そうだな」と領き、次の

懸案事項に話題を移した。

『門』の出現。それは、新大陸発見に続く歴史的な出来事である。

アメリカ大陸の発見によってスペインが世界帝国へと飛躍したように、『門』の存在は世界の

枠組みを大きく変えることが予想された。あらゆる国の政府が、その事を理解しているゆえに、

『門』内部での日本の動向が注視されているのである。

37 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー36

* *

ウラ・ピアンカ(帝国皇城)

皇帝モルトの皇城には、毎日数百人の諸侯・貴族が参勤する。

元老院議員、貴族や廷臣が集い、諸行事に参加するとともに、政治を雑事でもあるかのように

行っていた。

会議では優雅に踊り、

ふけ

美食に耽り、賭け事や恋愛遊戯といった遊興を楽しみつつ、議場で少しば

かり話し合う:・・という感じである。軍を派遣するかどうかを、貴族達、か狐狩りの獲物の数で決め

るということもあった。

ご-t、た・刀

安』ら

ここ暫く続いた敗戦は宮廷の諸侯、貴族達を消沈させるに充分な出来事であった。煙びゃ

かな芸術品は色あせて見え、華やかな音楽も空虚に聞こえる。

強大な軍事力と莫大な財力。この両輪乙そ栄耀栄華を誇るモルト皇帝の御代を支えるものは、

が、帝国を大陸の覇権国家たらしめていることは小児であっても理解している。

それが、今ではその片輸が失われてしまった。

宮廷を彩った武官や貴族達も出征していただけに、仲間うちの犠牲者も少なくない。未亡人が量

た。産されて、貴族遥は文字通り連日おとなわれる葬儀に出席しなくてはならなか

皇帝は喪に服して行事を控え、宮廷も閑散とした日が続いていた。

「皇帝陛下、連合諸王国軍の被害は甚大なものとなりました。死者・行方不明者はおよそ六万人。

負傷し軍役に再び就くことのできぬ者とを併せますと、損害は十万にも達する見込みです。敗残の

連合諸王国軍は統率を失い、それぞれちりぢりとなって故郷への帰路に就いたようです」

この数には、オlクやゴプリン、トロルといった怪異達は含まれていない。亜人のなかでも知能

に劣る怪異達は軍馬と同じ扱いをされているのだ。

内務相のマルクス伯爵の報告に、皇帝は気怠そうに身を揺すった。

「ふむ、予定通りと言えよう。わずかばかりの損害に怯えておった元老院議員達も、これで安堵す

ることじやろう」

「しかし、『門』より現れ出でました敵の動向が気になりますが」

「そなたも、いささか神経質になっているようだな」

「この小心は生来のもののようでして、陛下のような度量は持つに至ることはできませんでした」

「よかろう。ならば、股肱の臣を安堵させてやることにしよう。なに、そう難しいことではない。

アルヌス丘からここまでの距離は長い。すなわち帝国の広大な国土を、防塁としてこれにあたれば

よいのだ」

皇帝は続けた。38 -

1

39

敵が動き出したなら、アルヌスより帝都に至る全ての街と村落を焼き払い、井戸や水源には毒を

投げ入れ、食糧は麦の一粒に至るまで全てを運び出すよう命ぜよ。ざすればいかなる軍と言えども

補給が続かず焦土の中で立ち往生する。そうなれば、どれほど強大な兵力を有していようと、優れ

た魔導を有していようと、付け入る隙は現れるであろう、と。

ばひっ

現地調達できなくなれば食糧は本国から運ぶしかなく、長距離の食糧輸送は馬匹を用いたとして

も重い &^セ (負担だ。これによって敵の作戦能力は、帝都に近付けば近付くほど低下することとなる。そ

れに対して帝国軍は、帝都に近付けば近付くほど有利になる。各地に拠点を構築し、敵に出血を強

いていけば、敵は勢いを失い自然に立ち枯れる。それがこの世界における軍学上の常識であった。

敵を長駆させ、疲れたところを撃つという、どこの世界においてもみられる至極一般的で判りや

すい戦略であるが故に、効果的でもある。しかし自国を焦土とすることの影響は深刻かつ甚大であ

り回復は容易でない。人民の生活を全く考慮しない非情さ故に、確実に民心そ離反させる。守って

もらえなかった。それどころか食べ物も、飲み水も奪われたという恨みは、永久に受け継がれてい

くことになるだろう。そうした影響を考えれば、容易にそれをするわけにはいかないのが政治であ

るはずだった。しかし:

「しばし税収が低下しそうですな」

マルクス伯は、ちょっと差し障りがある程度の言い方で、民衆の被害を輔くだけだった。

皇帝も「致し方あるまい。園遊会をいくつか取りやめるか。それと、離宮の建造を延期すれば良

かろう」と応じるのみ。強大な帝国においては、民衆の被害や民心などその程度のものなのであ

7Q。

「カ!ゼル侯あたりが、うるさいかと存じますが」

「何故、余がカlゼル俣の精神衛生にまで気老配らねばならぬのか?」

「恐れ多きことながら、一部の議員らと語らって、非常事態勧告を発動させようとする動きが見ら

れます」

元老院最終勧告は帝国の最高意志決定とされている。とれが元老院によって宣言されれば、いか

に皇帝であろうと罷免される。歴史的にも元老院最終勧告によって地位を追われた皇帝は少なくな

いのだ。

「ふむ面白い。ならばしばらくは好きにやらせてみるが良かろう。そのような企てに同調しそうな

者共を一網打尽にする良い機会やも知れぬ。枢密院に命じて調べさせておくがよかろう」

マルクス伯は一瞬驚いたが、ただちに恭しく一礼した。

元老院の最終勧告に対抗する皇帝側の武器が国家反逆罪である。こうして枢密院に証拠固めとい

う名の証拠ねつ造が命じられた。

「元老院議員として与えられた恩恵を、権利と勘違いしている者が多い。いささか欝陶しいので乙

のあたりで整理をせねばな」

皇帝はそう咳くとマルクス伯の退出を命じようとした。

41 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー40

恭しく頭を下げるマルクス伯。だが、静説な空気を破って涼と響き渡る鈴を鳴らしたような声

が、宮廷の広聞に鳴り響いた。

「陛下!」

つかつかと皇帝の前に進み出たのは、皇女すなわち皇帝の娘の一人であった。

片膝を付いてとれ以上はないというほど見事な儀礼を示した娘は、炎のような朱色の髪と白磁の

肌を、白絹の衣装で包んでいる。

「どうしたのか?」

「陛下は我が国が危機的状況にあるというのに、何を為されているのですか? 老毛磁されたのです

か?」

かんばせ

優美な顔から、赫のある辛諌なセリフが出てくる。

モルト皇帝はここにも恩恵と権利を勘違いしている者がいることに気付いて微苦笑した。皇女の

舌鋒が鋭いのはいつものことである。

しんきん

「殿下、いったいどのようなど用件で、陛下の震襟を騒がされるのでしょうか?」

皇帝の三女、ピニャ・コ・ラlダは、腰掛けて微笑んでさえいれば、比類のない芸術品とも言わ

れるほどの容姿そ持っている。だが、好きに喋らせると気の弱い男ならその場で卒倒しかねないほ

ど辛諌なセリフを吐くので国中にその名を知られていた。

「無論、アルヌスの丘を占拠する賊徒どものことです。アルヌスの丘は、まだ敵の手中にあると聞

きました。陛下のそのような安穏な様子を拝見するに、連合諸王国軍がどうなったのか未だご存じ

ないと思わざるを得ない。マルクス、そなた陛下に事実をご報告申し上げたのだろうな?」

「皇女殿下、ご報告申し上げましたとも。連合諸王国軍は多大な犠牲こそ払いましたが、敵のフア

ルマ1ト大陸侵攻を見事に防ぎきったのです。身命を省みない勇猛果敢なる諸王国軍の猛攻によっ

て、物心共に損害を受けた敵は恐れおののき強固な要害を築いて、冬眠した地熊のごとく寵もろう

としております。そのような敵など、我らにとってなんら脅威ともなりません」

マルクス伯の説明に、ピニャは「フン」とそっぽを向き言い放った。

わらわ

「妾も子どもではない故、物は言いようという言葉を知っておる。知っておるが、言うに事欠い

て、全滅で大敗北の大失敗を、成功だの勝利だのと言い換える術までは知らなんだぞ」

「これは、事実でございます」

「こうして真実は犠牲になり、歴史書は嘘で塗り固められていくという訳か?」

「そのようにおっしゃられでも、私にはお答えのしょうもなく」

ねいしん

「乙の倭臣め!聖地たるわれらがアルヌスの丘は連中に抑えられたままではないか?何が防衛

に成功したかっ・真実は、累々たる屍で丘を埋め尽くしただけであろう」

「確かに、損害は出ましたな・・・」

「ならば、この後はどうする?」

マルクス伯爵は、とやほけたように兵の徴募から始まって、訓練と編成に至るまでの一連の作業を42 -

1

43

説明した。軍に関わる者なら誰でも知る、新兵の徴募と訓練、編成の過程を告げられてピニャは舌

打ちした。

「今から始めて何年かかると思っているのかっその聞にアルヌスの敵が、なにもせずじっとして

いてくれると?」

「皇女殿下。そのようなことは私めも存じております。しかし、現に兵を失った上には、地道にで

も徴兵を進め、訓練を施し、軍を再建するしか手はありません。兵を失ったことでは諸国も同じ。

もう一度、連合諸王国軍を集めるにしても、軍の再建にかかる時間は国力に比例いたします。諸国

の軍再建は我が国より遅くなっても、早くなることはありますまい」

この言いようには、ピニャも鼻白む。

「そのような悠長なことでは、敵の侵攻を防ぐことは出来ぬっ!」

皇帝はため息と共に、手をわずかに挙げて二人の舌戦を止めた。

彼の察するところピニャには騒動屋の傾向がある。責任を負うことのない者がよくする物言い

で、批判ばかりで建設的な意見は何もないのだ。例え言ったとしても、夢物語みたいで伝統と格式

を重んじる者なら到底首を縦に振れないととばかり。それでいて何かあれば、さあ困ったどうする

わめ

どうすると責め立て実務者を「じゃあ、どうすればいいんだ!」と叫くまでに追い込んでしまうの

である。

今回の事態からすれば、マルクス伯、か言うように地道に軍を再建するしかないのである。そのた

めに時間を稼ぐことが、政治であり外交と言える。皇帝としてはそのための連合諸王国軍の招集で

あり、その壊滅をもって目論見は成功したのだ。

いささか酔易としてきた皇帝は、娘に向かって話しかけた。

「ピニャよ。そなたがそのように言うのであれば、余としても心を配らねばならぬ」

「はい、皇帝陛下」

たむろ

「しかし、アルヌスの丘に屯する敵共について、我らはあまりにもよく知らぬ。丁度良いから、そ

なた行って見て来てくれぬか?」

わらわ

「妾がですかっ」

「そうだ。帝国軍は再建中でな、今は偵察兵にも事欠く有様じゃ。国内各所に配した兵を引き抜く

わけにもいかぬ。新規に徴募してもマルクス伯の申した通り、実際に使えるようになるまで時聞が

かかる。今、一定以上の練度を有し、それでいて手が空いているのは思いを巡らしてみればそなた

の『騎士団』くらいであった。

そなたのしていることが兵隊ごっこでなければ:::の話だがな」

皇帝の試すような視線に正対して、ピニャは唇をぎゆと閉じた。

アルヌスの丘への旅程は、騎馬で片道十日だ。

そとは危険な最前線、万を超える軍が全滅してしまった地。そんなところへ自分と自分の騎士団

だけで赴けと言うのだ。

しかも、華々しい会戦と違って、地道な偵察行。44 I

45

日頃から兵隊ごつこと挿撤されてきた騎士団にとって、任務が与えられたととは光栄と思わなけ

ればならないのだろうが、内容が不満である。

さらに言うならば、彼女の騎士達は実戦経験が皆無であった。自分や、自分の部下達は危険な任

務をやり遂げることが出来るだろうか?

皇帝の視線は、「嫌なら口を挟むな」と告げていた。

「どうだ。乙の命を受けるかっ」

ピニヤは、ギリツと歯噛みしていたが、思い立ったように顔を上げた。そして・:

「確かに承りました」

と、ピシャリと言い放つと、皇帝に対して儀礼にのっとって礼をとった。

「うむ、成果を期待しておるぞ」

「では、父上。行って参ります」

そしてピニャは、玉座に背を向けた。

02

「空が蒼いねえ。さすが異世界」

伊丹、か怯した。訓川引に、大きな裂がぽっかりと浮かんでいる。電柱とか電線などもない。前から

後ろまで、上半分は完全に空だった。

「こんな風景なら、北海道にだってありますよ」

なよろ

運転席の、倉田=一等陸曹が応じた。倉田三曹は、北海道は名寄駐屯地から来ている。

「俺は、巨木、か歩いていたり、ドラゴンがいたり、妖精とか飛びかっているトコを想像してたんで

すけどねえ。これまで通ってきた集落で生活していたのは人間ばっかしだし、家畜も牛とか羊にそ

っくりでガツクリっす」

倉田は一般陸曹候補学生課程を修了したばかりの二十一歳だ。伊丹が上下関係に鷹揚ということ

を知ると、気軽に話しかけてくるようになった。

青空を背景に、緑の草原をオリーブドラブに塗装された軍用車両が列を組んで走り抜けていく。

先頭を七三式小型トラック、その後ろに高機動車(HMV)、さらには軽装甲機動車(LAV)

が続く。

要するに、前二台はジlプみたいな乗り物、後ろの一台は装甲車みたいな乗り物が走っているの

である。

伊丹はその二両日の高機動車に乗っていた。

後席には彼の率いる第三偵察隊の隊員達が乗り込んでいる。車両三台、総勢十二名が偵察隊の総

戦力であった。47 ゲ

l

46

後席でガサガサと地図を広げていた桑原陸曹長が、運転席に顔を突きだした。

「おい倉田、この先しばらく行くと小さな川が見えて来るはずだ。そしたら、右折して川沿いに進

め。しばらくすると森が見えてくる。それがコダ村の村長が言っていた森だ」

航空写真から作られた地図と、方位磁石とを照らし合わせながら説明する桑原曹長は、二等陸士

からの叩き上げで今年で五十才。教育隊での助教経験も長いベテランだ。新隊員達からは『おやつ

さん』と呼ばれて恐れられていた。倉田も新隊員時代、武山駐屯地で桑原曹長の指導を受けて前期

教育を終えたそうだ。

この世界ではまだ衛星を打ち上げてないのでGPSが使えない。その為に、地図とコンパスによ

るナビゲ1ションだけが頼りとなる。そして、こういうことは経験の長いベテランのほうが上手い

と、伊丹は隊の運営を全面的に桑原に押しつけていた。

「伊丹二尉、意見具申します。森の手前で停止しましょう。そこで野営です」

桑原の言葉に伊丹は振り返って「賛成」と応じた。桑原は、軽く領いて通信機のマイクをとっ

た。

倉田は、バックミラーで後ろに続く軽装甲機動車との車間距離を確認した。

「あれ1、伊丹二尉。一気に乗り込まないんすか?」

「今、森に入ったら夜になっちゃうでしょ?どんな動物がいるかもわからない森の中で、一夜中佐

明かすなんてご免こうむります。それに、情報通りに村があるとしたら、そこで住んでいる人を脅

かすことになるでしょ? 俺たち国民に愛される自衛隊、だよ。そんな威圧するようなこと出来ます

かつて!の」

だから森には少人数で入ると伊丹は告げた。

この偵察行の目的は現地住民と交涜し、民情を調査することにある。ヘリコプターを使えば速い

のに、わざわざ地面を行くのだって通りすがる住民と交流するためだ。

暴力で制圧することが目的ではない。悪感情を持たれるような事は極力避ける。それが方針だっ

た。

とれまで三カ所の集落を通り、この土地の住民と交流をとってみた。住民達は戦争なんて領、王様

のすることで、俺らには関係ねえやという態度であり、伊丹達に特別悪感情を示すということもな

かった。ならば余計なことをして仕事を難しくする必要はない。

「え!と」

伊丹は胸ポケットから黒革の手帳を取り出すと、この土地の挨拶を綴ったペ1ジを聞いて予習す

る。銀座事件の捕虜を調査した言語学者達の成果である。

「サヴァlル、ハル、ウグルゥ!?(こんにちは、ごきげんいかが?)」

「棒読みっすねえ。駅前留学とかに通ったほうがよかあありませんつ・」

うる

「五月蝿せえ!」

パコッと倉田の頭をヘルメット越しに叩く伊丹であった。

49 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー48

こうして森の手前にやって来た第三偵察隊であったが、最初に彼らの目に入ったのは天を焦がす

黒煙だった。

「燃えてますねえ」

倉田の言葉に、

た。

「はい、盛大に燃えてますL と伊丹は黒煙を見上げた。森から炎、か立ち上ってい

「大自然の脅威っすね」

「というより怪獣映画だろ」

桑原はそう言うと、双眼鏡を伊丹に渡した。そして正面からやや右にむかつたところが」指さす。

伊丹は桑原の指さした辺りに双眼鏡を向けた。

「あれま!」

ティラノサウルスにコウモリのような羽根をつけた感じの巨大な生き物が、地面に向かって火炎

放射していた。

「首一本のキングギドラかっ」

桑原のセリフに倉田が「おやつさん、古いなあ。ありゃ、エンシエントドラゴンっすよ」と突っ

込む。だが、桑原はドラゴンと言われるとブルース・リーを連想してしまう年代なので妙に話が合

わなかった。

前刈で仰止した七三式トラックから、小柄なWAC(女性自衛官)が走り寄ってきた。

この偵察小隊には二人のWACが配属されている。住民と交流する時、女性、かいたほうが良い場

面があるかも知れないという配慮から配属されていた。例えばイスラムのような戒律のある土地だ

った場合、女性と交渉するのは女性であったほうが良いのである。

「伊丹二尉、どうしますか?ここでこのままじっとしてるわけにはいきませんが」

くりばやし

栗林二等陸曹だった。

彼女を見ると多くの男性自衛官は、装備が重くないかと質問する。体が小さすぎて装備を身につ

けると言うより、装備が彼女を入れて歩いているという印象になってしまうのだ。だが、小柄とい

うだけで侮ると酷い自に会う。これでも格闘記章を有する猛者なのだ。

「あのドラゴンさあ、何もないただの森を焼き討ちする習性があると思う?」

意見を求められでも栗林にわかるはずがない。だが「わかりません」と素直に答えるようなタマ

でもない。少しばかり辛諌な態度で、

「ドラゴンの習性にご関心がおありでしたら、何に攻撃をしかけているのか、一一尉ご自身が見に行

かれてはいかがですか?」

と言つてのけた。

「栗林ちゃん。おいら一人じゃ怖いからさあ、ついてきてくれる?」

「わたくしは嫌です」50 -

)

51

「あてそう」

伊丹はパリパリと頭を掻くと告げた。

「適当なところに隠れてさ、様子を見よか。んで、ドラゴンがいなくなったら森の中に入ってみよ

う。生き残っている人がいたらさ、救助とかしたいし」

森の中に集落があるという情報があった。多分、その集落、かドラゴンに襲われているんじゃない

かというのが伊丹の考えであった。

結局、伊丹達が森に入ることが出来たのは、翌朝だった。

夜になっても火がなかなか消えず、また黒煙が立ちこめていて見通しが利かなかったからだ。夜

半からは雨、か降り始めたおかげで森林火災が下火となり、これによって、ようやく森に入ることが

出来るようになったのである。

森は、すっかり見通しが良くなっていた。

木の葉は全て焼けおち、立木は炭となり果てていた。

黒い地面からは、ブスブスと煙が上がっている。

はんちょうか

地面にはまだ熱が残っていて、半長靴の中がじんわりとあったかい。

「これで生存者、かいたら奇跡っすよ」

倉田の言葉に、伊丹もそうかもなと思いつつ、とにかく集落があったと思われるところまでは行

ってみようと考えてした。

二時間ほど進む。すると立木のない駅齢出へと出た。

この森が焼かれていなければ、ここまで入るのに最低でも半日を要したであろう距離である。

見渡すと、明らかに建物の焼け跡とおやほしきものが何軒分かある。よく見れば:::いや、よく見

なくても、仏像の炭化したようなものが数体横たわっていた。仏像というよりは、焦げたミイラと

でも一言うべきか。

「一一尉、これって」

「 倉田、一二一口うなよ:::」

「うへっ、吐きそうっすよし

倉田は、胃のあたりをおさえると周辺を見渡した。

襲撃を警戒するかのように、集落跡をゆっくりと歩く。

無事な建物は一軒たりともない。石造りの土台の上につくられていた建物は焼け、瓦醸の山と化

している。そんな建物の聞に、黒こげの死体が転がっているという状態なのだ。

にしなかっもととづ

「仁科一曹、勝本、戸津をつれて東側をまわってくれ。倉田、栗林、俺たちは西側を探すぞ」

「探すって、何を?」

栗林の言葉に伊丹は「うーん、生存者かな?」と肩をすくめた。

53 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編52

小一時間かけて捜索して、どうやらこの集落には生存者がいないようだと判った。

伊丹は、井戸の脇に、どっかりと腰を下ろすと、タオルで汗をぬぐう。他の隊員達は、ここに住ん

でいた者が生活していた時の様子が判るものを探して、集落のあちこちを歩き回っている。

すると、栗林がクリップボ1ドを小脇に抱えてやってきた。

「二尉。この集落には大きな建物が三軒と、中小の建物が二十九軒ほどありました。確認できただ

けで遺骸は二十七体で、少なすぎます。ほとんどは建物が焼け落ちた時に五牒の下敷きになったの

ではないかとも考えられます」

「一軒に三人世帯と考えても、三十軒なら九十人だもんなあ。大きな家を併せたら最低でも百人く

らいの人が生活してたんじゃないかなあ。それが全滅したのか、それともどこかに隠れているのか

'---

「酷いものです」

「ふむ。この世界のドラゴンは集落を襲うこともあるって報告しておかないとな」

「門の防衛戦では、敵の中にドラゴンに乗っていた者もあったそうです。そのドラゴンは昨日確認

したものよりはかなり小さかったんですが、そいつの鱗でも7・臼m弾は貫通できなかったそうで

すよ。腹部の柔らかい部分でもロ・7醐の徹甲弾でどうにかということでした」

うんちく

伊丹は、栗林の誼蓄を聞くと「へえ」と目を丸くした。

ドラゴンの遺骸を回収して、その鱗の強度試験をやったという噂は聞いていたが、結果がどうだ

ったかまでは伝わって来てなかったからだ。条件にもよるが、7・白川弾は厚さ叩酬の鋼板を貫通

する。ドラゴンの鱗はそれ以上の硬さを持つということになる。

「ちょっとした、装甲車だね」

「はい」

伊丹は水簡に口をつけると残りが少ないのを気にして、チャプチヤプと振った。周囲を見渡し

て、自分の後ろにあるのが井戸だと気づくと、その上にある木桶を手にとる。水を汲むのに木桶を

放り込んで、縄で吊り上げる形式のようだ。

「ドラゴンがどのあたりに巣を作っていて、どのあたりに出没するかも調べておかないといけない

'---

などと言いながら、井戸に木桶を放り込んだ。

コ111ンと甲高い音が井戸から聞こえた。すると、

「ん?」

普通、水に物が落ちたら水の跳ねる音がするものだ。

「ドボン」という音が聞こえると思っていたから、妙に思った伊丹は井戸をのぞき込んだ。栗林も

「なんでしょうね」と、一緒にのぞき込む。

すると::、

井戸の底で、長い金髪の少女が、おでこに大きなコブをつくってプカプカと水に浮かんでいるの54 -

1

55

が見えたのであった。

*

*

「テユカ、起きなさい」

少女の優しい夢は、父親の声に破られた。

「お父さん、どうしたの?折角いい気持ちで寝てたのに」

目を擦り擦り、身を起こす。

見渡して見ると居間にはうららかな日射しが差し込んでいる。

午睡から無理矢理目覚めさせられたためか、頭がまだはっきりとしない。ただ、自分を起こした

父の表情が異様なまでに険しくなっていることは気づいた。

窓の外からも、雑多な足音や喧喋が聞こえて来る。集落中が騒ぎに包まれていた。そのただなら

ぬ気配に何か重大なことが起こったのだと感じた。

「どうしたの?」

その答えは、テユカ自ら悟った。窓の外、その空に巨大な古代龍の姿が見えたからだ。乙のあた

りには龍は棲まない。だから実際に見るのはこれが初めてである。しかし幼い日々、父親から受け

た博物学の講義で知識として知っていた。

「あれは、もしかして炎龍っけ・」

「そうだ」

父が手にしているのは弓だった。これはエルフ一族では一般的な武器だ。さらには、貴重品をし

やじりおおとり

まい込むのに使っているタンスに手をのばし、中からミスリル銀の錬と鳳の羽根でつくられた矢を

取り出そうとしている。

父が、戦おうとしているけ

テュカも反射的に、愛用の弓矢に手をのばした。だが、父親の「やめなさいつ」と言う声に止め

られてしまう。

「どうして?」

「君は、逃げるんだ」

「あたしも戦うわ」

「ダメだ。君に万が一のことがあったら、私はお母さんに叱られてしまうよ」

父が亡くなった母のことを持ち出すのは、娘に是が非でも言うことを聞かせたい時だ。だが、精

神的に自立する年齢を迎えていた娘は父に笑顔で逆らった。

「炎龍、か相手じゃどこに逃げても一緒よ。それに、手勢は一人でも多い方が良いでしょ」

肉食の炎龍が好物とするのはエルフや人聞の肉、たとき?っ。乙こで炎龍を倒さない限り、どこへ逃

げようとも匂いを嘆ぎつけてやって来るに違いない。大地をはいずり回るエルフや人がどれだけ逃56 -

)

57

げようとも、古代龍にとってはひとつ飛びの距離でしかないのだから。

窓の外では、戦土達の矢が空に向けて放たれた。風や水の精霊が招喚され、炎龍への攻撃が始ま

っている。だが、その効果は薄い。

逆に炎龍から放たれた炎、か、誰かの悲鳴と共に家を焼く。避難しようとしていた女子どもがこれ

に巻き込まれて火だるまになった。

絶命の金切り声が耳の奥まで響いて、テユカは眉根を寄せる。

「とにかく、ここにいては危ない。外へ出ょう」

父は、娘の手を引いた。娘はしっかりと弓矢を握っていた。

絹裂く悲鳴がそこかしこから響く。

戸口から出たテユカが眼にしたのは、幼なじみの少女が炎龍の牙にかけられる瞬間だった。

「ユノっ!」

つが

愛する親友が食べられてしまう。とっさの判断でテュカは素早く弓矢を番えた。若いとはいえ、

弓を手に産まれてくると言われるエルフである。腕前は確かだった。

揮身の力で引き絞り狙い定めて矢を放つ。だがテユカの矢は、はじかれてしまう。

テュカの矢ばかりではない。エルフの戦士達、か無数の矢を龍に浴びせかけていた。だが、そのど

れもが分厚い鱗に阻まれて傷一つ負わすことが出来ないでいた。

パリパリとエルフの少女をかみ砕き飲み込んだ炎龍は、縦長の瞳を巡らせると次なる獲物として

テュカを選んだ。

ユノが。ユノが:::」「ユ、

炎龍に見据えられた瞬間、テュカの全身は恐怖にすくむ。

逃げようにも足は動かず、叫ぼうにも声すら出ない。龍と視線をあわせてしまうと魂が砕かれる

という。乙の時のテュカは、まさに魂を奪われたかのように動けなく、いや逃げようとすることす

ら意識にのぼらなくなっていた。

「ダメだ、テユカ!」

父が矢を番えつつ、精霊に呼びかける。

「〉門戸ZYコOC『4F可O印]田町ム出〕O℃OI山口門出]てcs-c一言さ『】門戸o-∞ロ一」

風の精霊の助力を得て、閃光のような矢が炎龍の眼に突き刺さった。

その瞬間、炎龍の叫びが大気を振るわせた。その振動は周囲に居合わせた生きる物全てを引き裂

いてしまうのではないかと思わせるほど。

炎龍はのたうち回るようにして、空へと浮かぶ。

「眼だ、眼を狙えH」

戦士達の矢が炎龍の頭部に狙いを集めた。だが大地に降りているならともかく上空に舞い上がっ

た龍の眼を狙うのは、いかに弓兵のエルフといえども難しい。

炎龍は、自らを傷つけたエルフを選び出し狙いを定めた。58 -

1

!欲

59

集落を巨大な炎の柱で焼き払うと、炎龍はその鋭い爪と牙とでエルフの戦士達を蹴散らす。払い

のける。踏みつぶす。その牙で食いちぎる。

「テュカ、逃げなさいH」

父親は娘を叱略した。しかし、娘は呆然と立ちすくんだまま。

ホドリュlは娘に手をあげるどころか、声を荒げたことすらない優しい父親である。それは日々

の暮らしの中では柔和なだけの甘い父親として見える。しかし、このような危急の時:::則ち勇猛

さと暴力的な荒々しさをむき出しにしなければならない時、これを発露できる厳しさも兼ね備えて

いた。

娘が龍の上顎と下顎の隙聞に捕らえられる寸前、ハメは自らの身体をもって娘をはじき飛ばした。

そして、炎龍の顎にレイピアのひと突きを喰らわせる。

そのまま娘の身体を抱え上げて走りだす。

「来たぞっ!」

戦士達の精霊への呼びかけは、あたかも合唱のように響く。

矢が斉射され、その内の数本が炎龍の鱗の隙間へと突き刺さる。

へと突き刺さる。

だが、龍はひるむことなく巨体をもって迫ってきた。

父は、娘に語り聞かせた。

口腔に突き刺さる。爪の付け根

「君はここに隠れているんだ。いいねっ!」

そして、娘は井戸の中へと投げ込まれる。

投げ込まれる最後の一瞬、彼女、か見たものは父の背後に広げられた炎龍の巨大な顎。そして鋭い

牙だった。

どれほどの時聞を井戸の底で過ごしただろうか。

集落や森が焼き尽くされていく炎の音。

井戸の中にまで降り注ぐ火の粉。

戦士達の怒号。そして悲鳴。

腰までっかる水の冷たさに震える。ただただ怖くて、恐ろしくて、そして不安で、涙を止めるこ

とも出来ない。

ふと、気がつくと耳に入る音がなくなっていた。

聞こえるのは自分の呼吸音。心拍の音。あるいは、ささやかに聞こえる水の音だけ。蒼かった空

が、いつの間にか黒く暗くなっていた。だが、不思議と井戸の周りは明るかった。集落を焼く炎の

光が、井戸の底まで届いているのだ。

気がつくと、雨が降り始めていた。

全身が雨に濡れる。顔が濡れる。眼に水、か入る。だが、どうしても空から目を離すことが出来な60 -

1

l隙

61

かった。

「ゃあ、テユカ。無事だったかい?」

そう言って父、か、ひょっこりと顔を出す。そんな光景を何度思い浮かべたことか。

でも、いくら待ち続けても誰の声もしなかった。

みんな死んでしまったのではないかという嫌な思いが浮かび上がって、胸が千々に引き裂かれそ

うになった。

「お父さん・・・・・・・・・・・・・・・助けて」

やがて、空が明るくなった。夜の黒い空から、昼間の青い空へと移り変わった。

井戸水は冷たい。寒さと疲れ、そして空腹とでテユカは立っていることも出来なくなっていた。

絶望と悲しみとで、あらゆる種類の気力が失われていった。

「このまま、死んじゃうのかな」

そんな風に思う。だが不思議と怖くなかった。と言うより、このまま死んでしまうことは、何か

良いアイデアにも思えるのだ。死んでしまえば、怖れや不安から解き放たれる。孤独の悲しみも、

切なさからも逃れられる。あらゆる苦しみからの唯一の救いが死、そんな風に感じられたのだ。

ふと、井戸の上から何か人の声が聞こえたような気がした。

醸膿とした意識で、天を見上げてみる。すると、視界全体に水汲み用の桶のような物が広がって

いた。

こーんという甲高い音。

鼻の奥に香辛料を吸い込んだようなツ1ンとした激痛。視界一杯に広がる火花。

「はへえ・・:」

スウと、彼女の意識が遠のいていった。

「宮守05呉国一org一三g印}ハぬ「O一」

ぺちぺちと頬を叩かれる感触、そしてかけられる声。

霞のかかる視界の向こうで自分をのぞき込む誰かの顔は、どこか彼女の父に似ていた。

「お父:::さ・・・ん」

*

*

「エルフっすよ、二尉」

倉田三曹の言葉に、伊丹は「エルフですねえ」と応じた。

「しかも、金髪のエルフっすよ。くう11希望、か出てきたなあ!」

「お前、エルフ萌えか?」

「違いやす。俺はどっちかっていうと、艶気たっぷりのほうが好みでして。でも、エルフがいたん

ですから、妖艶な魔女とか、貞淑な淫魔(女)とか、熱いハ1トのドラキュリーナとか、清楚な獣62 1

63

娘と出会う可能性アリでしょっ・酒脱な会話の楽しい狼娘、も可です」

伊丹は、十八禁同人誌などに描かれる彼女たちの姿を思い浮かべつつも・・こんなのが現実にい

たらどうなるんだろうというある種の恐怖感に苛まれた。

獣娘については、手塚漫画の大作によく似たミュージカルに出演メlクを施した女優さんがよい

例になるかもしれないと思ったりする。倉田の言うように、妖艶な魔女とかドラキュリーナとかが

本当にいたら、きっと萌えるだろう。

「そりあ、まあ、あり得る可能性は高くなっているよな」

「いや、絶対にいます!」

握り拳で何やら力説し、萌え::・この場合は燃えている倉田の姿に退きながら、伊丹は「まあ、

がんばれよお」と遠くで応援するととにした。

女性自惜官

栗林ともう一人のWAC黒川二曹が、井戸から引き上げた見た目で十六歳前後の少女の濡れた衣

服を脱がせたり、ブランケットシlトでくるんだりと手当している。

その光景を見物しようとすると、栗林二曹の鉄拳制裁で確実に排除されるために男連中は近付く

ことも出来ないでいた。

伊丹も、遠巻きに見ているしかない。仕方なく井戸に降りるのに使ったロlプとかを片づける。

井戸の底に降りた時、水に濡れた服、か冷たい。さらには半長靴の中には水が少しばかり入り込んで

歩くたびにギユボ、ギュボと言った。

aAehw

仙の隊員述は抑郁円匙で簡単な埋葬用の穴を掘ったり、集落の状況を記録におさめるために瓦礁

の山を掘り返していたりする。人々の生活に使われていた家具什器、あるいは弓矢などの焼け残っ

た品物を集めて、ビデオや写真を撮るのも大切な仕事だ。資料として持ち帰るためである。

伊丹は、腰を下ろすと半長靴を脱いで逆さにした。するとドドっと水がこぼれ落ちた。このまま

はいのう

履くのは抵抗があるが、裸足で居るわけにもいかないので、背嚢から取り出した新聞紙を靴の中に

つっこんで水を吸えるだけ吸わせる。靴下はよく絞ってから履き直す。

すると黒川二等陸曹(看護師資格有り)がやってきた。

一応、敬礼してくれるので伊丹も答礼するのだが、身長が170叩になるかならないかの伊丹は

黒川二曹を見上げる姿勢になる。黒川は、身長が190叩もあるのだ。

身長をいろいろと誤魔化してどうにか採用基準ギリギリの栗林と二人ならべて第三偵察隊の凸凹

WACと呼ばれていたりする。

「とりあえず体温が回復して参りましたわ。漫画的にできた、おでこのコブもお約束に従ってほど

なく消えるでしょう。もう大丈夫だとは思いますが・::これから、どういたしましょう?私たち

は、いつまでもここに居るわけにも参りませんし、でも女の子をここに一人だけ残していくのも何

やら不人情な気もいたします」

と、ゆったりとしたお淑やか口調で黒川は語った。

小柄な栗林が気、か短くて勇猛果敢なのに対して、大柄な黒川がのんびり屋でお淑やかという性格

65 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー64

の対比が妙である。

「見たところココの集落は全滅してるし、助け出したものを放り出していくわけにもいかないでし

ょ。わかりました、保護ということにして彼女をお持ち帰りしましょ」

黒川はニッコリと笑った。この女の側にいると時間がゆっくりと涜れているような気がして来る

から不思議だ。

「二尉ならばそうおっしゃって下さると思っていましたわ」

「それって、僕が人道的だからでしょっ・」

「さあ?どうでしょうか。二尉が、特殊な趣味をお持ちだからとか、あの娘、かエルフだからと

か、色々と理由を申し上げては失礼になるかと存じます」

伊丹は、大きな汗の粒が額から頬をったって喉を経て襟に潜り込み、服の下へと落ちていくのを

感じた。

本来の予定であれば、あと二1三カ所の集落巡りをすることになっている。だが、保護したエル

フの娘を連れ回すわけにも行かない。そのために伊丹は、来た道をたどってアルヌス駐屯地へと帰

還することにした。アンテナ立てて本部にお伺いを立てたところ、「ま、いいでしょ。いいよ、早

く帰ってこいや」という感じの返事が来た。

「桑原曹長::・そんなことで宜しくお願いします。まずはコダ村に戻りましょう」

伊丹はそう言うと、さっさと高機動車の助手席に乗り込んでしまう。運転は倉田、後部席で桑原

が全体の指樺をする。また保護したエルフの看護のために、黒川が乗り込んでいた。

第三偵察隊は、再び走り出した。

復路も、往路と同じような平和な光景、か広がっていた。つい今朝方まで、ドラゴンが空を覆い、

集落の一っそ全滅させたなど思えないほどののどかさだ。

空は晴れてどこまでも青く、大地は広がっている。

半日近い行程を、砂煙を巻き上げながらただひたすら走り抜ける。来る時と違ってスピードが出

ているせいか、偵察隊にはなんとなく逃げるような気分が満ちていた。

「ドラゴンが来たら嫌だなあ」

「言うなって。ホントになったらどうするんよ」

運転席から聞こえた言葉に思わずつっこむ伊丹。

舗装などされていない道だ。サスペンションも路面の振動を吸収しきれず、車は上下に激しく揺

れた。

黒川がエルフの少女の血圧や脈を測って、首を傾げながら吃いた。

「エルフの標準血圧ってどのくらいでしょう?脈拍は?」などと尋ねてきて伊丹を閉口させなが

らも、パイタルの数値は安定している。人聞を基準とするならば低いけれど、と報告してきた。

「大丈夫かな?」66 -

1

67

「呼吸は落ち着いてますし、血圧も脈拍、体温とも安定。不自然に汗をかくということもないです

Li---人間ならば、大丈夫と申し上げたいところなのですが」

エルフの生理学など知らない黒川としてはそう答えるしかない。伊丹は、はやいところ現地人に

接触して、エルフ娘の扱いについて相談するのが一番かと考えていた。

コダ村の人々は、「何だお前ら、また来たのか」という感じで伊丹達を歓迎するでなく、といっ

て嫌悪するわけでもなく、なんとなく迎え入れた。

伊丹は、村長に話しかけ、教えて貰ったとおり森の中に集落があったが、そこは既にドラゴンに

襲われて焼き払われていた、というようなことを辞書を見ながらたどたどしく説明した。

「なんとっ!全滅してしまったのか?痛ましいことじゃ」

伊丹は、小さな辞書をめくりながら単語を選び出す。

「あ11と。私たち、森に行く。大きな鳥、いた。森焼けた。村焼けた」

適切な単語、かないので『鳥』と言いながらもメモ帳にドラゴンの絵を描いてみせる。こういうイ

ラストは伊丹は得意だったりするのだ。

長老は、そのイラストを見て血相を変えた。

「こ、これは古代龍じゃ。しかも炎龍じゃよ」

伊丹の辞書に単語が増える。古代龍を意味する単語が付け加えられ、現地でなんと発音するのか

が、ローマ字で表記された。

「ドラゴン、火、だす。人、たくさん、焼けた」

「人ではなく、エルフであろう。あそこに住んでいたのはエルフじゃよ」

村長はこの世界の一言葉で『『OBBC』と何度か繰り返した。伊丹は、辞書の『え』の覧に「エル

フ/555C』と書き込む。

「そうです。そのエルフ、たくさん死んでいた」

「わかった、よく教えてくれた。すぐに近隣の村にも知らせねばならぬ。エルフや人の味を覚えた

ドラゴンは、腹を空かしたらまた村や町を襲って来るのじゃよし

村長はお礼かたがた伊丹の手を握る。そして人を呼ぶよう家族や周囲に声をかけてまわった。

ドラゴンがエルフの集落を襲ったという知らせに、村人達は血相を変えて走り出した。

「一人、女の子を助けた」

伊丹の一言葉に、村長は「ほう」と顔を上げた。村長を高機動車の荷台へつれて行き意識無く横た

わる金髪の少女そ見せた。

「痛ましい事じゃ。この娘一人を残して全滅してしまったのじゃな」

村長は、エルフ娘の金髪頭をひと撫でした。種族こそ違え、このコダ村とエルフの集落とはそれ

なりの交流があったのだ。

エルフは森を守り、狩猟で入り込む猟師が森の深部に入りこまないようにと牽制しながらも、負68 l

69

傷したり迷ったりと困窮していれば助け、時には保護して送り返してくれる。

互いに干渉しない、距離を置いた、しかし敬意を払い合う関係とでも言うべきか。そんな関係が

両者の聞にはあったのだ。

「あ1と・::乙の子、村で保護:・:」

伊丹の言うととは理解できる。だが、村長は首を振った。

「種族が違うので習慣が異なる。エルフはエルフの集落で保護を求めるのが良い。それに、我らは

この村から逃げ出さねばならぬ」

「村、捨てる?」

「逃げるのじゃよ。知らせて貰えねば、そんな暇もなく我らは全滅してしまったろうに。ホントに

感謝するぞ」

03

コダ村の中心から少しばかり離れた森の中に小さな小さな家、か、一軒建っている。

サイズとしては、六畳間ふたつの2DK程度。平屋で、小さな窓がふたつ。窓ガラスというもの

が存在しないこの地では、採光と通風が目的の窓も、構造的な理由から総じて小さめにつくられ

;Z,

“'

日干し煉瓦を積み上げた壁には蔦が這っている。

天を覆う樹冠からの木漏れ日で、周囲は柔らかめに明るいため、建物からは餅肌な感じがして、

なかなかに素敵な雰囲気だった。

その家の前には馬車が停められている。荷台には木箱やら、袋やら、紐で結わえられた本やらが

山のごとく積み上げられていた。

傍らで草を喰んでいる艦馬がその荷馬車を引くとするなら、ちょっと多すぎるんじゃないか?

と尋ねたくなる。それほどまでの荷物量だった。

その山のような荷物を前にして、さらに一抱えもあるような本の東をどうやって載せようかと苦

心惨憎している者がいる。

年の頃十四1五といった感じで貰頭衣をまとったプラチナブロンドの少女だった。

「お師匠。これ以上積み込むのは無理がある」

最早どこをどう工夫しようと、手にした荷物は載りそうもない。少女は、その事実を屋内へと冷

静な口調で伝えた。

「レレイ! どうにもならんか?」

窓から顔を出した白いひげに白い髪の老人は、「まいったのう」と眉を寄せた。

「コアムの実と、ロクデ梨の種は置いていくのが合理的」70 l

71

レレイと呼ばれた少女は、腐る物ではないのだから・::と、荷馬車から袋を一つ二つ降ろす。そ

して、空いたスペースに本の束を載せた。

コアムの実もロクデ梨の種も、ある種の高熱疾患に効能のある貴重な薬だ。だが、その高熱疾患

自体、あまり見られるものではないので、今日明日必要になるという乙ともない。また稀少とは言

っても、手に入らないものでもないから、失ったら取り返しのつかなくなる貴重な書物を優先する

べきなのだ。

白髪の老人は袋を受け取ると、肩を落とした。

「だいたい炎龍の活動期は五十年は先だったはずじゃ。それがなんで今更:・:」

エルフの村が炎龍に襲われて壊滅したという知らせは、瞬く聞に村中に走った。

これが普通ならば着の身着のまま逃げ出さなければならないところであった。だが、今回に関し

ては通報が早かったため、荷物をまとめるだけの時聞があった。その為に村全体、か、逃げ出す支度

で大騒ぎしているのである。

老人はぶつくさ言いながらも、レレイの降ろした袋を小屋へと戻した。寝台の下に隠し扉があ

り、そこに仕舞い込もうという心。つもりなのである。

その聞にレレイは艦馬を引いてきて荷馬車とつないだ。

「師匠も早く乗って欲しい」

慢はおまえなんぞに乗っかるような少女趣味でないわいっ! 「あ? どうせ乗るならおまえの姉

0・ようなボン

コ.

ボーンの::・」

一.「

.

.. ..

..

.

.

.

- Lー

レレイは冷たい視線を老人にむけたまま、おもむろに空気を固めると投げつけた。空気の固まり

とは言っても、ゴムまりみたいなものだが、次々とぶつけられるとそれなりに痛い。

「これっ!止めんかっ!魔法とは神聖なものじゃ。乱用する物ではないのじゃぞ1 私利私欲

や、己が楽をするために使って良いものではないのじゃって・:・やめんか!」

・・おほん。

「余裕があると言っても、いつまでもゆっくりしていられるわけではない。早く出発した方が良

い」

「わかった、わかった。そう急かすな:::ホントに冗談の通じない娘じゃのう」

老人は杖を片手に、レレイの隣によっこらせと乗り込む。レレイは冷たい視線を老人に向けたま

ま語った。

コ凡談は、友人、親子、恋人などの親密な関係においてレクレlションとして役に立つ。だけど、

内容が性的なものの場合、受け容れる側に余裕が必要。一般的に、十代前半思春期の女性は性的な

冗談を笑ってかわせるほどの余裕はない場合が多い。この場合、互いの人間関係を致命的なまでに

破壊するおそれもある。これは大人であれば当然わきまえているべきこととされている」

老人は弟子の言葉に、大きなため息をひとつついた。72 -

1

73

「ふう1疲れた。年はとりたくないのう」

「客観的事実に反している。師匠はゴキブリよりしぶとい」

「無礼なことを言う弟子じゃのう」

「とれは、幼年期から受けた教育の成果。教育したのは主にお師匠」

身も蓋もないととをレレイは告げる。そして艦馬に鞭をひと当でした。

騎馬はそれに従って前に進もうとする。ところが荷台のあまりの重さからか馬車はピクリとも動

かなかった。

「・::::::::」

「:::・:・・・オホン。どうやら荷物が多すぎたようじゃのう」

「この事態は予想されていた。かまわないから荷物を積めと言ったのはお師匠」

「::::::::・」

レレイは黙ったまま、馬車からピョンと飛び降りた。

動かない馬車にいつまでも乗っているくらいなら歩いた方がマシだと判断したのだろう。

「おお!レレイは、気の利くよい娘じゃのう。いつもこんな調子ならば、嫁のもらい手は引く手

あまた

数多じやろうにのう、惜しい事じゃ。ホントに惜しい事じゃ」

老人はそう言うと、レレイから手綱を受け取った。そして、騎馬に鞭をひと当て。臨馬も頑張っ

ているが、やはり動かなかった。

レレfuf円りと・山町怖い川をや'た日中輪以地川川ト凡

して動くことはないだろう。

「お師匠。馬車から降りるのに手が必要なら言って欲しい」

「し、心配するでない。健らにはこれがあるではないか?L

老人が杖を掲げると、レレイは日頃から口うるさい師匠の口調を真似て見せた。

「魔法とは神聖なものじゃ。乱用する物ではないのじゃぞ。私利私欲や、己が楽をするために使っ

て良いものではないのじゃ::」

老人は、額に漫画的な汗を垂らすと言い訳を試みる。

びと

「健らは魔導師じゃ。ただ人のごとく歩く必要はないのじゃよ」

しかし、レレイの温度を全く感じさせない視線は決して和らぐことはなかった。

老人の口は「あl」の形状で固まったまま呪文がなかなか出てこない。

「・・・・・・・・・・・・」

0)

制打Uり込んでい岬,LらいこO払では決

教育者としての持持とか、いろいろなものがその胸中で葛藤しているのだろう。老人が次の動き

を見せるまでしばしの時聞が必要だった。やがて情けなさそうな表情をはりつけた顔をレレイへと

向ける。

「す、すまんかった」

「いい。師匠がそう言う人だと知っている」

75 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く!被えり- )接触編ー74

レレイとは、そういうことを口にする身も蓋もない娘であった。

魔法を使うことで重量が軽くなれば、荷物山盛りであっても櫨馬の力で容易に引くことが出来

る。こうしてレレイと師匠の乗った馬車は、長年住み慣れた家老後にしたのである。

村の中心部に向かう中、あちこちの家でレレイ達同様、馬車に荷物を積み込む者の姿が見られ

た。農作業用の馬車や荷車、あるいは馬の背中に直接荷物をくくりつけている者までいる。

レレイは、そんな村人達の姿を、観察するかのようにじっと見つめていた。

師匠は語りかける。

「賢い娘よ。誰も彼もが、お前の目には愚かに見えることじやろうなあ」

「炎龍出現の急報に、これまでの生活を捨てて逃げ出さなくてはならなくなった。だけど、避難先

での生活を考えれば、持てる限りの物を持って行きたいと考えるのは、人として当然のことと言え

る」

「人として当然とは、結局の所、田思しいと言うことであろう?」

一「

L

レレイは、師匠の言葉を否定できなかった。

本当に命を大切に思うのであれば、与えられた時聞を使って、より遠くへ逃げるべきではないだ

ろうかと考えるからだ。なまじ余裕があるばっかりに、荷物をまとめるのに時聞を費やしてしまっ

! ! l j1Jll!141i11 町、btイf44』仙引J 品別1μ』lh川いV}町山山川仙川44Z 人

追いつかれてから荷物を捨てても、もう遅いのだ。

そもそも、人は何故生き続けたいなどと考えるのか。人はいずれ死ぬ。結局は遅いか早いかでし

かない。ならば、わずかばかりの生を引き延ばす行為にどんな意味があると言うのだろう。

レレイはそんな風に、物事を理屈で割り切った考え方をしてしまう。そしてそんなレレイを老人

はどのような言葉を持って諭せばよいのかと悩むのである。

村の中心部にさしかかると、道は馬車の列で渋滞が出来ていた。

「この先は、いったいどうなっているのかね?」

いつまでも動かない馬車の列に苛立ってか、師匠は進行方向から来た村人に声をかけた。

「これはカトl先生。レレイも、今回は大変なことになったね。実は、荷物の積み過ぎで、車軸が

へし折れた馬車が道を塞いでいるんです。みんなで片づけてますが、しばらく時聞がかかります

j!{ if』

引き返して別の道を選ぼうにも、既に後続の馬車が塞いでいて、行くも戻るも出来なくなってい

た。

師匠と村人が話している中、レレイは後方から見慣れない姿の男達、か、これまで聞いたこともな

い言葉で騒ぎながらやって来ることに興味を引かれていた。

「避難の支援も仕事の内だろ。とにかく事故を起こした荷車をどけよう! 伊丹隊長は村長から出

77 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編76

動の要請を引き出してください。戸津は、後続にこの先の渋滞を知らせて、他の道を行くように説

明しろ! 言葉?身振り手振りでなんとかしろ!黒川は事故現場で怪我人がいないかを確認し

てくれ」

見ると、緑色・:・緑や濃い緑、そして茶色のまざった斑模様の服装をした男達だった。

いや、女性らしき姿もある。兜らしいものを被っているところをみると、どこかの兵士だろう

か?だが、それにしては鎧をまとっていない。レレイの知識にない集団のようだ。

何を言っているのかよくわからないが、初老の男に指示された男女が凄い速度で走っていく。

その様子を見ると、はっきりとした指揮系統らしきものがあるようだつた。禍々しい暴力老、規

律という名の鞘に仕舞い込んだ軍事組織の気配がある。

レレイは師匠に「様子を見てくる」と告げると、馬車そ降りた。

馬車十五台程先に、事故を起こした馬車、があった。

車軸が折れて馬車が横転している。驚いた馬が走り回って暴れたらしい、撒き散らされた荷物

と、倒れている男性、そして母子の姿があった。馬も倒れて泡を吹いているが、まだ起きあがろう

として無闇に四肢を振り身を振っている。そのために、村人達が助けに近づこうにも近づけないの

だ。

「君。危ないから下がっていて」

緑色の服の人達。

何を言われているのかよく判らないが、手振りからしてレレイに下がっているように言っている

ことは理解できた。

だがレレイは倒れている母子も怪我をしていることに気付くと、制止を振り切って、駆け寄っ

た。傍らで馬が暴れているが気にしない。

「まだ生きている」

レレイよりちょっと下。十歳ぐらいの子どもを診ると、頭を打ったようで顔や手足から血の気が

失せてぐったりとしている。その上まるで栓を開けたみたいに汗を掻いて身体が冷えていこうとし

ている。

母親は、気を失っているようだが大したことはない。子どもが一番危険な状態だった。

「レレイH 何をしているり何があった?」

呼ぶ声に振り返ると村長だった。やはり緑の服の人と一緒だ。事故の知らせを受けて駆けつけて

きたのだろう。

「村長。事故。多分荷物の積み過ぎと荷馬車の老朽化。子どもが危険、母親と父親は大丈夫と思わ

れる。馬はもう助からない」

「カト!先生は、近くにいるのかね?」

「後ろの馬車で焦れてる。わたしは様子を見に来た」

ふと見ると、緑の服をまとった長身の女性、かレレイと同じように子どもの様子を診て、誰かに伝78 -

[

79

えていた。その手際の確かさは体系的に医学を学んだ者の気配があった

。そして村長の隣にいる

三十代くらいの男が全体への指示を出している。

突然、悲鳴が上がる。

「危ないH」

パンパンパンH

突然の俳裂音にびっくりして振り返ると自に入ったのは、暴れていた馬が、レレイに覆い被さる

ようにドウッと倒れるところだった。紙一重のところで巻き込まれずに済んだが、あとほんの少し

ずれていたらレレイの十人分はある馬体に、彼女は押しつぶされていただろう。

レレイに判ったのは、どうやら緑の服の人たちが、暴れる馬から自分を守るために何かしたとい

うことだけだった。

*

*

大陸諸国から帝国に集まった軍勢、か、一夜にして姿を消した。

それは日本ならば新聞の一面トップ、あるいはバナ1広告一行目にとりあげられるような出来事

であろう。だがとの世界、この特地の民にとって、軍がどこに行こうとどうなっていようと関係の

ない話だった。戦争に負けたとしても、支配者が変わるだけ。人々の生活になんら変化を起こすも

のではないのだ。

これと言うのも常にどこかの国と戦争をしているという状態が続いて来たせいである。戦争に勝

ったり負けたり、領地を奪ったり奪われたり。領主がコロコロとかわり、仰ぐ旗がコロコロかわ

る。そんなことが続けば、我々の言うところの愛国心など育まれるはずがないのだ。

そんな世界では、自分の住んでいる土地とその周辺が戦場になるのでない限り、あるいは自分の

家族が兵士として戦場に赴いているのでない限り、市井の民が国の動静に関心をはらうことはほと

んど無いのである。

それでも、ここ最近は人々の生活に影響が表れ始めていた。

それは、盗賊の跳梁である。

この世界の支配体制では、兵士や騎士の存在があったとしても、盗賊を抑える効果はそれほどな

い。なぜなら、貴族や騎士の主たる任務に治安の維持は含まれていないからである。

彼らの役割と関心は「支配する」ことにある。騎士や貴族は税金と称して民から奪う。盗賊らは

名目がないけど奪う。どちらも無理矢理で、拒否したら暴力を振るう。本質は同じで、大した違い

はないのだ。

もし、貴族や騎士が盗賊を退治したとしても、それは牧童が自分の羊を守るために、たまたま自

分の視界に入った狼を追い払う程度のことでしかない。身、も蓋もない言い方だが、民衆の安全に気

を配ることは義務ではなく、奨励される善行のひとつに過ぎないのだ。

81 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー80

死にもの狂いになって刃向かってくる盗賊を追って命を落とすかもしれないとなれば、貴族や騎

士達が熱心に戦うなどまずあり得ない。これは、とりわけ珍しいことではない。かつての日本で、も

それは同じことで、野盗に狙われた農村が七人の用心棒を雇う映画の状況設定が成立するのも領主

があてにならないからだ。

とはいえ、在郷の騎士や兵士が激減したという事実は、盗賊の喜ぶ状況だった。

これまでは、こそこそと行っていた野盗行為を堂々と行えるようになったのだから。

そして、獲物、かいなくなったら困るので、根こそぎ狩ったり奪ったりしない:::というのは智恵

のある狩人の仕事である。それと類似するのが盗賊行為であるが、そもそも智恵のある人聞が盗賊

に身を落とす例は少ないので、盗賊の大部分は陰惨を極める仕事の仕方をする。

例えば近くにドラゴンが出たために、とある村から逃げ出すことになった一家だ。

男は、農耕馬に馬車を引かせると、家財一切合切と妻三十二歳と娘十五歳そ乗せて村を出た。

こうした逃避行では、野生の草食動物、かするように:::例えば野牛やシマウマのように、キャラ

バンを組んで移動するのが常である。だが、そんな悠長なことをしているとドラゴンに襲われるか

も知れないという恐怖が先にたった。

だから村人達が止めるのも聞かず、二家、だけで村を出たのである。

運悪く盗賊が現れたのは、村を出て二日目の夕刻だった。

男は、農耕馬をひたすら鞭打ったが、荷物満載の馬車、かそんなに速く走れるはずもない。抵抗ら

Lし料仙/duりお・」ども山YJリ、μYUM,yωwm州辿れ山川り川払れてし正ったN

男はあっさりと殺され。家財と、妻と娘を奪われたのだった。

タ閣の中。十数名の盗賊達は火を囲んで、獲物を得た喜びに一時の享楽を味わっていた。

獲物の中には金品ばかりでなく一家が当面の暮らしを保つための食料もあった。これで腹を満た

す。母娘を犯すのは順番待ちだが、盗賊でも主立った立場にいる者は早々に獣欲を満たして、いい

気分で酒を味わっていた。

かしら

「お頭、コダ村だそうですぜ」

炎龍の出現によって村中が逃げ出している。荷物を抱えていて足が遅い。たいした脅威もない。

これを襲つてはどうか?襲わない手はない。襲いましょう。奪いましょう。

配下の言葉に、頭目はニンマリとほくそ笑んだ。実に良いアイデアだ。そうしよう。彼はそう考

えた。だが::

「手が足りねえぞ」

二十人に満たない自分の配下では、村丸ごとのキャラバンは獲物が大きすぎる。

「それですよ。あちこちに、声をかけて人を集めるんでさあ。そうすれば今まで出来なかったよう

な大仕事が出来ますぜ」

これは手下を集める良いきっかけとも言えた。

83 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー82

頭数が揃えば、村や町を襲うことも出来る。うまくやれば、領主を追い出して自分が領主に成り

上がることだって出来るかも知れない。

野盗から領主へ。その日暮らしの盗賊家業から、支配者へというしばしの夢、利那の夢に浸る。

名もない盗賊の頭目。彼にとって幸福を夢見た瞬間が、人生の終わりだったのは幸せだろうか。

それとも不幸だろうか。

ゴロッと首の上から、頭が地に落ちる。

ゴロゴロと大地を転がり、たき火の側で止まった。

ジュと髪が焦げて独特の臭いが立ち上がった。

生理学的には、人は首を切られでも数秒は意識があると考えられている。とすれば、彼は自分の

頭が大地を転がる瞬間を体験しただろう。視野が回転し、何が起こったのか理解する前に、自分の

身体であった物体が首から血液そ噴出させながらグラッと倒れる瞬間を眺めるのである。

そして、急激に暗くなっていく視野の向こうに、自分の赤い血を浴びる長い黒髪の死神を見たの

である。

その少女を見た者は誰もが最初に「黒い」と思う。

抜けるような白い肌に漆黒の髪、黒い衣装。そして、その瞳は底のない閣のごとく黒かった。

ピュンという風切り音とともに、盗賊の首が飛ぶ。

手にした武器は、重厚なハルパlト。

重い鉄塊のごとき斧に長柄をつけた武器だ。断じて小柄な少女が振り回してよいものではない。

フリルで飾った服をまとった少女が手にしてよいものでもない。それを柳のような細い腕と、白魚

のような細い指で振り回すのだから非常識にもほどがある。

どすっと重い鉄斧を一属に載せて、丸い息を「ほっ」と吐いた。

少女の周囲には野盗であった死体が累々と横たわっていた。

「クスクスクス・:::。おじさま方ぁ、今宵はどうもありがとう」

スカートをつまみ上げて、ちょこんと一礼。

年の頃は見た目では十三歳前後。優美さと、気品のある所作からは育ちの良さが感じられた。そ

仏脇町笑顔をたたえている。だが、目だけが笑っていない。黒い瞳の中に浮かぶ聞はどこまでも深

い虚無だった。

「生命をもってのご喜捨を賜りホントにありがとう。主神にかわってお礼を申し上げますわねえ。

神はあなた達の振るまいがたいそう気に入られてぇ、おじさま方をお召しになるっておっしゃられ

てるのう」

「:・:::な、なんでぇ! てめえはっ!」

はらわた

まだ生きている野盗達の中には、腸に氷を詰められたようなぞっとする重さの中でも、なんとか

虚勢を張ることができた者もいた。この際、声そ出すことが出来ただけでも褒めてやるべきだろう。

85 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー84

「わたしいつ」

くすりと愛らしくほほえむ。

「わたしはロゥリィ・マlキュリー。暗黒の神エムロイの使徒L

「エムロイ神殿の神宮服?:・:じ、十二使徒の一人。死神ロゥリィ?」

「あらあ、ご存じなのお?クスクスクスクス:::それで正解よお」

コロコロと噛う少女を前にして、野盗達は一斉に逃げだした。

荷物もなにもかもうち捨てて死にもの狂いになって走り出す。

じょ、冗談じゃねえ。使徒なんかとまともにやり合えるかっ!

魂の叫び、命の叫びをそれぞれにあげながら、懸命に死の淵から逃れようとする。

「だめよぉ。逃げてはいけないのよお」

ロゥリィが跳んだ。自分の体重の何倍もあるような巨大な鉄塊を抱え、どう猛な肉食獣の身のこ

なしで、盗賊達に襲いかかる。

ハルパ1トが盗賊の頭をスイカのようにかち割ると、周囲にミンチ状の肉片がまき散らされた。

「ひぇ、あわっ・::ひっ」

腰が抜けた男の前に、ゆらありと立つロゥリィ。重たいハルパlトをよいしょと担ぐと、足下を

ちょっとふらつかせながらも、高々と掲げあげる。

彼女の白い肌は、返り血で真っ赤に染まっていた。

「うふふ::神様はおっしゃられたのよぉ。人は必ず死ぬのお。決して死から逃れることは出来な

いのお」

振り下ろされる斧に続いて、断末魔の悲鳴が響くのだった。

はあ:::なんだって、エムロイ神殿の神宮がこんなところに」

男は我が身に訪れた不幸を恨みながら、走っていた。

遠くから仲間の絶叫が聞こえる。また一人、死神に命を刈り取られたようだ。

「くっ、くそっ」

いばら

夜の荒野だ。道などない。窪みがあり、岩、か転がって、荊が群生し、濯木が立ちふさがってい

る。男は、転び、のたうち回りながら、泥と汗とにまみれ、あちこちをすりむき、服を破きなが

ら、這うように、あえぐように走った。

またしても、絶命の悲鳴がこだました。

ぬかるみにはまり込み、滑って転、ぶ。

身体を地面にうちつけて、男は拳で大地を打った。

「くそっ、くそっ、くそおおおおおっ、なんで俺がこんな目につ!」

「はあ、はあ、

「あらあ。十分楽しんだのではなくてぇ?」

トンという足音。86 -

1

87

それに続く鈴を鳴らしたような声に、

っていた。

はっと見上げる。すると銀色の月を背景に、黒い少女が立

「あなた、イイ思いをしたのではなくてぇ?人を殺したのではないのお?」

男の聞いた脚の間:・:股間すれすれにズトンと、大地を割らんばかりにハルパlトが突き刺さっ

た。

「ひ、ひっひ、ひ、ぉ、俺はまだやってねえ川」

「あらあ、ホントぉ?」

「ホントだよ!仲間にしてもらって、これが初めての仕事だったんだよぉ!

米だから最後だって言われて、まだ指一本触れさせて貰ってねえんだ!」

「ふ11ん?」

ロゥリィはのぞき込むようにして、男を値踏みした。

「他のおじさま達は、みjんな、エムロイの神に召されたわよぉ。あなた独りじゃ寂しいんじゃな

女だって、俺は新

くてぇ?」

男はぶるぶると首を振った。寂しくない、寂しくない。

「でもお、独りだけ仲間はずれなんて、いい気分じゃないわあ」

「いや、是非仲間はずれにしてくださいっ!」

男は祈るように願った。

ロゥリィは、ゾロリとした刃物のような冷たい目で男を見下ろす。

「どうしようかなあ1」

言いながら、ロゥリィはポンと掌を拳で打つ。

「そうだわあ。良いこと考えたのう。まだ、何もしてないなら。今からでもすればいいのよお」

そう言って黒い少女が男の片足をむんずと掴みあげた。

それは華審な見た目からは信じられないほどの怪力だった。

「るるんらつ」と鼻歌そ歌いながら、雑巾かモップでも引きずるような感じで男を引きずる。

「いでで、ゃめっ1 ごふつH あつつ」

石や砂利の転がる荒れ地だ。汗まみれの男の身体は、皮膚が破れ、溢れ出る自らの血でさらにま

みれた。

「あなた、お母さんと、娘さんとどっちが好み?」

「いやだあ!止めてっH ぐへっ、ごつぽつ:::」

「遠慮なんかしてはいけないのお。これが最期なんだしい、お相手していただけるように頼んであ

げるわよお」

ロゥリィは男の足をつかんだままぶんっと腕を振った。

男は、うち捨てられた人形のように不格好に横たわる母娘のととろでドサッと転がる。

「さぁ、はじめるとよいのよぉ。あなたの順番よお」

89 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー88

男は、首をブルブルと小刻みに振る。

一糸も纏わない姿の母娘一一人は、暴行を受けていた姿勢そのままに両足を広げ、両腕は万歳する

かのように挙げていた。身動き一つせず横たわっていて、見ると呼吸も止めていた。

「あら困ったわね。こちらの二人も、もう召されてしまったようだわ」

暴行をうけている聞に、命に関わるような傷を負わされたのかも知れない。

「間に合わずにごめんなさいね」

ロゥリィは母娘に隈目して頭を少し下げた。その上で男に微笑む。

「でも、折角だからあ。やったらあ?」

男の股聞が濡れて、周囲に水たまりが広がっていった。

04

盗賊の青年は、涙を流しながら許しを請い続けた。

地に這いずり、手を組んで祈るように。一俣と鼻水を流しながら慈悲を請う。自分はまだ直接には

罪を犯していない。まだ手を汚していない。生活苦のために、盗賊に身を落とすしかなかった。反

省して、心を入れ替えて、これからは真面目に働く等々。

ロゥリィはその醜態に暁息した。

汚物を見ることを厭うかのように顔を背ける。その見苦しさに、視線を向けたが最後、自らが汚

されてしまうかのような気分になったのだ。

まず大前提がある。それは、ロゥリィの考えでは、人を殺すことは罪ではないということなの

だ。大切なことは、何故、どのような目的で、そしてどのような態度でそれを為したかなのだ。

これこそロゥリィの仕える神の教えでもあった。

盗賊や野盗が、人のものを盗むととの何が悪いのだろう。

兵士や死刑執行人が、敵や死刑囚を殺すことの何が悪いのだろう。

そ ういうことなのだ。

ロウリィの仕える神は善悪を語らない。

あらゆる人の性を容認する。人、か生きるために選んだ職業を尊ぶ。そして、その職業なりの道を

尊ぶ。だから、盗賊ならば盗賊として堂々としていればよい。そのかわり盗賊であるが故に、兵士

であるが故に、戦場でそして法によって裁かれること等で、自らの命もまた奪われることを覚惜す

べしと教えるのだ。

もし、との男、か盗賊として胸を張ってロゥリィに相対したのであれば彼女はそれなりの尊敬を示

したろう。神の使いの立場として、青年を愛したかも知れない。

だが、この男の態度たるやどうだろう。90 -

)

91

まず、自ら手を汚していないという言い訳が許せない。実際に盗賊に参加し、数を頼む暴力集団

の構成員となった以上、直接手を下したかどうかは全く関係がないのだ。

そして、生活苦のために盗賊に身を落とすしかなかったという言い訳がまた許せない。食べてい

けないのなら、飢えて死ねば良い。

才覚に乏しく運に見放され食べていくことが出来ないが、誰も傷つけたくない。故に、物乞いや

路上生活者として生きるということを選択する者も居るのだ。その幹持をロゥリィは見事な覚悟と

認めて愛する。

人として愚劣。男として低劣。まさに存在の価値なし。その見苦しさに、漆黒の使徒はその美貌

をゆがめた。

ロゥリィは、冷厳に命じる。墓穴を掘るようにと。その数は三つ。

青年は、道具がないと応じたが、母親から頂いた両手があるでしょう?

てしまう。だから青年は荒野を引っ掻くようにして、穴を掘った。

ここは荒野だ。砂場や耕された畑に穴を掘るようには行かない。たちまち爪は剥がれた。皮膚は

ぼろぼろとなった。しかし、青年がその痛みに手を休めようとすると巨大なハルパlトがつま先を

削るようにして叩きつけられて、大地を挟った。

恐怖に駆られた青年は、一時の狂操に苦痛を忘れ、砂醗と雑草の大地を削るようにして、必死で

穴を穿つのだった。

ろんぱく

と ロウリィに論駁され

一家の父親を埋葬した。

一家の母親を埋葬した。

そして一家の娘を埋葬する。

最早、感覚を失った掌で士を掬いあげて少女の墓に盛り終えた時、既に太陽は昇り、あたりは明

るくなっていた。

男が仕事を続けたのは、乙れが、自らを見逃す条件であると思ったからだ。いや、そう思いたか

った。思い込もうとした。そして男はお伺いをたてるかのように振り返ったのである。

「こ、これでいいか?」

渇きと飢え、そして疲労と両手の激痛とで息も絶え絶えとなっていた男は、見た。

神に祈りを捧げる少女、ロゥリィの姿を。

片膝をついて、両手を組み一心に祈る。彼女は神秘的な陽光に包まれ気高く美しく、見る者の呼

吸すら押し止める。

喪服にも似た漆黒のドレスと長い黒髪。

白磁の肌。

古くなった血液のような、赤黒の口紅、かぞっとするような笑みの形を描く。

祈りを終えた少女はゆっくりと立ち上がり、ハルパlトを掲げあげた。そして身じろぎも出来ず

にいる男へと向かって、神の愛と自らの信仰の象徴を振り下ろすのだった。

やがて、

93 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編92

*

*

コアンの森在住のエルフ、ホドリュ!・レイ・マルソ!の長女テユカは、自分は今、夢を見てい

ると思っていた。

寒冷紗がかかったような臆臨たる視野。そのなかで人間達が行き交う。

何が起きているのか?感じ取り洞察しうる思考力、か働かない。ただ、目に映る物、耳に入る音

を受け容れるだけだった。

空に浮かぶ雲や目に映る風景、か、時折流れるように動く。止まる。また、動き出す。それに伴っ

て身体が揺すられる。

どうやら、荷車のようなものに載せられているようだつた。

動いては止まる。また動いては止まる。

荷車の窓から見えるのは、荷物を背負い抱えた人間達が疲れ、そして何かに追い立てられるかの

ような表情で歩いている姿だった。

荷物を満載した荷車、かガラガラと音を立てながら通り過ぎていく。

また動き出す。そしてしばらくして止まる。

暗かった壁が切り開かれて、そこから外の光が差し込んで来た。

舷しい・・

ふと、視界がぼんやりとした黒い人影で覆われた。

「ロocサOロロ山口o-SDO可OC∞cd〈由、v」

視界の外にいる誰かと何か会話しているようだが、聞き取ることも理解することも出来なかっ

た。

「クロちゃ1ん。どう? 女の子の様子は?」

「伊丹二尉・・・意識は回復しつつありますわ。今も、うっすらと開眼しています」

そんな会話も、テュカにとっては意味を為さない音声でしかなかった。

高名な原型師が、最高の情念と萌え魂を込めて作り上げた、そんな造形の美貌と肌をもっ少女

が、力無く横たわっている。流れる金糸のような髪をまとい、うっすらと聞かれた験の向こうに

は、青い珠玉のような瞳が垣間見られた。

伊丹は少女のように見えるエルフ女性を眺め見て、これからの困難そ思った。

熱は下がって安定。パイタル(心拍・呼吸数・血圧の標準値がどの程度なのかは判らないが、上

がるでもなく下がるでもなく、安定していることは悪いことではないと黒川は語った)も安定して

いるとは言え、気をつかわないわけには行かない状態だ。

「遅々として進まない避難民の列。次から次へと湧き起こる問題。増えていく一方の傷病者と落伍

者。逃避行つてのは、なかなかに消耗するものだねえ」

95 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー94

それは愚痴だった。「喰う寝る遊、ぶ、その合聞が人生」がモットーの伊丹にとって、現状がいつ

まで続くか判らないことは苦痛以外の何物でもないのだ。

疲労。人々の悲壮な表情。餓えと渇き。赤ん坊の悲鳴にも似た泣き声。余裕をなくして苛立つ大

人達。事故によって流される血液。照りつける太陽。落とす間もなく靴やズボンにこびりついてい

く泥、泥、泥。

ぬかるみにはまって動けなくなってしまう馬車。その傍らで座り込んでしまう一家。しかし村人

達には為す術がない。彼らには落伍者を無感動に見捨てていくことしか出来ないのだ。助けように

も精神的にも体力的にも余力がなかった。「せめて我が子を・・:」と通りゆく荷馬車に向けて赤子

を捧げる父親。

キャラバンからの落伍は死と同義だった。乏しい食料、水。野生の肉食動物。盗賊。そんな危険

みCAJ

の中に身を曝して生き続けることは難しい。

見捨てるのが当たり前。見捨てられるのも当然。生と死はここで切り分けられてしまう。それが

自然の提だった。

誰か助けて。

その祈りに力はない。

誰か助けて。

神は救わない。手をさしのべない。ただ在るだけだった。

誰か:・・誰か誰か。

神は暴君のように命ずるだけ。死ねと。

だから、人を救うのは人だった。

動けなくなった馬車に緑色の衣服をまとった男達が群がった。ただ、脱輸しただけならば助けよ

うはあると言う。

「それっ、押すぞH」

「力の限り押せi、根性を見せて見ろっH」

号令に全員が力を込める。泥田のような泥淳から馬車、か救われ、再び動けるようになると、男達

は礼の言葉も受け取ろうともせず、馬を使わない不思議な荷車へと戻っていく。

村民達は思う。彼らはいったい何なのだ、と。

この国の兵士でもない。

村の住民でもない。

ふらっとやってきて、村に近づく危機を知らせ、そしてこうして逃避行を手伝う。気前が良いと

言うよりは、人の良すぎる不思議な笑みを顔に張り付かせている異国の人間達。そんな印象が村民

の一部に残った。

それでも馬車が荷物の重みに耐えかねて、壊れてしまった場合の彼らは冷酷だった。

荷物を前に呆然と立ちつくす村人の元に、緑色の男達の長と村長がやって来る。

97 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編96

そして村長から、背負えるだけの荷物を選ぶように説得される。荷物を棄てるなど村人達の考え

もしないことだった。荷物とは口を糊するための食料であり、財産だ。これらなくしてどうして暮

らしていけと言うのか?だが、村長はそれでもと荷物を棄てるように告げる。嫌々ながら、緑色

の服をまとった連中の言葉を伝えさせられているという態度だった。そして未練が残らないように

と火を放つことを強いられる。家財が燃え上がってしまえば、もう歩きだすしかない。明日はどう

するのか?あさっては?全く希望の見えない状況で、泣く泣く歩くしかないのだ。

今やキャラバンには荷車の列と、徒歩の列とが出来ていた。そして時間の経過とともに徒歩の列

が増え、荷車の列は減りつつある。

黒川は伊丹に尋ねた。

「どうして火をかけさせるのですか?」

「荷物を前に全く動こうとしないんだもの。それしかないでしょう?」

「車両の増援を貰うというわけにはいかないのでしょうか?」

自衛隊の輸送力なら、この程度の村民を家財ごと一気に運んでしまうことは簡単なのだ。

だが、伊丹は困り顔をすると後頭部を掻く。

「こ乙は一応、敵対勢力の後方に位置するんだよね。力ずくで突破すれば出来ないこともないよ。

でも、俺たち程度の少数なら見逃しても、大規模な部隊、か自分たちのテリトリlの奥に向かって移

動を開始したら、敵さんもそれなりに動かざるを得ないと思うんだよね。偶発的な衝突。無計画な

戦線の拡大。戦力の逐次投入。瞬く聞に拡大する戦禍。巻き込まれる村民達。考えるだけでゾツと

しちゃうってさ」

そんな伊丹の言葉に、黒川は苦笑を返す。伊丹が一応は上に向かってお伺いは立てたのだという

ととが、その言葉から知れたからだ。

「だから、俺たちが手を貸す。それぐらいしか出来ないんだよ」

伊丹の言葉に黒川も領かざるを得なかった。

コダ村の避難民のキャラバンがその場所を通りかかったのは、太陽があと少しで最も高いところ

に昇るという頃合いだった。

キャラバンの先頭を行く第三偵察隊の高機動車。

た。なにしろ徒歩の村人と、

しかし、その速度は歩くのとそう大差なかっ

騎馬や農耕馬の牽く荷車の列だ。歩くだけの速度でも出ていればまだ

マシと言えるかも知れない。

「しっかし:;:もうちょっと速く移動できないものですかねえ」

倉田三等陸曹が愚痴った。

「こんなに遅く走らせたのは、自動車教習所の第一段階の時以来っすよ」

迂聞にアクセルを踏み込むと、たちまちキャラバンを引き離してしまう。倉田はオlトマのリl

プ現象を利用してアクセルはほとんど踏み込まず、両手もただハンドルを支えるだけにしていた。

彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー98 99 ゲート自衛隊

バックミラーには、バックレストにしがみつくようにして前を見ている子どもの姿、か映ってい

た。既に、高機動車の荷台は疲れて動けなくなった子どもや、怪我人でいっぱいなのだ。すぐ後ろ

を走る七三式トラックも、狭い荷台に怪我人や身重の産婦が載っている。もちろん、危険な武器や

弾薬、それと食料といったものは軽装甲機動車に移した。

伊丹は航空写真から起こした地形図を見て、双眼鏡を右の地平線から左へと巡らせる。地形と現

在位置を照らし合わせて、これまでの移動距離を積算して、残余の距離を目算する。道のりばかり

でなく、高低差、川や植生といった情報も重要だ。

「妙に、カラスが飛び交ってますよ」

倉田の言葉に「そうですねえ」などと適当に答えながら再び前方に双眼鏡を向けると、カラスに

固まれるようにして少女が路頭に座り込んでいるのを見つけた。

「ゴスロリ少女つ」

それは、ちょっとしたイベントとか繁華街:::例えば原宿などで自にする機会の増えた服装であ

る。その定義については諸説紛々であるが、伊丹はこの少女の服装を黒ゴスであると認識した。

年の頃十二1十四歳。見た目も麗しく、まさに美少女であった。

そんな少女が荒涼たる大地の路頭に座り込んでいる。黒曜石のような双昨をじっとこちらへと向

けていた。

「うわっ。等身大の球体関節人形?」

倉田も双眼鏡をのぞき込んで噛く。

その少女はそれほどまでに無機的な、そして隙のない造形をしていたのだ。

とはいえ、倉田が求めるように車を駆け寄らせて少女を眺めるわけにもいかない。コダ村のキヤ

ラパンは同人誌即売会入場口に向かう一般列のごとく遅々たる動きであり、このまま高機動車が少

女に近づくには時計の秒針が五回転するほどの時聞を必要とすると思われる。

ひかし

そこで伊丹は、勝本や東といった隊員を徒歩で先行させて、話しかけさせることにした。

服装からみると、この近くの住民と考えるよりは、銀座事件の時に連れ去られた日本人と考えた

方が納得、かいくように思えたからだ。

だが勝本や東が話しかけても少女とのコミュニケーションがうまくいっているようには見えなか

った。座り込んだ少女に職務質問をする新人警察官。そして、それを無視する家出少女みたいな感

じになってしまっていた。

キャラバンが少女のもとにたどり着くと少女は待ちくたびれたかのように立ち上がり、ボンボン

とスカートの砂壊を払った。そして、やたらとでかい鉄の塊とお前ほしき槍斧を軽々と抱え高機動車

に並んで歩き始める。

「ねえ、あなた達はどちらからいらしてぇ、どちらへと行かれるのかしらあ?」

少女、か発したのは現地の言葉であった。

、もちろん、言葉に不自由な伊丹達が答えられるわけもない。辞書代わりの単語帳をひらいたりし

nu

nu

l

ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり一l接触編ー

l

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噌EA

ながらどうにか片言で通じる程度だ。東も勝本も肩をすくめ、とりあえず歩き出す。

コミュニケーションの空白を埋めたのは、高機動車の席の間隔が広く取られているのを利用し

て、倉田と伊丹の聞に座り込み、前を見ていた七歳前後の男の子だった。

「コダ村からだよ、お姉ちゃん」

「ふーん?この変な格好の人たちはあっ・」

「よく知らないけれど、助けてくれてるんだ。いい人達だよ」

少女は、歩行速度で進む高機動車の周囲を、一周する。

「嫌々連れて行かれているわけじゃないのねえ?」

「うん。炎龍が出たんだ。みんなで逃げ出してきたんだよ」

伊丹達は外人同士の会話を分かったような分からないような表情で聞いている典型的な日本人の

態度をとるしかなかった。

とりあえず東と勝本には列の後方で村人のケアをするように指示して、少女から情報をとるのは

直接自分ですることに決める。単語を確認して、話しかけるつもりで男の子と少女との会話が切れ

るのを待った。

「コレ。どうやって動いてるのかしらあ?」

「僕が知りたいよ。この人達と言葉がうまく通じなくてさ:::でも、荷車と比べたら乗り心地は凄

く良いんだよっ!」

「へえ1、乗り心地が良いのお?」

すると黒ゴス少女は、コラコラコラと制止する間もなく、ズカズカと伊丹の座る助手席側から高

機動車に乗り込んでしまった。もちろん、伊丹の膝の上を跨ぎ越えてだ。運転席や助手席のドアが

なく、開け放たれていることが災いしたのかも知れない。

高機動車は大人が十人は乗れる。

前席は正面を向き、後席は左右から中央に向かって座るように椅子が配置されている。その中央

は装備などを置くため十分な広さがあって、現状のように道交法を無視できるのであれば、子ども

だけなら無理無理に二十人近くは乗ることが可能なのである。

しかし、そうだとしても、荷物もあり子どもや老人も既に多く、朝の通勤ラッシュに近い状態

だ。そんな車内に「ちょっと詰めて」などと言いながら乗り込んで来る少女は、村人達からも歓迎

されなかった。あからさまに苦情を言わないが皆迷惑だなあという表情で迎えた。

「ちょ、ちょっと。狭いよおねえちゃん」

「ん1ちょっと待っててえ」

ただでさえ窮屈なのに、長物を持ち込もうとしているのだ。

ハルパ1トは長い。そして重い。上手く車内に収めようとして、縦にしたり横にしたり、誰かの

頭や顔ゃらにゴチゴチとぶつけてしまった。結局、皆が窮屈な思いをしながら身をちょっと寄せた

り動かしたりして、車内の床に転がすように置くこととなった。103 ゲ

1

102

その上で、自分自身がどこに座ろうかというととで腰のおろし場所を探すのだが、どこにもな

い。仕方なく、黒ゴス少女が腰をおろす場所として選んだのは、御者という訳ではなさそうなの

に、なんだか一人だけ前方の良い席に座っている男の膝であった。

「ちょっと、待て」

乗り込んで来る段階から唖然として対応に困っていた伊丹である。

黒ゴス少女を制止しようとしたが、うかつに手を出して危険な箇所を触ったりしたらセクハラや

らなんやらと言われて、えらいことになりそうな予感がしてつい手を引っ込めてしまった。しかも

言葉も通じない。「ちょっと待てって日・」「あちこち触るな」「小銃に触るな、消火器に触るな」

「とにかく降りろって」「わあっ、危ないものを持ち込むな」と日本語で、いろいろと怒鳴ったり

つら

抗議したりするのだが、馬の耳に念仏というか、蛙の面になんとやらという感じで完壁に無視され

ていたのだ。

そこに来て少女が、ちょこんと腰をおろしたのは自分の膝。

「ちょっと待て!」と言わないわけには行かない事態である。

一方が押し退けようとすれば、一方はせっかく確保した居場所を奪われまいとする低級な紛争が

勃発する。

「-×ム、口OOOlili--」

「ム口×¥!Oムロ×××!!」

こうして、言葉を介さない苦情と抵抗と強引さのやりとりのあげく、伊丹がお尻の半分をずらし

て席の右半分を譲ることで、どうにか落ち着くこととなったのである。

05

自衛隊は性格的に隊員の安全を重視している。その為に海外派遣などでは、まず現地で守りの強

固な宿営地を築き、それを拠点とし、危険時には立て寵もるようにして任務を遂行して来た。最近

ではイラクでのサマワがその例と言えるだろう。

人命軽視の旧軍を反面教師にし、国内向けの政治的な配慮と、人命救助を主とする災害派遣の活

動をしていくうちにそれが習い性となってしまった、とでも言うべきだろうか。特地派遣隊もま

た、守備を重視している。

何よりも守るべきものは『門』の向こう側:・:本土だ。すなわち、この世界に置いて特地派遣隊

の使命とは『門』を守ることにあった。『門』を含むアルヌス丘を占拠し、その周辺に安全地帯

を、軍事的・政治的な方法によって確保することが、特地派遣隊に求められている。航空写真から

の地図の作製、周辺地域に隊員を派遣しての調査も、全てそのための手段である。

そしてさらに、前世紀の遺物とされている要塞建築がとれに加わった。

105 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー104

土と鉄条網の野戦築城ではない。鉄筋とコンクリートによって造られる恒久的な防御施設であ

る。

『門』周辺を確保してからおよそ三週間。昼夜を間わない施設科の活躍によって、アルヌス丘は強

固な防塞へと変貌していた。

その構造は、担当した幕僚の性格が現れるかのようで、凡帳面なほどの六苦星構造であった。

この要塞の航空写真を見た普通の人々は、大抵は函館にある五稜郭みたいと口にする。

普通の人々の中でも、真面目な自衛隊幹部になると軍事史を組解いて、この稜壁式城郭の利点と

か欠点とかを論じたりしながら、守備や攻略の方法について検討を始めたりする。

だが、ホンのちょっと方向性の違うマニアックな人間だと、ニヤリとして魔法陣みたいという言

葉を肱いたりした。そう、魔術とか魔法とか神秘的なことに対して無縁な人聞が全くの悪気なし

で、神秘の代表格とも一言守える『門』とアルヌスの丘の周辺に六t星を、魔導関係者がそれを知った

ら正気を失ってしまうほどの規模と正確さでこしらえてしまったのである。

*

*

さて、場面変わって。

高機動車、か、七三式トラックが、軽装甲機動車、か、エンジンの咽時をあげて砂塵を巻き上げなが

ら疾駆していた。

車内に収容されていた女、子ども、老人はその急ハンドルと加速に振り回され、あちこちに身体

や頭をぶつけていたが、歯を食いしばって懸命に耐えている。

車窓から見えるのは、逃げまどうコダ村の人々。そして、それを空から覆う黒い影。

炎龍である。

コダ村を脱出して三日、どうやら無事に炎龍の活動域を脱出できたと思った矢先に、唐突に現れ

た炎龍が、獲物を見つけたとばかりに避難民達に襲いかかって来たのだ。

炎龍がここまで進出してきたのにはそれなりの理由がある。

炎龍出現の知らせを聞いたコダ村とその付近の村落の住民達が二斉に避難し、巣の周囲では餌と

なる人聞やエルフを見つけることが出来なくなってしまったのだ。そのため、わずかな臭いを頼り

に、人聞がいるであろう地域まで遠出してきた。そして、避難に手間取ったあげく、多量の荷物を

抱えていたが為に移動速度の遅くなっていたコダ村の村民に狙いを定めたのである。

「怪獣と闘うのは、自衛隊の伝統だけどょっ!こんなとこでおっぱじめることになるとはね

つ1・」

桑原曹長が怒鳴る。「走れ、走れ」と倉田に向かって怒鳴る。アドレナリンに高揚しているの

か、その声には喜色すら混ざって聞こえた。

炎龍が、うずくまって動かなくなった村人に狙いを定めて襲いかかろうとする。それを見て伊丹106 1

107

は併走していた軽装甲機動車に向けて怒鳴った。

「牽制しろ!ライトア1マl!キャリバーをたたき込めっ!」

さ古がわ

軽装甲機動車上で印口径のレバーを笹川陸士長が揮身の力を込めて引き、工事現場の削岩機のよ

うな音が連続した。

極太の薬英、かカlトキャッチャーからこぼれてまき散らされる。硝煙で汚れ、すすけた真錆色

の薬英、かカラカラとボンネットを転がった。そしてロ・7mの銃弾が炎龍の背に当たり火花を散ら

す。

だが強靭な龍の鱗は重機関銃の銃弾を全く寄せ付けない。

「全然、効いてないっすょっH」

笹川の言葉に、伊丹は怒鳴り返す。

「かまうなH 当て続けろH- 撃て撃て撃て!」

遊戯用空気銃のBB弾は、当たったからといって死ぬわけではないが、それでも弾を浴びせられ

るのは嫌なものである。銃弾が効かないほどの強固な装甲に覆われていても、生き物ならば必ず感

覚、があるはず。伊丹は、部下達に絶え間ない射撃を命じた。

六四小銃の筒先が炎龍を指向する。消炎制退器から、炎が花弁のように広がった。

浴びせられる銃弾に、さしもの炎龍も酔易した様子を見せる。獲物に襲いかかる勢いをそがれ、

あたふたと走る農夫を取り逃がしてしまった。

忌々しそうに、頚をふる龍。

つぶれた片目に突き立っている矢が、その強面を引き立てて見るからに恐ろしい。やくざの顔に

ついた傷みたいなものだ。

炎龍が火炎放射器のような炎を吹き放つが、周囲を走り回る車両を捕らえることは出来なかっ

た。

「ODO一一てロD-門司戸二ODO一」

背後からの少女の声。

振り返った伊丹の視界に、ぱっと金糸のような髪が広がっていた。

蒼白の表情をしたエルフ少女が、細い指で自らの碧眼を指し示して「05一」と連呼する。

この瞬間、伊丹は言葉は通じてなくても不思議と意思が通じたような気がした。

「目を狙えH」

隊員達は龍の頭顔面部を狙い始めた。

炎龍は明らかに厭がり、顔を背け動きが止まった。

「勝本!パンツアlファウスト!」

パンツア1 7 ァウストE

ライトア1マ1内で取り出されたのは、川醐個人携帯対戦車弾。厚さ700剛もの鉄板を(mm

もあるようなものを「板」と呼んで良いかどうかは別として)貫通する能力のある、個人携行する

火器としては凶悪な破壊力を有する武器である。

109 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー108

重機関銃を撃っていた笹川士長と入れ替わって勝本三曹が、上部ハッチから身を乗り出した。

だが、これは先つぼが重い上に執り回しがききにくい。しかも安全管理を重視する自衛隊では、

構えてすぐ撃つような習慣はない。

「後方の安全確認」

馬鹿、とっとと撃てと誰もが咳いたが、日頃の訓練内容を思い出して「自衛隊だし:::」と思つ

てしまう。

照準を執っている聞に、炎龍は身をよじらせて中空に逃れようとする。

ライトアlマlの急加速に、勝本は振り因されて照準から目標を逃してしまった。

「ちつH 揺らすな東H」

「無茶、言わないでくださいっ!」

コンピューター制御されてるわけじゃないんだから、行進間射撃なんて無理だあ、などと思いつ

つ勝本は筒先を炎龍へ向けた。

車の急制動とガクビキ(引き金を引く際に力が入って、銃全体をゆすってしまうこと。当然命中

しない)によって、引き金を引いた瞬間から、パンツアlフアウストが外れることは見えていた。

後方にカウンターマスを放出。前方に向けて弾頭が加速しながら突き進んでいく。

姿勢を崩していた炎龍は、安定をとろうとして翼を広げた。そして飛来する弾頭を跳び避けるよ

うに後ずさったが、突然脚をもつれさせて倒れ込む。

川去とノルパートが地にれき立ている。

高機動車の中から、黒ゴス少女が荷台の幌を切り裂いてハルバiトを投げつけていた。その柄が

地を行く動物ではない炎龍の脚を払ったのだ。

外れていたはずの弾頭に向かって炎龍が倒れ込んでいく。

ノイマン効果によって発生したメタルジェットは、強固な龍の鱗をもってしでも阻むことは難し

い。炎龍の装甲はユゴニオ弾性限界を超えたライナーによって浸食され、{八が郵たれる。

人間で言えば左一属に相当する部分が左腕ごとごっそりえぐり取られていた。

空気を振るわせる悲鳴。

絶叫。

ドラゴンの咽暗は、その眼光と同じく魂を揺さ、ぶり、戦士の勇気を砕く。その場にいた者すべて

の魂が凍り付いた。

攻撃に、一瞬の聞があいてしまった。

その隙に、空に舞う炎龍。

翼を広げ、よたよたとよろめくようにしながら、高度を上げていく。

自衛官達は、その後ろ姿を黙って見送るだけであった。

111 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編110

*

*

炎龍が撃退された。

そんな話を聞くと、誰もが「嘘だろう?」と疑う。

単騎よく龍を征すドラゴンスレイヤーが登場するのは、

だ。

お伽噺の中だけというのが常識だから

徒手で地熊を倒す。水牛を倒す。このくらいは鍛えようによってはあり得るかも知れない。だが

ゲリ7-nンサ!ペルタイガ1 マンモス

鷲獅子や剣歯虎、さらには牽象を素手で倒すというのはどうあっても無理と思える。これと同じく

らいの理由で、古代龍と相対することは自殺行為と考えられていた。

魔法の甲胃と武器で身を固めた騎士の一団だろうと、さらには魔導師や神宮、エルフ弓兵や精霊

使いの支援を得ょうとも、古代龍を倒すととは絶対不可能。それがこの世界の常識だった。だから

こそ人々はその存在を災厄と同義として受け止めているのだ。

だが、「倒すことは出来なかったが、それでも撃退に成功した」という噂が、一カ所だけでなく

様々な方面から伝わって来ると、人々はどうにか信じるようになった。信じても良いという気にな

った。ただし、噂には尾ひれ羽ひれがつく物だ。「もしかすると事実かも知れない。けど、炎龍と

言うのは間違いではないか?」と考えたのである。

炎龍の活動期は五十年ほど先と言われていたし、そもそも古代龍を倒せるような存在を想像する

ことはどうにも難しかったのだ。だから現れたのは古代龍たる炎龍ではなく、それに劣る大型の亜

龍(例えば無肢竜の類)ないし新生龍だったのではないか、という考えが説得力をもって迎えられ

た。

とはいえ、亜龍であっても齢を重ねたものは、古代龍なみに大きくなるし、新生龍だって翼竜な

どよりは蓬かに大きく危険なのだ。従ってそれを撃退したとなれば「龍殺し」に準じた戦功と言っ

ても良い。避難民の四分の一が行方不明ないし死亡という事実も、「よくぞ、その程度で済んだも

のだ」と受け止められる。

この世界で「死」とはそういうものなのだ。森の中に迷い込んでも死、川岸で遊んでいてうっか

り落ちても死。これらは本人の不注意かあるいは運命とされる。平和も安全も当然ではない。だか

らこそ、人としての力量をもって追いすがる死:::ドラゴンの形状をした天災を振り払った者の功

績を人々は讃える。誰もが「で、その偉大なる勇者つてのは、誰なんだっ・」と関心を抱くのだ。

*

*

コダ村の村民の内、生き残った者の身の処し方は大きく分けて三つあった。

ひとつが、近隣に住まう知り合いや親戚を頼る者。これはかなりの幸運の持ち主と言える。知り

113 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり一I接触編ー112

合いや親戚の保証や支援を得て、住処を確保し、職を得る機会があるからだ。

ふたつ目、か、親族や知る者もない土地で避難生活を送る者。乙れが大多数である。身寄りもな

く、誰からも助けを得られない場所で、住む場所と職をどうやって得るか。考えるだけで難しい。

明日への不安はどれほどのものか。だが、生き残ることが出来ただけでもよかったと不安を押し殺

し、皆、それぞれの幸運がさらに続くことを祈りつつ各地へと散っていったのである。

彼らは去り際に伊丹ら自衛官達の手を握り、感謝の言葉をひたすら繰り返した。

避難民達にとって自衛官達は謎の存在だ。何の義理も思もないのに、自分たちの避難を助け、こ

ともあろうに炎龍と戦いすらした。

言葉が通じないことや見た目からも、固に属す騎士団や神宮団でないことは確かだ。これが外国

の軍隊なら、殺裁と略奪が当たり前だがそれもしない。無論、盗賊の類でもない。

一番理解しやすいのが、異郷の傭兵団、か雇い主を求めて旅をしているという結論だった。ここ最

近になって国や貴族達が兵士をかき集めているという事実がとれを裏打ちした。

しかし、傭兵団だとすれば、何の利得もなく他人のために働くことなどあり得ない。だから、い

つ、どんな見返りを、自衛官達が求めて来るかと恐々としていたのである。

ところがである。最後の最後まで見返りの類を求めてこない。

それどころか、どこへ行っても自慢できるほどの功績をうち立てたというのに、まるで敗戦した

かのごとく慌伴し、肩を落とし、死者を埋葬し、悼んでいる(たまたま神宮、かいたので略式ながら

ぶ引烈も山川米た)ω 川れ隙に手を似ると、感悩まって一線を流す者すら居る始末。

立ち去る自分達が見えなくなるまで手を振っている自衛官達の姿を見ると、コダ村の村民達は苦

笑を押しとどめておくことが出来なかった。彼らの献身と無償の支援は確かにありがたい。ありが

たいのだが、そんなことで「連中は果たしてやっていけるのだろうか?」そんな呆れた気持ちにな

るのだ。

「いくらなんでもお人好し週ぎだろう?:::あんなことで、やってけるのかねえ」

「他人の心配してる場合じゃないぞ。俺たちだって、これからどうしたらいいか・::」

「そうだな」

「ま、いくら領主や貴族が馬鹿でも、あれほど腕の立つ連中をほっとくわけないさ。なんて言った

って、炎捷だぞ、炎龍。あれと互角に戦ったんだ」

「確かに。でもよ、あの連中のことだから、安く買いたたかれたりしないかねえ」

いくらなんでも、そこまで間抜けじゃないだろう?と言いたくなったが、貴族共の附酷なやり

方をよく知る村人は、いささか心配になるのだ。

とりあえず、一風変わった衣装と価値観をもっ傭兵団(自衛官達)の一行が、良心的な雇い主に

巡り会えますように感謝の気持ちを込めて、それぞれの神に祈ることにした。

ちなみに、コダ村住民の幸運はこれで終わりではなかった。

彼らは行く先々で人々から証言を求められる事となる。すなわち「ドラゴンが撃退されたという114 -

1

115

のは本当か?」と。

「ホントに炎龍なんだって、俺はこの目で視たんだから。そんな可哀想な人聞を見るような目で俺

を視るなよOi--え、誰だって?緑色のまだらな服を着た連中だよ。もちろんヒト種だよ。エル

フとかドワ1フとかじゃない。多分、東方の民族だろう。一言葉は通じないんだが、頭は悪くなさそ

うだった。一生懸命言葉を覚えようとしてたしな。気持ちの良い奴らで、俺たちが避難するのを助

けてくれたんだぜ。無償でだぜ、無償1 ホントだって」

彼らの言葉は、吟遊詩人のそれと違って語嚢が少なく描写も下手くそ。だが自らの目で見た光

景、その場での休験には英雄語的脚色も不必要だった。

聞く者は想像力をかき立てられ、強烈な印象を受ける。見てきた事実だから、その時アレはどう

だつたんだ?の問いに、語り手は答えることも出来た。

そして、語り手がドラゴンが片腕を吹き飛ばされる瞬間を描写すると、固唾を呑んで聞いていた

者はみな岬くのだ。

「そりゃ、すげえ」

やがて、謝礼を受け取ろうともせず、ほ、からかな笑顔で楓爽と立ち去って行く彼ら。

本人達、か聞いたら「誰のこと?」と尋ねたくなるような、今時アニメにも出てこない英雄物語の

キャラクターのごとき人物像、が、人々の聞を伝播していくこととなった。

避難民達は、酒場で、街角で、「あんたコダ村から来たんだって?」と呼び止められては、その

時の話を尋ねられる。口によって語る言葉が違い、自によって見たことの描写も異なる。それがま

た不思議な立体感をもたらすのだ。

コダ村の村民達は語り部の仕事だけでも、帰村するまで食べるに困らなかったと言う。

*

*

「騎士ノ1マ。どう思われますか?」

宮廷では侍従武官の地位を持つ女性准騎士ハミルトン・ウノ・ロlが、街のあちこちで耳にした

噂について、先輩たる同僚に論評を求めた。

多くの客でにぎわう居酒屋の一角を、数人の騎士と従者達が占領している。屈はそれなりに汚

く、テーブルとテーブルの聞は狭い。怒鳴るようにして声を出さなければ隣に座る者にすら声が届

かない。そんな喧喋の中で騎士や従者達が肩をぶつけ合うほどに身を寄せて料理に手を伸ばし、酒

杯を口に運んでいる。

見ると、コダ村から来たという臨時雇いの女給が、盆を手にあちこちに酒を運んでいた。彼女は

注文を取り、料理を運んだ席で、求められるままに見てきたことを語り、幾ばくかのチップを受け

取っていた。

ひげを清潔に切りそろえた騎士ノlマは、思々しそうに苦い表情をした。

117 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー116

本来なら清潔な宮廷で、貴族の令夫人や令嬢を相手に高級な料理を口にしている身である。皇女

殿下の騎士団と言えば、宮廷の飾り物であり実戦と最も縁遠い軍隊だったはず。そんな侍従武官

、か、今や野卑な料理と濁った酒を口にしている。任務とは言え、自分にふさわしくないと受け容れ

がたく感じているのだ。

なんでまた乙んな自に:::ノiマは、自分の主を呪いたくなる不敬を押さえ込むので精一杯だっ

た。皇帝陛下の直々のご命令とあらば、アルヌス方面の偵察という任務自体は仕方ないだろう。た

だ、皇女殿下が動くのであれば騎士回全軍を引き連れ、従卒に侍かれつつ優美に旅程を楽しめるは

ずだったのだ。ところがわがまま娘、か下した命令は、本隊をはるか後方に残して少数での偵察行。

おかげで自分を含めた侍従武官四人と従者数名だけでこの皇女のお守りをしなければならない。しか

も身分を隠して、薄汚い身なりになって、食べるものと来たら組末な黒パンに濁った葡萄酒:::。

ノIマは女給に手を振り酒の追加を注文すると、乙の状況を苦とも思っていない様子の後輩を見

て、小さく嘆息した。ハミルトンはノ1マが返答するのを無邪気な顔をして待っている。仕方なく

応えてやることにした。

「:::;とれだけ多くの避難民が言うのだから、嘘ではないだろう。皆で口裏を合わせていると考

えるのも難しいしな。だが、炎龍というのもいささか信じがたく思える」

「わたしは、ここまで皆が口をそろえて言うんなら、信じても良いような気になって来てます」

女給は、ワインの瓶をテーブルにどんと置いて「ホントだよ、騎士さん達。炎龍だったよ1」と

二一一?っ。

騎士ノlマ・コ・イグルは「はははは。私はだまされないぞ」と軽く応じた。古代龍や新生龍、

無肢竜、翼竜などをひっくるめてドラゴンと呼称するから、何かと間違ったんだろうという態度

だ。

この反応には、女給も口を尖らせた。

ハミルトンは「まあまあ、気を悪くしないでよ。わたしは信じるから。よかったら話を聞かせて

くれないかな」と数枚の銅貨を渡した。チップとしては破格の額である。

これには女給も機嫌を直して「ありがとう、若い騎士さん」とかわいげのある笑顔を見せる。身

なりのせいか年増女に見えたが、この女給、意外と若いかも知れない。

「これだけして貰ったんだ、とっておきの話をしてやらなきゃいけないね」

女給はそう言うと、話し始めた。

炎龍が現れたという話が伝わると、コダ村は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。女給メリ

ザの元に隣の鍛治屋の奥さんがかけ込んできたのは、陽、か中天に達する頃合い。メリザが家で洗濯

物を干している最中だった。

「メリザ!メリザッ!大変だよ」

日頃から、村の噂話に興じる仲である。家にいないと見ればどこにいるか直ぐにわかるので、物118 一

l

119

干場までかけ込んで来たのだ。

メリザは、畑仕事に出ている農夫の夫に知らせるため、洗濯物を踏んづけて水切りしていた息子

を走らせる。そして自分は家に戻ると、とる物もとりあえず荷物をまとめ始めた。

夫が帰って来たのはその後、直ぐだった。

息せき切って帰ってきた夫が開口一番、「無事かけ・」と叫ぶ。どう伝わったのか、村が既にドラ

ゴンに襲われてしまったと勘違いしていたようだ。

無傷の女房の姿に安堵したのか、その場で座り込んでしまう夫。だが無事でも危険が去ったわけ

でもなく、本番はこれからなのだということをメリザは夫に言い聞かせ、直ぐに荷造りをするよう

にと尻を叩いた。

農耕用の荷車に家に備えた食糧と水瓶を積む。さらに什器、わずかばかりの衣類や、爪に火を灯

すような思いをして貯めたなけなしの蓄えを積み込むと、それだけで荷車はいっぱいとなってしま

った。

艦馬に荷車を牽かせ、息子と夫がそれを背後から押す。 そんな状態で道を進み、

と、既に多くの荷車や、村人達で道は渋滞していた。

荷物を積みすぎた荷車が壊れてしまい、道を塞いでしまったのだ0

時間が浪費されてしまった。どうにか村を出たが、

た。

村の中心に入る

その時には太陽は西の空にさしかかってい

陽が暮れれば野宿し、陽が昇れば道を進む。だが避難民達には、歩みが遅い者も速い者もいて、

三日も過ぎると年寄りゃ子どもを連れた家はどんどん遅れ、列は縦に伸びて先頭は見えなくなって

しまった。

泥淳に車輪を取られた荷馬車、か動けなくなり道を塞ぐこともあった。早くどけろ、少しは手伝え

といった怒号と罵声が飛び交い、人々の心はささくれ立っていった。あちこちで喧嘩がおこり、荒

れた道の凹みに車輪をとられた荷車が横転する。荷物が散乱し、子どもが泣きわめき途方に暮れた

女達は絶望にうなだれた。

だが、そんな自分たちを助けてくれる者達がいた。

「それが、まだらな緑色の服を着た連中さ。全部で十二人。女が二人いたね」

女給の声は、騎士達だけでなくその外側にまで届いた。いつの間にか居酒屋は静かになってい

た。メリザが村でのととや、緑の人達に女性がいたことを話したのは、この屈では初めてだったか

ら誰も彼もが聞き入っているのだ。

「女はどんな姿だった?」

ノ1マの間いにメリザは鼻を鳴らした。

「男つてのはみんなそれだねえ。まあいいや・・・背の高い女、かいたね。日中は兜を被っていてよく

見えないんだけど、野宿の時にチラと見えたよ。

馬のしっぽみたいに束ねてるのを解いた時、あたいは女ながら見惚れたねえ。カラスの濡れ羽色121 ゲ

-

1

120

艶の入った黒髪、がとっても縞麗でさ。どうしたらあんな色艶になるのか、言葉

が通じるんだったら教えて貰いたかったよ。体つきもほっそりとしていてね、異国風の美女ってい

うのはああいうのを言うんだろうね」

女の描写に、男達は色めきだった。

「ほう、で、もう一人は?」

「ありゃあ、猫みたいな女だったね。小柄でさ。髪は栗色で男みたいに短くしてた。元気な娘で、

面倒見もよくって子ども達はなついてたね。それと腕っ節が凄くて男連中は結構怖がってたね。ウ

チの亭主が、モルの旦那と喧嘩をおっぱじめた時、やってきて足をびゅんと目にもとまらない速さ

で振り回して、大の男二人をあっという聞にのしちまったんだ:::」

周囲の男達は、瞬く聞に興味をなくしていく。ある種の白けた空気が場を支配してしまった。ど

うにも彼女の話は、とりわけ男共には人気がないようだ。ま、さらに言葉を続けると態度がコロと

変わるのだが。

「体つきはすごかったね。さっき言ったように小柄なんだけど、胸、か牛並みに突き出ていてね。あ

たいははっきり言って嫉妬したよ。そのくせ腰は細く締まってるつてのが許せないね。顔は絹麗と

言うよりは可愛いって感じでさ」

って言うのかい?

やお

つお

ぱつ

り!

男達の歓声にメリザは「ちつ」と舌打ちした。客が喜ぶのはいいが、女としてはやっぱり面白く

ない。

「ま、そういうわけで色々とあったけど、あたいらは何とか進んでいたのさ。だけどね、あいつが

やって来たのさ」

村人達は水が不足し、食べ物も満足に食べることが出来ないでいた。それでもわずかでも進もう

と気力だけで頑張って来たが、それも限界に達した。

進める者は進むが、動けなくなった者はその場で座り込んでしまう。

動けなくなった子どもや年寄りは緑色の服の連中が、馬、がなくても動く荷車に乗せてくれた。だ

けど、全員を乗せられる訳じゃなかった。

「もうダメかも。せめて息子だけでも。あたいは本気で神に祈ったね。でもダメだった。神官連中

が神様はいるって言うからいるんだろうけど、少なくとも助けてはくれないね。あたいは金輪際、

神様の類に頼み事はしないことにしたよ」

それまで空は晴れていたのに急に日が陰った。雨でも降るのかと思って空を見上げてみんな凍り

付いた。

「赤い龍。足がついて腕が付いて、コウモリの羽みたいな翼を広げたでっかい奴さ。それが空を覆

っていたんだ」

その龍、か天空から舞い降りて、自の前にいたモルの旦那とその女房がいなくなった。122 -

)

123

一瞬のことだった。地面には二人の下半身が転がっていた。

何が起こっているか、理解するよりも早く逃げ出した。子どもを抱えると荷物なんか捨てて、と

にかく走った。

荷車が横転して、それに巻き込まれて死んだ村人も多い。

みんな逃げ出した。炎龍があたりを焼き払い、ほど良く焦げたところを炎龍に喰われていく。

蜘妹の子を散らすように、ただ逃げるしかなかった。蟻の巣をつぶす子どもみたいに、炎龍は村

人を踏みつぶし、食らいつくしていった。

もう絶望しかなかった。

「ところがさ、緑の人達がやってきたんだ」

メリザは淡々とした口調で語った。

ものすごい速さだったと。

馬でも無理って言うほどの速さで荷車が走っていた。その荷車に乗っていた緑の人達は、手にし

ていた杖を構えると、魔法で龍を攻め始めた。

でも、炎龍には少しも効かない。彼らの魔法でも鱗に傷一つつかない。だけど、緑の人達は諦め

なかった。

周りを走りまわって、村人達が少しでも逃げられるようにと、攻めるのを止めなかった。

そのおかげで、逃げおおせることが出来た村人も少なくない。

お返しとばかりに炎龍は緑の人達に襲いかかった。だけど、ものすごい速さで駆け抜ける荷車の

前には、さしもの炎龍も飛びかかることが出来なかった。一箇所に留まらない彼らには、龍の炎も

届かなかった。

それでも、炎龍は彼らのすばしつこさに少しずつ慣れていった。離れた所から魔法を浴びせるし

かない彼らは、少しずつ不利になっていった。

「ところがさ:::緑の人達の頭目が何かを叫んだんだ。そしてついにアレが出た」

「アレとは?」

いちもつ

「特大の魔法の杖さ。あたいらは勝手に鉄の逸物と呼ばせてもらっているよ。呪文もしっかり聞い

たよ。コホウノ・アゼンカクニとか言ってた。とんでもない音と一緒に、炎龍の左腕が、吹っ飛ん

だんだ」

?と

。炎そ

龍れ

はこ

傷そ

を無

負敵

いそど

、言杏

ートつ

地た

を炎

震龍

わが

す敗

大空

三:,: 9

日ヲ

広監

悲!思

鳴三

ヒJた と

その場を無様にも逃げ去っていったの

物語りが終わり、人々は余韻に沈黙する。

「て、鉄の逸物・:?」

例えるにしても凄すぎる名称に、博然としてしまった部分がないわけでもない。

125 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー124

少しの沈黙を経て、騎士達は感想を交わし始めた。居酒屋も次第に元の喧喋を取り戻していっ

た。

とにかく、立派な者達です。異郷の傭兵団のようですが、それほどの腕前と心映えならば、

是非にでも味方に迎えたいと思いますよ。いかがでしょう姫様?」

朱色の髪の女騎士はいきなり話を振られ、唱りつこうとしていたマ・ヌガ肉を皿に置いた

。マ・

ヌガ肉とは、家畜の大腿骨を芯にして、周りにミンチした肉を巻き薫製にしたものである。我々の

感覚で言うソーセージとかハムの一種だ。これをスライスせずに直火で焼いて、がぶつと唱りつく

のが醍醐味である。

皇女ピニャ・コ・ラ1ダは、酒に手を伸ばしながら言った。

「妾は、無肢竜そ撃退したという者共が使ったという武器に興味がある」

ゴダセン議員の「遠くにいる敵の歩兵がパパパという音をさせたら、味方が血を流して倒れてい

た」という言葉と、コダ村の避難民達の言葉との聞に符合するものを感じるのだ。連合諸王国軍が

アルヌス丘で壊滅したととも、その魔導武器と関係があるのではないか。

ピニャは、女給を呼び止めると尋ねた。

「女。お前の見たという連中が所持していた武器は、どのような物だった?」

メリザは首を傾げつつも、見たとおり感じたとおりを告げた。

「女」という呼びつけ方がいささか痛にさわったが、チップをはずんでくれた若い女騎士さんの顔

「レ」、

'rTMててキ仰い応じるととにした。

「つまりは、その者共の使った武器は鉄のような物でできた杖である。それは、はじけるような音

と共に、火を噴くと言うのだな?」

「あれは、あたいが見たところ魔法の武器だね」

「で、無肢竜を撃退した杖:::鉄のイチモツとやらも同じものだったかっ・何かに似た形状がある

か?出来るだけ見たままに言え」

「無肢竜じゃなくて炎龍、たって言ったろう?」女給はそこまで言って、ニヤッと嫌らしそうな笑み

を浮かべた。そして、その場にいた男連中を見回す。

「あんたみたいなのをカマトトと言うのさ。逸物はイチモツに決まってるだろうさ:::ま、良家の

お嬢様には想像もつかないのかも知れないねえ。でもね、男を知ってる女に尋ねりゃ誰だって口を

そろえてこう言うよ。ありあ、男連中のナニにそっくりだってね。もっとも、小脇に抱えるほどで

かくて、黒くて、ぶっといナこを持ってるような男は、ここらにゃあ居ないだろうけどね」

女給はキシシと粗野に笑いながら、注文をとりに次のテーブルへと去って行った。

何のことだかよく解つてないピニヤの視線が、解説を求めてぐるりと男連中をめぐる。だが、そ

の場にいた男には応じようもなく、気まずそうに目を背けるのだった。

男共に目を逸らされたピニャの視線は、最後にはハミルトンへとたどり着く。

「お前、確か婚約者がいたな:::」127 ゲ

l

126

お鉢が回ってくるとは思わなかったのだろう。

准騎士ハミルトン・ウノ・ロlは、口に含んでいたスlプをブッと吹き出すと、慌てて短髪を振

り乱して首を振り、手を振った。

「た、確かにいますけど・・・わたくしは乙女ですっ!あんなものの話を口に出来るわけないじゃ

ないですかっ!:::あっ」

男達の視線、か彼女に集中する。「ほう、あんなもの、か」とピニャの胡乱な視線が彼女を貫く。

ハミルトンは顔を真っ赤にして備き小さくなるのだった。

06

さて、避難民達の身の振り方三つの内、二つまでは述べた。

最後の一つがある。

それは、伊丹ら自衛官達に付いていくという選択肢だった。この方法を選んだのは、避難民達で

も、ごく少数の二十三名である。

正体不明の武装集団に付いていくという選択肢は、それとそ深淵に飛び込むに似た心境だったに

違いない。下手をすると身ぐるみ剥がれた上で、奴隷に売り払われるという結末、たってあり得る。

だが、他に方法がなかったのだ。というのは彼らは炎龍の襲撃によって両親を亡くした年端もいか

ない子どもだったり、逆に子どもや孫を喪った年寄り、そして傷病者であり、通常であれば緩慢な

死が決定づけられた者達だったからだ。

もちろん、そうでない者もいる。例えば伊丹達自衛官に並々ならぬ興味を抱いた魔導師カト!と

その弟子とか、エムロイ神殿の神宮とか、だ。

だが、ほとんどの者は、「これからどこに行く?行きたいところへ送っていくよ」と尋ねられ

でも困る者ばかりだった。

伊丹は、残った二十三人をどとまで連れて行けばいいのかと村長に尋ねた。すると「神に委ね

る」という意味の単語、を並べられた。

伊丹は首を傾げつつ何度も問い返した。

こうしたことは言葉がうまく通じなくても、ニュアンスとして伝わって来るものがある。「責任

を負う者はいない」「どこへでも行け」「好きなようにしろ」と翻訳できる言葉が述べられたこと

がわかると、伊丹は深々とため息をついた。

村長は、自らの家族を乗せた馬車に乗り込むと、伊丹に対してこう言った。

「お前達、か、義侠心と慈悲に富んだ者であることは、よく理解している。お前達から見れば健等は

薄情者と見えよう。だがな、健らは自分とその家族を守るだけで精一杯なのじゃよ・:・理解してく

れ、と思つては貧欲の罪で罰せられような」

129 ゲート自衛隊彼の地にて、斯くl段えり- 1接触編ー128

振り返りもせず去って行く村長。

伊丹を含めた自衛官達はその無責任、ぶりに呆然として、残された者も皆、自分達は見捨てられた

のだと理解したのである。

高機動車の後方に乗っている親を亡くした子どもや、怪我人、エルフの少女::・いくつもの瞳が

伊丹に向けられた。伊丹がどのような決断を下すのかと、不安げな色に染まっていた。言葉、か通じ

ないからこそ、伊丹の表情のわずかな変化をも読みとろうとしていた。そんな中には、興味深そう

な面白ずくな色に染まった黒ゴス少女の瞳もあったのだが。

だが伊丹は、皆、か思っているほどの重責を感じてなかった。

「ま、いつか:::。大丈夫、まかしておきなって」

無邪気なほどの笑みに、ホッとした空気が流れた。

伊丹の任務とは、この世界の住民について調査することである。交流し、親交を深め、この世界

についての知識を得るために必要に資料や情報を収集して来ることだ。拡大解釈すれば、自らの意

思で付いてきてくれる住民を得るととは、大成功ってことではないだろうか?そう考えたのであ

る。

お役人的発想によれば、これはホントは大問題である。

この時点で「何が問題なんだっ・」と思った諸兄等はお役人にはなれないし、なりたくもないだろ

うから安心して頂いて良いのであるが、お役人様達にとって、こういった拡大解釈をする人聞は困

ったちゃんとして、とても嫌われるのである。

「き、き、君は:::」

檎垣三等陸佐は、自分が何をしたかよく判っていない部下を前に頭を抱えた。

深部情報偵察隊の幹部連中も蒼然として、窓の外で隊舎の前に止められた車に乗る避難民達が、

周囲を珍しげに眺めているのを確認した。

「だ、誰が連れて来て良いと言った?」

「あれ?連れて来ちゃまずかったんですか?」

ポリポリと後ろ頭を掻く伊丹。檎垣はしばし遼巡した後に、

室を出たのである。

「ついて来たまえ」と命じて、執務

*

*

「陸将・::各方面に派遣した、偵察隊からの一次報告がまとまりました」

「おうっ!」

幕僚の呼びかけに気さくな返事をしたのは、

はざま

狭間陸将である。

この人は東京大学の哲学科などという、普通では滅多に入れない学校を卒業したというのに、陸

上自衛隊に二等陸士から入隊して内部で順調に昇進を重ね、ついには陸将になったという立志伝中

自衛隊彼の地にて、斯く戦えり一l接触編130 131 ゲート

の人である。栄達したいのなら、いくらでも早道があるというのにわざわざ遠回りを好むのは変わ

ごくまれ

り者と一言守える。極希にいる運転免許証の『種類』欄を埋めてしまう人に近いかも知れない。座右の

銘は『たたきあげ』だとか。

ゃなぎだ

狭間は老眼鏡をはずすと、執務机の上に積み上げられた書類の東から、柳田二等陸尉へと視線を

移した。

この柳田二等陸尉は防衛大学を優秀な成績で卒業したということで、日頃の言動にエリート意識

が漂いとても鼻につく。しかし、との狭聞に対してだけは頭が上がらない様子であった。その理由

というのが、彼が東大を受けて落ちたからだとまことしやかに語られている。人は他人と自分そ測

るのに、いくつかの物差しを使う。学歴という物差し、キャリアという物差し、実務能力、そして

自衛官ならば戦士としての力量・・:人は他人に対して、どれか勝っているところを探したくなるの

だ。そして、その全てに置いてかなわない相手を前にしたらどうするか。そんな時は、素直に無条

件降伏して「この人すげえ」と思えば良いのだが、柳田について言えば自尊心が高すぎた。おそら

く、何か不幸な幼児体験からか、あるいは親から受けた教育、かそういう種類のものだったのかも知

れない。あらゆる分野で自分より優れた人物に、素直に感心することは出来ず、結果としてその存

在を心の底で恨み憎んだというのである。

「どうだ、何かわかったか?」

クルlカットのごま塩頭を軽くなで上げて、狭間は椅子の背もたれに上体を預けた。キィという

山川をたててぽしい引務柿子、か悲・仰を上げる。彼は、災

など思いもしない。ただ

にさん

「二三、貴重な報告が入ってますが、資料でしかありませんので、

柳田が自分に対して、逆恨みを抱いている

「こいつ、ちょっと要注意だな」と勘が働くので気をつけて扱っている。

そのように性急に結論を急がれ

ましでも:・・」

「そうだろうな。堅実にやってくれ」

狭聞にしても、ちょっと偵察した程度で何もかもが解るとは思っていない。ただ、感触とでも言

うか、この土地に住む人々の傾向性のようなものがつかめるととを期待しているのだ。

現地住民との関係性というものは、部隊の安全に始まって、この特地における日本の評価、政治

的な影響へと深く結びついていく。民情を無視した行動を起こして反感を醸成し、抵抗運動など起

こされてもたまらない。従って、この土地の住民が何を持って正義とし何を持って悪と感じるかと

いう、単純なことであるが、そうした規範意識への理解が、案外に大切なのである。例えれば、イ

スラム文化圏では犬を嫌う、成人男性は髭を生やしていることが好まれる:・・などである。

「各隊共に言葉の点で、かなり苦労してるようですが、

す。この辺の住民は、見た目、か『人間』タイプで、主な産業は農・林業といった一次産業でした。

集落ひとつひとつの人口もそれほど多くないようですね。第六偵察隊の赴いた人口五百人規模の集

ほとんどが平穏な一次接触が出来たようで

落では、どうにか商店めいたものがあったそうです。扱われていた品目は、衣料品や工具・農具

類-それと家庭で使われる油を灯すランプといった生活雑貨でした。・::これが商屈の取り扱い品

132 133 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー

目と価格のリストです。デジタル写真、か添付されてます」

こんな説明か」加えながらA4版コピl紙の東を机に置いた柳田は、こういう仕事についてはさす

がに優秀で遺漏がないところが}見せつける。

狭間がバラバラとめくって見ると、調査に赴いた隊員のコメントなども併せ、通販のカタログの

ようにも見える。だがこれらの資料は、この土地における経済の実体を把握する上で極めて貴重な

ものであった。こうした資料はただちに本土(門の向こう側)へと送られて、政府のシンクタンク

が分析するための貴重な材料となる。

「あと、この土地の政治体制といったものが類推できるようなことは、まだ報告されてないです

ね。どこの集落にも村長とでも呼ぶべき人物がいて、住民をまとめているようではあります」

「その村長が、どんな方法で決まっているのかだな」

それがわかれば、この世界の政治体制の主涜が民主制か、あるいは寡頭制か、はたまた独裁制か

を類推することができるかも知れない。

柳田は、わざとらしくため息をついて調査の困難を吃いた。

「住民を何人か、こちらに招けるといいんですが:::」

「コミュニケーションが上手くできていない状態で、こちらに連れて来るのはまずいだろう?

後々、投致だとか強制連行とか言われでも困るからなあ」

「それでなんですが・:」

柳川が卜川叫ができたとぱカりに本則に入ろうとした。狭間も、訴の流れから部下がこの話をし

たかったようだと受け止める。

「都合の良いことに、伊丹の隊がコダ村からの避難民の護送をしてます」

「おう。あのドラゴンが出たとかっていうところだったなL

「ええ、そうです」

乙の時点で、狭聞を始めとした幹部連中の認識は、熊か、鮫が出たといった程度でしかなかっ

た。その程度のととで村人が村を捨てて逃げるというのも大げさだと感じるのであるが、危険な野

生動物が出没することが希な現代日本では、こうした害獣災害は想像することも難しいので「こう

いう土地だし、そういうこともあるのか?」ぐらいに受け止めている。

実際に、このアルヌス丘に攻め寄せてきた現地軍が騎乗していた飛龍、か、対空火器で対応できた

ことも、それほどの脅威として考えられない理由の一つと言えるだろう。

「それでなんですが、コダ村の住民そここで受け容れるというのはどうでしょう?これならば、

必要な措置の範囲として内外に説明可能です。当人達も感謝こそすれ、投致されたなどとは考えな

いでしょう?」

柳田は説明した。

乙のアルヌス丘近くに、難民キャンプを作ってそこへ住民を収容する。今回のコダ村の逃避行

は、害獣出没によるものだから期聞を限定した一時的避難でしかない。その聞のこととして期聞を135 ゲ

-

1

134

区切って考えるなら、各種の研究や調査に協力して貰うメリットの方が大きいのではないか。日常

的にコミュニケーションを交えることで、言葉の問題もかなり解決するだろうし、この特地の政治

や経済にかかわる情報も間違いなくとれるはずだ。

実は、市ヶ谷や官邸の方からも、特地の内情、か理解できる情報の要求が激しいのである。柳田

は、矢のような催促をうけている。従って早めに成果を上げておきたい等々の説明を並べた。

狭間は、指先でトントンと机を叩きながら「戦闘時はどうする?敵性武装勢力の活動はほぼ停

止していると言っても、ここは彼らの攻撃目標でもあるのだぞ」と、分かり切っていることをあえ

て尋ねた。

「我々と接触した住民を、敵対勢力がどのように扱うかも心配しないわけにはいかないしな」

過去の出来事を振り返ってみれば、異教徒・異民族と親しくしたという理由で、自国民を虐殺し

た例に事欠かないのだ。

「敵の近接時には、こちらに収容して安全を確保しましょう。まあ、敵、か地元住民を虐待しようが

虐殺しようが当方には関係ないことですが、さすがに見て見ぬ振りをするわけにもいかないでしょ

ヲつ」

狭間は眉を箪めつつも、地元民を収容するという考えには領いた。自分自身も同じように考えて

いたから、この意見についての異議はない。不快の原因は身も蓋もない柳田の言いようであった。

だが、人間一人で考えられることは限界があって、見落としゃ、間違いが必ずついてまわる。住

民を防塞に収容するとしても、様々なリスクや問題、が起こりえる。例えば敵方の人聞が、避難民に

紛れて入り込んで破壊工作を行う等である。だからといってリスクを避けるため地元住民を遠ざけ

ていれば良いと言うわけでもないのも柳田の指摘したとおりである。

東京の銀座に軍隊を送り込んできた敵性勢力を交渉のテーブルにつかせて、力ずくででも頭を下

げさせるには、是が非でも地域の実情を把握し、この土地、地域、そしてこの世界の政治がどのよ

うになっているかを調べなくてはならないのだ。

狭間は、戦闘時における避難民の扱いについて、もう一度検討するように指示しようとした。そ

の時である。

「入ります」

常日頃から開放されているドアには「ノック不要。入室許可」と書かれた紙、か貼り付けられてい

るため、檎垣三等陸佐はとりあえず声をかけて執務室へと入り込んだ。

「ご報告いたします。第三偵察隊が戻りました。戻りましたのですが:・:実は、その、伊丹の奴が

..

.

- L_

こうして、なし崩しに避難民達の受け入れが決まってしまうのである。

「ょう、伊丹L

声をかけられて伊丹は足を止めた。136 l

137

上司連中からの嫌味やお説教を、と。ほけた表情で馬耳東風と聞き流すこと小一時間。査閉会にも

似た会議はそれでもどうにか「連れてきてしまったものは、どうしょうもない」という言葉で幕引

きが為された。

市ヶ谷(防衛省)には、避難民の中で自活しての生活が難しい傷病者・老人・子どもを保護した

と報告するととになる。いろいろと言われるかも知れないが、「人道的な配慮」の一言で強行突破

するしかないと、苦々しい表情をしつつ、も認めるしかなかったのだ。

「そのかわり、お前が面倒をみろ」

別に伊丹に、自分の財布で連中を養えと言っているのではない。避難民達を保護するにあたっ

て、そこから派生する諸々の諸手続は一切お前がやれという意味である。それが、この件を問題と

しない代わりの条件となった。

伊丹は、とりあえず避難民の食事と寝床の手配をする算段を考えながら、暗い廊下から階段へと

向かっていた。糧食斑に頼み込んで食事を出してもらうことは出来る。しばらくは戦闘糧食になる

だろうが、この際賀沢は言えない。問題は寝床だ。こちらでは寝起きする隊舎がまだ完成しておら

ず、隊員達ですらプレハブ建物を利用しているのだ。走馬を借り出して来るしかないか・。書類

を用意して、必要事項を記入して、捺印して:::ああめんどくさい・:そんなことを考えて廊下を

歩いているところだったのだ。

かけられた声に、大儀そうに振り返る。

サると川がりに川カれたベンチ九州り込む川とたばこU火、がけんえた。.大川近くまで立ち卜.る紫

煙。陰影の向こう側で口元だけを微妙にゆがめた陰湿そうな笑み。

柳田二尉であった。

「伊丹。お前さん、わざとだろ」

「何がです?」

年齢的には柳田二尉の方が若いが、昇進したばかりの伊丹からすれば柳田のほうが先任だ。階級

が同じ場合、先任者、か上位になる。さらに加えて、伊丹は柳田があまり好きではなかった。好きで

ない相手とは出来るだけ関わりにならないようにすることが伊丹の処世術である。礼儀正しくする

のも、余計な摩擦を生まず作らず、相手の記憶からフェイドアウトしたいからだ。

「とぼけるなって。みんな判ってんだよ。それまでは定時連絡だけは欠かさなかったお前が、突然

通信不良で連絡できなくなってましたって、誰が信じる。おおかた避難民をどっかに放り出せって

言われると思ったんだろ?」

「いやあ、そんなことは:・:こっちはホラ、異世界だしい。電離層とか磁気嵐の都合とか、思うよ

うにならんもんですなあ。この世界の太陽黒点ってど!なってるのかなあ・・:あはははは」

伊丹は暗いながらがりがりと後ろ頭を掻きむしった。どうにも苦しいが、別に信じてもらう必要

もないのだ。誰も信じていないとしても、報告書には『通信不良のため指示を受けることが出来

ず、やむを得ず現場の判断で避難民達を連れ帰った』と記される。そしてそれが公式の見解として

139 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー138

「記

ふ録

んさ

、れ

章慌て

晦?:い

しく

やの

がだ

つか

てら

ったく・:・」

柳田はたばこを口に運ぶ。大きく煙を吸ってから吐きだしたのは煙だけでなくため息か

「ま、遅かれ早かれ地元民との交流は深めなきゃならんかったからな、スケジュールが早まっただ

けで問題にもならん。・・・上の連中はそう考えているが、裏方のコッチとしちゃあ、たまらんぜ。

段取りが狂っちまったんだからよ」

柳田の言い様が妙に摘に障る。

それは人の負い目につけ込もうとする小ずるさの気配を感じたからだ。

精神的にお返ししますよ」

たばこを阪蹴に押しつけてグリグリと捻りながら、

「いずれ、

柳田は肩をすくめた。

「足りないな。大いに足りない」

「あんた、せこいですなあ。恩を着せて俺に何をさせようと?」

柳田は、「ちょっと河岸変えて、話をしようか」と腰を上げた。薄笑いのまま

す陽

。は

くりと

日の沈む方角であるが故に西と位置づけられた空がゆっくりと紅く染まり

ぶつかんば

そんな空を見渡せる、西2号(仮)隊舎の物干場に二人の男が相対していた。

柳川はフェンスにもたれつつ、たばこに火をつける。そして話を始めた。

「これまで集めることが出来た情報から見ても、この世界は宝の山だということがわかる。生物の

遺伝子配列は、我々の物と非常に近似している。おそらく姿が似ている種同士なら交配も可能だろ

う。それがどういった理屈によるものかを考えるのは学者連中に任せることにしても、この世界で

我々が暮らすことは十分に可能だ。現に俺たちはこの世界の大地に立ち空気を吸っている。食い物

は『門』の向とうから運んでいるがな:・:それにしたところで、我々の食い物を喰ったこの土地の

生き物に健康被害がなければ、この世界の物を俺たちが喰ってみようという話もいずれ出て来る。

この世界には公害や環境汚染もない。土地も広く、植物相も多彩で豊かだ。そしてなによりも

我々の世界で稀金属・希土類とされている地下資源もかなりの量が埋蔵されていると予測されてい

る。住民達の文明のレベルは我々から見れば、蟻と巨象ほどの格差があって、我が方に絶対的に有

利だ。そんな世界との唯一の接点が偶然にも日本に聞かれた。これは幸運だとも舌守えるし災厄とも

言える。

ロンドン、上海の株式市場では日本と結びつきの深い資源開発系の企業が軒並み

ストップ高。原油、鉱物関係の相場はゆっくりと下落中。永田町の議員連中は経団連の重鎮と連日

勉強会。アメリカを始めとしてEU諸国からの接触で外務省も大忙しだ。だがな、肝心の我が国の

政府はこの件を扱いかねてる。中国やロシアといった国が他の資源輸出国と協調して『門』のこち

ら側を国際共同で管理すべきだという意見をまとめ始めているからだ。鯨問題程度なら我が国の伝

ニューヨーク、

140

141 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー

統的な食文化を守るためだ、全世界を敵に回そうとも大いに突っ張るべきだが、こと経済がかかわ

るとなると、世界の半分を敵に回して突っ張っていけるほど我が国は強くない。

なあ伊丹、永田町の連中は知りたがっているんだ。

乙の世界は、世界の半分を敵に回しても、つつばっていくだけの価値があるか、どうかをな」

「それだけの価値があったら?」

「物を持つ側、が強いのはお前も知っているだろう。人民解放軍がどれだけチベット人やウイグル人

を殺そうと、冷凍鮫子に毒を入れようとも、ロシア人が金だけ出させた上で天然ガス採掘の契約を

一方的に破棄したり、グルジアから南オセチアを切り取っても、最終的には連中の思惑どおりにな

る。それは連中、か、みんなが欲しがっている物をかかえてるからだ。極端な話、全世界から縁を切

られようと、この世界から日本がやっていけるだけのものを十分に得られるなら、それなりに強気

に振る舞うことが出来るんだ」

伊丹は肩をすくめた。

「柳田さん、あんたがどれだけ国のことを考えているかはよくわかった。実に愛国的だね。俺も見

習いたいよ。だがね、人には役割ってものがあるでしょうよ。実際、今の国際情勢がどんなもので

あるか教えてもらっても全然ピンと来ないんだ。実際に、今俺の頭の中にあるのは、連れてきた子

ども達の今夜の寝床と飯の事なんだから。国際情勢と俺の仕事が、どう関わってるんだ?」

「言って聞かせたろ? この世界、乙の土地が価値あるものかどうかを一刻も早く知りたいと。

ゃ、違うな。価値あるものがどこにあるか知りたいんだ。この世界が日本のものになるとしても、

国連の共同管理になるにしても、どこに何があるという情報を握っている者が圧倒的に有利だ。お

前、自分がその情報に最も近いところにいると自覚してるのか?他の偵察隊がしたことは、村で

どんなものが売られているかをちょっとばかし調べて、わずかばかり単語帳の語藁を増やした程

度でしかない。それに対してお前は、この土地の人間と信頼関係を掴んで来た。何がどこで作られ

て、どんな物がどこに埋蔵され、どのように流通しているか、その気になれば調べられる立場にい

るんだぞ」

「ちょっと待ってくれよ、柳田さん。その辺の子ども達つれてきて、金銀財宝はどこにありますか?

石油はどこにありますか? って聞いて、教えてくれるとでも?恥をさらすようだが俺は地理

の成績は劣悪だったぜ。学校に通ってる俺でさえそうだつたんだ。教育制度のない世界の子ども

が、自分の生 活範囲の外にあるものを知るわけないだろう。断言してもいいが絶対に知らないね」

そう言い返しつつも、荷馬車に書籍を満載させたプラチナブロンドの少女とその師匠の老人はど

うかなぁと思う伊丹である。言語学者をつれてきて彼らの書籍を翻訳させた方が早いのではないか

と思ったりした。

「知っている人聞を探して、情報を得ることが出来る。これは絶対的な要素だ」

その言葉に伊丹は二の句が継げられなかった。

「伊丹よ。近日中にあんたは、大幅な自由行動、か許されることになる。その任務がどんな名目に142

し、

143 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編

なるかは、

なら

官僚達の作文能力次第だからなんとも言えないが、どんな文吾-RN命令書に列んでいよう

と、最終的な目的は一つだ」

「たまらんね、まったく」

伊丹は、盛大に舌打ちした。

借りの多い稼業だけに、いざとなっ

「ふんっ。いままでは、税金でのんびりさせてもらったんだ、

たら嫌です出来ませんですは通じないぞ。せいぜい働くことだ」

柳田はそう言うと、たばこを物干場から放り捨てた。

*

*

先のことの見通しは立たないとしても、現実的に必要とされる諸々の事を丁寧に片づけて行くだ

けで、物事というのは次第に形になって来るものである。できあがった物は雑多で、無計画でま

とまりに欠いた物になるだろう。それでも、その中で生活する者にとっては、日常の場面として慣

れ親しんでいくことになる。

とりあえず食事を手配する。

とりあえず寝床のためにテントを立てる。

とりあえず、怪我人病人を医官に診てもらう。

とりあえず衣服の手配をする。

子どもの面倒を避難民達のお年寄りゃ、年長の子ども達に見てもらうよう何とか意思疎通する。

こうして『とりあえず』を積み重ねつつ数日、どうにか一息つくと、それを暫くの聞なんとか続

けられる形にしないといけない。テント生活だって、長引かせて良いものではない。まして子ども

や老人である。やはり屋根と壁のある家での生活が望ましい。

黒川と栗林の連名で、そんな意見具申を受けた伊丹は、アルヌスの丘から南に外れること約二キ

ロ。その森の中にコダ村からの避難民である子ども達や老人達のキャンプを建設することにした。

利便性の問題から当初は丘の中腹にという話、か出たが、戦闘に巻き込まれる危険も著しく高くな

るので、地形や周辺の状況を見てこのような場所を選ぶことにした。

もちろん、実際に建設するのは施設科の隊員達である。だが、そのための書類の文面を考え、資

材や、消耗品、予買について記した資料を用意するのは、伊丹の仕事となった。書類事務に詳しい

仁科一等陸曹に文面その他いろいろについてアドバイスをもらい、点や丸のつけかたにすら嫌みな

指摘事項をつける柳田の笑みに内心酔易としつつ、どうにか上のハンコをもらって提出を済ませた

翌日は、丸一日寝込んだほどだった。

「これ、お役所の公務員だったら片手間でこなす仕事なんですけどね」

仁科一曹の言葉に、つくづくお役所勤めを選ばなくて良かったと思う伊丹であった。

「同じ国家公務員、でも特別職、か付くか付かないかでこれほど違う。俺、特別職国家公務員でラツ144

145 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり← l接触編ー

キl」

こんな寝言そしみじみと捻ったとか、耽えなかったとか: 。

準備には異常に手聞がかかる。だが始めると早いというのが自衛隊の仕事であった。

瞬く聞に森を切り開き重機をもって地をならして、簡易ではあるが屋根のある家が並べられてい

ノ¥。

そんな光景を、レレイはあんぐりと口を開けて見ていることしか出来なかった

「:・::乙れで、ようやく荷車から荷物を下ろせるわい。慢はもう寝る」

ほとんどやけっぱちのような口調で言い捨て、テントの中へと消えていく師匠に、レレイも大い

に同意したかった。

馬が牽かないのに、馬よりも速く疾走する馬車。

炎龍すら撃退する魔法の杖。

アルヌスの丘に築かれた堅牢にして巨大な城塞。

けたたましい音を立てて空を飛ぶ、巨大な鉄のトンボ。

一本切り倒すのに、隔が半日かかるほどの巨木高く聞に倒してしまう、のこぎり。

土木作業員百人分は働いて地面を掘り返してしまう、巨大なスコップのついた鉄の車

そして、瞬く聞に家を建ててしまう技術力。

は問き疲れていた。

知識のない子どもや老人達のほうが、素直に驚けている。素直に感心し、素直にそういうモノな

のだと納得して、その便利さを受け容れている。なまじ、多くの知識を有しているが故、理解の難

しい非現実的な出来事に、レレイの頭脳は最早オーバーヒlト寸前であった。

「・::::乙んな凄い光景を見過ごしたなんて知ったら、お父さんきっとがっかりするわね。あとで

教えてあげなきゃ・・・・」

体調の快復したエルフの娘が、こちらで貰った伸縮性のある軟らかい布で出来た上衣にズボンと

いう出で立ちで(後で知ったが、ジーンズとTシャツと言うらしい)、唖然と作業を眺めていた。

実に羨ましい。

ぎり一パって

レレイとしては見なかったととにして、ベットに潜り込みところの平安を維持したいと思ってし

まうのに。まあ、森の守護者という立場も忘れて、ただ呆然と見ているしかないほどの驚きという

のも理解できる。

だが、賢者として生きることを選んだ以上、理解できないことをそのまま放置しておくことは許

されない。世界の不思議を、知性でもって征服することこそ、賢者としての誇りであり野心なのだ

から。

圧倒され、くじけそうになる心を叱略して前に進む。

動き回る鉄の車に近づこうとすると、作業をしている人達に恐い顔で暁まれてしまった。何かを146 -

1

147

怒鳴っているが、察するに「危険だから」と言っているのではないかと思えた。これほどの巨大な

車両が動き回っているのである。もしぶつかったり巻き込まれたら、自分などひとたまりもないだ

ろう。その危険を防ぐためにレレイに近づくことを禁じ、警告しているのだ。

そこで、作業現場の片隅で炊煙の香りをあげている車に近づいてみる。そして、どのような構造

になっているか観察することにした。

これは見ただけで理解できた。

かまど

それにしても「移動させることが出来る竃』というのも凄い発想だと思える。軍隊はもちろん、

交易などでキャラバンを組み長距離の旅をする商人達も喜ぶのではないかと思うのだ。野営するに

しても、竃をしつらえる作業というのは結構手聞がかかるものだから。

そんなことを考えながら、炊飯車の前に立っていると、作業そしていた男性が何かを言いながら

微笑んだ。

「ちょっと待ってろよ。もうすぐ、できるからなあ」

残念なことに、現段階では彼が好意的に、レレイに対して何かを伝えようとしていることだけが

理解できるだけだった。

レレイの見るところ、彼らはこちらの言葉を覚えようとしてる様子が見て取れる。積極的に話し

かけて来ては、単語を繰り返している。その成果もあってたどたどしいながらも、多少の意思疎通

もできるようになった。だが、彼らがこちらの言葉を覚えるのを待つのでは、何も学ぶことが出来

仇いH 仙川口カ他うぬ日ハ、ほ術、そして巧えていることを州桝しようと思うならば、彼らの言葉在学

ぶしかない。レレイはそう決心して、男性へと話しかけることにした。

古田陸土長は、自慢の包丁技をふるいながら微笑んで見せた。

元老舗料亭の板前だったというのは伊達ではない。そんな彼が自衛隊に入ったりも、自分の屈を

持つための資金稼ぎだ。任期を勤め上げた時にもらえる退職金はそのための大事な資金となるだろ

ヲつ。

女の子が、山積みになっている食材を指さして見せた。

「ん?」

「CBωー自己目門ロサ」

大根を指さして、さかんに何かを言っている。同じ単語の繰り返しに、

て、突っ樫貧な口調で「大根だよ。大根」と返した。言ってから「あっ、

や」と、すぐに思い返す。

いささか欝陶しくなっ

いけね。優しくしなき

「ロ巴}ハODJM

l」

「そう。だいこん」

古田は大根を、どんどんかつらむきしていく。

今日は、日本食の粋とも言える刺身を一品、だだけつけることになつていた。刺身のつまと二云一=一

はり大根、だだろヲうつ九。

149 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり1接触編ー148

魚を生で食べる文化は今でこそ世界的な流行にあるが、受け容れられるのにはとても時聞が必要

だった。欧米では魚を生で食べるなど野蛮なことだと考えられていたのだ。さて、この世界ではど

そんなことを考えながら、古田はプラチナブロンドの少女に言葉を返していた。うかな?

「印OE仏印日}ハOD」

「だ・い・こ・ん」

レレイは首を傾げつつも推察した。〔笠宮口という単語の前につけられたgcという言葉は、きっ

と肯定を意味する単語ではないかと。

間違いない。この野菜の名称は「だいこん」なのだ。

「だ・い・こ・ん」

男性は微笑むと、「∞ESEER-」と言いながら大きく領いた。領きながら、楽しそうに大根

と呼ばれる野菜を見事に削り、一枚の布・・・包帯のようにしていく。その見事な包丁技に、乙の世

界の男性というのは、みんなこれほど料理達者なのだろうか?などという感想を抱いた。

こうして、賢者レレイ・ラ・レレlナはちょっとした誤解も含めながらも、天才と呼ばれる知性

でもって、猛烈な速度で日本語の習得を始めたのである。

07

三度に渡って行われた連合諸王国軍によるアルヌスの丘攻撃は、結果として戦闘とはとても呼べ

ないものとなり果てていた。

例えるなら前方が断崖絶壁であることに気付かないまま進んだ集団自

殺とでも言えよう。もちろんそうなった理由の最たるものは、敵についての情報を全く提供しなか

った帝国にある。

当時、連合諸王国軍に軍旗を連ねた国は、諸侯国併せて二十一カ国。総兵力は約十万である。遠

近東西、様々な国の兵士が一同に会する光景は、見事なまでの壮観であった。

裸馬同然の馬にまたがる軽装騎兵。

重厚な鉄の装甲で馬を覆った重装騎兵。

大空宇佐舞う翼竜に騎乗する竜騎兵。

一歩一歩、歩む毎に地響きが聞こえそうな巨大な童象を連ねる戦象部隊。

小柄ながら精強な印象の南国兵。

方形の鉄楯を連ねる重装歩兵。

林のような長槍を並べる槍兵。

自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接紗編150 151 ゲート

さらには考、投石機、石弓等が所狭しと集められている。

帝国では軍馬同様の扱いを受けるオlクやゴプリンにまで鎧を着せている国もあった。

それぞれが、出身の国毎に異なる軍装の埠びやかさを競っているかのようであった。

この大戦力を三十万と固守して、大地と空乙とごとくを埋め尽くし進むのだから勝利は当然。だれ

もがそう考えて疑わない。

そもそも、アルヌスの丘は聖地などと言いつつも、実際にあるのはなだらかな斜面をもった小高

い丘でしかない。

見通しを妨げる林や険しい森があるわけでもなく、道を塞ぐ大河や、切り立った崖があるわけで

もない。ただの荒涼たる大地が、やや盛り上がっている。それだけの土地であった。

頂上をおさえ斜面の上方に位置取ったとは行っても、地形による助けは極わずかと言っても良

い。さらには、現地にいる帝国軍の報告によると侵入した異世界の兵とやらは、何を考えているの

か地面に穴や溝を掘り、見た目は斧の一振りでも断ち切れそうな、細い針金で作った柵で周囲を囲

う程度のことしかしていないと言う。

ドワ1フが作るような地下城が建設されているならやっかいであるが、ヒト種の手だけでそれを

するには時聞がかかる。一ヶ月や二ヶ月で完成させることなど殊更無理だ。

そうなれば、勝つのは単純に戦力の多い方である。

エルベ藩王国の国王デュランは、白髪の交じり始めた髪をたくし上げながら、との程度の敵に連

AH祁ド阿川を時処した阜市モルト・ソル・アウグスタスの真意に思いを巡らせていた。

この程度の敵、帝国の軍事力をもってすれば、諸国の軍勢を集めることなどしなくとも、いとも

簡単にねじ伏せることが出来る。

にもかかわらず、あえて連合諸王国軍を呼集した理由を考えるとするならば、軍事上の理由では

なく、何か政治的な意味を持つとしか思えなかったのである。

例えば諸王を集めることで、己の権威のほどを国の内外に知らしめるという目的はどうだろう

か?だが、それが目的ならば、諸王のみを集めて会盟の儀式を行えば済む。無理に大戦力を呼

び集める意味はない。十万もの戦力を集めたには、何かそれなりの理由がなければおかしいのであ

る。十万人分の食糧を集めるにも葉大な費用を必要とするのだから。

この大戦力をもって、どこかの国を攻めるという可能性もあるが、大陸を守るためと称して連合

諸王国軍を呼集した以上、その軍でどこかを攻めるというのは大義名分に欠けるだろう。

「さてデユラン殿、どのように攻めましょうかの?」

通常ならば、リィグウ公王のとの言葉も軍議の場にて真剣に検討されるべき課題である。だが、

「これほどの大兵力を擁しては、区々たる戦術はあまり意味を為さない。鎧袖一触、岩に卵を投げ

つけるがごとくの結果となるだろう」という理由で、真剣に論じられていなかったのだ。

実際、リィグウ公王の問いかけは戦術を検討するというより、無用の心配をし続けているように

見えるデュランを抑撤するような響きがあった。152 l

153

「リィグウ殿。貴公も少しは真剣に考えて下され」

「とは言われでものう。我が軍だけで攻めよと言われれば、陣立てや戦術を考える必要もあろうか

と思うが、物見によれば敵は精々一万を少し超える程度と言うではないか。それに対して我らは

三十万と号しておる。一斉に攻め立てれば労することもなく戦も終わるであろう?敵の様子だの

は丘で敵と相対している帝国箪と合流してから調べればよいのだ」

「確かにその通りなのだが」

「貴公も、歳に似合わず神経のか細い男なのだなあ」

だがリィグウの噸笑も、思考の袋小路にはまっていたデュランには気にならなかったのである。

大軍の移動は時聞がかかる。街道が十分に整備されていない事も理由となるが、何よりも規模そ

のものが足かせとなった。何しろ、最前列の部隊が出立してから、最後尾の部隊が動き出すのに半

日近くかかるのだから。

宿営地の建設にしても時聞がかかるため、通常で十日かかる行程を二十日も必要としたほどだ。

それでも、どうにかアルヌスの丘そ視野に収めた連合諸王国軍は、予定通り丘の全周囲の包囲を

しようと、敵から適切な距離をとっての布陣を開始した。

この時の適切な距離を彼らは彼ら自身の経験から割り出した。つまり、魔法の支援を受けた弓

矢、石弓、投石機:::こうした投射武器の届かない距離を安全と判断したのである。しかも、丘の

Vや包いう

中腹に張り巡らされた盟壕や小銃掩体は巧みに偽装されており、それと注意して見ない隈り気が付

くこともなかった。

そのため、前衛として隊列の最前列にあったアルグナ王国軍の将兵四千は、自ら虎口へと入り込

んでしまった。

丘の近辺にいるはずの帝国軍の姿がなかったことも理由となるだろう。もしかして、既に帝国軍

は敗退してしまったのかも知れない。だとしたら、生き残った将兵の救出も必要だ。アルグナ国王

はそう考えて兵を丘へと進ませたのである。

アルグナ国はこれといった特徴のない小国だ。産業も農・牧畜が中心。特徴がないからこそ魅力

に欠け、帝国や周辺の諸国から併呑されずに済んだとも一百日える。従って矢玉よけに錆斧をもたせた

オlクやゴプリンを配し、その後ろに主力の重装歩兵と弓兵、そして少数の騎兵、魔導師、か続くと

いう至極一般的な編成の部隊であった。

彼らは通常、次のような展開で戦闘を行う。

けしか

散開した弓兵が矢を放ちながら、剰惇なオiクやゴブリンを嚇けて敵陣に突入させこれを混乱さ

せる。

一局を接するほどに密集した重装歩兵達が方形の楯を連ねて城壁とし、足並みをそろえて前進し主

力同士の戦闘を開始する。

魔導師の数に余裕があるなら、この段階で魔法の撃ち合いもある。154 l

155

il

il

そして、最後に歩兵が切り開いた道を騎兵が馬首を並べて突入して勝利を決定づける。これが彼

らの考える戦闘であった。

だから、彼らはその時自分に起こった事に全く気付くことは出来なかった。

彼らを襲ったのは陸上自衛隊特科部隊の曲芸とも言うべき一斉射撃だった。

陸上自衛隊の特科部隊は爆煙を連ね並べて、中空に富士山を描いてみせるほどの精巧な技術をも

っ。その砲撃技術の粋をつくして打ち出された楠弾が、面の広さをもって、ほぼ同時に着弾をした

のだ。

従って、その有様を一言で言えやはこうなる。「一瞬で叩き潰された」と。

被害者は連合諸王国軍の前衛集団アルグナ王国軍、それの後に続いていたモゥドワン王国軍、併

せて約一万人。

待ちかまえて、標的がキルゾ1ンに入るのを確かめての砲撃だ。だから最初から威力斉射だっ

た。そしてその一斉射だけで第一回の戦闘は終わった。

「隊列の中段にいてそれを見た慢は、最初アルヌスの丘が噴火でもしたのかと思った。姫は、火山

と言うものをご覧に成られたことがおありかっ健の故郷は山岳地帯で、幼き頃に二度見たことが

あるのだ。それこそ、山が吹き飛ぶような爆発でな。それと見紛うほどの大変な爆発だった。前触

れの地震もなく、ただ空気を切り裂くような音がしたかと思ったら、とんでもない大爆発が起き

た。あまりのことに心の臓が口から飛び出すかと思ったほどだ。そしてそれはたった一度きりのこ

とだったU

何が起こったのか:・毛れを確かめようと健らは歩みを止めて前方へと目を凝らした。だが、遥

か前は煙に覆われていた。

煙が晴れるまでにどのくらいの時聞がかかったのか、長かったように思えたし、それほど長くは

なかったかも知れない。

やがて煙が晴れた。そして健らの目に入ったのは、大地がかなり広い範囲で耕されたようになっ

ている様子だった。掘り返された土砂にはアルグナとモゥドワン両国兵の死体が混ざっておった。

丁度、この粗末なパエリアの米粒と具のようにな:・・」

病床のデュランは、その時の光景を思い返すかのように眠目した。

その傍らには、看護の修道女が付き添って、デュランの口にパエリアを運んでいる。だが彼は食

べようともせず、顔を背けた。

「両国の王はどうなされたのですか?」

ピニャの聞いにデュランは、首そ振った。

「なんと言うととか・:目」

戦闘後の連合諸王国軍を探してアルヌス周辺の村落をめぐること数日。あちこちの聞き込みの結

果、ピニャは連合諸王国軍の将兵が統率を失って故郷へと引き揚げて行かざるをえなかったことを

確認した。

1li

157 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編156

引き揚げると言っても敗残の兵である。健在な将兵など殆どいなかったとも言う。敵の追撃がな

いからこそ、生きているというだけでしかない。そんな状態での長い道中である。おそらく戦場で

戦う以上の苦難が彼らを待ち受けているだろう。事実、落伍した兵の死体があちこちで地元の農民

達によって埋葬されていた。

やがて、ピニャはホボロゥの神を杷る修道院の一つに、高貴な身分を持つ者が収容されていると

いう噂を耳にした。早速駆けつけてみると、それがエルベ藩王国の王であることがわかったのであ

る。

身分をあかし案内をされたピニヤの自に入ったのは、左腕と左下肢を失い病床に横たわるデュラ

ンの姿だった。

彼はもとから六十を超える年齢であったが、負傷のためかあるいは別の理由でか髪はすっかり白

くなってしまっていた。

この身体での長旅は不可能。生き残った供回りの兵も逃げ散ってしまった。わずかに残った忠実

な者を国元に帰して危急を知らせることとし、自身はこの修道院で体力の回復を待つ事にしていた

と吾一守えだが、地方の小さな修道院のこと。医者、か居るわけでもなく、食事も十分と呼ぶにはいさ

さか足りない。体力の回復を待つどころか、じわじわと消耗していくばかりだったのである。

実際、失われた下肢の断端から膿の腐臭すら漂っていた。

顔も土色に曇り、血の気がない。醸の下は隈で黒く染まっていた。このままではそう長くは生き

九れないだろうω

「見ての通りとの様じゃ:::三度目の総攻撃でな。酔下の兵と共に丘の中腹までなんとか進んだの

だが、鉄で出来た荊が我らの道を阻んでいてな。これにひっかかって進みあぐねているうちに、光

が雨のごとく降り注いできた。そして、あっと言う聞に吹き飛ばされた」

「デュラン陛下、早速帝都に知らせを走らせます。そして医師と馬車の手配を。とりあえず我らの

下に身をお寄せいただき体力の回復をはかつてください」

覇権国家たる帝国の皇女とはニ=ヲへ宮廷儀礼上は一国の王たるデュランが目上になる。ピニャは

膝-Pうくと、無事な右手をとりデュランに頭を下げた。

だがデュランは首を振った。

「姫には申し訳ないが、帝国の世話になろうとは思わぬ。第てもうそんなに長くはないであろ

ラつ」

「何故ですか?」

「健はずうっと考えていた。何故、皇帝は連合諸王国軍を、この戦いに呼び集めたのか・・・こうな

ってみて初めてわかった。皇帝はこうなることを知っていたのだ。おそらく帝国の兵も、敗亡し帝

国軍は大損害を負っていたはず:・・健在な我らは目障りであったのだろう。つまりは、皇帝は我ら

の始末を敵に押しつけたのだ」

敬称をつけずに、ただ「皇帝」と呼ぶ声にデュランの怒りが込められていた。どうせ死んでいく

1

159 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー158

Ill-

身、だ。ならば、言いたいことを言わせて貰う。そんな気持ちが込められていた。

「姫。知らなかったとは言わせませぬぞ。姫とて帝国の軍に身を置かれる立場。帝国軍がアルヌス

の敵と戦いどうなったのか・・:ご存じであられたはず」

「はい。確かに帝国の軍が以前、敗れ去ったことは存じておりました。しかし、しかしです。どの

ような敵が待ち受けているのかも知らせずに、ただ諸侯をアルヌスに差し向けたなど、全く存じま

せんでした・::」

「行かれよ姫。不実の鎧を纏い、欺繭の剣を片手に我らの背後に立たないでいただきたい。連合諸

王国軍は、この大陸を守るために最後の最後まで戦い抜きました。だが、健らの最大の敵は、なん

と背後におった。帝国こそが我らの敵だったのだ。姫、重ねて言う。早く行かれよ」

「陛下。最早、お怒りをお鎮め下さいと申しても無理でありましょう。なれどせめて教えてくださ

い。敵はどのような者なのですか?どのような魔導を、そしてどのような戦術を用いるのです

か?貴重な戦訓をお示し下さい」

「教えてやらぬ。健らはそれを知るに我が身を犠牲にした。ならば、姫もそれを知りたくば自らア

ルヌスの丘に赴かれるが良かろう。汝が将兵の血肉を代価とすれば敵が教えてくれるやもしれぬL

ピニャは必死だった。皇帝は敵を侮っている。戦闘力の差は、戦略や権謀によって補えると信じ

て疑っていないのだ。だが、ピニャは敵と我との聞には根本的な力量の差があると感じていた。こ

のまま敵の詳細を知らせなければ、帝国は決定的な敗亡をしてしまう。そんな予感に囚われてい

た。

歯のギツと噛み合わせる音と共に帝国の皇女は目を座らせた。

「そうは参りません。なんとしても教えて頂く。もし、お話し頂けないと言われるのであれば、エ

ルベ藩王国そのものを質とさせていただく。陛下が何も言われずに冥府へと渡られたら、妾は兵を

率いてエルベ藩王国に攻め入り、ことごとくを焦土といたします」

これにはデュランも驚いたようだつた。

「な、なんと。兵を奪い、家臣そ奪い、我、か命までも奪おうとしておきながら、さらに国土と家族

すらも奪うと言われるか:・:皇帝が皇帝なら、その娘も娘と言う訳か:::良いでしょう。好きなよ

うになさる、かいい。どうせ我が身は減、ぶのだ。故国が帝国に併呑され属州となりはてるのも、遅い

か早いかでしかない。死神の足音を聞く慢には、最早関係のないことだ。冥府で我が一族が来るの

を待つことにする。そして後からやって来られる皇帝と貴女達を喧ってやることにしましょうL

「死に瀕して、自棄に成られたか・::・帝国は絶対に負けません」

ピニャは立ち上がると、死にかけの王を見下した。

「強ければ、力があれば何をやっても許される、それはもう仕方のないことだ。そのまま居直られ

ればよい。しかし、我らとて意地がある。誇りもある。それを踏みにじられれば、この程度の意趣

返しはして当然、されて当然と心得られよ。アルヌスの敵は脅威の軍隊。神のごとき武器と、神の

ごとき戦術をもって、我らを赤子のごとくひねりつぶした。敵を呼び込んだ帝国も同じ運命をたど

161 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー160

1

1

るであろう。強ければ何をやっても許される。ならば、アルヌスの敵はさらに強いぞ。帝国軍など

累卵も同様。その事実に気付き、真に悔い改め助けを求めても、最早誰も応じることはないのだ。

その時になってザマを見るがよいっ!」

デュランは力を振り絞ってそれだけのことを言い放つと、はあはあと息を荒くしながら病床に身

を埋めた。

ピニャは、もう言葉もなかった。

権力や腕力をもってしでも、人の内心の城壁そ攻め崩すことは難しい。出来なくはないが、それ

をすればこの王は死ぬだろう。

だからこの王から情報をとることは無理として諦めたのだった。

心に残るのは、頑ななデュランに対する怒りであり、諸侯をここまで離反させた皇帝への憤顕で

ある。

「姫様:::頼みますから、騎士団でアルヌスに突撃するなんて言い出さないでくださいよ」

デュランの部屋を後にした途端、背後から投げかけられた言葉にピニャは大きなため息をつい

た。

「ハミルトン。お前、妾を馬鹿だと思っているのか?」

「いいえ。違いますけど、今にも『妾に続け』とか言って駆け出しそうな雰囲気でしたから」

もし駆け出すとしても、それはアルヌスに向けてではなく帝都に向けてだろうと思う。思うが、

それを口にするわけにもいかない。

一見すると美貌の貴公子としか思えない女騎士ハミルトンを前にして、ふとホントはこいつ男で

はないかと確かめたくなり、彼女の薄めの胸板を手の甲で軽く叩いてみた。すると一応、柔らかな

手応えがあった。

思わず、何をやっているのだろうと自分の緊張感の無さに呆れる。いや、緊張、か続き過ぎたため

に精神がこんな形で息抜きを求めたのかも知れない。

「まあいい。突撃するかどうかは別にしても、一度はアルヌスへ行かねばならない。敵をこの目で

見ておきたいからな」

「あ()姫。この人数でですか?危険ではないでしょうか?」

「はっきり言って危険だ。だからお前、守ってくれよな」

ピニャはそんなことを言いつつ、修道院を後にするのだった。

*

, 、

dλ・

中華人民共和国

南海楼

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163 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり一l接触編162

とうとくしゅう

重徳愁国家主席の机上に、共産党国家戦略企画局からの第二四次極東情報報告の綴りが提出さ

れた。それは横書きの簡体字で充ちた書類の束。かなり厚みがあり、ずっしりとした手応えをもっ

ていた。

蓋は、秘書官の差し出した報告書に視線を降ろす。

それは題字こそ極東情報となっていたが、内容の殆どは日本、特に最近では特地に関わる情報ば

かりが多くを占めるようになっていた。

「特地か・・・・・・」

蓋も最初は、何かの冗談かと思った。

日本のアニメ文化が、世界に大きな影響を与える力をもっていることは忌々しくも知っている。

彼の息子も、親に隠れて見ているくらいだ。だから、銀座に異世界に渡る『門』が聞いて、中から

ファンタジー映画さながらの怪異や中世の騎士があふれ出て来たなんて報道も、最初は何かの創作

を取り違えた誤報かと思ったのである。

だが、実際のニュース映像や、大使館員などの報告と照らし合わせると、事実であることは疑い

ようがなかった。まあ当初は「日本にとっては災難なことでお気の毒様」というのが霊の感想であ

った。ところが、自衛隊が『門』から出てきた軍隊を排除し終えてみれば、『門』の向こうに広が

っている可能性に、嫌でも気づかざるを得なかったのだ。

そこには広大な大陸や手つかずに近い葉大な資源があると予測される。しかし、それが日本の物

となるのは正しくない。明らかに間違っているのである。

確かに日本の国土は狭く資源はない。だがそれでも先進国である。既に充分に豊かなのだ。

そヲつ、それらは、今の中国にこそ必要な物なのだ。

中国の人口は十三億。更に増えつつあるこの数に豊かな生活を約束しようとすれば、莫大な資源

と広い土地が必要となるだろう。国際社会から、横紙破りだなんだと言われでも、国民に未来と豊

いか

。な

← でT

十三億人に行き渡るだけの資源とエネルギーを確保しなければならな

もし、「門』が北京あたりに開いたなら、全ての問題は解決しただろう。特地の開拓と開発に多

く人民を送り出す。さすれば、中国の負担は軽減されるし、資源も『門』の向こう側で自給できる

から、無理なごり押しや、他国から口汚く罵られるようなこともする必要は無くなるのだ。なのに

『門』は日本にある。この過ちの修正は容易ではない。

蓋は報告書をざっと斜め読みするとため息をついた。

「『門』が東京にあるかぎり、我、か固にとれる手段はそう多くない。特地の開発について、我が国

の取り分をどれだけ確保できるかだ」

肇の秘書官は、薯の思考を助けるかのように応じた。

「日本の独占だけは許せません」

165 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー164

「そうだ。従って日本政府が特地で行う全てのことに、制約そ課していくよう工作を進めてくれ」

「かしこまりました」

「我が聞は日本との友好を推し進めつつ、主張するべきことは主張するという硬軟織り交ぜた交渉

に挑む。理想としては、人民の半分近くを特地に送り出したいがな」

「特地にもうひとつの中国を作るのですね?」

「そうなったら、喜ばしいことだな」

馨一はそう微笑んで、報告書を机の引き出しへと納めたのであった。

ある時期を境に、テレビや新聞の論調に微妙な変化、か起きた。

公共放送のドキュメンタリーは、植民地化時代のオーストラリアの原住民のアボリジニーやタス

マニア人が、植民して来たイギリス人流刑者によって殺されたり、民族そのものが滅ホほされた歴史

を取り上げた。

あるいはスペイン人に滅ぼされたインカ帝国。

ロ1マに滅wほされたカルタゴ。

それらの番組は事実を一つの目的に従って切り抜いて強調し、印象づけるように作られていた。

バラエティで、ドラマで、クイズ番組で、週刊誌で、新聞で、様々な形で受け手の意識にのぼらな

いよう加工されたメッセージが流れ出した。

圧倒的に有利な立場の文明、か、弱い立場の民族を圧迫して滅ぼしていった過去。

滅びて行く民族の悲惨な姿を特に強調して描く。

視聴者は、弱者に同情する。同情心を持つように誘導されていく。

そして強者は理性的でなければならない、抑制するべきであるという結論を与えられるのだ。

飢餓に襲われたアフリカで次々と死んでいく子ども達の映像、か、人々の無意識に刷り込まれる。

ふと、振り返る。振り返ることを誘導させられる。

我が身が加害者になりつつないか?と。

『門』その向こう側で、自衛隊は何そしているのか?確か、敵と交戦しているはず。

『門』の向こうでの戦闘は、以前より多くの人々の関心を惹いていた。だが、さしたる状況の進展

はなく、『門』を確保して敵の来襲を撃退したと伝えられるだけであった。自衛官に被害者、か出て

いないため気付かなかったが、交戦による敵側の損害は?門の向こう側における民衆の被害は?

国会で、質問に立つ野党女性議員。その質問に防衛省の政務次官が答える。

「三次にわたる戦闘で、敵側の死者はおよそ六万となります。交戦による非戦闘員の被害はありま

せんし

絶句する野党議員達。

要は、敵、か防備の強力な我が方に対して無謀な攻撃を繰り返した、強いて言えば日露戦争時にお

ける『二O三高地』の逆の例でしかない。敵が馬鹿なだけだ。166 -

)

167

従って国民の大多数は、彼らが絶句した理由を理解できなかった。

戦争で死者が出るのは当然のこと。負ければ味方が多く死に、勝てば敵が多く死ぬ。それだけで

ある。銀座事件における被害によって怒りに駆られる国民の多くは、それを当然のこととして受け

容れていた。だが、自分は理性的で、一般大衆とは一線を画していると思っている人間や、自分は

他人に対して同情的な心を持っていると信じたい、『いわゆる善良でありたい』人々にとって、そ

れは耐えるととの出来る数字ではなかったのである。

『陸上自衛隊の失態り民間人被害者百三十名け』

『政務次官の答弁に虚偽の疑いH・』

『誰も知らない特別地域での戦い。膨大な敵側戦死者の中に本当に非戦闘員は居ないのか?』

こういった記事が毎朝新聞と旭新聞のトップを飾ったのは、それからほどなくしてだった。

テレビや新聞社の記者達が、防衛省や官邸に押し掛けて、マイクとカメラの放列を総理大臣と防

衛大臣へと向ける。

もとい

任期満了に伴い、総理大臣職を退いた北条元総理の跡を継いだ本位総理に対して記者達の辛諌な

質問がぶつけられた。

閣僚や政務次官の汚職の発覚が相次ぎ、任命権者としての責任を追及されることが続いていた総

州は、小川然と川符、が仰訊になった。その姿がまた「返答に窮している」

表現で報道されて、それがさらなる支持率の低下に繋がる。

国会でも、野党による追及が始まった。

予算委員会の席は閣僚や省庁の次官達と向かい合う形で、与野党の議員達が座っている。

質問席に、野党の議員が立って質問を発する。その都度、担当部署の次官や大臣が前に出てきて

質問に応じるのだ。

「今回報道された被害者とされる民間の被害者は、特別地域の武装勢力との戦闘によって生じたも

のではなく、災害によって発生したものです」

防衛省政務次官の回答に対して、野党議員が尋ねる。

「災害とはなんですか?その災害と自衛隊との関わりは?」

「災害については、危険な猛獣によるものという報告です。映画の怪獣級の危険な生命体であると

いう内容です。その怪獣の攻撃を受けていた民間人を自衛隊特地派遣隊の偵察隊が救助するため

に、これと交戦するに至ったものです」

「ちょっと待ってください。怪獣ですか?

「言葉、か重い」などという

そんな生命体が特別地域には生息しているということ

ですか?」

「もちろん怪獣そのものではありません。が、それに近い存在です。特地甲種害獣、通称ドラゴン

と呼称しています。よろしければ、乙の場では怪獣と称させて頂きますが、その怪獣の身体の一部

[11

169 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- [接触編168

がサンプルとして、送られてきています」

「何とも信じがたい話ですがそれを信じるとして、

獣』との交戦に非戦闘員が巻き込まれたと言うことですか?」

「違います。通称『怪獣』による襲撃を受けていた非戦闘員を自衛官が防衛・救助するために、武

器を使用したものであり、その被害の全ては怪獣によるものです」

「政務次官、あなたは以前質問した時に、非戦闘員の被害はないとおっしゃった。しかし、こう

した事件が発生し、これほど多くの被害者が出ているのに、全く発表されなかったのは何故です

つまり今回の事件は、自衛隊とその通称「怪

か?」

「前回の質問の主旨は、『門』を確保した我が自衛隊に対する、敵武装勢力による攻撃。それに伴

う、非戦闘員被害の有無についての質問であると、考えたからです」

「死亡者についてはわかりました。これほど多くの被害者が出た災害です。今後同様の事件があれ

ばその都度発表して頂きたい。それと、自衛隊が救出した人々はどうなっていますか?」

「近隣の村や町に避難したという報告です。もともと怪獣の出現により、それまで住んでいた村落

を放棄して、避難する途上で怪獣に襲われたということです」

「なるほど。それで、生存者は全員が避難できたのですね。その後の避難生活について把握してい

ますか?」

「いいえ、そこまでは。我々はまだ『門』の周辺をわずかに確保しただけですので、避難民達の避

郷後については確認できません。ただ、怪我人やお年寄り、それと身寄りのない子どもは自活して

の生活が難しいという現場指揮官の判断があり、自衛隊の方で保護しております」

「なるほど、当事者がいるのですね?では委員長:・:」と野党議員は矛先を変えた。

「実際のところ、当事者から話を聞かないことには、報告された内容が真実かどうか確認しようが

ありません。『門』の向こうは危険だという理由で報道関係者や我々議員が立ち入ることが許され

ない有様です。それでいて、政府の一方的な報告をそのまま鵜呑みにしろと言われでも、我々とし

ては鷹曙わざるをえません。そこで、当事者たる自衛官や、被災者の方を参考人として招致したい

と考えるのですが::・」

実際に事件に関わった自衛官と、保護されている現地人から直に話を聞きたい。政府当局に寂し

いことがないのであれば、拒絶する理由もないし応じられるはず。このような論調で野党側は要求

を繰り返した。

野党やマスコミの追及に畔易としていた官邸および与党も、それで真実が伝わり攻撃をかわすこ

とが出来るならば:::という理由で、現場指揮官と現地人代表数名を、『門』のこちら側へ呼び寄

せることにしたのである。

171 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編170

08

さて、その現場指揮官である。

伊丹は、朝っぱらから運用訓練幹部の斜め前の席に座り、彼の冷ややかな視線を無視しながら携

帯でお気に入りのサイトのネット小説を読んでいた。

『門』のこちら側で携帯が利用できるようになったのもつい先日のこと。

アンテナが設置されるまでは、休暇の度にわざわざ門を越えて銀座に出なければならなかったの

だ。それが携帯用の共同アンテナが設置されたことで、『門』の向こう側と個人的なやりとりもし

やすくなった。ありがたい話である。

「しばらく見ないうちに随分と更新が進んでる。おっ、とれは後で保存せねば:::」

なら

web小説は、本屋に列ぶ小説と違ってオリジナルあり、二次創作ありと様々なジャンルを楽し

むことが出来る。その数も膨大であり、全てを読むことなど不可能と言って良い。だからこそ、良

い作品に出会えた時はラッキーと思う。逆に数行読んでみてついていけないと思うと、すぐに諦め

て他の作品をあさる。

掲示板等で良作と知って伊丹が読もうとした時には、ネット上から消えている作品も少なくな

度読みたいと思った時には消失している場合もある。すると、伊丹は悲しくなる。

「あi二尉、聞いてます?」

伊丹は、斜め後ろからかけられる声を聞き流そうと努力した。

通りのよい女声であるのだが、耳に入らない。今は休憩中につき、仕事に関わることはあんまり

耳にしたくないという意思表示のつもりだった。

だが、「うほん、おほん」という運用訓練幹部(中隊参謀みたいなものだと思えばよい)の咳払

いが、伊丹を小説に没頭させてくれない。こんな時は、出来れば個人の執務室が欲しいなと思う。

「二尉」

「ぐおっ!」

それは、響きとしても音量としても普通の声であったが、伊丹の下腿に激痛を発生させていた。

音声が他人を害することが出来るのか?この世界では音声に攻撃能力が与えられるのか?

そんな風に思いつつ振り返ると、栗林と黒川が胡乱な目で伊丹を見ていた。漫画的表現で言えば

ジト目と称される視線である。ちなみに、伊丹の下腿に激痛を発生させたのは栗林の半長靴のつま

先だった。

武道有段者の拳や爪先は凶器も同然である。まして栗林は格闘徽章持ちだ。それを無抵抗な人聞

に対して振り回すなどはたして許されるのか。こんな悪逆無道を許してもいいのかと思いつつ目撃

者であるはずの運用訓練幹部に視線を送ると、彼は視線を窓の外に向けてくつろぐ。伊丹の味方は

0 ・もゆっ

173 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー172

どこにもいないようだつた。

「話を聞いて下さいませんか?」

「俺にい?」

黒川の言葉に、伊丹は携帯電話をパタンとたたんで机の引き出しに放り込むと椅子ごと振り返っ

た。

気怠そうな口調で「俺なんかに相談してもしょうがなかろうに」と怯く姿に、今の彼の心情がと

てもよく表れている。

「で、なによっ・」

伊丹が背もたれに体重をかけると、事務用椅子がキィと音を立てた。

「テュカのことです」

黒川が切り出したのは、第三偵察隊で保護している避難民の一人で、金髪碧眼のエルフ娘、テユ

カ・ルナ・マルソlのことだった。

「彼女がどうかしたのか?」

「実は・・L

黒川によると、「彼女はおかしい」という。

どうおかしいのか、具体的には食事そかならず二人分要求する。支給品類も衣服など必ず二人分

要求する。居室も二人用を一人で使用している。最初はそういう文化なのではないかと思ったので

黙って見ていた。だが、どうもそうではないようだ。

「個人的に欲張りなだけとかじゃないの?エルフが食欲魔神っていう設定だとか?」

「違います。食事だって二人分っていうのは、二人分の量ということではなく、つまり食器を二セ

ットの二人分を要求するということなんです」

栗林が記録を捲りながら言う。

「うん?誰かに、食べさせてるとか?ペットを隠れて飼っているとかはどうだつ・」

「一セット分は、手をつけずに必ず廃棄してます。衣服類、たって、彼女が余分に請求するのは必ず

男物です」

これには、伊丹のカンに障るものがあった。チクとした頭痛と共に、深いととろに鎮めたはずの

記憶が呼び起こされそうになった。

「ふーん。で、理由を尋ねてみたかっ・」

「一言葉がうまく通じてないので、よくわからないのですが、

して貰って尋ねてみました。どうして食事を残すの?

一番言葉のわかるレレイちゃんに同席

って」

「そしたら?」

「彼女にも『わからない』『食事時に』『いない』という答えでした」

沈黙の時聞が流れる。その聞に、『誰か』と同居しているつもりなのでは?

んだ。

という考えが浮か

175 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー174

「もしかして、脳内彼氏でも飼ってるとか?」

伊丹は茶化すように言った。だが、黒川や栗林は、伊丹、か期待したような反応は一不さなかった。

脳内彼氏、あるいはそれに類似する存在を彼女らも疑っていたのだ。しかも、彼女の場合は保護さ

れた経緯が経緯だ、深刻な事態が予想される。

「はっきり言って、それならば良いのですが」

黒川が心配そうに吃いた。

「医官には相談したかっ・」

「精神科医はこちらに来ておりません。それに、『亡くなった家族を一定期間、生きているかのよ

うに扱う』という葬送の可能性も否定できませんわ。なにが正常で、何が異常か、わたくしたちだ

けで勝手に判断するわけにも参りません」

「それならレレイの師匠::カトl先生に尋ねてみてはどうだ?あの爺さんなら詳しそうだ」

「尋ねてみました。わたくしたちとほぼ同じような見解を抱いているようでしたわ。カトl先生に

よると、彼女はエルフと呼ばれる種族の中でも、さらに稀少な存在だそうです。『珍しい』『知ら

ない』という答えでした」

現段階でも意味の判明している語藁は多くないので、微妙な言い回しが難しいのだ。『理解がで

きない』『情報がない』『自分には推測できない』:・:など各種の単語、かみんな「知らない」とい

う単語になってしまう。このあたりはもっとコミュニケーションを進めて理解を深める必要があっ

た。

「やっぱし、妖精種のエルフだったかあ」などと、つい興味が先に立ってしまう。だが、そんなこ

とよりも、彼女の精神状態だ。

「彼女と、よく話してみるしかないだろ?もう、いないはずの誰かを居ると思いこんでいるの

か、それとも居ないのは承知してるが、あえてそう振る舞っているのか」

「もちろん、そう致します。でも、わたくしとしては正直言って判断に困っています。あまり、う

ち解けてくれないので」

これには、伊丹も首を傾げた。

第三偵の凸凹WAC。そのなかでも黒川は避難民の子ども達には絶大な人気を誇っていた。結

構、勝手な振る舞いで周りを困らせる黒い神官少女(レレイによると「子ども、違う。年上、年上

の年上、もっと年上」だと言う)ですら、黒川の言葉には割と素直に従うのだ。

視線を栗林に向ける。

「わ、わたしには、そんな感じは無いです。第一、わたしにはカウンセリングとか出来ません。心

理学とかよく解らなくて」

確かに、このちびっ娘爆乳脳筋女は拳で語り合った方が早いタイプだ。『こころ』などという繊

細な問題をこいつに扱わせるのは、脳外科手術をのこぎりでやるようなもんだと理解した伊丹は、

栗林の言葉にはっきりと領いた。

177 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編176

「わかった。後で俺も話してみる。ったって、俺だってうまく意思疎通できるかわからんけどな」

「最近は、子ども達のほうが日本語を憶えてきています。きっと、わたくし達がこちらの言葉を覚

えるよりも早いと思いますわ」

伊丹は、テユカは子どもではないだろうが:::と指摘しようとしたが、会話がここまで進んだと

ころで、廊下から桑原曹長の声が聞こえてきた。

「隊長、そろそろ時間です。黒川、栗林、お前等も早く来い」

「あ、はい」

いそいそと栗林らは廊下へと出ていった。

「武器搬出H」の号令と共に、502中隊の隊員達、か、小隊毎に列を作って武器庫へと入ってい

く。整然と銃架に列んだ小銃と銃剣、拳銃宇佐抜き取っていく。第三偵の面々もこの行列の後に続い

て、武器庫から銃を取り出していった。

建物を出て舎前で彼らは六四小銃の消炎制退器を一回転させて締め直す。座金がのびないように

するため、銃架にしまう際にゆるめであるからだ。これによってゆるゆるだった二脚や剣止めもし

っかり固定される。

さらに、黒ビニールテlプを持ち出して、部品が脱落しないように要所要所へと巻き付けてい

く。実戦である。乱暴な扱い:・・例えば銃剣格闘もありえるので、わりと念入りにしないといけな

、しV

二脚を立てて隊毎に銃を並べ置き、銃剣を服に下げる。銃剣は、既に実戦仕様として刃がつけら

れていた。グラインダーで削りあげただけの刃だが、ザラッとしていてかえって良く切れそうだつ

た。

隊員達、か集まって座り込み、配布された弾を弾倉へと込めていく。

弾倉は各位6個om発×6個で一人あたり携行は、120発になる。手楢弾も配られる。

5・問問機関銃のミニミを預けられている古田陸士長が、金属製ベルトリンクで繋がれた弾を箱

弾倉に折り畳むようにして丁寧に入れている。

勝本が自分の小銃の他に、受領してきたパンツア1ファウストEと称される川m個人携帯対戦車

弾を、軽装甲機動車に積みこんでいた。これでないと特地甲種害獣、通称ドラゴンに効果的な攻撃

が出来なかったことから、携行数を増やすことになったのだ。

軽装甲機動車搭載のロ・7m重機関銃を笹川、か操作している。弾の帯には黒く塗装された徹甲弾

の割合が非常に多くなっていた。

そして、予備の弾や各種物資の積み込み作業を終えて、全員それぞれが武器を携行すると隊形の

確認を行う。

桑原曹長の号令で、横に、縦に、方陣に、隊形を素早く組む練習だ。

間隔を広げたり、密集したりを素早く行う動作も確認する。それぞれが連携し、警戒を担当する

方角の確認も徹底する。一人が欠けたら、誰がそれをカバーするのか、どう対処するのかも個々人

179 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー178

は十分に理解しているはずだが、それでもなお繰り返して確認する。

新旧・テレビ版等の自衛隊トリップものドラマを研究した成果なのかも知れな

い。強力な火器を有した自衛官達が次々と倒れていくのは、ほとんどが味方から離れて孤立し、無

数の敵に取り固まれてしまうことが理由として描かれていたのだ。結局の所、協同連携、相互支援

乙のあたりが、

が鉄則ということになる。

こうして準備を終えた伊丹達は、整列し伊丹の号令で小銃に弾倉を取り付けた。装弾、装填、閉

鎖を確認し、最後に安全装置を『ア』の位置に合わせる。

「海自では『合戦用i意!』とか言うらしいんだが・::」

擦とした雰囲気の中、伊丹の気の抜けたような言葉に一同脱力する。

「どっちかつて言うと、

と、出所不明

元ネタはアニメでしょうに?」

のつぶやきが妙に響いた。(但し女声)

「とにかく、営門を出たら危険地帯ってことになってる。それなりに気を張ってくれ」

こうして、彼らはアルヌスの丘を出て仮設住宅のならぶ難民キャンプへと向かうのであった。

難民キャンプの住民は現在の所二十五名である。コダ村出身者は二十三名。エルフの村落出身者

が一名。それと途中から紛れ込んできた黒ゴス姿の神宮少女一名である。

建物そのものは所謂プレハブであるが、後の増加の可能性も考慮して四人家族用、十世帯分が用

意されていた。とは言ってもそれぞれの家に住む彼らに家族・親族という関係はない。それでも同

じ村落出身、か理由なのか大人が子どもを、年長者が年下の面倒をみるという形で共同生活が成立し

ている。

電気もガスも水道もないが、この世界では元々そういうライアラインなど存在しないのが当たり

前なので、誰一人として困っていない。水は、近くの泉まで子ども達が水瓶を抱えて汲みに行き、

下水排水関係は、キャンプの片隅に穴を掘って処理している。衛生の問題があるので汚物等はさら

し粉等で処理し、飲み水は伊丹達がペットボトルを運んでいた。

糧食関係は一日三食のうち、昼と夕食の二回を伊丹達が供給している。

朝食については食材を届けておくと彼らが自分たちで調理する。実際は、それでは不足するので

子ども達や老人達が森の中に入って野草などの食材を探してきで食べている。昼食はもっぱら戦闘

糧食E刑主である。夕食はキャンプ内にしつらえた竃で、古田ら隊員達と子ども達がわいわい言い合

いながら作っている。

やろうと思えば毎食を供給するととも出来るのだが、彼らの自立心を損なう可能性があるので行

っていない。自衛隊側からの支援は、自助努力を支援する範囲に限る。これはイラク派遣以来の自

衛隊支援活動の根幹となる精神であった。彼らの共同生活の運営が良好なら、食事も三食自炊を目

指す。さらに何か職業を得て、住はともかく衣食については自弁できるようになるととを理想に据

えているのだ。

181 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く!被えり- )接触編ー180

とは言っても、無理はさせられない。なにしろ住民の構成はまずお年寄り女性二人、男性一名。

それに怪我をしていた中年代の女性二人、男性一名。そして子どもが十九名なのだから。

ちなみに中年代の三人は骨折を含む怪我をしているので、年少の子ども達の面倒をみることは出

来ても、労働は難しいだろう。

ところが比較的意思疎通が早くできるようになったレレイという少女からの聞き取りによると、

子どもと見なされていた十九名の内、まず黒ゴス神宮少女とエルフの少女、そしてレレイ本人が子

どもではないらしい。だから、十六人が子どもということになる。

では、子どもではない三人それぞれの年齢が幾つかということになるのだが、黒ゴス神宮少女に

ついては恐くて尋ねられない。レレイによると「子ども、違う。年上、年上の年上、もっと年上」

ということである。具体的に数字を確認しようとして通訳を求めたら無表情のレレイが顔を引きつ

らせて、プルプルと首を振って嫌がったくらいである。

ちなみにレレイ自身は十五才ということであった。

ょうだ。

この世界では、この年齢で大人と分類される

エルフが長命種であるというのはファンタジーによくある設定なので、理解しやすい。テュカは

百六十五という数字を自ら示した。

こうしてみると数字についての理解がスムーズに出来たように思われるが、これでも結構手聞が

かかっている。

レレイの場合、彼女は親指の先と人差し指の先をくっつけ中指を一本だけ立てた。OKサインの

薬指小指をたたんだサインである。その後、親指を立てて拳を作るサムズアッ。アサインを示した。

乙れが十五を意味するのだが、当然の事ながら日本のそれと所作が異なるため、結局小石を並べ

て、一個が人差し指一本、五個だと親指を立てる、十だと親指と人差し指で丸を作る・・:といった

法則を確認する必要があった。

とうした方法を組み合わせることで、実に片手だけで六十九まで数えることが出来るという仕組

みだった。ホントはもっと数えることが出来るようであるが、指、か撃ってしまったのと同時に実用

性に欠けるので、確認が後回しになっている。実際、レレイが日本語で数を数える乙とが出来るよ

うになる方が早かった。

伊丹達、か、キャンプに到着すると、レレイや子ども達、か迎えてくれる。とは言っても黒川が出て

いくと、小さな子ども達はみんな彼女のほうに行ってしまうのだが。

隊員達、か、飲料水、食材、医薬品、戦闘糧食、日用品等を降ろす。

その代わり年かさの男の子が白い帆布製の、枕ほどのサイズの袋を二つ、高機動車に積みこん

だ。結構重そうだ。そして、その少年に声をかけつつ、レレイとテュカの二人が高機動車に乗り込

む。

レレイはポンチョにも似た貫頭衣姿。浅茶色の生地にインディオ風の模様が入っていた。それと

革製のサンダルという服装。手にしたくすんだ色の杖を立てている。183 ゲ

-

1

182

それに対しテュカは、細い体躯を緑のTシャツとストレッチジーンズにバスケットシューズとい

う出で立ちで包んでいた。尖った耳さえなければ、アメリカ西海岸あたりの女子高生と言っても通

じそうな印象だ。そんな格好でアーチェリーと矢の束を抱えている。

荷物運びをした男の子はそのまま避難民キャンプへと戻って行く。彼の行く先では、年かさの少

年や少女達が集まって働いているのだ。

アルヌスの丘の麓には、撃墜された翼竜の死体が無数にころがっている。カトI先生によるとそ

の竜の爪やら鱗やらはその強靭さから高級武具の材料となる。そのために大変な貴重品らしい。そ

れなりの価格で取り引きされると言うので、子ども達に勧めて集めさせたのだ。朽ちかけた死体か

ら鱗や爪を剥ぎ取らせて集め、肉や汚れを椅麗に落として乾燥させる作業は子ども達が行った。こ

れを今回初めて、レレイとテュカが街へ売りに行くのだ。

これが継続的な収入に繋がるなら事業として成り立つかも知れない。そうなれば彼らの自立を助

長することにもなる。

ロゥリィという名の神宮少女も何が目的かはわからないが、乗り込んで来る。彼女は相変わらず

漆黒のゴスロリドレス姿で、手には見た目も重そうなハルパlト を抱えていた。

伊丹達は商取引の様子や街の住民達の反応を観察できる情報収集のチャンスなので、足の提供つ

いでに彼女達に随行することにしていた。さらに、地元の商人が何に興味を示すかを見るためと称

して柳田からいくつかの商品サンプルを持たされていた。

ちなみに、戦死した連合諸王国軍の兵士達、あるいはそれ以前に攻撃してきた帝国軍将兵の鎧や

持っていた武具、財布などは、自衛隊によって彼らごと土中に埋葬されている。

これをもし集めたら莫大な財産:::金融機関のない世界で兵士は受け取った俸給を身につけて歩

くものだし、身分の高い騎士やら貴族やらもいる:::となるはずだが、倫理的にいろいろあるので

自衛隊としては手をつけていない。実は、この配慮が流通貨幣の大量消失という形で帝国と周辺諸

国に、ちょっとした経済的打撃を与えているのだが、それがわかるのも後々のことである。

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それと主を失ってあちこちうろうろしていた馬も、集められる限り集めた。

これも動物愛護団体からのクレームを恐れてのことだが、膨大な数の馬の飼い葉をどうするかが

深刻な問題となりつつあった。敵方の遺棄物資に馬用の飼料があったためにこれを与えているが、

無くなるのは時間の問題。アルヌス周辺は荒野、少し離れて森なので馬に食べさせる牧草がどこに

もないのである。

こうした馬の引き取り手を探すことも、伊丹の任務の一つとしてさりげなく付け加えられていた

のである。

レレイ達に託された竜の鱗だが、翼竜2頭分で、全部で200枚ほどになる。これに加え

て『竜の爪』も3本ほどあった。

これでも欠けたり、折れたり、傷ついたり、あるいはサイズが小さかったりで使い物にならなさ

さて、

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185 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編184

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1111

1

そうなものは取り除いた。それでもこの量になった。

アルヌスの丘に散在する翼竜の屍体全てをあさったら、どれほどの鱗が収穫できるかと考える

と、カトl老師を始めとした避難民達は、大人も子どもも目監がしそうになって、皆、額をおさえ

てしまった。

最初は「自活しろ」というような意味のことを言 われて、避難民達は悩みで頭を抱えた。

住む場所を手に入れるにしても、食べるために畑を耕すにしても、木を切るにしても、狩猟をす

るにしても、年寄りと怪我人と子どもばかりでは無理だからだ。

レレイやテユカあたりは、本気で身を売るしかないと思ったくらいだ。ところが、「手助けはす

る」と言われて、食材は届けられるし、家は建ててもらえるしで、おまけに何か仕事になりそうな

ことはあるかという話をしているうちに、価値があるモノなら好きにして良いと、アルヌスの丘に

散在する翼竜の死骸から鱗を集める権利を与えられてしまったのである(彼らはそう認識した)0

それはもう、財宝の山を前に「好きなだけつかみ取りしてよい」と言われたようなものだった。

気持としては、「いいの?ホントにいいのつ」である。

でも、悲しいことに小市民である。両手、ポケット、懐に収まる範囲までなら、これでアレを手

に入れて、服を新調して:::等々の使い道を考えられるが、もっと取れ、全部残さず取れ・:など

と言われると、これまで慎ましい自給自足な生活を送ってきた村人や子ども達にとって、想像でき

る範囲を超えてしまう。

『竜』あるいは『龍』の鱗とは、実のところそれほどのお宝なのである。

竜の鱗にはいくつかの種類がある。市場で取り引きされる際にはその種類や状態でグレードの分

類がなされていた。

最上級とされるのはやはり古代『龍』の鱗であり、美品であればその一枚で、スワニ金貨十枚ほ

どの値が付くと言われている。もし炎龍の赤い鱗で出来た鎧などがあれば、(加工も、とても難し

いため)それは神話級の宝具として国が買える価格で取り引きされることになる。「あれば」の話

だが。

それに次ぐのが新生龍のものである。だがこれらの二種は市場で出回ることは「ほとんど」あり

得ない。かつて説明したように、人の手で『龍』が狩られることはないからだ。もし人の手に入っ

たとすれば、それは古代龍や新生龍が脱皮したことによってうち捨てられた鱗を集めたものであろ

う。実際、いくつかの英雄語や神話には龍の鱗から作られたという鎧が登場し、現物が戦神の神殿

に杷られていたりする。

さて、翼竜の場合は、兵科として竜騎兵を採用している国では安定的に入手できることに加え

て、一枚一枚のサイズも比較的に小さいために、ぐっと値が下がって現実的な価格で取り引きされ

ている。鱗一枚の相場がデナリ銀貨初jm枚といったところだ。

デナリ銀貨一枚とは、慎ましく暮らせばヒト一人五日は食べられる額である。従って、今回の

二百枚を取り引きしただけでも、レレイ達は結構な金持ちになれる予定であった。

187 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー186

もちろんこれだけの品物を売るためにはそれなりの相手を選ばないといけない。

おおだな

とにかく安全に現金で決済したいので、レレイとしては大屈を取引相手として選びたかった。し

かし大自の庖主が突然やってきた小娘を、はたして相手にしてくれるかが心配・:かといって小規

模の届では支払う金が無いと、掛け売りを求められてしまうだろう。手形や為替の類は、いくら賢

者といえどもわからないというのが、レレイの正直な心情だった。

そ乙で、幸い師匠であるカト!の旧い友人に商人がいるということで、少しばかり遠いがその人

のととろまで赴くことにした。往復路についてはすこぶる頼りになるジエイカン達がついてくれる

だろうし:::と、レレイは伊丹達の顔を見る。

「ん? 何かな?」

視線の合った伊丹に問われ、レレイは無表情のまま「別に」という意味のことを答えた。

「で、そのリュド!という人は、どこにお屈を構えているの?」

付き添ってくれるエルフのテュカがロゥリィとともに問いかけてくる。レレイは要点のみを過不

足無く伝えた。

「イタリカの街。テッサリア街道を西、ロマリア山麓」

「テッサリア街道、ロマリア山、それからイタリカの街・:・っと」

桑原曹長が航空写真から起こした地形図に、名称の判明した地物について書き込みをしている。

今回の行動では、レレイから様々な地名を聞き取ることが出来、アルヌス周辺の地形図について言

えば、ほぼ完成と言って良い状態になりつつあった。

「なるほど、アツピア街道に、ロマ川、クレパス平原、デュマ山脈か:::」

レレイも近辺の地形を詳細に描き出している地形図に興味津々といった様子だった。彼女の知る

地図とは、山や川や湖を描いて、だいたいの位置関係が合っていれば上等とされる。それが、非常

に細密に描かれた地図があるのだから興味を持つなと言うのが無理だろう。レレイは自分の知って

いる場所が地図上にあることがわかると、次々と指さして名前を教えてくれた。そして、さらに彼

女が興味を示したのが方位磁石である。

桑原が地図と実際に自分たちの向かっている方角を過たずに一致させる秘密が、ここにあるらし

いとレレイは感づいたようだつた。

御歳五十歳の桑原は、「この世界の北極と磁北極のズレはどの程度なんだろう?」などと思いつ

つ、レレイを我が娘をみるような気分で磁石の取り扱い方を教えていた。まあ、実際には走行して

いる高機動車の中でのこと、方角は小刻みに変わり、磁針そのものも揺れ動いて、正確に扱うこと

など出来ないのであるが。

「鬼箪曹と呼ばれたおやつさんが、可愛い女の子相手には相好を崩しちゃってまあ」

バックミラーに映る桑原の姿をチラと見て、倉田はボソッと吃いた。

一般陸曹候補学生の前期課程で、『ハイポlト走』(小銃を「控えつつ」したまま走るととと思

189 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり1.接触編188

って貰えばよい。似た体験をしてみたければ、四キロの鉄アレイでも抱えてマラソンすることをお

勧めする。ただし『抱えて』である。ぶら下げて、ではない)をさせられた経験が、なんとも言え

ない恨み辛みとして倉田の心中には積もっていた。それが、孫娘を愛でる爺さまのような姿を見せ

られて、なんとも霧散してしまうのだ。

ロゥリィは、テユカとなにやら話をしていた。

だが現地語で、しかも早口だから伊丹達には到底理解できない。ただ、なんとなくテユカがロウ

リィにからかわれているのは理解できた。最後には、テュカがぶすっと頬をふくらませて黙り込ん

でしまった。それを見たロゥリィが、いたずらっぽい笑みを浮かべて、黒川に視線を送る。そし

て、何か言おうとするのだが、その途端にテユカは顔と細長い耳を真っ赤にして止めさせようとす

るのだ。

見ているこちらとしては「何だろね?」という気分だ。

テユカの慌てる様が楽しいらしく、ロゥリィはなんとも楽しそうにほくそ笑んでいた。レレイに

「年上の年上の年上」と言われるだけあって、百六十五歳のテュカであっても、子ども扱いされて

しまう格の遣いがそこはかとなく感じられた。

「伊丹隊長、右前方で煙が上がってます」

運転している倉田が、右前を指さした。

ほぼ同様の報告が無線を通じて、先頭を走る車両からも入ってくる。

伊丹は、双眼鏡で煙の発生源あたりを観察してみるが、まだ距離があって確認するのが難しい状

態だった。車列を停めさせて倉田に尋ねる。

「倉田、この道、煙の発生源の近くを通るかな?」

「というより煙の発生源に向かってませんか?」

「嫌だよぉ。前方に立ち上る煙って、これで二回目だろ?どうにも悪い予感がするんだよねえ」

次いで、伊丹は桑原に意見を求めた。

桑原は地形図を参照して、煙の発生源あたりに、カタカナでイタリカと記入された街が存在して

いることを示した。テッサリア街道を進む車列は、当然のことながらイタリカへと向かっている。

次に、伊丹はレレイに双眼鏡を渡して意見を求めた。

レレイは、双眼鏡を前後逆さまにに構えてしまい眉を揮早めたが、直ぐに間違いに気付き双眼鏡を

正しく構えると前方へ向けた。

「あれは、煙」

レレイは、日本語でそう答えてきた。

「煙の理由は?」

聡いレレイは、伊丹の質問の意図を直ちに理解した。

「畑、焼く、煙でない。季節、違う。人のした、何か。鍵?

「『鍵』ではなくて、『火事』だ」

でも、大きすぎ」

191 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー190

単語の過ちを訂正しておいて、伊丹は思索し、指示を下す。

「周囲への警戒を厳にして、街へ近づくぞ。特に対空警戒は怠るなょっ」

桑原と黒川が銃を引き寄せた。それぞれ左右に目を配り出す。テユカは黒川に列び、レレイは桑

原と列んで一緒に周囲を警戒する。そして車列は再び進み始めた。

ロゥリィは、伊丹と倉田の聞に身を乗り出してきて、「血の臭い」と吃きながら、なんともきヲえ

ない妖艶な笑みを浮かべるのだった。

*

*

イタリカの街は、二百年ほど昔に当時の領主が居城を建設し、その周辺に商人を呼び集めて、城

壁を巡らして作り上げた城塞都市である。

当時は政治上、そしてテツサリア街道とアッピア街道の交点といpユ父通上の要衝として大きく発

展したのだが、帝国が拡大して国境が遠のくにつれて政治的な重要性が薄れ、現在は中くらいの地

方商市といった程度におちついている。

物、家畜類、

いる。

乙れといった特産品などもないが、周辺で収穫された農作

あるいは織物等の手工業品を帝都へと送り出すための集積基地としての役割を担って

現在は、帝国貴族のフォルマル伯爵家の領地である。

フォルマル伯の当主コルトには三人の娘、があった。アイリ、ルイ、ミュイである。末娘のミュイ

をのぞいた二人は、既に他家に嫁いでいた。コルトとしては、末娘のミュイが成長したら婿を取ら

せて跡継ぎにしようと考えていたようである。

ところがミュイがいまだ独身のままコルトとその妻が事故死してしまったことから、街の不幸が

始まった。

長女アイリはロlウェン伯家、次女ルイはミズlナ伯家とそれぞれに嫁いだ家がある。従って相

続についての権利はミュイに劣る。それが帝国の法であって争いなど生じる余地はない。しかし、

末妹のミュイがいまだ十一歳であったことから、どちらが彼女を後見するか:::則ち実権を握るか

で争いが生じてしまったのである。

長女と次女の間での冷静な話し合いが次第に熱を帯びてきて、ついに醜い罵り合いとなった。末

妹は聞に挟まれておろおろするばかり。二人の罵り合いは、爪を立てての引っ掻き合い、髪の掴み

合いに発展し、これを鎮めようとしたそれぞれの夫を巻き込む大騒動となった挙げ句、ロlウェン

伯家とミズlナ伯家の兵が争うという、小規模紛争となってしまったのである。

それでも双方の諦いは無制限に拡大することはなかった。それぞれの兵力がさして多くなかった

こともあるし、それぞれの夫が妻ほど頭に血が上っていなかったことも理由としてあげられる。

領内の治安はフォルマル伯家の遺臣と、ロlウェン伯家とミズiナ伯家の兵によって厳正に保た

れ、商人の往来は保護され、領民達の生活も脅かされることはなかった。イタリカの価値は交易に

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193 ゲート自衛隊彼の地にて、斯くl隙えり- 1断虫編ー

あり、これを荒廃させてしまえば、利益を得るどころではなくなってしまうということを誰もがよ

くわきまえていたからである。

こうして事態は腰着化する。

姉妹の争いは帝都の法廷へと移り、やがて皇帝の仲裁によってミュイの後見人が決するであろう

と誰もが予想していた。

しかし、帝国による異世界出兵が事態をさらに悪化させた。

ロlウエン伯家とミズ1ナ伯家、それぞれの当主がそろって出征先で戦死してしまったのであ

る。これによってアイリもルイもフォルマル伯爵領に関わっている余裕が全く無くなってしまっ

た。ロlウェン伯家もミズ1ナ伯家も兵を退いてしまい、あとに残されたのはミュイとフォルマル

伯爵家の遺臣ばかりである。

幼いミュイに家臣を束ねていく力などあるはずもなく、領地の運営も惰性でなされるようになっ

た。心ある家臣が存在する以上の確率で、私欲に素直な家臣が存在し、気、か付けば横領と汚職、か横

行し、不正と無法がはびこっていた。

民心はゆれ動き、治安は急激に悪化する。

各地で盗賊化した落伍兵ゃならず者が、領内を旅する商人を度々襲うようになり、これによって

交易は停止し、イタリカの物流は停滞してしまう。

さらに盗賊ゃならず者達は徒党を組んで、大胆且つ大規模に村落を襲撃するようになった。数人

の盗賊が、十数人の盗賊集団となり、現在では数百の規模となった。そしていよいよイタリカの街

そのものが盗賊達に襲撃されたのである。

街の城門上に陣取って、弓弦を鳴らしていたピニャは、退却していく盗賊達の背に向けて数本の

矢を放ったあと、大きなため息をついて弓矢を降ろした。

周囲には傷ついた兵が、のろのろと立ち上がり、あるいは倒れた兵士が血を流している。石壁に

は矢が突き刺さり、周囲では煙が立ち上っていた。見渡すと、農具や棒をもった市民達も多い。

城門の外には、盗賊達の死体や馬などが倒れている。

「ノ!マ!ハミルトン!怪我はないかっ」

破られた門扉の内側にある柵を守っていたノlマは、大地に突き立てた剣を杖のようにして身体

を支え、肩で息をしつつ、わずかに手を挙げて無事を示した。それでも、鎧のあちこちには矢が刺

さっていたり、剣で斬り付けられたような跡、か付いている。

彼の周囲は激戦であったことを示すかのように、攻撃側の盗賊と守備兵、双方の遺体が転がって

いた。

ハミルトンに至つては既に座り込んでいた。

両足おっ広げて、なんとか後ろ手で身体を支えているが、今にも仰向けに倒れ込みたいという様

子。剣も、放り出していた。

195 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり1接触編ー194

「やせいぜい、とりあえず、はあはあ、何とか、はあはあ、生きてます」

「姫様。小官の名がないとは、あまりにも薄情と申すモノ」

「グレイつ1 貴様は無事に決まってるだろう。だからあえて問わなかったまでだ」

「それは喜んで宜しいのでしょうか?はたまた悲しんだほうが良いのでしょうかな?」

堅太りの体格で、いかにもタフそうな四十男が少しも疲れた様子も見せず、剣を肩に載せてい

た。

見ると返り血すら浴びていない。剣、か血に染まっていなければ、どこかに隠れていたのではと思

いたくなるほどに体力気力共にまだまだ大丈夫という様子だった。グレイ・アルド騎士補である。

一兵士からのたたき上げで、戦場往来歴戦の戦人であった。

ピニャの騎士団は、構成する騎士の大部分が貴族出身である。しかも騎士団としての実戦経験が

無いため、こうした叩き上げの兵士を昇進させ部隊の中核としていた。

帝国では兵士が騎士(士官)になる道は著しく狭い。だが、一端通ってしまうと士官としての待

遇に差別はなかった。これには、自分たちは戦功著しい優秀な古参兵と、同等の能力を有している

のだという貴族側の自負心がある。能力で昇進してきた者を、出身を理由に粗略に扱うような者

は、自分の能力に自信がなく家柄にしか頼るものがないだけであると評価されてしまうのだ。

「姫様、何でわたしたち、こんなところで盗賊を相手にしてるんですかっ」

ハミルトンは責めるような口調で苦情を言い放った。いささか無礼ではあるが、言わずにいられ

ない気分だった。

「仕方ないだろう! 異世界の軍がイタリカ攻略を企てていると思ったんだからっ! お前達も賛

同したではないかっ」

アルヌス周辺の調査を終えて、いよいよアルヌスの丘そのものに乗り込もうとしたところ、ピニ

ャらの耳にひとつの噂話が入った。

それは「フォルマル伯爵領に、大規模な武装集団がいる。そしてイタリカが襲われそうだ」とい

うものだった。

それを聞いたピニャは、アルヌスを占拠する異世界の軍がいよいよ侵攻を開始したと考えたので

ある。「八刀遣隊を派遣して、周辺の領地を制圧しつつ帝都を包囲しようという魂胆か?」と察し

た。

ならばこちらとしても考えがある。ピニャとしては、やはり初陣は地味な偵察行より、華々しい

野戦が良い。丘の攻略戦では帝国は大敗を喫したが、野戦ならばという思いもあった。だからアル

ヌス偵察は後に回し、麿下の騎士固にイタリカへの移動を命じつつ、自分達は先行したのである。

どのような戦法をとるにしても、敵の規模や戦力を知らなければならない。もし、敵の戦力が少

なければイタリカを守備しつつ、その後背を騎士団につかせて挟撃することも出来る、とも考えて

、ら」o

puvvザr'

ところが、実際にイタリカに到着してみれば、街を襲っていたのは大規模な盗賊集団だった。し

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197 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー196

かもその構成員の過半、か、「元」連合諸王国軍とも言うべき、敗残兵達であったのだ。

これに対して、イタリカを守るべきフォルマル伯爵家の現当主はミュイ十一歳。

彼女に戦闘の指揮がとれるはずもなく、兵達の士気は最低を極めていた。かなりの人数が脱走

し、残った兵力も極わずかであった。

ピニヤとしては落胆を禁じ得なかったが、街が野盗に際問されるのを黙って見ているわけにもい

かず、伯爵家に乗り込むと身分を明かして有無を言わさず伯爵家の兵を掌握するとイタリカ防戦の

指揮を執ったのである。

「とりあえず三日守りきれば、妾の騎士団が到着する」

実際は、もう少しかかるかも知れないとは言えない。

ピニャのその言葉を信じた街の住民や伯爵家の兵達は力戦奮闘した。だが敵も落ちぶれたとは言

え元正規兵であり、攻城戦に長けていた。

街は攻囲こそされないものの堅牢なはずの城門が破られ、一時は街内へと乱入されかかったので

ある。とりあえず住民達が民兵として農具をかホさして力戦したからとそ、第一日目をなんとか戦い

抜けたのだが、正直、後少しで負けるところであった。

物心共に被害も甚大だ。

少なかった兵はますます少なくなり、民兵も勇敢な者から死んでしまった。残された者は傷つ

き、疲れている。こうしてわずか一日にして、兵や住民達の士気は下がりきってしまった。そし

て、ピニャには彼らの士気をあげる術が、どうにも思いつかない。

これが、彼女の初陣の顛末であった。

09

めかけ

ピニャ・コ・ラlダは、皇帝モルト・ソル・アウグスタスとその側室:::いわゆるお妾であるネ

1ル伯爵夫人との聞に生まれた。

モルト皇帝の公認の子どもは八人いる。その中では彼女は五番目の子で、女子としては三人目で

あった。ちなみに、非公認の隠し子も含めると彼女の兄弟姉妹は十二1十五人前後に増えるのでは

ないかと言われている。

皇帝から実娘として公認されているため、ピニャには皇位継承権がある。しかし、順位としては

十番目(皇帝の弟達が彼女より上位にいる)になるため、皇位継承者としての彼女の存在が意識さ

れるととは、ほとんどなかった。適当な年齢に達すれば、外国の王室か国内の有力貴族に持参金を

抱えて嫁に入り、目立たないが優雅で気楽なサロン生活が送れる身分なのだ。

彼女の存在、か宮廷のサロンで目立つのは、政治的な意味合いよりも彼女の個性に発する部分が大

きかった。幼少の頃は、常に何かに苛立っており、落ち着きに欠け、過激な言動といたずらをして198 -

1

199

は周囲を因らせることが多かったのだ。

それがどうにか落ち着きだしたのは十二歳頃、貴族の子女らばかりを集めた『騎士団ごっこ』を

はじめてからである。

まことしやかに流布している風説によると、女優ばかりが出演する歌劇を見て、その華やかさに

影響されたからだと言われている。もちろん真偽のほどは確かではないが、この時期に何かきっか

けとなる出来事があったことだけは確かなようである。

帝都郊外にある古びた、しかし堅牢な建物そ勝手に占拠すると、子分とも言える貴族の子女を集

めて集団生活を始め、彼女なりの軍事教練らしきものを始めたのである。そこは貴族の子弟、しか

も十一1十四歳の子ども達のすることだ。おままごとのような集団生活と軍隊ごつ乙であって、衣

食住の全てにおいて散々な失敗の繰り返しだった。それでも、そうした失敗も含めた何もかもが新

鮮で、楽しいものとして子ども達は感じていたようである。

子ども達を心配して様子を見に来た大人達は、彼らの楽しげな様子を見て安堵しつつ、やがて飽

きて親が恋しくなって帰ってくるだろうと温かく見守ることにしたのだった。

実際に、子ども達も二日ほどたっと笑顔で帰ってきて、親たちは「楽しかったかい?」と温かく

出迎えることになる。

ピニャの、天賦の才能はこの時期に開花を始めた。それは自己を含めて、仲間の力量を過不足無

く見極めることが出来るということにあった。

彼女には、仲間達が二日程度で飽きてしまい、三日を過ぎたあたりで帰りたがるということが見

えていたようである。そこで彼女は仲間を全員一度帰宅させた。これならば「楽しかったねえ」と

いう気分のまま帰ることも出来る。そして、それは第二回騎土団ごっこへと繋がる。

一週間ほどあけて、第二回騎士団ごっこが聞かれた。

兵舎として使われたのは、前回と同じ建物であったが、今度は料理人や小間使いを巻き込んでの

ごっこ遊びで、衣食住の環境は確実に改善されていた。これを見た子ども達の親も、そして子ども

達自身も内心安堵したことだろう。

こうして、彼らの騎士団ごっこは、まず遊びとして周囲から温かい目で見守られつつ始まったの

である。

「ごっこ遊び」とは言っても一応軍事教練らしきことをする。

例え、遊びから来たものであろうと「子どもの言動がきびきびしてきたように見えるし

ついて元気になってきた」「食べ物の好き嫌いがなくなった」「規律正しくなってきた」

になって、よい友人を持つようになった」等の変化が現れると、皇女様の騎士団ごっこは子ども達

によい影響を与えていると好意的に見られはじめた。回を重ねるたびに寄付や、施設の提供を申し

出る貴族などが現れて、貴族社会で子ども達に参加を奨励しようとする雰囲気が出来てきたのであ

る。

「体力、か

「社交的

この時期に集まったピニャとその仲間達は、第一期生と呼ばれている。この第一期生によって、

1111

201 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー200

戒律や規約が作られ、団員の誓いだとか、各種の儀式、階級といった制度が制定され、彼らの日常

生活における規範となっていくのである。

騎士団創設から二年、ピニヤが十四歳になると騎士団の「訓練』と呼ばれる合宿生活は、一一1三

ヶ月の長期に渡って行われることが多くなった。学業などはこうした訓練の一環として、何人もの

宮廷学者、が『兵舎』に招ねかれて授業するために疎かになることもなく、親たちはこのあたりから

「ごっこ遊び」と言うよりは一種の『少年教育機関』的な意味合いでこの騎士団活動を見るように

なっていた。

ピニヤの始めた騎士団活動は、ここで発展を止めたとしても、有意義なものとして帝国の教育史

に残ったと思われる。子ども達の自立心を高め、規律正しい生活を身につけ、年長者を敬愛し、若

年者を愛護する。それは、あたかも兄弟姉妹のごとく(実際、義理の兄弟姉妹関係を結ぶ相手を選

び出し、とある儀式のもとその関係性を続けていくのである)0 こうした騎士団の気風は、好まし

いものとして大人達に見られていたからであった。

類似の少年団組織が、あちこちで発足し始めたのもこの頃である。これらの少年団は現在も、こ

の頃の騎士団の気風を受け継いだ集団として継続している。

ところが、ピニヤはあくまでも軍事組織としての発展を志向していた。

ピニャ十五歳の頃。彼女は自分たちの行う軍事教練によって体力がつき、剣術や弓、乗馬等の基

礎的な訓練に慣れて来たと見るや、外部から教官を招轄することにしたのである。

この時、騎士聞に出向せよという命令を受けた軍将校、下士官がどのような気分になったかを知

る術はない。だが、退役間近な将校や下土官ならまだしも、将来を嘱望された若手将校や下士官に

とっては、『皇女様のごっこ遊び』につき合わされるのは、落胆と失望を感じさせるのに十分だっ

たと思われる。

その為だろうか、「いつまでもこんなことにつき合ってられるか」という思いを込めて、騎士団

の団員達に対して本格的・::ではなく本物の軍事教練が施されたのである。そして、それこそがピ

ニャの求めていたものであった。

将校達は、騎士団の子ども達、か、もうこんなことは嫌だと降参することを期待していたようであ

る。しかしピニャは、仲間の過半はこの訓練を乗り越えていけると見極めていた。

こうして、騎士団の軍事組織的な性格が明確になっていく。座学、実地訓練共、その内容は軍に

所属する兵士や士官達の学ぶそれに勝るとも劣るところはなく、彼らの素質もあってか騎士団の団

員達は優秀な軍人として成長していくことになる。

ピニャ十六歳の頃、騎士団ではその方向性を決定づける重要な出来事が発生した。

男性騎士団員達の卒業である。

門聞に属さない貴族の子弟にとって、その将来を賭ける道は軍人になるか、官僚になるかであ

しようぶ

る。尚武の気風をもった騎士固に属していた青年達が、軍人を志さない理由はなく、またそれを止

める術も権利も彼女にはなかった。

l|

203 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり一l接触編ー202

「元騎士団員として、恥ずかしくない軍人となってほしい」という言葉を贈り、彼女は青年となっ

た一期生の卒業を見送ったのである。

こうして、騎士団を構成する中核団員の多くはそろそろ花

それでも残る者がいて、新

『女性』ばかりとなった。もちろん、

嫁修業を、という親の願いから女性団員も次々と騎士団を離れていく。

規に入って来る者もいる。

この時期の騎士団がもっていた幼年士官学校的雰囲気から、貴族の子ども達の入国希望者は以前

よりも増えつつあり、その規模は拡大傾向を示していたのである。

それから三年。この間に騎士団出身の男性軍人の多くが若手将校として現場で活躍を始めると、

彼らの優秀さが高級将校の自にとまるようになった。

騎士団の卒業の時期・・・・・・蓄積の咲く頃・-----が近づくと各軍の指揮官達が、自分の部下にとわざわ

ざスカウトにやって来るほどとなった。だが彼らの目当てはあくまでも男性団員であり、軍が女性

に活躍の場を与えることはなかった。

そのために、あるいはこれとそが彼女の真の目的として、ピニャは多くの女性団員と少数の男性

団員(立身出世の必要がない門閥貴族出身の子弟+ピニャのスカウトしてきた実戦経験豊富な熟練

兵)、そして補助兵によって構成された『蓄積騎士団』を設立したのである。

その誕生は、貴族社会からも宮廷からも祝福されたものであったが、あくまでも実戦を経験する

ことのない儀仕兵、女性要人の警護、儀式典礼祭杷等の参加、そして軍楽隊的役割を求められての

ことという暗黙の了解が、そこにあった。

しかし帝国を取り巻く情勢は変わった。

事態がここに至ると、蓄蔽騎士団とはいえ後方に引っ込んでいるわけにはいかない。あくまでも

実戦をと希求する団長ピニャの指令を受けた彼女たちは、赤・白・黄色それぞれ蓄積を紋章とした

軍旗を先頭に、アッピア街道を進んでいたのである。

盗賊の攻撃を受けたイタリカの街は、見るも無惨な姿となっていた。

城門は攻城槌によって破られて、内側に倒れている。城壁の内側に立つ木製の櫓や鐘楼などは、

そのほとんどが火矢を受けて黒煙を空高くあげていた。

外から降り注いだ矢が、城壁を越えて城壁に面した家にまで届き、家々の屋根にはりねずみのご

とく突き立ってる。そして、城壁を挟んでその内外に、盗賊側、イタリカ側双方の死体が散らばっ

て、地面の各所には赤黒い流血の血だまりができあがっていた。

まだ体力のある者は、城壁の内側で起きた火災を鎮火させるべく走り回っている。小さな火には

水をかけるが、火の手の強い建物は破壊するしかない。

女達は中程度や重傷の者を手当てし、子ども達はあたりに散らばり落ちている武器や矢の回収作

業をしていた。

負傷の程度の軽い者は、スコップを手に死者を埋葬するための穴を城外で掘っている。本来なら

JIl

彼の地にて、斯く戦えり一l接触編ー204 205 ゲート自衛隊

簡易にしても葬祭を行わなければならないところである。しかし、その数が多すぎるため、葬祭を

省いての埋葬となってしまった。盗賊の遺体に関しては、大きな穴を一個掘って、全員丸ごと放り

込むのが精一杯であった。

こうして、兵士も、商人も、酒場の女給も、男も、女も、老いも、若きも、関係なく街の人聞は

ふつザGょう

一人残らず駆り出されて働いていた。払暁から昼鴻胆ペぎまで続いた戦闘から、休む暇もなく作業に追

い立てられ、誰もが疲労していた。

「姫様:::あの、少し、少しでよいのです。休ませてもらえませんか?」

作業の監督をしていたピニャの元に、住民代表の老人がおずおずと話しかけてくる。

皆が疲れ切っているととは見れば判るし気持ちも理解できる。だが、今は少しでも早く死者を葬

り、燃える民家や鐘楼の火を消し、城門や柵の修理を済ませて、武器の手入れを終えなくてはなら

ないのだ。

その重要性を知るピニャは、休みたいと訴えかけて来る老人に対して、むっすりといかにも不機

嫌そうな表情を見せることで、苦情を言いにくくすることしかできなかった。

「盗賊共はまだ諦めてない。態勢を立て直したら、すぐに攻め寄せて来よう。その時に壊れた城門

と、崩れた柵で防げるというのなら、休んでもよいぞ:::」

「し、しかし」

この老人から見れば、ピニャは理不尽なことを強いて来る暴君にしか見えないだろ'主立ってい

る場所が違うために、見えているものが違うのだ。彼らに理解をしてくれと求めることは甘えなの

かも知れない。ならば仕方のない。

「私はお前に頼み事をしているのではないぞ」と、頭ごなしに命じるのみであった。

「グレイ、城門の具 合はどうだ、直せそうかつ・」

門扉の具合を見ていたグレイがピニャを振り返った。

「姫様、小官の見立てたところ直すのは無理ですな。蝶番の根本から完全にひしゃげております」

「ならばどうすればいい?」

「いっそのこと塞いでしまってはいかがっ」

ちょっとした作業で出入りする程度なら城門脇の小口が使えるし、この事態にあって商取引で馬

車や荷車などを出入りさせることもない。門扉を聞いて内側から撃って出るといったととも考えら

れないから、防戦という目的に置いては城門など塞いでしまっても問題はないのだ。

「悪くない。そうしてくれ」

グレイは市民に指図すると、木材、堅牢な家具などを集めてきて、門扉のあった場所に積み上げ

る作業を始めさせた。

「そんなものばかりでは燃えるだろう。まずくないか?」

ピニャの言葉にグレイは肩をすくめて、火がついたなら燃え草をどんどん放り込んでやりましょ

うと応じた。

207 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編206

言われてみて確かにとピニヤは領く。燃えさかる炎ほど強固な防壁はないかも知れないと理解し

たのだ。

ピニャは振り返ると、城壁の上へと顔を上げた。

「ノ!マH そっちは、どうだつ・」

城壁の上では、寄銃や弓を手にした兵士達、か、外へと警戒の目を光らせていた。ノ1マは振り返

ると、声を投げ降ろしてきた。

「今のところ、敵影なしです」

「そのまま警戒を怠るな。敵がいつ再び攻め寄せて来るかわからんぞ」

ノiマは、この指示に領くと、額からにじむ血を拭こうともせずに部下の兵士に監視を命じるの

だった。

「ざあざあ、お腹、かすいたのではないですか?食事の用意をしてまいりましたよ」

そこに、そんな声が聞こえたかと思うと大鍋を載せた荷車がやってきた。運んでいるのは伯爵家

のメイド達である。出てきたのは大麦を牛乳で煮詰めたドロッとした粥と黒パンである。どちらも

あまり美味いものではないのだが、空腹は最高の調味料とも言う。

ピニャも、食事の臭いに空腹感が刺激された。すきっ腹を抱えたまま突貫工事を続けても効率も

落ちるばかりと考え、交替で食事をとりつつ作業を続けるように命じる。そうしておいて、自分も

食事をとるべく、空腹と疲労で重くなった身体老引きずるようにして、フォルマル伯爵家の館へと

向かったのである。

警備の兵士などの男手は、ほとんどが城壁守備に出向いているため、伯爵家の城館は門から玄関

に至るまで人の姿はない。彼女を出迎える者もなかった。

かといって誰もいないわけではない。屋敷の中庭では大鍋がいくつも置かれ、大麦の粥が煮立て

られ、黒パンが焼かれていた。炊き出しのために城館のメイド達は全員駆り出されて、忙しく立ち

働いているのだ。

どうにかピニャを認めて出迎えたのは、伯爵家の老執事とメイド頭の老女だけである。

「皇女殿下、お帰りなさいませ」

「ああ。すまないが食べ物と、何か飲み物を:::」

老メイドにそう伝えて、ピニャは自分の屋敷でもあるかのように、ソファーへとどっかり座り込

んだ。

傍らに立つ白髪の執事、か、ピニャに葡萄酒の入った銀のコップそ差し出した。

「皇女殿下、どうやら守りきることが出来たようですな」

「まだだ。奴ら、またすぐに襲って来る」

「連中と戦わずに済ますことはできないのでしょうか?話し合いでなんとか」

「争いを避けるのは簡単だぞ。城門を開け放って、街の住民も財貨も食べ物も何もかも、連中の手

に委ねてしまえば良いのだ」

209 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー208

争い事を避けたい一心の老執事は、ピニャの言葉に光明を見たのか、

る。

ほっとしたような表情をす

「そのかわり全てを奪われ、男は殺されるだろう。若い娘は奴隷だろうが、その前に多分きっと、

わらわ

いや必ず陵辱されるぞ。妾などは見ての通り佳い女なのでな、野盗共が寄ってたかつて群がって来

る。一人や二人ならなんとかなるかも知れないが、五十人百人を相手にして正気を保つ自信はない

ぞ。時に、ミュイ伯爵令嬢はどうかな?L

「み、ミュイ様はまだ十一歳ですぞ」

「そういう幼い少女が好きという変態がいるかも知れないぞ:::いや、きっといる。必ずいるな

・でもいないことを神に祈って、敵に対して城門を開け放ってみるか?」

老執事は額の汗をぬぐいつつ、岬くように言った。

「で、殿下。あまり、虐めないでくださいませ」

「ならば、戦うしかあるまい?平和を求めて、相手の言いなりになるのも道の一つだが、それは

結局の所、滅びの道、た。戦は忌むべきものだが、それを避けることのみ考えると結局の所全てを失

うのだ。ならば、歯を食いしばって戦うしかない」

ピニャは差し出されたワインを一気に飲み干した。

「ふうつ」と、ひと心地ついたのか口元をぬぐって大きなため息をつく。そして、老メイドが運ん

できた大麦粥とパンに手をつけた。だが一口で眉を寄せた。

「昧にしても、量にしても物足りない」

老メイドは、毅然として首を振った。

「いけません。疲労の強い時は、胃も疲れているものです。味の濃いもので腹を満たしてはかえっ

て健康を損ねますし

ピニャは、老メイドの言葉に理があることを素直に認めた。考えてみれば、城館のメイド達はこ

の事態に至っても動揺が少なく、黙々と炊き出しなどの作業に従事している。そもそも彼女は炊き

出しなどの作業を命じた記憶もない。とすれば誰の指図か?執事は今の会話のように、恐れおの

のいているばかりで何も出来ない臆病者だ。となれば、この老メイドではないか?

そう考えてピニャは老メイドに尋ねた。

「お前は、このような事態の経験があるのか?」

「かつて、ロサの街に住んでおりました」

ロサの街は、二一十年ほど前に帝国の侵略を受けた街で、どうにか帝国軍を撃退したものの政治的

な敗北から帝国に併合されて、現在は廃嘘となっている。

その戦いの際、この老メイドはロサにいたのだろう。戦いとは、なにも弓や剣や魔法を撃ち合う

ばかりではない。攻められる街にあって兵士を励まし、武器を手入れし、食糧を管理しつつ食事の

手配を遺漏無く整えることもまた戦いとなる。

その意味で、この老メイドは実戦証明済みの存在だった。

211 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- [接触編ー210

伯爵家の当主が幼く、全く頼りにならないという状況下で、メイド達に動揺がないのも、この老

メイドが彼女たちの上に君臨しているからであろう。

ピニャは、老メイドの言を受け容れ、食事を腹八分目で止めることにして、布巾で口元をぬぐっ

た。

「では、客聞にて休ませて貰う。もし、緊急を知らせる伝令が来たら、そのまま部屋にまで通すよ

ヲつ」

そう老メイドに伝えて、ふと湧き上がった悪戯心から次のように尋ねてみた。

「もし、妾が起きることを拒んだらなんとする?」

すると、老メイドは「水を頭からブッかけて叩き起こして差し上げますとも」と凄みのある笑顔

を見せた。

ピニャはコロコロと高らかに笑った。そしてベッドで水浴びしないですむようにしようと言いな

がら、客室へと向かうのだった。

ところがである。結局のところ彼女そ叩き起こしたのは水の冷たい感触だった。

顔を布でぬぐい、濡れた衣服の上に鎧を手早くつけつつ、ピニャは怒鳴った。

「何があった!敵かっ・」

濡れそぼった朱髪を振り乱すピニヤの姿になんとも言えない艶気を感じつつも、事態の急変を知

らせに来たグレイは、そんな気分は隠して報告した。

「はたして、敵なのか味方なのか、見たところ判りかねますな。とにもかくにもおいで下され」

城門にたどり着いて見ると、戦闘準備を整えた兵士と市民達が、城壁の鋸壁から、あるいはパリ

ケlドの隙間などから、門前の様子を盗み見ていた。

「姫様。こちらからよく見えます」

フォークシャベルを手にした農夫の一人が、積み上げたバリケードの隙聞を譲ってくれた。

覗いてみると狭い視界の向こう側に、四輪の荷車、か三台停まっている。:・ただしこれを牽く馬

や牛の姿を見ることが出来ない物だった。

ピニャは、動力となる馬や水牛、そして兵員を大きな箱の中に収容して城壁に近づく『木甲車』

という攻城兵器の存在を知っている。だから、門前に停まる三台のそれを『木甲車』に類する物で

はないかと考えた。

よく観察すると、=一台中二台の天蓋は布あるいは皮革製に見える。

これでは矢玉や熱湯、溶けた鉛を避けることは出来ても、岩程度の質量のあるものを投げ落とせ

ば潰れてしまうだろう。この一台は木製、どころか、鉄で全するとやっかいなのは、後ろの一台だ。

面を覆っているかのように見えるのだ。

やはり人聞がいるようだ。『長寄』らしき武器を備えていて、その『鉄』甲車内には、

いしつぶて

なるほど、矢や石礁を避けつつ城壁に近づき攻撃も可能とする工夫のようだつた。

天蓋には

212

213 ゲート自衛隊彼の地lこて、斯く戦えり- ) 接触編ー

だが、いかに優れた兵器とは言っても、それだけで城市は落ちない。

矢を放ち、雲霞のごとく城壁に攻め上る兵がいてこそ、これらの攻城兵器は生きてくるのだ。だ

が、見渡せる範囲では他に敵の姿はいない。また、門のあったところに築かれたバリケードを、破

壊しようとするなどの敵対行動を起こす様子もなかった。

兵器の存在を見せつけ守備側の戦意を低下させようとする意図ならば、それなりの示威行動を示

すものだが、それもしないとなると何が目的でここにいるのかが分からなくなる。

「ノ1マ円ど

「他に敵は居ません」

尋ねたいことがわかったようで、直ぐに答えがあった。

『木甲車』内にいるのは、斑:::深緑を基調として茶色や、薄緑を交ぜた配色の衣装を纏い、同じ

斑なデザインの布で覆われた兜を被った兵士達だ。

手には、武器なのか杖なのか判別の難しいものを抱えている。その険しい表情や鋭い視線などか

ら、この者達が油断のならない力量そ有した存在であることはわかる。

「何者かり・敵でないなら、姿を見せろっ1 」

すいか

ノ1マによる誰何の声が、頭上の城壁から厳しく響いた。

どんな反応が起こるのかと、ピニャもイタリカの兵士も、住民達も皆、息そ呑んで見守ってい

た。

待つこと、しばし。ふと、木甲車の後の扉が開いた。

そこから、一人の少女が降り立つ。年の頃十二一1十五ぐらいだろうか?

ゃ、手にしている杖などから魔導師であることは一日でわかった。

杖・宇佐見るとオlク材のくすんだ長杖・・・すなわちリンドン派の正魔導師であることは明白だ。と

なれば、いかに年若く見えようとも、攻撃魔法も魔法戦闘もこなすはず。

先ほどの襲撃では、盗賊側に魔導師は確認されていなかった。だからこそ守り切れたと言っても

過言ではない。だが、もし盗賊側に魔導師、か加わったとなると、かなり難しい戦いを強いられるこ

とになる。

身に纏っているロlブ

その困難さを考えて、ピニャは舌打ちしてしまった。

続いて降りてきたのは、見たことのない衣装を纏った十六歳前後の娘、だった。

その衣装は上下ともに肌にぴたつとしていて、ほっそりとした身体のラインがあからさまになっ

ていた。さらに丈が短くて腹部や背中あたりの白い肌がチラチラと見えてしまうのは、男性連中に

は目の毒だろう。

ピニャはこの衣装が、それが目的のデザインなのだということを、女として直感的に理解してい

た。

問題は、この娘が笹穂状の耳をもっていることだった。すなわちエルフだ。しかも金髪碧眼持

ち。214 -

1

215

まずい:::向乙うには魔導師ばかりかエルフまでいる。エルフは例外なく優秀な精霊使いと聞

く。特に風精霊を使役した雷撃の魔法は、強力なものとなれば一軍を壊滅させる力があることで知

られている。リンドン派の魔導師と、エルフの精霊使いの組み合わせ。騎士団を率いていたとして

も、戦場で出会いたくない相手と言えるだろう。

油断している今こそ、二人を同時に倒してしまうチャンスではないか?琴銃で狙撃をすればあ

るいは上手く行くかも知れない。

そんな風に二人を倒す方法を考えていたが、その後に出てきた娘を見て、ピニャは、濡れそぼっ

た衣服が急激に冷えていくのを感じた。

フリルにフリルを重ね、絹糸の刺繍に彩られた漆黒の神宮服。

黒髪を黒い紗布のついたヘッドドレスで覆う、いとけない少女。

「あ、あれはロウリィ・:・マIキュリー」

それは死と断罪と狂気、そして戦いの神エムロイに仕える使徒だった。

皇帝は国家最高神記官を兼ねるため、国事祭典に使徒を招轄して会談を持つこともある。従って

エムロイの使徒と語見する機会もあった。だからピニャは、彼女を見知っていたのだ。

「あれが噂の死神ロウリィですか?初めて見ますが、見た感じじゃここのお屋敷のご令嬢ほどで

しかありませんね・・・・・・」

魔導師の少女や、エルフ少女と比べても、ロゥリィは小さく幼そうに見える。

が、自分の体重ほどもありそうなハルパlトを、細枝のような腕で軽々と扱って、ズンと大地に

突き立てる腕力が凄まじい。

よわい

「見た目に踊されるな。あれで、齢九百歳を超える化け物だぞ」

帝国などこの世に影も形もなかった時から延々と生き続ける不老不死の『亜神』、それが使徒で

ある。これでもロゥリィは、十二使徒の中でも二番目に若い。

使徒・魔導師・エルフの精霊使い:::この三人の組み合わせがもし本当に敵ならば、ピニャはさ

っさと抵抗を諦めて、逃げ出す方法を考えようと思ってしまった。

くみ

「だけど、エムロイの使徒が盗賊なんぞに与しますかねえ?」

グレイの聞いを、ピニヤは首を振って否定した。

「あの方達なら考えられなくもないのだ」

使徒に人間の物差しは通じない。彼そして彼女らは、皇帝や元老院の権威や法、あるいは正義と

いったものに全くの無関心なのだ。いや、逆に軽蔑していると言っても過言ではない。

ピニャは惨憎たる思いで語った。

「神という存在は、正しく生きようが悪徳に生きようが関係なく、崇る時は崇るし、悪しきことを

起こしてくる。善良に生きても病にかかるし、暴虐の限りを尽くす暴君が長命だったりする。誰が

杷ろうとも、何を祈ろうとも、それはあまり関係ない。

神という存在はヒトには理解できない存在なのだ。あるいは、ヒトには理解できない価値感があ

11

I

1

217 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編216

るのかも知れないがな・・・・・・ただの気まぐれだと言い張る者もいる」

ピニャの感想を受けて、グレイは岬きながら額に流れる汗をぬぐった。

「神官連中の耳に入ったら大変なことになりますぞ」

「そうだろうな。何しろ、連中は神の御心の代言者として神殿にいるのだからな。その神の御心が

なんだか理解できない、でたらめに近いものだなどと言ったら、神宮連中の存在意義に関わる。そ

りゃあ反発されるだろう」

多神教の世界では信仰の対象に正邪の別はない。異端審問の類もない。特定の神が嫌いになれば

他の神に帰依すればいいのだ。だが、神宮団という宗教組織が、政治と結びついて様々な力を有し

ていることもまた確かである。いたずらに神を肢せば、それを理由に攻撃されたり嫌がらせをされ

ることも起こり得る。

結局の所、それは人のすることなのだが、信仰と結びついているから「それが神槌である」と詐

称される場面も少なくないのだ。

「し、小官は、聞きませんでした」

結構信心深いグレイは、ぶるぶると首を振って背中を向けて両手をあげてしまうのである。そん

なグレイの背中そピニャは面白そうに笑うと、バリケードの隙聞から外へと視線を向けた。

「おっ::来たな」

再び目を門前に向けると、こちらに歩み寄って来る魔導師の少女の姿があった。

10

イタリカの街。その門前は物騒な気配に充ち溢れていた。

普段ならその場所は、荷車や馬車、か行き交い関税の手続やら支払いの手続で追われる商人の姿で

賑わっている。だが、今は無惨なまでに破壊されている。代わりに木材や家具等、手当たり次第に

かき集めて来たことの判る適当な資材を山となるほどに積み上げて、来る者全てを拒む構えを見せ

ていた。

三階建てピルに相応する高さを持つ石造りの城壁上には、守備の兵士達がずらりと並んで、石

弓、替、弓矢を構えてこちらに向けている。

一度の発射で、何本もの矢を放つことが出来る機械式の連寄なども設置されていた。

投げ降ろすためだろう、瓦礁とか石とかも山積みにされていた。

また、通常なら武器とは考えることのない物まであったりする。例えば、火、か焚かれてその上に

置かれた大鍋が湯気をあげている。

これが河原とか、山のキャンプ場ということなら、芋煮会でもしてるのかと思うところである。

だが、それが城壁の上でとなるとのんびりとした食事の支度などでないことが直感的に理解できて

l1

219 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり一l接触編ー218

しまうのだ。

「熱湯を浴びせられるのだけは勘弁して欲しいところですねえ」

高機動車運転席の倉田のつぶやきを耳にして、とか言いたくなってし伊丹は「聞いてないよi」

まった。熱湯というのは、テレビの旧いバラエティ番組などでは捨て身、ギャグ用小道具として扱わ

れたこともあってその威力が軽視される傾向にあるが、

だ。

現実的には化学兵器並みに凶悪な代物なの

その熱さによるショックで死ねなければ、かなり長い時間苦しみ抜くことになる。

しようえき

全身の火傷による柴液性炎症は果てのない体液の渉出そ引き起こして、結局のところ体液の大量

損失を招く。これによってもなお死ねないとすれば、さらに皮膚を失ったが故の細菌感染がおこ

り、壊死組織の腐敗、敗血症と徹底的に苦しみ続けることになる。万が一、回復できたとしても、

ケロイドや組織の引きつり等の不自由と苦痛を、一生背負うことになるのだ。

もし、あれが熱湯などではなく実は鉛を溶かしたものだと知ったら、伊丹は直ちに全力疾走で逃

げるように号令してしまっただろう。と言うのも、伊丹は自殺の手段として、灯油をかぶって火を

つけるという方法を選んだ者の姿を見たことがあり、その人物が生き残ってしまったが故に味わっ

た苦痛の一部始終が彼の記憶の深奥に根太く刻み込まれていたからだ。

イタリカの守備兵が手にする武器は、伊丹らのものと違って見た自にも鋭さとか、熱そうとか、

いかにも切れそうとか、『凶器』と呼ぶにふさわしい禍々しさがある。

もし、

テレビやドラマ、小説や漫画の中で『殺気』という言葉がよく出てくるが、現代社会に生きる伊

丹はそんなものを感じ取ったことはない。ある種の武道の達人になれば察知したり、発することが

出来るのかも知れないが、現実的にあるものと言えば、このように実際に自にしたものから連想さ

れる痛覚であり、痛いのは嫌だなあ、熱いのも嫌だなあというイヤーな気分。そして警戒されて

る、敵意をもたれているという気分の悔い交ぜになった感覚が緊張を引き起こして、殺気めいたも

のとして感じられるのである。

この気分に負けた後ろ向きな心境を『臆病風に吹かれる』と言っても良いのかも知れないが、伊

丹はそんな状態だったので・

「何者かり敵でないなら、姿を見せろっ!」

すいか

などと頭上から鋭く響く誰何の声を聞き取れずとも、その真意を語調から理解して、がぱっと振

り返り「お呼びでないみたいだから、他の街にしないつ」とレレイに告げたとしても仕方のない話

かも知れない。

「見たところ、街の人も忙しそうだし、この様子じゃあのんびり商談ってわけにはいかないと思う

んだよね。何と戦っているのか知らないけど、巻き込まれるのはゴメンだし。ボクとしては、我が

身と君たちの安全安心を何よりも優先したいなあって常日頃から心に留めているのだけど、どうだ

ろ?」

「確かに、熱烈な歓迎ぶりっすねえ」221 ゲ

1

220

などと運転席の倉田はつぶやき、桑原曹長は無線で「こちらからは手を出すな。敵対行動と見ら

れるような挙動はするなよ」と緊張感を字んだ口調で指示を下す。三人とも、手にした小銃の筒先

を油断無く外に向けている。

しかし、レレイは相変わらずの無表情と抑揚に欠けた発音で「その提案は却下する」と告げた。

「でもさ、現実的に見てもこの城門の有様じゃ、俺たち中に入れないけど」

「入り口ならば他に存在する。イタリカの街は平地の城市。東西南北の全てに城門があり、他が健

在なら出入りは可能となる」

実際に、城市の出入り口、か一つしかないというのは考えにくい話である。

「イタミ達は待っていて欲しい。私、か、話をつけてくる」

レレイはそう言うと、腰を上げた。それを見て「ちょっと待って」とテユカが止めた。

テュカも伊丹同様に、なぜこの街にこだわる必要があるのかと尋ねた。

伊丹のように臆病風に吹かれているわけではないが、冷静に考えても戦時下の街に入って利益が

あるとは思えないのだ。巻き込まれる恐れは十分・・・というより、街に入ったら完全に巻き込まれ

ることになる。街側の人間として戦うことを強いられるだろう。

レレイは答えた。

「入れるかどうかは問題ではない。この場で、私たちが敵ではないことだけは理解させておきた

い。このまま立ち去れば、私たちが敵対勢力だと誤認される恐れがある。後日この街を訪れるにし

ても、他の街に行くにしても、そういった情報が流布すると、今後の活動に差し障る」

「でも、あたしたちの都合に、この人達を巻き込むことにならない?」

テュカはそう言って、伊丹や黒川達へと視線そ巡らせた。

「この人達は、何も求めずにあたしたちを助けてくれているのよ。そんな人を危険なところに巻き

込むわけにはいかないでしょう?」

「だからこそ行く。私たちはイタミ達に恩を受けている。私たちの都合でここまで来て、イタミ達

が敵と思われたり、評判が落ちるのは私の求めるところではない」

「イタミ達のため?」

「そう。この特徴的な乗り物の主は、イタミ達をおいて他はない」

こう言われてしまうと、領かざるを得ないテュカであった。

「大丈夫。商用で来たことを告げて、事情を確認するだけだから問題ない」

「わかったわ。でもそう言う理由なら一人で行かせるわけにはいかないし、外に出るなら、矢除け

の加護が必要よ」

テユカはそう告げると、精霊語による呪文を唱え始めた。

すると、ふと、風がそよいだような気がする。

そうしておいて、レレイ、テュカ、そしてロゥリィの=一人が車外へと降り立ったのである。

「イタミ達は待ってて」

1111

1

223 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー222

再度告げて、三人は、ゆっくりと城門へと歩み寄っていった。

守備兵達の構える弓矢や寄銃の尖端、か、ゆっくりと動いて彼女たちを追尾している。

これを見守る伊丹としては、いくら「待ってて」と言われたにしても気分が良くない。なんとな

く「大人として、男として、自衛官として、人としてどうよ」という文字が、彼の脳内スレッドに

次々とアゲられていくのだ。

しばしの遼巡。

伊丹は憶病に徹してガタガタブルブルと震えていることもできないという意味では、ヘタレであ

った。要するに見栄とか、虚栄心とか、そういった類のものをちゃんと持ち合わせているのだ。

もちろん、一般の大人はそれを「見栄です」とは言わず、任務とか、義務とか言い換えて自分を

編そうとする。だが伊丹自身はそういうところは素直なので、平気で「俺、恐えのは嫌なんだけ

ど、みっともないのも嫌だよなあ・・:」などと吃いてしまうのだ。

そして盛大な舌打ちの後に六四小銃を車内に残し、とっても重たい防弾チョッキ2型の襟をしっ

かりと寄せつつ車外へと降り立ったのである。

ちなみに、彼らの個人装備はイラクPKOに準じている。

彼の腿には拳銃が下がっているので武装してないわけではない。小銃を置いたのは、外見的に武

器っぽく見えるものは持たない方がいいだろうなぁと思っただけである。

「俺も行ってくるわ。っていうか、行かないわけにはいかないでしょう。というか行かせてくれ」

「誰も行くななんて言っておりませんわ」

身も蓋もないセリフを口にしたのが誰かまではあえて言及しまい。ただ女声だったということだ

けは確かである。

しばし、聞の抜けた数秒、か過ぎた後に伊丹は「桑原曹長、あとは頼んだよ。なんかあったらすぐ

に助けに来てよ」などと告げて、レレイ達の後を小走りに追ったのだった。

ピニャは決断を強いられていた。

確固たる判断材料がないままに、どうするべきかを決めなければならないのだ。それは賭博的要

素の強い決断であった。

「グレイ、どうすればいいつ」

歴戦のグレイをしても、ピニャの質問に対して明確な答えを出すことが出来なかった。誰も結果

の保証などしてくれない。そんな状況で、判断を下さなくてはならない重圧が背中に重くのしかか

っていた。『指揮官の孤独』と呼ばれる状態である。

武器を構える兵士達は、皆ピニヤの下す決断を待っている。

弓を引き絞る弓兵の手が小刻みに震えている。

農夫、かフォークシャベルを抱えて待っている。

剣若手にした兵士、街の住民達、すべての運命、かピニヤの判断にかかっているのだ。

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225 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりI接触編ー224

まず、エムロイの使徒たるロゥリィ・マ1キュリーと、それに続くエルフ、魔導師は盗賊に与し

ているか否か?

答え:::否。否としたい。

理由:・・もし当初から盗賊に与しているのなら、最初の攻撃から参加していたはず。そうしてい

ればイタリカの街は今頃陥落していた。

しかし、ロゥリィ達、か最初から盗賊に与していたとは限らない。戦いに加わらず日和見を決めて

いて、あと一押しと見て参加したかも知れない。初戦に参加していなかったという理由はロゥリィ

達が盗賊側に与してないと考える理由としては乏しい。

そもそも盗賊でないとするなら、ロゥリィ達はこのイタリカの街に何の用で現れたのか?戦時

下の街に訪ねて来る意味は何か?

いっそのこと、ロゥリィ達の入城を拒否してしまおうか。だが、入城そ拒否したことで彼女らを

敵側に押しやってしまうおそれもある。

それに、ロゥリィ達が敵でないのなら、ピニャとしては是非とも迎え入れたかった。

もし、ロゥリィ達を味方に引き入れることが出来れば、心強い援軍となってくれるだろう。なに

しろエムロイの使徒と、エルフと、魔導師、だ。兵士も、街の住民達も必勝を確信して奮い立つは

ず。

自分、か、兵士達に必勝を信じさせるようなカリスマに欠けていることは、ピニャは痛切に感じて

いた。

もし、勝てると思わせることが出来なければ、きっと脱走する住民が出て来る。一人でも逃げ出

せば、その後はもう雪崩をうって我先に逃げ出そうとするはず。そして統制がとれなくなり、結局

盗賊達の思惑通りとなってしまうのだ。

ロゥリィ達が何の用でここまで来たかは知らないが、彼女らを説き伏せることが出来れば住民達

に「援軍が来た!」と告げることが出来る。

いやいや、説き伏せている時間など無い。無理矢理、強引にでも味方にしてしまわなければなら

なし

あるいは、入城を拒絶するかのどちらかだ。

こうして、ぐるぐると思考が巡り決断のつかない状況の中で、ついに城門小脇の通用口の戸が外

から叩かれた。

息が止まる。

そして、唾をグピと呑み込むとピニャは決断した。勢いだ。勢いで有無を言わさず、巻き込んで

しまえ。巻き込むと決める。

三本ある問を引き抜くと通用口を、力強く、勢いよく、大きく聞く。

「よく来てくれたつ日」

クワァパンツという鈍い音と妙な手応えに、ふと我に返って見る。するとロゥリィも、エルフの

227 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編一226

娘も、魔導師の少女も、通用口の前で仰向けに倒れている男へと視線を注いでいた。

男は、白目を剥いて意識を失っているようだ。

やがて彼女たちの、やや冷えた視線がゆっくりとピニャへと注がれる。

「:::-ji--もしかして、妾?妾なのか?」

白い魔導師の少女が、黒い神宮少女が、そして金髪碧眼のエルフ娘が、そろって領いた。

*

*

レレイも、ロゥリィも、ピニャを非難したり、怒ったりする事故であることは理解できるので、

よりも、まずは意識を失った伊丹を介抱すべく動いた。

大の男一人分プラス装備によってずしりと重い体を、加害者の女にも手伝わせ城内へと運び込

む。そして通気をよくするために衣服をゆるめようと試みた。

まず兜らしき、かぶり物をとる。

次いで衣服をゆるめようと思うのだが、布製と思っていた上着は金属のような硬い板が仕込まれ

た鎧であった。外見的にもそうだが、組、だとか、箱、だとか、用途の判らない色々なものが身体のあ

ちこちに装着されていて、どう手をつけて良いのかわからないので、とにかく襟元だけをなんとか

聞く。

枕代わりにロゥリィが膝を貸し、テユカは伊丹の腰に手を回して、取り付けられていた水簡を引

っと抜いた。

守備の兵士達も街の住民達も、「なんだ、どうした?何があった?」と寄ってきた。既に緊張

感がふっとんで、誰も彼も野次馬モlドである。

ピニャは「あわわ、はわわ」と動転しているだけで、何も出来ない。

レレイは、とりあえず学んだ範囲で伊丹の様子を診察していた。

隙を開いて眼振の有無、口や鼻、耳を覗き込んで出血や損傷の有無、首や顔面、頭部等に触れて

みて手で触れて判る範囲での外傷の有無が着眼となる。これらに異常が無いことを確認して、初め

てホツと息をついた。

そうしておいて、ようやくピニャへと非難の視線を向ける。

「貴女、何のつもりけ・」

ところが、非難第一声はレレイではなくテユカのものだった。

テュカは伊丹の頭に水筒の水をどぼどぼと浴びせながら、戸を開けるのにその前に人がいるかも

知れないと気を配るのは、ヒトであろうとエルフであろうとドワlフであろうとホピットだろうと

知性を持つ者なら当たり前のこと、不注意に過ぎる、とピニャを強く、とても強く非難した。

激昂のあまり「まるで、ゴプリン以下ょっ!」とまで言い放つという無礼をしてしまうのだが、

自分の不注意が原因であるととはピニャも重々承知しているので、身分云々を別にして恐縮するば

229 ゲート自衛隊彼の地にて、斯くl隙えり- 1接触編ー228

かりであった。そりゃあもう、皇女殿下に似つかわしくないほどの謙虚さであった。

誰かが強く怒っていると周囲の人聞は一緒に興奮するか、逆に冷静すぎるまでに鎮静するかのど

ちらかである。この場合のレレイは冷静になった。そして、自分たちがイタリカの街の中に入り込

んでしまっていることに気付いた。

見ると、通用口は閉じられてしっかりと問も下りている。

見渡すと、守備の兵士とか街の住民とかが周囲をぐるりと取り巻いている。

思わずロウリィと視線を合わせる・・・・・・が、黒い神宮少女は面白げに微笑むだけであった。

伊丹が意識を回復したのはほどなくしてからである。

痛たたと、痛打した顎をさすりながら、目をあけると黒い神宮少女ロゥリィの顔が逆さまとなっ

て視野一杯に伊丹を覗き込んでいた。

彼女の黒髪の尖端が伊丹の顔あたりまで降りてきていて、チクチクと痛い。

乙の神宮娘は容姿こそ幼いくせに、遊び慣れた大人の女性のような、話の解る悪戯っぽさをもっ

ていて、冗談とも本気ともつかない際どさを楽しんでいる様子が見受けられた。彼女の手が伊丹の

頭を抑えるように、それでいて抱えるようにして、彼女の膝の上にその頭を載せている。そして、

その漆黒の瞳にどういうわけか妖艶な女を感じさせられてしまう。

「あらあ、気が村いたようねえ」

それは、との世界の言葉であったが、単語も覚えていたし状況からの推察も比較的しやすい。何

よりも鈴の音のようなロウリィの声が、とても聞き取りゃすかった。

「ちゃんと、憶えてるかしらあ?」

伊丹は領いた。

目前で突如迫ってくる通用口の戸。顔面から顎にかけてを痛打して揺すられる頭。直後に真っ暗

になる視界。どうやらしばしの問、意識を失っていたようだつた。

視野一杯に広がっている、ロゥリィの顔の外側:::つまり周囲は、たくさんのヒト、かいて伊丹を

注視している。レレイの心配そうな表情も目に入った。

ふと、テュカが誰かを口汚く罵っている・・・らしい声も聞き取れた。

外国語というのは勉強に没入しているとある日突然、周囲のヒトの言葉が翻訳しなくても理解で

きてしまう時が来るらしい。脳の言語野で回路が形成されることでこういう現象が起こるのだが、

どうやら顎を痛打して脳を揺さ、ぶられたことがきっかけになったようだ。

重たい防弾チョッキ2型を着込んでいるので、伊丹は少しばかり苦労しながら身体を起こす。

なんでだか上半身はびしょびしょになっていた。

誰かを怒鳴りつけていたテユカも、伊丹の様子に気付いたようで、興奮をおさめ「ちょっと、大

丈夫?」と声をかけてきた。

「ああ、みっともないところが」見られちゃったなあ」

231 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編230

伊丹は上衣のファスナーを挙げ、防弾チョッキのボタンを留めた。

そして、レレイから鉄帽を受け取って被る。乱れた装備を装着しなおしていく。

桑原曹長からの呼び出しが小隊指揮系無線機を通じて聞こえていたので、伊丹は胸元のブレスト

ークスイッチを押して返答した。

『二尉、ご無事でしたか?心配しました』

「どうにかね。ちょつくら意識を失ってたみたいだ」

「もうちょっと返事が遅ければ、隊員を突入させると乙でしたよ』

する必要もない戦闘を回避できたのは幸運とも言えるかも知れない。こんなロクでもない事故

で、死傷者を発生させて要らぬ恨みを残すのは損以外の何物でもない。桑原もそう考えていたから

こそ、今まで待ったのだろう。捕虜となった味方の救出と、不必要な戦闘の回避。、どちらを取るべ

きか、決断の強いられるところである。

「現況を確認して連絡するから、今少し待機していてくれ」

『了解』

「で、誰が状況を説明してくれるのかな?」

伊丹は周囲の人々へと向かって告げた。

ロゥリィは、テュカへと視線を巡らせ、テユカはレレイへと視線を巡らせる。レレイはピニャへ

と視線を巡らせて、ピニャは助けを求めるように周囲へと視線を巡らせる。最後に周囲の皆、か、視

線をささっと逸らせてピニヤが取り残されたような、情けなさそうな表情になる。

なんとなく温いというか、ほのぼのというか、:::あえて言うならば、まったりとした空気が漂

っていた。

11

陸上自衛隊特地方面派遣部隊本部では、幹部自衛官:::佐官級の部隊長達が集まって怒号にも似

た激論が交わされていた。きっかけさえあれば、今にも掴み合いが始まりそうな勢いである。

そんな部下達の様子を眺め見る狭間は、よっぽど溜まってたんだろうなぁと、しみじみと思う。

陸上自衛隊特地方面派遣部隊では、多くの隊員、か欝屈していた。何しろ『門』のこちら側に来た

としても、することがないのだから。

今、やっていることと言えば、拠点防御。そして少数の偵察隊を派遣しての情報収集・整理、そ

して集められた情報に基づく運用方針、部隊行動基準の手直し等々と、幹部の机仕事ばかりであ

る。

拠点防御と言っても、実際の戦闘は大小併せても数回ほどで、今では敵対勢力の動きは全く見ら

れない。と言うよりも無人の野になってしまったかのごとく、敵の姿そのものが見られなくなって

233 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー232

しまったのだ。

だから普段の活動は、周辺の警戒警備と陣地の構築、補修整備が中心になる。

これにしたところで、陣地防御を担当する第五戦闘団が行うから、打撃部隊である第一と第四の

戦闘団は、陣地内とその周囲で、地味な訓練ばかりの毎日を送っていた。

ちなみに第二と第三は門のこちら側に来ていない。第六以降の戦闘団に至つてはまだ編成すら終

了していない有様である。

別に遅れているわけではない。防衛省の都合でゆっくりとやっているのである。攻勢に入るわけ

でもないのに、今すぐ定員一杯動員する必要はないだろうという、背広組の考えだ。その背景には

「お金の事情」があると言われてしまえば文句も言えないのが制服組の立場なのである。

そんな欝屈している隊員達の耳に、「ドラゴンが出たL 「ドラゴンと戦って、住民を救った」な

どという某偵察隊の活躍は、ある種の羨望のタネとして響いてしまった。

本土にいて平和を満喫しているのなら、無為にも似た毎日を過ごそうとも、まだ耐えられる。だ

が『門』のこちら側は戦場のはず。第五戦闘団に属する、特科や高射特科の隊員達は戦果を自慢

し、普通科の隊員達は銃撃前の緊張と、引き金を引いた際の手応えについて熱く語る。施設科の隊

員達は、野戦築城、滑走路の敷設等々と、作業服を泥だらけにしている毎日だ。

任務を与えられ、活躍している連中が目の前にいるというのに、それに比べて自分は:::。そん

VV/¥いν

な恒恨たる思いが、日々続く無為、か、第一・第四戦闘団の隊員達を静かにしかし確実に腐らせてい

た。そして、そんな隊員達と向かい合う幹部達にも、汚濁にも似た欝屈は蔓延しつつあったのであ

る。

そこへ降って湧いたのが伊丹からの援軍要請だ。

これを小耳に挟んだ幹部達は色めき立った。そりやもう、大騒ぎとなってしまった。

伊丹からの援軍要請の要点は以下のようなものだった。

①イタリカという街を含む地域全体が、ここ一ヶ月近く『敵武装勢力』の指揮系統からはずれた

集団によって、略奪、暴行、放火、無差別殺害等の被害を受けている。伝聞情報ながら複数の集落

が被害を受け犠牲者は多数に及、ぶ模様。

現在、第三偵察隊が訪問した市街地が襲われつつあるという状況にある。現地の警備担当者、市

民が懸命な防戦にあたっているが、被害甚大。大規模な二次攻勢も間近である。

市代表ピニャ・コ・ラlダ氏より当方に治安維持の協力依頼を受けた。為に支援を要請するもの

である。

②敵武装勢力の指揮系統からはずれた集団、通称「盗賊』は、特地におけるものとしては高度な

装備を有し、騎馬、歩兵、弓兵等の兵種が確認され、数も六百を超える。魔導師と称される特殊能

力者については不明。

③ 『盗賊』を取り締まることが可能な官憲組織が現地にはない。当該地域の行政機関代表フォル

235 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり1接触編ー234

なにがし

マル伯爵家の某が、上位機関に対して援軍を要請しているが、現地到着には最低でも三日を要する

とのこと。

これはすなわち、無事の民を救うためにという大義名分の元、スカツと叩きのめすことの許され

るとっても美味しい悪漢が現れたのである。ここはすなわち、欲求不満の解消もとい、経験値を上

げるチャンス!

こうして狭間陸将の元へ、佐官連中が半長靴の音を響かせながら、怒詩のごとき勢いで集まった

ことが騒ぎの経緯であった。

最早、議論にらちが明かないと見たのか、「是非、自分にやらせてください!」と狭間に決断を

求めて来たのは、第一戦闘団長、加茂一等陸佐であった。

第一戦闘団は打撃部隊として、普通科の一個連隊を基幹として特科、高射特科、戦車、施設、通

信、衛生、武器、補給等の各職域を集めた連合部隊である。戦闘団というのは聞き慣れないかも知

れないが、普段は訓練や管理がしやすいという理由で職域(兵科)別に編成されている部隊を、実

戦に即した形に組み直したものと考えていただければよい。

「自分の、第101中隊が増強普通科中隊として、既に編成完了しています。呼集もかけました

っ!直ぐにでも出られます」

つげ

加茂一佐の後ろから柘植二等陸佐が、はた迷惑なことを言い放ちながら、一歩進み出た。どこの

誰に何が迷惑かというと、実際に出ることになるかどうかわからないというのに呼集をかけられた

隊員達にとって、である。今頃、完全武装をして営庭に整列するべく走り回っていることだろう。

「いいや、ダメだ。地面をチンタラ移動してたら、現地への到着に時間がかかりすぎる。その点オ

健日の

軍1所

ーな

等ら

佐す

がぐ

歩た

進ど

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出着

たけ

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隊長、是非私の第四戦闘団を使ってください」

第四戦闘団は、ヘリによる空中機動作戦を旨とした戦闘集団:::

米軍で言うところの空中騎兵部隊たることを求めて編成された。

た「

のち

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O と

l 大

中音

隊量

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賀ふl

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コンポと、ワlグナ1のCDを用意してあります」などとほざい

「パーフェクトだ用賀二佐」などと健軍が誉め讃えている。

健軍も同行する気満々のようだ。

一「.

.

.. .. .

.

」ー

狭間は右手の親指と人差し指で眉閣を摘むとマッサージした。

いったいどうしちゃったんだろう、こいつらは・・・キルゴア中佐の霊にでも取り濃かれたのだろ

うか、などと思ったりする。脳みそまで腐ったのかも知れない。

とは言っても、速やかに援軍を送らないといけないのも確かなのだ。となれば、足の速い第四戦

闘団が適している。

決して、キルゴア中佐の霊に取り愚かれたわけではない。それが現実的な理由だからと必要もな

いのに説明した上で、狭間は、健軍へと命令を下した。

237 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり1接触編ー236

加茂一佐や柘植二佐を含めた他の佐官達は、この世の終わりとばかりに呆然と立ちつくす。喜色

を隠さなかったのはもちろん、健軍と用賀だ。

「音源は、どこの演奏だ?」

「もちろん、ワルシャワ・フィルです」

そんなことを言いながら去っていく2人を見送りながらも、数時間後に何が起こるのか、実際に

自にしなくても、思い浮かべることが出来る狭間であった。

AHIコブラ、UH--ヘリの大編隊、かNOE(低空飛行)しつつ、大音響スピーカーがハ

ホヨトヨl!(ZOLos-E一)とワlグナ1の旋律在天空に響かせる。イヤ・ハl!

右往左往する盗賊集団。

大空に現れたのは、死の翼だった。

対空ミサイルが飛んで来るわけでもないのに、ヘリはフレアを撒きちらし、放たれた光弾は重力

に牽かれて放物線を描く。それに続く数十条の軌跡はあたかも天使の翼のごとく白い。

地元民はそれを見て、天使の降臨よ、戦女神の降臨よと畏れるだろう。

AHI1コブラからロケット弾が発射され、大地を炎が祇める。

天空から降り注ぐ銃火、か、盗賊集団をなぎ倒していく。

傭轍する彼らの前に死角はない。隊員達は、大地に降り立つこともなく、機上から銃撃をもって

盗賊集団の掃討を終わらせてしまうことだろう。

それを目撃した現地の住民達は、その光景を黙示録として語るのだ。あたかも地獄のようであっ

たと・・・・・・。

さて、その頃、イタリカの住民達は城壁や防塁の修理工事に精を出していた。

エムロイの使徒、エルフの精霊使い、魔導師ばかりでなく、噂に聞いていた『まだら緑の服を着

た連中』が援軍として来たと知り、街の人々は勇気百倍。兵士達の士気も一気に盛り返したのであ

る。

「炎龍を撃退した」と噂されるほどの実力をもってすれば、盗賊化した敗残兵共などどれほどのも

のだろう。もちろん「まだら緑の服を着た連中』は併せても十二名でしかないから、自分達も戦う

必要はあるだろう。だが、苦しくなってもホンのちょっと我慢していれば、「鉄の肱川和』を抱えた

彼らが駆けつけてくれて、盗賊連中を追い払ってくれるのだ。それは安心感を与えてくれる。

これまでの暗い絶望的な雰囲気は一掃され、人々の表情は希望と明るさに充ちていた。誰だって

住み慣れた土地や家を捨てて逃げたくはない。守れるものなら、この街を守りたいのだ。そして、

伊丹達の存在はそんな彼らの希望となった。

住民達の舷しげな視線が、夕陽を背景に立つ伊丹達の背中へと注がれていたのである。

ところがである、伊丹がピニャに求められたのは最前線の一角となる南門の防衛であった。これ

では、臨機応変に動き回って誰かを助けに赴くことなど出来ない。

239 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり← 1.接触編238

彼女の説明によると、この南門は一度門扉を破られているという。防備の施設もほとんどが破壊

されて修復もままならず、今現在最も防備が手薄な、いわば弱点であり、次回の戦闘で激戦となる

ことが予想される位置なのである。

前回は、内側にしつらえた土塁と柵で乱入を防いだのだが、乱戦となってしまい多数の被害が出

た。現在住民達を総動員して柵を修復し、土塁の増強工事をしている真つ最中だという。

伊丹としては、城壁・城門で作る一次防衛ラインを固守するために、そちらに戦力を集中すれば

良いのではと考えるのだが、ピニャは、城門と城壁で一度防ぎ、これを破られたら、内側の柵で防

ぐという二段階の防備に固執していた。

どうにも彼女は、城門、か破られることを前提に戦術を構築しているようである。

援軍が来るまで敵を払いのけながら持てば良いと考える伊丹と、今しばらくは援軍が期待できな

いから、敵に可能な限り出血を強いて戦意を削ろうというピニヤとの違いが、このような形になる

のかも知れない。実際、上手く機能するならばピニャのやり方も悪くないので、伊丹は口を差し挟

むことはやめるととにした。

伊丹は部下達と共に城門上に集まると、夕焼けによって茜色に染まりつつあった中世ヨーロッパ

の都市を思わせる石造りの美しい街並みを傭轍した。

地方都市とは一言えイタリカは人口五千人を超える。テツサリア街道とアツピア街道の交差点在中

心にして、街道に沿う形で商屈や宿場、か軒を連ねて東西南北に列ぶ。そしてその背後に各種の倉庫

街、馬小屋、商家などの使用人の住宅などが列んでいるのである。

北側の森には、ひときわ大きなフォルマル伯爵家の城館、かあり、その周辺には豪商達の邸宅が並

んで、いわゆる高級住宅街を形作っている。

これらの街並みと若干の森を取り囲む形で、東西南を石造りの城壁が取り囲んでいた。北面の守

りは切り立った崖が自然の城壁代わりだ。街道の延びる谷聞にだけ城壁が設けられているのであ

る。

伊丹は、そのままぐるりと振り返って城市の外側へと視線を向けた。

地平線まで伸びていく街道。農耕地や、牧草の生えた休耕地、濯木、林、そして掘っ建て小屋の

ような家が数軒。そして、その向こう側・::。

伊丹の双眼鏡には、既に盗賊側の斥候が捉えられていた。騎馬の敵が数騎・:・・ゆっくりと移動し

ている。守備側の備えの確認をしようというのだろう。

さらにその遠方、地平線近くには盗賊本隊の姿も見えた。

「敵の攻勢を、真正面から受けることになりますねえ」

桑原曹長の言葉に伊丹は領いた。確かにその可能性もある。

包囲攻撃という選択肢は、盗賊側にはない。

この街を六百弱程度で包囲するには絶対的に数が足りないし、攻め落とすのにも時聞がかかって

しまうからだ。これでは盗賊行為には不向きである。同じ理由で穴を掘つての侵入とか、平行壕を

1111

241 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー240

掘りつつ近接するという戦術もとれない。

とすれば盗賊の攻撃は、攻め口を決めての強襲しかなかった。ただ、この場合は数を頼んでの力

攻めではなく、攻める側の有利を利用したものとなるだろう。

攻める側の有利とは、いつ、どこを攻め口とするかを自由に決められることにある。この自由を

利用して、まず一箇所に攻撃を集中させる陽動をかけ、防備が手薄になったところを襲うという方

法が一般的なはずだ。

その際の攻撃目標は、陽動にしろ、主攻にしろ脆弱な場所、か対象とされるはず。

「なるほど、南門の守りをことさら少な目にして見せるのは:::」

長い防衛線のなかで守りの脆弱な部分をつくることで、敵の攻撃箇所を限定したいのかも知れな

' ν

そうして考えれば彼女の作戦も理解できる。

前回の戦いも、守りの薄い場所をわざと作り容易に突破できると錯覚させて、敵が全面攻勢に入

ったら一歩引いて守りの堅い二次防衛ラインで消耗戦に持ち込むというものだったのだろう。実際

に、敵側も容易に城門が破れたために主力そ突入させたら、実は内部の守りの方が堅くて、消耗を

強いられ退却せざるを得なかったようだ。

守る街の大きさに比べて、攻める側も守る側も戦力が少ないから、どうしてもこういう戦い方に

なってしまうのだろう。

脆弱な南門に伊丹違を配したのも、少人数の伊丹達を固として敵前にぶら下げ、乙こを決戦場に

しようという意図なのだ。それに気が付いてみれば、城門の内側に構築された柵と土塁の補強に、

彼女が熱心な理由も理解できるというものだ。

「とは言っても、敵が二度もその手に乗ってくれるかな?」

である。

敵だって、一度失敗すれば考える。乙とさら守りの薄い場所を素直に攻めるだろうかつ

それに、乙の戦術には重大な問題が字んでいるのだ。

「古田!機関銃、とこ」「東、小銃はここ」

桑原曹長、か、隊員達の配置と担当範囲を次々と決めていく。

隊員達は石造りの鋸壁の谷聞に、二脚を起とした六四小銃を置いた。

概ね三階建ての建物の高さから、見下ろすようにして撃ちまくることになる。近づかれてしまえ

ば敵側から放たれた矢がこのあたりにも降り注ぐだろうから、矢の射程外にFPL(突撃破砕線)

をひくことにして、それぞれに何か目印となる地物を探させる。

陽が完全に没するまであとわずか。栗林が、隊員達に個人用暗視装置を配って歩いている。黒川

は車両及び装備の留守番が命じられている。

伊丹達の背後には、農具や棒などを手にした市民達が集められて、指示を不安そうに待ってい

る。そこへ仁科一薗司か歩み寄ると、単語帳片手にたどたどしい言葉と、両手を開いたり、土を掘る

243 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー242

まねをしたりの身振り手振りで、麻袋に土を入れて運んで来るように指示していた。

他には燃え草となる木製の物や、聾火などの設備についても片づけさせている。住民達は夜にな

ろうとしているのに、「灯りはいらないのか」と首を傾げつつも作業に取りかかった。

こうして、自衛官達が準備を進めていくのをレレイやテユカと共に眺めていたロゥリィは、鉄帽

に個人用暗視装置の取り付け作業をしている伊丹の背中に向かって尋ねた。

「ねえ?敵のはずの帝国に、どうして味方しようとしているのかしらあ?」

「街の人を守るためさ」

するとロゥリィは破顔した。

「本気で言ってるのおっ」

「そういうことになっている筈だけど」

伊丹のおどけたような言い方に、ロゥリィは「お為ごかしはもう結構」と肩をすくめた。

帝国は、伊丹達にとって敵なのである。

敵の敵は味方という考え方からすれば、ことは盗賊の味方をしてもおかしくないととろだ。なの

に伊丹達はそれをしない。

ピニャは帝国の皇女として、フオルマル伯爵家を守っている。その為にイタリカを守ると、それ

に協力しろと伊丹らに交渉という名の命令をしてきたのである。

その場にはロゥリィも同席していたが、あんまり気に入らない態度だったので、出て行ってやろ

うかと思ったほどだ。

だが伊丹は「イタリカの住民を守る」ことには同意した。形の上でイタリカを守るという目的が

一致する。だから共闘することが出来るのだろう。

それでも敵国の皇女たるピニャの指揮を受け容れる意味がわからない。現に、苛烈な攻撃を受け

ることが予想される南門で捨て駒にされているではないか。

「理由、か気になるのか?」

伊丹は不器用なのか、暗視装置がうまく鉄帽に固定できないようであった。作業しやすいように

そこでロウリィに鉄帽を持ってもらい、両手で装着していった。

背丈の差があるため、その光景は遠自にはロウリィに祈りを捧げるために、伊丹が頭を垂れてい

るかのようにも見える。

「エムロイは戦いの神。人宇佐殺めることを否定しないわぁ。でも、それだけに動機をとても重視さ

れるの。偽りや欺きは魂を汚すことになるわよお」

作業を終えた鉄帽を、伊丹、かロウリィから受け取ろうとする。だが、ロゥリィは伊丹に手渡さず

に、自らの両手をさしのべて伊丹の頭に載せようとした。

伊丹は首をくぐめてロゥリィに鉄帽を載せて貰った。

ロゥリィの疑問に対しては、唇をゆがめる。どうやら笑ったようだ。それがロゥリィにはことさ

ら意味ありげに見えた。

245 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー244

「ここの住民を守るため。それは嘘じゃあない」

「ホントぉ?」

「もちろん。ただ、もう一つ理由がある・::」

ロゥリィは、真実を見極めようとしてか伊丹の目を覗き込んだ。

「俺たちと喧嘩するより、仲良くした方が得かもと、あのお姫様に理解して貰うためさ」

ロウリィは邪悪そうに微笑んだ。伊丹の言葉を彼女涜に理解したのである。

「気に入った、気に入ったわぁ。それ」

こんぱく

お姫様の魂瞬に恐怖というものを刻み込む。わたしたちの戦いぶりを余すことなく見せつける。

「自分は、こんなのを敵に回しているのだ」と身体が震え出すぐらいに。そうすれば、喧嘩するよ

り仲良くしたいと思うことだろう。

「そういうことなら、是非協力したいわぁ。わたしも久々に、狂えそうで楽しみい」

ダンスの相手に挨拶するかのごとく、ロゥリィは黒いスカートを摘んで優雅な振る舞いで頭を下

げるのだった。

戦闘は、夜中週ぎから始まった。

それは日の出まであと数刻という頃合いを見計らっての攻撃だった。

深淵のような暗闇の向こう側から、盗賊側弓兵による火矢が東門へと降り注ぐ。

東門の防衛を任されていたのは、正騎士ノ1マ・コ・イグル。

ノiマの指揮にて、警備兵や民兵による反撃の弓射が行われる。民兵と言っても、これまで弓を

手にしたこともないような農夫や若者達ばかりだ。当たることなど最初から期待されてない。た

だ、そんな彼らの矢も、敵を牽制するくらいには有効だったし、ごく希に命中して敵に損害を与え

ることもある。

こうして、しばらくの問、弓射戦が続いた。

互いに、兵士が、農夫が、そして盗賊に身を落とした兵士達が、うめき声を上げながら倒れてい

った。

すると弓兵の間隙を縫うようにして、堅牢な楯を並べ鎧で身を固めた歩兵が城壁ににじり寄って

きた。様々な国の軍装を纏い、楯の大きさも形も、円形だったり方形だったりする。その出身の多

国籍、ぶりを感じさせる光景であった。

これに対して、腕まくりした商家のおばさんや、年長の子ども達が石を投げ、岩を落とし、溶け

た鉛や熱湯をふりまいた。当たるかどうか解らない矢よりも、これらの方がはるかに効果的で、破

壊力があった。

壁の下では、頭上に掲げあげた楯で壁をつくった盗賊達が、降り注ぐ雨のようなこれらを避けつ

つ、城門へとどうにかたどり着いた。寄せ手は矢に傷つき、岩に押しつぶされ、石離を頭部に受け

て昏倒し、そして熱湯にのたうち回ったが、それでも退くことがない。

247 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編246

まるで、アルヌスを落とせなかった恨みをここではらそうとするかのごとく執念を見せて城門に

取りついた。巨木を攻城槌として、城門を叩き始めた。

盗賊達:::連合諸王国軍の敗残兵達にとってアルヌスでの戦いは戦争ではなかった。

敵の姿、も見えず、何が起こっているか理解できないのに、一方的に味方だけが倒れていく。その

凶悪なまでの理不尽さに歯噛みし、自分達が相対するのはこんな敵だと教えてくれなかった帝国を

憎悪し、自分達を無駄な死へと追いやるだけだった無能な将帥を罵倒しつつ、泥水をすすりしがみ

つくようにして生き残って来たのである。

指揮官を失い、僚友を失い、所属する軍を失って、補給もなく、食糧もなく、荒野を初復した彼

らは、盗賊と呼ばれる身に落ち故郷を失った。やがて同様な境遇の者が集まって、数を増し、ここ

までに至ったのである。

帝国に対する意趣返し、そんな逆恨みにも似た暴力的な思いだけが彼らを駆り立てていた。要す

るにこれは八つ当たりなのだ。

とれが戦争。剣で敵を切り、矢を撃ち合い、火をつけ、そして馬蹄で醍醐する。

これこそが、戦い。犯して、奪って、殺して、殺される。

これこそが戦争。血湧き肉躍る戦争を味わおう。

そう、既に彼らは戦争そのものが目的となっていた。自分たちの戦争。自分たちの満足のいく戦

争。わかりやすい殺裁と、わかりやすい自分の死。死んでいった戦友達が味わうことの許されなか

った賀沢な手応え。刺し、斬り、刺されて倒れるという肉の感触に充ちた戦争。敵の温かい血を浴

びて、冷たい大地を抱擁しながら息絶える。それを味わうためだけに彼らは前に進んでいた。これ

が無ければ、彼らの戦争は終わらないのだ。

何本もの梯子が城壁にかけられる。

これを、楯を構えた盗賊達がわらわらと昇って行く。

飛んでくる矢を避けるために楯をハリネズミのようにしながら、兵士、かいよいよ城壁上へとたど

り着いた。

勇敢な農夫が、矢を受けながらも斧を振るって梯子をたたき折る。兵士達は、その勇気に賞賛の

思いで弓撃った。「おみごとっ!」と喝采しながら農夫を殺す。

支えを失った梯子、か、兵士達と共に地面へと倒れていき、激しい衝撃で人の形をしたものがまき

散らされた。農夫もそれを追うようにして大地へと、抱きついていく。

大地を叩く衝撃とともに、歓声が上がった。

それはあたかも祭りのごとき陽盛な狂乱。剣で楯を叩いて、兵士達がそれぞれの言葉で歓呼の声

をあげた。

これこそが戦いの神エムロイへの賛歌。

戦いの熱狂こそエムロイに捧げる供物。戦いの審火は、死んでいく戦士達の霊魂を燃料として激

しく燃え上がる。

249 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー248

火矢の炎は城壁の鐘楼を包み、閣を背景に周囲を赤々と照らしていた。

使徒、ロゥリィ・マlキュリーはしばし耐えていた。

両の腕で自らを抱きしめて耐えた。

額に汗を涜して耐えていた。

「な、なんでぇ?」

周囲に漂う戦いの魔気が、彼女の肉に染みる。精神を犯す。

「乙乙に攻めて来るんじゃなかったのお?」

戦の炎が心を焦がし、腹中の底から沸き上がる甘美な衝動が、脊柱を突き抜くように駆け上が

る。

これに耐えかねて腕が、脚、が勝手に動きだす。魔薬に酔った墨娼のように猛り舞う。

「あっ、くう」

内からあふれ出る快感に狂い絶頂が彼女を貫いた。閣を背景に黒い亜神が身を振った。それはあ

たかも舞い踊るかの様にも見える。

「大丈夫なのか?」

ロゥリィの狂態に驚いて伊丹、か駆け寄ろうとしたが、

「彼女は使徒だから・・・・・・」

レレイとテユカに止められる。

よく桝らないが、それがロウリィが煩悶に苦しむ理由らしい。

レレイは告げる。

戦場から離れていてもこれだ。離れているからこそこれで済む。だが、もし彼女が戦場の真っ直

中にいたらどうなるか。

敵と見なした者を、衝動的に殺裁して回る。そうしないわけには行かなくなる。これを押しとど

めることは誰にも、多分彼女自身にすら不可能なのだ。

レレイの説明に、懐然とする伊丹であった。

「盗賊なら農村あたりを襲ってればいいんだ!城市を陥そうとするとは、生意気なH」

騎士ノlマはそう怒鳴りつつも気付いた。こちら側の矢が当たってない。いくら、こちらが素人

ばかりにしても、飛んでいく矢の軌道が微妙に目標からそれるというのもおかしな話なのだ。まる

で風の守りを受けているとしか思えない。

「まさか、敵側に精霊使いが?」

ノ1マは剣を抜いて、城壁上へとたどり着いた盗賊、南方兵を一万のもとに斬り伏せた。斬られ

た兵士、か、壁から転落して大地へと叩きつけられる。

だが、すぐ後に北方の斧を手にした髭面の盗賊がノ1マへと斬りかかってくる。

これを剣で受けると、その後ろから槍を抱えた盗賊が、その後ろから栂棒を抱えた敵が、モ1ニ250 -

)

f皮

251

ングスターを抱えた敵が、双剣を手にした敵が、半月万を手にした敵が次々と守備の兵士や民兵達

に襲いかかった。それは、洪水を手で防ごうとするようなものだった。ノlマは瞬く聞に敵の群れ

に飲み込まれてしまった。

次から次へと溢れ出てくる盗賊達。その勢いにイタリカの住民達は押しまくられ、後ずさり、留

まるととが出来なかった。

そご

ピニャの作戦は、当初より微妙な組舗を見せていた。

一次防衛線である城門が破られるととは織り込み済みだった。でも、崩れ始めるのが早すぎるの

である。既に、城壁上が戦場となって、警備兵や民兵が駆透されつつある。

「味方が脆すぎる。士気は上がっていたはずなのに」

敵はこちらの計略を警戒して、もっと慎重に攻めて来るはずだった。

だが、蓋を開けてみれば、敵に慎重さなど影も形もなかった。

戦術も計略も関係ないとばかりに、ただただ攻め寄せて来る。いかにも戦慣れした敵兵が、勢い

に任せてひたすら突き進んで来る。

そして、とれを受ける民兵も警備兵も、最初から腰、か引けていた。そのせいか、ピニヤが期待し

たほど敵を拘束できず、消耗させることも出来ていない。

それでも、全体的な状態としては、まだ作戦どおりと言えなくもない。

「現実は、頭で考えることとは違う」・・この言葉在、言葉として知っているピニャは、現実と予

定が解離することは、当然と考えている。だから何故、自分が計画していたことと現実が異なって

行くのかまでは、考えを巡らせるととが出来なかったのだ。

なんとなくの違和感、奥歯に物の挟まったような感触を感じながらも、ピニヤは敵の主目標が東

円であるとみなし、予定通り主戦力を東門内側に作り上げた防塁へと移動させることにした。

東門も、南北と西の門と同じく、内側に防塁と柵を並べて二重の守りが形成されている。

二重の守りと言えば聞とえが良いが、最初の守りは突破されるととを前提にした、言うなれば捨

て駒の消耗品扱いなのだ。

最初の戦いでは、市民達はそのことを理解できなかった。だが、今となってみればわかる。城門

の守りにまわされた市民や兵士は最初から見捨てられていると。そのことに気付いて頑張り続けら

れる人聞がどれほどいるだろう。

背後に築かれた土塁と柵。そこにはどんどん味方が集まって来るのに、自分達の所には来てくれ

ないのである。今ここで苦しい思いをしている自分達が、ここで殺されるのを見ているだけ。それ

を見て絶望しない者がどれだけいるだろうか?

自棄になって無闇に剣を振るう者もいたが、そんな力は続くものではなく、たちまち切り刻まれ

て倒れてしまった。

「緑の服の人達はり援護はり」

JIl|

253 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編252

彼らが来るはずがない。だって、彼らも捨て駒として南門に配されたのだから。

こうして、城門に配された最後の一人が倒れるまでの殺裁を、市民達は眺めさせられることにな

ったのである。

東門を占拠した盗賊達は、そのまま内部へと乱入して来ると思いきや、そうは振る舞わなかっ

た。剣で槍で天そ突き上げ、数回の歓呼を上げる。それは、読んで字のごとくの血祭りであった。

そして、ゆっくりと城門が聞かれて、外から騎馬の兵が招き入れられる。

馬蹄の音と共に現れた騎馬兵は、城壁から落下した民兵や守備兵の遺体を引きずっていた。彼ら

は、城門内へ向かって市民の遺体を投げ込み始めた。

石を投げていた子どもや、おばさんの遺体が放り込まれる。

農夫や職人の頭が投げ込まれる。切り刻まれた身体の一部が、やはり柵へと投げ込まれる。

敵が勢いに任せて攻め込んで来るのを待っていた市民達の前に、彼らの友人や親戚、親や子の死

体が山積みにされていった。

柵を挟んで対崎する市民達は、歯噛みして泣きわめき、絶望する友人を支えた。そんな彼らを盗

賊達は醐笑する。

罵声を浴びせる。

柵に寵もって出て来ることの出来ない臆病者と罵った。

死体を人形遊びの道具のように弄んだ。

ただの由夫や商人に武器そ持たせただけの民兵が、これを見てどうして耐えられるだろう。

「こんちくしようつH」

血気盛んな若者がフォークシャベル片手に柵を飛び出していき、それを留めようとした者、一緒

に駆け出す者が防塁から飛び出してしまった。後は、誰も彼もが勢いにつられて飛び出していく。

こうして城門内の戦いはピニヤの意に反して始まり、彼女の作戦は破綻したのである。

矯声あげるロゥリィの苦悶は、次第にその度合いを上げているようであった。

息を切らせ髪を振りみだし、身体を弓のように反らせる。頭を掻きむしるようにして抱え、悩ま

てし品さゆ、っ

しげに暗泣する。両の脚で床を踏み蹴る。

熱に廃されたように端、ぎ、爪を立て表情をゆがめて、呪いに絡め取られ、舞うことを強いられた

操り人形のごとく身体を震えさせ、癌肇させ、そして手足を振るう。

自らの意思で止めることが、停めることが出来ないのだ。呪いの舞い。狂気の舞い。だが、同時

に美しく麗しいダンスのようでもあった。

レレイの説明によると、戦場で倒れていく兵士の魂腕が彼女の肉体を通してエムロイの元へと召

されていく。その魂醜の性質、戦いの気質にもよるが、それは亜神にして神宮たる彼女にとって魔

薬にも似た作用をもたらすらしい。

いっそのこと狂いきってしまえば楽になる。狂乱に身を任せてしまえばよい。だが、狂いたいの

255 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編254

に狂いきれない、狂うことが許されない。今ひとつ突き抜けることの出来ないもどかしさが、彼女

を責め苛み、苦しませている。

「ダメょ、駄目、ダメなの。このままじゃおかしくなっちゃうH」

咽の奥からの絶叫。彼女の声を背中で聞いていた戸津が、「やベ1よ、勃っちまった」と吃い

た。

「言うな、俺もだ」

ペドフィリアの気など全くない彼らだが、彼女の矯士円から何を連想させられたかは言うまでもな

いだろう。律動的に身を震わせるロゥリィの声は、それほどに艶めいていた。

さすがに、女性として思うところもあってか栗林が伊丹に「まずくないですか?」と声をかけて

きた。テュカも赤らんだ頬を掌で押さえている。レレイはよくわかつてないのか、きょとんと冷静

な様子。

伊丹は、深々とした嘆息をもって答えに代えた。

ここは敵味方から既に忘れ去られたかのようである。敵の姿はまったく見えないし、味方からの

連絡もない。故に東門の状況を把握することもできない。

アルヌスからの援軍が到着するのもそろそろのはず。攻撃誘導もしなければならないから、誰か

を送り込む必要はあるのだ。

「栗林っ!」

栗林が「はいつ」と返事して一歩進み出た。

「済まないが、ロゥリィに付いてやってくれ。男だと色々まずそうだ。あと、富田二等陸曹と俺。

この四人で東門へいく。桑原曹長、後は頼む」

「ロゥリィ行くょっ!少しの聞辛抱して!」

栗林のかけた声に、ロゥリィはハツシとしがみつく事で応えた。だが、それまで耐え続けた彼女

には最早待つということが出来なかった。

ロゥリィはピル三階ほどの高さを持つ城壁から軽々と飛び降りると、東に向かって脱兎のごとく

走り出した。

伊丹達も、後を追う。

城壁を駆け下りると手近なところにあった七三式トラックに乗り込んだ。富田がエンジンをかけ

る。エンジンの唱峰とともに彼らは東へと向かったのである。

薄暮に覆われた空を、AH11コブラの三機編隊を先頭にして、UHlJ等のヘリコプターの

集団が飛んでいた。

空気を切り裂くロlタl音。

薄閣に覆われた大地、か、下方を流れるように過ぎ去って行く。かなりの高速で移動しているのが

わかった。

257 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり一1接触編256

「健箪一佐1 あと五分で現地到着です」

コ・パイからの報告を、健軍は領いて受けた。

用賀二佐が、「3RCN(第三偵察隊)からの報告によると、既に東門の内部で戦闘になっとる

そうです。段取りとしては、東側から接近して城門と、門の外側の目標を掃討していこうと思っと

ります」と報告する。

健軍は、これも領いて受けると、一言「二佐に任せる」とだけ返した。

機内の隊員達も、小銃に弾倉を装着していた。

「あと、二分H」

用賀は、そう言いながらコンポのスイッチを入れた。

ボリュームを最大に調節し、再生のボタンを押す。

管弦の音色が流れ始めた。

木管の軽快なリズムの盛り上がりは天馬の疾駆、主題となるメロディが続いて、軽快なラッパが

高らかに鳴り響く。

それは、八騎の戦女神をイメージしたものだった。

小銃の支度を終えた隊員の一人が、映画の真似をして被っていた鉄帽を腰の下におく。それを見

た同僚が律儀に尋ねてやった。

「何やってんだ?」

「タマをまもるのさH・」

剣を叩きつけられて、血しぶきが飛び肉片が舞う。

人体の頭部が、浜辺のスイカのようにたたき割られ、撃剣の音が、建設工事の現場のごとく響い

た。

絶命の叫び。苦痛に岬く泣き声。

怒りの怒号。裂南の気合い。

ラッシュアワーの駅のごとく、人の群れがぶつかり合う。

誰も彼もが、周囲の出来事に気を払うととが出来なくなり、ただ敵が視野に入れば、剣を槍を振

るう。腰が砕け、地を這いながら敵の居ないところへと隠れ、逃れようとする者もいる。だが、騎

馬の馬蹄に踏みつけられ、つぶされていく。

そこかしこに散らばる死体、遺体、遺骸、屍体。石畳の地面は赤黒い血をもって塗装され、敵も

味方も区別無くその身に血を滴らせていた。

だから遠くで、空気を叩く音、か響き始めたことに気付かない。

どこからともなく、ホルンの音と共に、女声による歌が天空を駆けめぐっていることなど誰も気

にも留めなかった。

ところが、時、か停まった。

259 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1 接触編ー258

土塁を、柵を飛び越えて彼女が降り立ったその瞬間に。

人馬を蹴倒して、敵も味方も問わず彼女の周囲からはじき飛ばされ、周囲にぽっかりと穴が空い

たかのごとく、疎なる空間が産まれた。

その瞬間に全てが停まった。

その破壊力と、衝撃に音が止み、戦いの喧喋が途絶える。空閣を支配するのはオーケストラの調

べ。

「EoJ}OBlyo 出。,」。gyo一出O比og'yo一」

突如現れた真っ黒な何かに、衆目、か集中する。

「ZoJ]ogyo zoJ-o円oyo一回。比OHO-yo一」

それはフリルにフリルを重ねた漆黒の神宮服を纏った少女。

「Zo山ozlyo 同ol」。門0・20一国OJ}O円Olyo一」

彼女は、両膝を地に着けていた。

彼女は、左手を大地においた。

彼女は、後ろ手に回した右腕に、鉄塊の知きハルパlトを握っていた。

彼女は、伏せていた顔をあげる。神々しいまでの狂気を湛えた双昨を正面へと向ける。その黒髪

は、凶々しいまでの神聖さで白銀のように輝いていた。

ファンファーレを背景とした女神の哨笑と共に、城門は爆発し炎上した。その瞬間、

12

UHalJの三機編隊、か、門外の盗賊に対して銃撃を浴びせつつ上空を通過する。

通り過ぎる際には、お土産よろしく手摺弾を投げ落として行くという丁寧さは、用意周到・頑迷

ころう

固阻とまで言われる陸上自衛隊の性格を態度で表している。

攻撃は、多方向からの波状攻撃によってなされていた。

東から西へ、それが過ぎると今度は別の編隊が南東から北西へ向けて、さらに北東から南西へ、

旋回して再び攻撃位置へ:::次から次へと、左右から、前後から、連続して停滞することない銃火

に、大地はムラ無く塗りつぶされ、動く標的は確実に繊滅されていった。

261 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー260

盗賊達は、蜘昧の子を散らすように走った。懸命に走ったつもりだった。だが、走ろうが騎馬だ

ろうが、逃れられる余地はない。

殺し、奪い、犯し、焼き払った盗賊が攻守を逆さまにし、銃弾を受けて大地にひれ伏していく。

ばらまかれる銃弾を受けて、次々とうち倒されていく。

気丈な者、か、弓を引いて矢を射かける。だが、上空にむけて放った矢に力はない。届かずに落ち

るか、届いたとしても小石ほどの威力もなかった。

機上の隊員の一人が小銃を構え、視野の周囲にぼんやりと見える照門の中央に照星を置き、これ

を盗賊の頭部に重ねた。ヘリの移動速度、盗賊の逃げる方向と足の速さ:::。それらを加味してリ

ードをとる。

「正しい見出し、正しい引きつけ、正しい頬付け。コトリと落ちるように::;」と喧きつつ、重さ

を2・7キロで調節された引き金をひく。

=一発の発射。

右の肩に発砲の衝撃を受け止めながら、薬英を回収しないでよいという事実に不思議な感動を憶

えていた。

い?もの貧乏性にも似た注意が薬英の行き先にむかうが、ヘリの床を転がった薬英はそのまま地

上へと落下し、倒れた盗賊の傍らヘポトポトと落ちる。

硝煙に爆された真織の筒は、飴色に曇って輝いてなどいなかった。

戦土の躯を供犠として、燃え上がる炎。

イタリカの城門は紅蓮の炎に包まれ、地平線から昇る太陽によって周囲は輝きと熱とに照らされ

た。

完全武装の兵士が、ズタズタに引き裂かれていく。

死神の羽音。鳥などの生き物と違って、もっと猛々しく、荒々しいはじけるような音の連続。

鉛の豪雨が浴びせられ、大理石の壁は軽石のごとく穴だらけになっていった。

馬にまたがり、咽を澗らすほどに指揮の声を挙げていたピニャも、突然のことに声を失い、呆然

とした面もちで惨劇をその自に焼き付けた。

回転する翼をもっ鋼鉄の天馬。それに人が乗って天空を我が物顔で往来していた。

天空かを」舞う兵士とι=

うO もっと禍々しい別の何かだった。竜騎兵の攻撃はもっと優しいのだ。弓や槍や剣は互いに敵意

を交わし合うものなのだ。だが、これは違う。絶対的で一方的な拒絶であり、徹底的なまでに凶暴

だった。

鋼鉄の天馬が火を放ったびに大地の何もかも、石も珠も間わず、あらゆる全てが破壊され撃ち崩

されていく。馬の頭部が爆発したかのようにはじけ、周囲の人を巻き込んで転倒する。

263 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編262

「目。パ}O門0・yo一回O比ogyo z。目白宮山一zoHω 町内凶一」

死の交響曲。宮廷での生活で様々な音楽に接する機会があったが、ピニャはこれほどまでに、美

しく荘厳な演奏を耳にしたことがなかった。ホルン、ファゴット、様々な管弦の音色と、歌手の大

音声、か戦場を満たし、死への伴奏を叩きつけていく。交響楽団の名演奏をエンドレスに編集された

それは、最も盛り上がる場面を繰り返し、繰り返しピニャの耳に流し込んでいた。

「出O比ozyc一回OJ]ogyo 同色・ω古山一出。-Bm凶『】印こ

ピニャは、氷の剣を背筋に突き立てられたような身震いを感じていた。あらゆるものが一瞬のう

ちに、人の手で逆らうことの許されない絶対的な暴力によって、叩き潰されていく。感動、負の方

向への感動と、正の方向への感動。その入り混じった交錯が、彼女の肉体と精神をはげしく揺さぶ

る。

「目。一方円08YO一ZCJ-OHO-Fo 固め「ωσω一出色l山町ωこ

ピニヤの魂腕、か、左右からの鉄の連打を受けて打ちのめされる。

人とはなんと無価値で、無意味なのかと、絶対的な無力感を突きつけられていた。

「白色l印宮山一11111Z包印

ロー

且3

これまで敵と言えば、等身大の存在であった。

だが、それは明らかに違った。

正視する乙との許されない、だが目をそらすことすら許されない何か。

「出回一町白一宮山一宮ω一F山一町山一宮山一宮印一古印一宮山一Fω一宮山一宮印一宮山一

回ω一宮印一宮ω一ケω一宮山一宮山一宮田一宮山一ケ山一宮ω一}戸色町内凶一宮山一宮山一宮山一宮旦一」

ワルキュlレの噺笑と呼ばれる歌詞を歌い上げる女声に、ピニャは徹底的に打ちのめされた。誇

りも名誉も彼女が価値あるものとして、頼ってきた全てのものが、一瞬のうちに否定された。

意味のわからない歌声が、彼女にはこう聞こえる。

なんと掻小な人間よ!

無力で惨めで、情けない人間よ! 264 -

1

265 ゲ

お前の権力、権威など何ほどのものか。お前達が代を重ねて営々と築いてきたものなど、我らが

その気になれば一瞬にして、こうだつH-

ピニヤは涙を流しながら確かに、女神からの蔑みを感じた。と、同時に自分を遥かに凌駕する偉

大なるものの存在を知った。

強大なもの。

まぶしきもの。

彼女の心に湧き上がったのは尊敬であり、畏敬の念。

そして、それら尊崇すべき存在、か、自分とは全くの無縁であるととの絶望。お前は決してそれら

のようにはなれないのだと突き放してくる宣告。

かつて、ピニヤの将来を定めたと言える歌劇を見た時の憧れと感動、か、この時ことごとく塗りつ

ぶされしまった。

「やばいっ!ロゥリィの奴、敵の真っ直中に出ていきやがった!」

伊丹のオタク的部分は、ロゥリィがとてつもなく強いと感じていた。

だが、現実的かつ常識的な部分が、あの見た目、か筆者で小柄なロリ少女が、強いと思えるのはど

うかしてると、盛んに訴えていたのも確かなのである。

そのためにどうしても心配になった。共に過ごした時間もそれなりにあるので情も湧いている。

見捨てるとか放っておくという発想はどこか』探しでも出てこなかった。

伊丹は、トラックを降りると「つけ剣」と自ら号令して小銃に銃剣を装着した。

栗林も、富田も着剣している。銃剣の柄を掌底で二度叩いて装着を確認する。

互いに見合わせて安全装置を『ア』より『レ』へと捻る。「はなれるなょっ」と告げて、前進を

始めた。

だが真っ先に、鉄砲玉みたいに突っ込んで行ったのは栗林だった。

伊丹と富田は「ちっ、あの馬鹿女」と吃きつつも、距離をあけないように入国をかき分けて懸命

に追う。

「突撃にい、前へ!」

目標を定めて数歩進み、小銃を構えて短連射。

更に数歩走って、今度は腰だめに小銃を短連射。

訓練に訓練を重ねて身にしみこませた動作が、繰り返された。

盗賊の数人が、血しぶきをまき散らしながら倒れる。

見ると、ロゥリィは舞うようにハルパ1トを撮り、叩きつけ、ぶん回して、楯もろともたたき割

って敵を蹴散らしていた。危うげな様子は少しもなく、軽快なヒップポップのような軽やかさだっ

た。その周囲には既に屍体の山が築かれている。

敵は楯を使って圧迫し、押し退けて突き飛ばそうとし、楯の上を越えて剣を突きだしている。楯

11:11

267 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー266

ロゥリィはふわっと身を退くと、大上段に構えたハルパの下縁りで腔を打とうとしてくる。だが、

lトを叩きつける。

それはあたかも薪割りのようで、楯ごと敵を二つに引き裂いた。

背後に回り込もうとする敵には、鈍く尖った石突きが待っている。振り返りもせずに突き出され

たハルパlトの柄が深々と敵の腹部に突き刺さった。

四方八方から同時に突き出される槍を、まるで棒高跳びのようにハルパlトを支えにして中空に

舞ってかわす。

黒蓄積のように広がるロゥリィのスカート。徹底的に黒で固めたガlタベルトとショlツ、そし

てなめらかな曲線で描かれた美脚を、シンクロナイズドスイミングのように見せつけて、回転する

勢いをそのままハルパlトに乗せて円を描く。

プロペラのような旋風が、盗賊達の首を高々と跳ね上げていた。噴水のごとく吹き出す血潮。

赤い雨粒をその頬に受けながら、風を斬り、鉄を斬り、肉を断つ。

恐怖と憎悪と殺意を寄り合わせた力任せの大剣が、ロゥリィの頭上に振り下ろされる。

だが、ロゥリィの清澄な眼差しが毛一筋ほど隙を見いだし、命を賭した揮身の一撃を空回りさせ

る。

ロゥリィはスカートの縁を左の指先で摘みつつ闘牛士のそれに似た身のこなしで、猛牛のごとき

突進をかわした。

そこでこれに栗林が加わった。

かんせい

嚇声を上げながら銃剣による直突!ロゥリィを背後から襲うとした敵を貫く。

発砲しながらの反動で、刺さった銃剣を引っこ抜いて、そのままの勢いで後ろの敵に斜めから斬

撃。直突、直突、構えを入れ替えて銃床を使つての横打撃。直打撃、打撃、打撃!ぶつ倒れた敵

の鼻先に銃口を突きつけて、引き金を一回引く。

斬り付けてきた敵の剣を小銃で受け止める。小銃の二脚が吹っ飛び銃身を覆う下部被簡が派手に

凹むが、気にせず腔を掃蹴。派手に倒れた敵の鼻面を、兜の上から半長靴で踏みつぶす。

カラカラとち、ぎれたこ脚が落ちた。「あちゃ1」と附いて武器陸曹の顔を思い出す。だが、この

ために八九式ではなく六四式小銃を持ち込んでいるのだ。栗林は「消耗品、消耗品」と自らに言い

聞かせながら、小銃を握り直した。

前時代的で野蛮な白兵戦。だが栗林は、それを特技としていた。

小柄ながらまるで猫のような俊敏さで、敵を寄せ付けず手を焼かせ、逆に圧倒していた。敵が距

離を置いたかと思えば、小銃を短連射。弾が尽きて、手投げ弾を敵の頭上そ越えるように投げ込

む。

ラッシュ並の混雑だ。敵の肉体そのものが楯になってくれると判断する。実際、背中を突き飛ば

すような爆発に狼狽したのは敵だ。混乱し戦意を喪失し、楯を列べて防ごうとする。

そこへ素早く拳銃を抜いて、問答無用の三発連射。所詮は木製の楯。九m拳銃の弾を受けて、

269 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり一l接触編ー268

発目で板が割れ、二発目で砕け、三発目がその向こう側の敵兵に当たる。

切り開かれた突破口にロゥリィが突っ込み、挟り、傷口を拡大していく。その聞に栗林は小銃の

弾倉を交換。

伊丹と富田は、自分達が手綱をひかないとやばいと思って、彼女らの背中を守った。小銃と拳銃

と銃剣とを駆使して敵を背後に回り込ませないことにだけ集中する。

少し距離を置いて、頭を冷静にして見ると女性二人の戦い、ぶりは実に見事だった。特にロゥリィ

は無敵の強さを見せていた。脳内麻薬の作用か、それともそういう性格なのか、実に二人とも爽快

な笑みを見せている。いっちゃった表情である。だがことは戦場だ。そういう女性の顔はベッドの

上でこそ見たい。

二人は即興ながら見事な連携を見せた。

銃剣で突き、ハルパlトを叩きつけ、銃撃し手楢弾を投げ、ハルバ1トの柄で払い、蹴りや鉄拳

をもって敵を支え、圧迫し、突き放し、押し返す。

弾倉の交換ももどかしい。栗林は弾が切れたと見るや「隊長!銃」と叫んだ。

伊丹は自分の銃を栗林に放り投げた。代わりにガラクタ寸前となった栗林の銃が帰ってくる。

敵味方入り乱れた乱戦の真つ最中だったイタリカの警備兵や民兵達も、敵の勢いが急激に萎んで

いくことに気付いた。周囲を見渡す余裕が出来て、はじめて伊丹達の存在に気付く。

エムロイの使徒だ!緑の人達が来てくれたぞ!の声と共に次第に秩序を取り戻し、構えた農

具を連ね、互いを助け合う連携を取り戻し始める。そして爆音と、オーケストラの音に今更ながら

気付いた。

「司ロ2Ha巾門(凶-ozuyZDPE〈ODmw-ロ印Hdao円-E印ロロ印門。「白色己ODZmw-ω印】円『Hm巴∞∞円一

ロ2zmwES戸のユヨヨσ戸田門命的門町OD(出ゅの円山口命日

出山町印}】印宮山町印宮山町山町印}同印一

同何回}戸山宮山町印宮山宮山町印宮山町ω

出回『】山町山町印宮山町ω『HmwY印宮山一」

すると、天を覆っていた黒煙を切り裂くようにして戦闘ヘリが姿を見せた。

その威容に人々は圧倒された。空を見上げ、指をさして天空から舞い降りた鋼鉄の天馬に見入っ

ていた。

AH1コブラの初剛M197ガトリング砲の砲口がロウリィ達に押しまくられて密集しつつあ

111;

271 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編270

る敵へと向けられる。

それを見て、伊丹と富田が互いに見合わせて領いた。

伊丹がロゥリィを、富田が栗林の首根っこをとつつかまえると、背後から抱き上げて「下がれ下

がれH」と怒鳴りつつ後ろへと後退。

伊丹等が下がるのを待ちかまえていたかのように、毎分六百八十1七百五十発もの発射速度で吐

き出される直径mmの砲弾は、瞬く聞に敵をミンチへと変えていった。

コブラが、弾をばらまきながら高度を下げてくる。それは最終的な破壊だった。

燃えさかる戦いの炎、全てを一瞬にして吹き飛ばす豪雨であった。

ほどなくして、ガトリング砲の射撃が止んだ。オーケストラの演奏もようやく終わりを告げて、

耳にはいるのはロlタl音。そして後に残るのは、煙をあげる焼け跡。

UHlJヘリが、次第に集まってきて上空にホパリングする。

綱が降ろされて、それをたどって次々と自衛官達が懸垂降下してくる。機敏な動作、統率のとれ

た振る舞いで、周囲を警戒し、敵味方の生存者を捜していく。

最早、誰も軽い調子で『緑の人』などと声を掛けられなくなっていた。その数にしても実力にし

ても、いずこかの兵士であることは間違いないからだ。尊崇の念を込めて、富田に対してどこの誰

かと尋ねる者がいた。「自衛隊」という答えを得る。

ロゥリィは強力なロ1タl風によって、吹きさらされる髪を気にしつつ、風で舞い上がりそうな

スカートを押さえ込みながら、川聞を見渡す。だが、少なくとも彼女の周囲に立っている敵はなか

った。

ふと、気付く。

自分が誰かに抱え上げられていることに。

彼女の身体を支える左腕が脇の下から胸元に上がり、手袋に包まれた掌が彼女のささやかな右の

乳房を押さえ込んでいることに、ロゥリィ・マlキュリーは気付く。そして、その桜色の唇をニィ

とゆがめて、その隙聞から鋭い犬歯を覗かせるのだった。

* *

ピニャは、伊丹、ロゥリィ、テュカ、そしてレレイの四人を前にして、語りかけるべき言葉が見

つからず窮していた。

昨日はこの四人を謁見して、高みから協力を命じる立場だった。

背もたれに身体を預け、典雅に茶など喫しながら、重要なはずの問題をまるで些細な雑用仕事で

も扱うかのように臣下に結論から突きつける。それがピニャの、宮廷貴族の考える優雅な仕事の進

め方なのである。

昨日は、そこまでとは言わなかったが、それに近い態度をとることが出来た。

273 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー272

だが、今日の自分の体たらくはどうだ。惨めな敗残者ではないか。

確かに盗賊は撃退できた。市民達は勝利と生き残ったことを素直に喜んでいる。

無論、失われた命を悼み、家族を亡くした悲しみを乗り越えるのにも時間が必要だろう。街や荒

廃した集落の再建も難題、だ。だが、身近な者が命を賭して得た勝利だからこそ、今は喜ぶべきなの

だ。悲しむばかりでは彼らが頑張った甲斐がないではないか。

その意味では、ピニヤも勝利者の側にいて勝利を喜ぶべきなのだ。なのだが、この惨めな気分に

よって徹底的に打ちのめされていた。

少しも勝ったとは思えない。

勝利したのはロウリィや、伊丹達「ジエイタイ」を自称する軍勢だ。不当にも神聖なアルヌスを

土足で占拠し続けるこの敵は、鋼鉄の天馬を駆使し、大地を焼き払う強大な魔導をもって、ピニヤ

が手を焼いた盗賊らを瞬く聞に減却してしまったのだ。

今、彼らがピニャに対して、そしてイタリカに対して牙を剥いたら、彼女にはどうすることも出

来ないだろう。帝国の皇女とフオルマル伯爵公女ミュイは二人そろって虜囚となり、帝都を支える

穀倉地帯は敵のものとなる。

住民達は、どうするだろうか?抵抗するだろうか?

いや、かえって喜ぶ。きっと、彼らを歓呼の声で迎えるだろう。何しろ、住民達の勝利を決定づ

けたのはジエイタイなのだから。「緑の服を纏った人達」の廉潔なる様は、コダ村の住民達によっ

て、l々に諮られている。

政治を解さない民は単純だ。自分の利益、しかも一時的な利益に簡単に釣られて鹿いてしまう。

もし、彼らが開城を要求して来たら::・妾は彼らの前に膝をつき、取りすがって慈悲を請い、我

とミュイ伯爵公女の安堵を願い出るしかないのかも知れない。

妾が、敵に慈悲を請う? 誇り高き帝国の皇女ともあろう者がりまるで、宿場の安淫売のよう

に男の袖を引くと言うのか?

ピニャは、ギッと奥歯を噛みしめた。

今の自分なら、足の甲にキスしろと求められたら、してしまうかも知れない。どのような屈辱的

な要求にだって、応じてしまう。そこまで自信と心とをへし折られていた。

ピニャは、伊丹等、か要求を突きつけて来るのを、恐る恐る待っていた。

待っているつもりだった。だが、次第に視界が彩りを取り戻して、ピニャに現実の風景を示し始

める。耳が周囲の音声をあつめて、ピニャの意識へと届け始めた。

「捕虜の権利はこちら側にあるものと心得て頂きたい」

レレイが、ピニヤの傍らに立つハミルトンの言葉を健軍一等陛佐に通訳していた。語藁の関係

上、伊丹だけでは通訳が難しいので、まだまだレレイの手伝いが必要なのである。

健軍は、直立不動の姿勢のまま領く。

「イタリカの復興に労働力が必要という貴女の意見は了解した。それがこちらの習慣なのだろう

275 ゲート白衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編274

が、せめて人道的に扱う確約を頂きたい。我々としては情報収集の為に、数名の身柄が得られれば

よいので確保されている捕虜の内、三1五名を選出して連れ帰ることを希望する。以上約束して頂

きたい」

「ジンドウテキという言葉の意味がよく理解できぬが:・・:」

苦労するのはレレイだ。無表情の彼女が額に汗して、意味を伝えようとしている。

日く「友人、親戚、知り合う者に対するように、無碍に扱わないことと解される」と彼女なりの

理解で説明するのだが、ハミルトンは眉を寄せるばかりだ。

「私の友人や親戚が、そもそも平和に暮らす街や集落を襲い、人々を殺め、略奪などするもの

か!」

声を荒げ怒鳴りかけたハミルトンそ制するように、ピニャは声をかけた。

「良かろう。求めて過酷に扱わぬという意味で受け止めることにしよう。此度の勝利にそなたらの

貢献は著しいのでな、妾もそなたらの意向を受け容れる忌かではない」

ハミルトンも、これまでずうっと黙していたピニャが口を聞いたことに安堵したようである。

レレイと健軍がぼそぼそと言葉を交わし、レレイが通訳した言葉を伝える。

「そのような意味で解していただければよい」

思わず口を挟んだが、ここはどこで、今自分は何をしているのか?

ピニャは自分の持っている知識、解釈力を総動員して現状の確認を急いだ。

そもそもこの男は誰だ?

ピニャの目前に立つのは、闘士型の体躯をもっ壮年の男だった。この男もまだら緑の服を着てい

るが、兵卒とは明らかに違う気配を有している。

物腰こそ柔らかいが、額に刻み込まれた雛と肉の厚みを感じさせる頬はいくつもの苦難困難を乗

り越えてきた男のものである。この男の堂々たる態度を裏打ちするもの、それは自信なのだろう。

積み上げてきたものと実証に裏打ちされた自信。ピニヤが求めて得られないものである。

察するにジエイタイの長であろう。

気が付くと、ピニャは伯爵家の領主代行として気怠そうに椅子に腰掛けている。隣にはフォルマ

ル伯爵公女ミユイが執事とメイド長に挟まれて腰掛けていた。

喋っていたのはハミルトン。彼らと交渉し、意見を述べ、要求を聞き入れて物事を決定していた

のは彼女のようであった。ピニャがボヤッとしている問、懸命に交渉の場を支えていたのだろう。

ピニヤは、慎重に言葉を選びつつ状況を確かめようとした。この場で、いったい何の約束がされ

ようとしているのか?

傍らに立っていたハミルトンを指先で招く。額や身体の各所に包帯を巻いたハミルトンが顔を寄

せてきた。

「ああ、ピニヤ様。お心が戻られましたか、ご心配いたしました」

「すまない。心配かけたようだ」276 -

1

277

そして、乙の場で決しようとしている内容を、再度確認するようにと指図した。

「おほん。では、今一度条件を確認したい」

ハミルトンは朗々と歌い上げるようにして、条件を挙げていく。

「ひとつ。ジエイタイは、此度の戦いで得た捕虜から、任意で三1五名を選んで連れ帰るものとす

る。この捕虜、および捕虜から得られる各種の権利一切は全てジエイタイ側にあるものとする。な

お、フォルマル伯爵家と帝国は、所有することとなった捕虜を、求めて過酷に扱わないことを約束

する。

ふたつ。フォルマル伯爵家ならびに帝国皇女ピニャ・コ・ラlダは、ジエイタイの援軍に対する

感謝の印として、ニホン国からの皇帝ならびに元老院に対する使節を仲介し、その滞在と往来にお

ける無事を保障する役務を負う。なお、使節の人数、滞在の諸経費等の負担は協議によって定める

が、百スワニ相当分までは無条件で伯爵家ならびに皇女が負担するものとする。

みつつ。ジエイタイの後見するアルヌス協同生活組合は今後フォルマル伯爵領内とイタリカ市内

で行う交易において関税、売上、金銭の両替等に負荷される各種の租税一切を免除される。

ょっつ。以上の協約発効後、ケングン団長率いるジエイタイは、協約で定めた捕虜の受け取り以

外、伯爵家、および市民の財貨一切に手を着けず、可及的速やかにフォルマル伯爵領を退去するも

のとする。ただし小規模の隊、及びアルヌス協同生活組合については、フォルマル伯爵家との連絡

役務を果たすため、今後も領内往来の自由を保障する。

いつつ。乙の協定は一年間有効。なれど双方異存申し立て無き時は、自動的に更新されるものと

する。

以上フォルマル伯爵公女ミュイ

後見役帝国皇女ピニャ・コ・ラlダの名において誓約する。

帝歴六百八十七年霧月三日」

ハミルトンは、羊皮紙に書き込まれた文章を読み上げるとピニャの前に差し出した。

何度も読み直してみたが悪い話ではない。と言うより、どうなっているのだっ・と思うほどの好

条件である。ジエイタイは勝者がもっ権利のほとんどを求めていないのだ。

使節の仲介は煩雑だし、百スワニの出費は確かに痛いが、必要経費の範囲とも一舌吉

めば儲け、もものと言えよ,うつ九。

ハミルトンが頑張ってくれたようだ。

ピニヤは人の能力を見極めることについてはいささかの自信があった。だが、どうやらハミルト

ン・ウノ・ロlの交渉能力については見極めを誤っていたようである。でも、どうやったら圧倒的

な戦闘力を有する敵に、勝者の権利を快く放棄させるような約束を取り結ぶことが出来るのだろう

か?魔法でも使ったか?女の武器を使って交渉をとりまとめたか?

いずれにせよ、外務局あたりに知れたら、ただちにスカウトがくる乙と間違いなしである。騎士

団としてもこの交渉能力は貴重だ。278 -

1

279

ピニャはそんなことを考えつつ、羊皮紙の末尾にサインをして、封蝋に指輪印を押捺した。

隣席に、お行儀よく腰掛けているミュイ伯爵公女にもサインと捺印が求められた。

ハミルトンが健軍の前に出て、羊皮紙を差し出す。

これをレレイとテュカが確認して領いたのを見て、健軍は漢字で署名を書き込む。

ロゥリィは何故かそっぽを向いて不機嫌な様子で関わろうとしない。伊丹は何故か右目周りに

黒々としたアザをつくって、ぼやっと突っ立っていた。

協約書は二通作成する。

二通目の作成中に、ピニャの手元に一通目、か戻ってきた。

改めて書面を確認して見ると、健軍の署名が目に入る。そこに書かれている文字を見て、なんと

もカクカクとしているなと感じるのだった。

協約は直ちに発効され、401中隊は飛び去っていく。

戦いの後始末に忙しい住民達も、一時手を休め彼らが空の向こうに見えなくなるまで、

を振っていた。

帽子や手

レレイやテユカ、ロゥリィは、商人リュド1氏の元へ向かって、商談を済ませた。

取引に関わる税がかからない特権商人は儲けが大きいので、どんな商人だってお近づきになりた

がる。しかも古くからの知り合いであるカト1先生の紹介となれば粗末に扱えるはずもなく、交渉

は至極簡単に進んだのだった。

竜の鱗二百枚を、デナリ銀貨四千枚+シンク金貨二百枚で、取引することに成功した。

ただし、銀貨四千枚を現金で決済することはやっぱり不可能だった。リュド1氏も頑張ってくれ

たのだが、フォルマル伯爵領内を盗賊達が荒らしたために、イタリカでは交易が停滞していた。さ

らに帝国とその周辺で貨幣が不足気味になっていたことも理由となってデナリ銀貨千枚をかき集め

るのが精一杯だったのである。

結局、残る三千枚のうち、二千枚については為替で受け取ることとなった。

残りの銀貨千枚分は割り引くことにした。その代わりにレレイはリュドl氏に一風変わった仕事

を依頼したのである。

それは各地の市場における相場情報の収集であった。出来る限り多品目で手の届く限り詳細に、

事細かく価格を調べて欲しいと求めたのだった。

この申し入れには、リュドlも鼻で笑った。

一般市民に小売りするのと違って、商人間では何がいくらで売れる等という情報は、価格交渉の

為の重要な武器であり手の内だった。これを単刀直入に尋ねる商人も、教える商人もいないのだ。

だが、レレイは商人としては素人であるため、何がいくらで取り引きされているかを知らない。

知らないからこそ情報を集めようと思ったのである。ただし、より広く、より大規模に。そして代

価を支払って。280 l

281

「銀貨千枚ねえ」

これまで、情報なんでものにこんな大金を支払う者などいたためしはないが、値が付いたのであ

れば、それはもう商売である。賢者カト1の愛弟子が求めるのだから重要な意味があるのかも知れ

ない。また、商品の品質はよりよいものがモットーでもある。

こうして、リュド1氏は八方手を尽くして情報の収集に力を入れることを約束したのであった。

13

西へと向かう街道を、イタリカへと急ぐ騎兵集団があった。

赤、黄、白の三色の蓄積で彩られた蛙旗をたなびかせ、馬蹄の音を轟かせている。

金銀に輝く胸甲と装飾鮮やかな武装。パナ!の翻る騎槍の林、か怒濡のごとく突き進んでいた。

特に先頭をいく騎士。

金色の長髪を風になびかせて、壮麗な武装で身を固めた女騎士、か、鞭で黒馬を激しく責め立てて

いた。彼女の愛馬は、その責め苦を軽く受け止め、躍動する筋肉は力強く大地を蹴っていた。

彼女の見る風景は流れるように過ぎていた。だがまだ遅い、まだ足りない。そんな思いで握る手

綱に力がこもる。鞭撃つ手にも力が入ってしまう。

込ぎすぎだ」

女声ながら落ち着いた重みのある響きが、先頭の騎兵にかけられる。

背後を駆ける短栗髪の女騎士。馬は白馬。彼女らから大きく引き離される形で、騎兵集団が続い

ている。

-ば

ボ1ゼスと呼ばれた女騎士は、振り返ると鈴のような声色で言い返した。

「乙れでも遅いくらいょっ!パナシユ」

「たが、君の馬が保たない。兵もどんどん落伍している。これでは現地にたどり着いても戦えない

ぞ」

「いいのょっ。落伍しようと最終的にイタリカへたどり着けばいい。今は時間が敵ょっ!」

「しかしっ!」

「最終的に少数しかたどり着け無ければ、少数での戦い方をすればいい。今は少しでも早くたどり

着くこと。それが第一よ」

こうも言い切られれば、パナシュとて引き留めようがない。ボ1ゼスの後を追いつつ、例えそう

であっても少し速度をゆるめるようにと言い聞かせるのがやっとであった。

ボlゼスは不承不承ながらわずかに手綱を引く。すると馬も走る速度をゆるめ、多少は後続との

距離が縮まった。

「パナシュ・:わたくしたち、間に合うかしら?」282 -

1

283

「大丈夫。姫様はきっと保たせるさ」

「でも・・・・・・」

ボ1ゼスは、逸る気持ちを抑え込むので精一杯のようであった。遠く地平線の先へと伸びる街

道。その遥か先、イタリカの方角一点のみを見つめていた。

だから、最初にそれに気付いたのはパナシュであった。

「ん?」

前方から何か近づいてくる。

帝国の幹線街道とはいえ、古代に作られたものを荒れるに任せているため道幅は狭く、向かい合

った荷馬車、かすれ違えるほどでしかない。騎馬隊がこのまま全力で進めば、前方から近づく何かと

激突することは必歪だった。

しかもその前方の何かは、意外なほどの速さでこちらに近づいてくる。箱形で、遠目ではよくわ

からないが、荷車のようにも見える。

「ボlゼスつH・」

「分かってるわ」

「わかつてないつ1 前を見ろ」

パナシュに指摘されてようやく気付いたのか、ボlゼスは舌打ちしつつ身を起こし、馬の手綱を

引いた。

パナシュは応酬を挙げて後九力にい行止を知らせつつ、手制をひく。

続いていた騎馬隊の騎士達は安堵したかのように、息を切らせいきり立った馬をなだめながら速

度を落とした。馬も人も誰も彼もが、ぜいぜいと肩で息をしており、汗でびっしょりとなってい

る。

「ええいっ邪魔くさい。道をあけさせなさいっ!」

後方の兵に排除を命じるが、それをパナシュが「待てっ」と、止める。

「あれは、イタリカの方角から来る。臨検してみよう。何かを知ってるかもしれないだろ?」とボ

1ゼスをなだめつつ、ゆっくりと先へ進むのだった。

*

*

「なんて事をしてくれたんだっH・」

烈火のごとく怒り、手にしていた銀製酒杯そ投げつけるピニャ。

意気揚々と捕虜を引見し、自らの功績を誇ろうとしたボlゼスは、突然のことに何が起きたのか

理解できなかった。額の激痛とピニャの怒気にすくみ上がってしまう。顔に落ちてくる暖かな感触

に手を触れ、その手をぬらした血液を見て、初めて右眉の上が深々と割れているという事態に気付

いたのである。

285 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く!被えり- ) 接触編ー284

美しい顔をったい落ちる血液が、顎の先からポツポッ、ポタポタと紙越に落ちてシミを広げる。

「ひ、姫様。どうしたと言うのですかり我々が何をしたと言うのです?」

ショックに座り込むボ1ゼスの額に手巾をあてながら、懸命に寛恕を求めるパナシュ。だが、ピ

ニャも、傍らに立つハミルトンも怒るというよりは最早、あきれ果てたという様子で二人を見下ろ

すのだった。

夕刻。

騎士団を引き連れてイタリカに到着し、街、か無事であったことに安堵したボlゼスとパナシユ

は、ピニヤに対して到着を報告するとともに戦闘に間に合わなかったことを詫びた。これについて

ピニヤは責めるようなことは言わず、逆に予定よりも早くの到着を誉めたのである。

これに気をよくしたボlゼス達は、ピニャの初陣と戦勝を祝賀する言葉を述べ、さらにここに来

る途中で遭遇した異国の者、おそらくアルヌスを占拠する敵の斥候であろうと思われる:・・を捕虜

としたので、ご引見下さいと連れて来させた途端にとの仕打ちがなされた。

二人は自分らが何故に責められるのか、詰問され、酒杯を投げつけられねばならないのか、理解

できなかった。

「こともあろうに、その日の内の協定破り。しかも、よりによって彼とは」

ハミルトンは、謁見の間となった広間の隅へ連れ込まれた捕虜へと歩み寄った。

床に力無く座り込んでいるのは伊丹であった。

その肩に手を置いて「イタミ殿、イタミ殿」と揺すりながら声をかけてみる。だが伊丹は、全身

ドロまみれの擦り傷だらけ、さらには、あちこちを打撲したのか身体の各所にアザをつくってお

り、体力気力とも尽き果てているという姿で、まともな返事も出来ない。

ここに来るまでにどれだけの酷い自にあったかが、想像できる有様であった。

「ハミルトン、どうだつ・イタミ殿の様子は」

「相当に、消耗されているご様子です。すぐにでも休ませませんと」

ピニャは、フォルマル家の老メイド長に振り返ると「済まないが、頼む」と告げた。老メイドと

執事は「かしこまりました」と、壁の華となっていたメイド達をかき集め、伊丹を取り囲むように

して、運んでいった。

それを見送った後で、振り返るピニャ。

その時の彼女の表情はまさに般若そのものであった。自分よりやや背の高いパナシュの頬に対し

て平手というより、掌底でぶん殴って尋問するかのごとく詰め寄った。

「貴様等、イタミ殿に何をしたつり」

「わ、私たちは、ごく当たり前の捕虜として扱ったまでです」

ごく当たり前、とは:::帝国では捕虜を虐待することであった。例えば連行途上、ひたすら馬で

追い立てて走らせる。疲れ果てて座り込むなどすれば、槍先でつついたり、万の峯や鞭で打ったり

287 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー286

して無理矢理立たせる。それでも立たなければ、殴る蹴るなどの暴力でいたぶるという具合であ

る。こうして抵抗する気力、逃亡する体力をそぎ落とすことが、奴隷として売る際、素直に従わせ

る上で必要なことだと考えられていたのである。

ピニヤは「なんて事を、なんて事を:::」とつぶやきながら休中を駆けめぐる怒気に、わななく

拳を握りしめながら耐えていた。

理性的に考えてみれば、ボlゼスやパナシュのした行為を非難することは出来ない。なにしろ彼

女たちは、アルヌスを占拠する者を敵とは思っても、そんな相手とピニャが協定を結ぶなど想像す

ら出来なかったのだから。

だが現実は、時として理不尽なまでに理屈を超越する。実際に、協定は結ばれ自衛隊はその協定

に基づいてイタリカを退去した。故に知らなかった、通知が遅れていたの類の言い訳は一切通用し

ない。何しろ、協約の即時発効はピニャが求めたものなのだから。そして伊丹が捕らえられたのは

協約発効の後、しかもその往来の自由を保障するとしたフォルマル伯領内である。

これは協約破り以外の何物でもない。

協約違反を口実に戦争をしかけ、有無を言わさず敵を滅ぼすという手口は、実は帝国がよく用い

る手法だった。通信網の整つてないこの世界では、連絡の不行き届きで和平協定締結後も末端の部

隊聞で戦闘が行われてしまうということは、よくあるのだ。

自分達が愛用した手口であるが故に、相手がそれをすると思ってしまう。

ピニヤは、背筋、かゾッとした。

天空を覆った楽曲の音が、ワルキュlレの瑚笑が耳にこびり付いて離れない。彼女の騎士団が、

イタリカが、そして帝国のあらゆる全てが業火に焼かれて滅んでいく様が自に浮かぶようであっ

た。

ハミルトンから、ピニャと自衛隊の聞で協約を結ぼれたことを説明されたボ1ゼスとパナシユ

も、自分達が何をしたか、そして伊丹等が「話せばわかる」などと言いながら、何故抵抗せずに捕

らえられたのかを理解した。

「い、イタミ殿の部下がいたであろう。その者らはどうした?」

「あの者等は、逃げおおせました」

自分達の隊長が捕らえられたというのに、取り返そうともせず脱兎のごとく逃げ出した伊丹の部

下を、彼女達はさんざん噸笑したのである。だが、彼らからすれば反撃すら許されない状況では、

逃げ去るしか選択肢がなかったということを、また知るのである。

もし、全員を捕らえることが出来ていれば、全員を始末して行方不明になってしまったとしらを

切る方法もあるのだが、逃げられてしまったとなってはその手は使えない。そもそも使徒ロウリ

ィ・マ1キュリーが相手方にはいるのだ。考えるだけ意味のない選択肢であった。

「姫様、幸いなことに此度は死人が出ておりません。ここは策を弄されるよりも、素直に謝罪をさ

れてはいかがかと、小宮は愚考するところであります」

289 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり-)接触編ー288

広間の隅でことの次第を聞いていただけの、グレイ・アルドが口を聞いた。

「だがしかし、あ奴らは盗賊にすら『ジンドウテキ』などと称して、過酷に扱うなと言いだす連

中。イタミ殿の受けた仕打ちを知れば、烈火のごとく怒り狂って攻めて来るのではないか?」

「そこも含めて、謝罪するしかないのではありませんか?」

「妾に頭を下げろと言うのか?謝罪せよと?:::だが、関係者の引き渡しゃ処刑を求められたら

応ぜざるを得なくなるぞ」

「では戦いますか?あの鋼鉄の天馬と、大地を焼き払う魔導、そして死神ロゥリィ・マlキュリ

ーを相手に:::。小宮としては、それだけはゴメンこうむりますぞ」

グレイのような歴戦の兵士にすら、あの光景は恐怖という名の棋を打ち込んだのである。ピニヤ

も、どれほど屈辱的なことでもしてしまうと覚悟したほどだ。それを考えれば謝罪なんて大したこ

とではないはず。

とはきヲへここにいる誰もピニャにそれを強いることは出来ない。関係者たるボlゼスやパナシ

ユも、罪を認めれば自らが窮地に立たされるとととなるためにそれは避けたいのである。

冷酷で重苦しい空気がその場を支配した。

しばしの沈黙の後、グレイは緊張した雰囲気を解きほぐすように、おどけた口調で語った。

「ま、そのあたりはイタミ殿のご機嫌次第なのでしょうがね」

それは、暗にこの場に居合わせているご婦人方に、伊丹のご機嫌とりを頑張って下さいと、告げ

‘,)1 j 'n

f九d1ul八・引ハ

*

*

たからづかかげきだん

我が固には、宝塚歌劇団というものがあるc

女性のみで編成され、歌と踊り、そして演劇を楽しませてくれる、戦前から存在する伝統のある

由緒正しい劇団だ。オタクたる伊丹にはいささか敷居の高い世界だが、『ベルばら』以外に好みの

漫画原作のストーリーを演目に加えてくれるなら、見に行っても良いかもしれないと思っていた。

さて、イタリカからアルヌスへの帰還途中、目前に現れた騎兵集団を見た瞬間、伊丹は宝塚が野

外公演でもしているのかな?と思ってしまった。

ものの見事に女性ばっかり。しかもみんな美人・麗人・佳人・かわいい娘。

もしかしたら正真正銘の男性もいるかも知れないが、約半分が男装の麗人で、残りの半数は女性

っぽい女性と来ては、どうしても女性のみの集団と認識せざるを得ないのである。

さらに、徹底的なまでに華美に彩られた武装だの旗だの、華者な飾りでピカピカしている馬鎧。

金糸銀糸の刺繍のはいった軍装等などを見ると、やっぱり中世から近世のフランス宮廷を舞台とし

た漫画原作の恋愛活劇っぽく見えてしまう。

手を挙げてこちらに停止を命じながら、馬を寄せてくる女性。

291 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー290

白馬に跨りショートの髪は栗色。白を基調として銀糸の刺繍や飾りをつけた衣装に銀の胸甲をつ

け、黒い裏地の白のマント姿。腰にはサーベルというか、レイピアというか装飾のついた細身の剣

を下げているが、これがまたピカピカに磨かれていて曇り一つ無い。

漂とした表情も突き刺すような視線も、妙にキメポlズっぽく見えてしまう。男役の女優さんつ

と言った雰囲気で、こういうのが好きな女子高生あたりが見たら、さぞかし黄色い悲鳴をあげて喜

ぶんだろうなぁと思ったりする。

倉田はポカンとした表情で、「俺、縦巻きロlルの実物なんて初めて見ましたよ」と感慨深く吃

いていた。

倉田の視線の方角:::白い女性の背後から、少し敵意っぽいものの混ざったような視線そこちら

に突きつけている女性が居た。黒馬にまたがり、豪奪な金色巻き毛は腰まで伸びている。なるほ

ど、いわゆる縦巻きロiルと言われる髪型であった。それに物理的機能があるの?と尋ねたくな

るほどに巨大なリボンがくっついている。

見た目からしても、お嬢様タイプの美女で、ツンツと高みから見下してくる(実際、馬上から見

下してきている)視線は「私の脚をお抵め、豚野郎」とか、いかにも言ってくれそうである。一一一口わ

れたら「はい、畏まりました」とか言って素直にやっちゃいそうだ。

伊丹はこの女性騎馬集団の旗印になっている三色の蓄積から、前述のショートヘアの女性を白昔

額様、こちらの金髪お嬢様を黄蓄積様と、脳内であだ名付けた。

品川山門川崎か川柳で刊以仙川川山を命じ、州聞けい日以U.川州九似合引占刈引て門川引lベルケ山めわか‘い

丹としては厳に発砲を戒めた。協定違反に成りかねないからだ。この時点で、ロゥリィやレレイ述

は、昨夜からの徹夜が堪えたのか後席でぐっすり眠っていた。

伊丹等、第三偵察隊の車列は、現時点で先頭が七三式トラック、次が高機動車、しんがりが軽装

甲機動車なので、この女性騎士軍団は最初に接触した七三式トラックへと近づいた。

白蓄積が馬を歩み寄らせ、富田に声をかける。

富田は、二十七歳の二等陸曹。ちなみにレンジャ1徽章持ち。こちらの世界の言葉は、単語ノー

トを片手になんとか意思疎通できるという程度である。そんな状態であったから、富田はなんとか

片言と身振り手振りを交えつつ、白書叶微の誰何に応じようとしていた。

いわ

白書蔽日く、「どこから来た?」

富田日く、「我々、イタリカから帰る」

言葉が不自由ながらも、なんとか片言でも応えようとしてる努力を認めたのだろう、白蓄蔽は彼

に解るように、できるだけ言葉を短く句切りながら話しかけようとした。これに対して、黄蓄蔽は

言葉の不自由な富田を小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、三台の車両へ胡乱そうな眼差しを向けるの

だった。

「どこへつ」白蓄積日く、

富田が単語帳をぺらぺらっと捲りながら告げる。「アルヌス・ウルウ」と。292 -

)

293

これを聞いた白蓄積は「なんだとつり」と声を荒げた。

正体不明の敵に占領されている場所に、いかにも異邦人とおやほしき連中が帰るなどと言ってい

る。

しかも馬が牽くわけでもないのに動く荷馬車に乗り、見慣れない武器らしきものを抱えている。

この集団を見て、怪しく思わない方がどうかしている。

女性騎馬軍団はこの一言で殺気立った。「何ーすると敵かっ!」天に向けられていた騎槍がさ

つと降ろされ、その鋭い切っ先が伊丹達を指向した。

素早く、騎馬の列が整えられていく。乙のあたりの統率は見事にとれており、彼女たちが歌劇団

の類ではなく、きっちりとした戦闘訓練を受けた兵士の集団であることを伊丹等に知らしめた。な

にしろ馬の足並みすら、きっちりとそろっているのだから。

見ると伊丹の部下連中も小銃を構え、笹川に至つては、軽装甲機動車搭載のキャリバーを手にし

て、重い金属音をたてて損梓を引いた。

黄蓄額が、冷たい眼差しをして黒馬から下りて、つかつかつかと歩み寄って富田の襟首を掴みあ

げ、「もう一度、言ってごらんなさい」と、お上品に凄む。

白蓄積は、この異邦人が言葉を間違っていると思って、再度繰り返してもう一度、「貴様等はど

とから来て、どとへ行こうとしている?」と尋ねた。

黄蓄積に襟首を掴みあげられた富田は、息が苦しいのかあるいは別の理由か、その顔を紅くしつ

「イタリカから来て、アルヌス・ウルゥへ向かう」を意味する単語を列べたのである。

富田が苦労しているのを見て、さすがにほっておくわけにもいかず、伊丹は桑原曹長に、

っさん、絶対にこっちから手を出させないでよ」と告げながら、小銃や拳銃、銃剣といった武器っ

ぽく見えるものを外して、車を降りた。

そして白蓄積・黄蓄醸の二人の注意を惹くように声をかける。

「えっと、失礼。部下が何かいたしましたかね?」

だが、ヒステリックになった女性には、そのノンピリとした声かけは、いささか摘に障ったよう

である。

「おや

身に覚えのない罪で攻め立てられるような気分を味わいつつ、伊丹は「おちついて、話せばわか

る」という言葉を繰り返すしかなかった。

だが、女性達は聞く耳を持たない。

彼女たちからすれば、これが初陣だ。しかも慌てていたが故に精神的な余裕もない。こういう時

に頼りになる歴戦の下士官連中は歩兵であったり、騎士であっても歩兵部隊を率いる立場なので、

後方はるか彼方。

言葉もうまく通じない。そんな状態で何をもって疑わしく、何をもって安全と判断するのかの基

準が与えられてないのだ。あらゆるものが怪しく感じられた。疑念が疑念を産んで増殖していき、

剣を抜くしかなくなってしまうのは、ある意味必然であった。

295 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編294

のこのこと出てきた代表格らしい男に対して、白蓄積ことパナシュは、剣を突きつけて降伏する

ように命じた。

ここにいる怪しい連中全員を捕縛し、武装を解除しなければ安全と安心を得ることが出来ないと

思いこんでしまったのだ。

ここにいる敵は何をしでかすか解らないから、油断は決して出来ない。少しでも怪しい素振りを

見せたら攻撃するしかない。そのように気を張った状態の彼女たちにとって、一訓々と「話せばわか

る」を繰り返す男は苛立たしく、邪魔なだけである。

黄蓄積は「ええいつ!お黙りなさいっ」と激昂して、伊丹を平手で殴りつけてしまった。

これを見て殺気立つ自衛官。だが桑原が「待てっH」と命じ、伊丹が「今は逃げろ、逃げろっ、

行けっH・」と叫んだ。

途端、エンジンの轟音、かあがり、第三偵察隊の車両が土煙をあげる。

突然のことで騎馬隊は驚いた馬を抑えるので精一杯となってしまった。そして、ようやく後を追

おうとした時には、土壌を巻き上げて走り去っていく自衛隊の車両は、もうはるか彼方へと消え去

ろうとしていた。

数騎の騎兵が慌てて後を追ったが、とうてい追いつくことは出来ないだろう。

こうして、伊丹は独り取り残されたのである。

ーいててて」

首の痛み、背中の痛み、足の痛み、頬の痛み、右目の周りの痛み・・:痛くない所なんてないほ

ど、体中が痛みを訴えていた。

意識を取り戻すというか、苦痛で目、か醒めてしまった伊丹の視界は、妙に薄暗かった。

夜なのか、それとも雨戸を閉め切った部屋なのか:::。とにかく薄暗い。

これまで味わったことのないような、軟らかい羽毛と絹による掛け布団の感触に違和感を覚えつ

つ、自分が寝ている場所を知ろうとして周囲を見渡す。首が痛いので、そろそろと身を起こそうと

した。

だが、やんわりと触れてくる手がそれを止めた。

その手は伊丹を再びベッドに横たわらせ、掛け布団をきちんとかけなおす。

そして、部屋の隅から燭台が招き寄せられ、柔らかな灯りが伊丹の周囲に広がった。

その灯りに浮かび上がったのは、「お目覚めになられましたか?ご主人様」と微笑む、

る、メイドさん達であった。

いわゆ

「こ、とこ、ここはり」

ついうっかり日本語で話しかけて、彼女たちの困ったような表情を見せられてしまう。伊丹は秋

葉原に来た覚えなどないし、メイド喫茶ならぬメイドホテルなんぞにチェックインした記憶もな

.LV 296 -

1

!

297

「ここはどこ?」と現地の言葉で話し直した。

「こちらは、フォルマル伯爵家のお屋敷です」

伊丹は、そうか・::と領くと、脳内で状況の整理を始めた。

周囲を見たところ、ここは監獄に類する施設では無いようである。

伊丹はイタリカに向けて走らされたから、おそらくこ乙はイタリカの街だろう。ならば繍附いてく

れているメイドはフォルマル伯爵家のメイドではないか?

こうして待遇が改善されたところを見ると、ピニャには協定そ破る意図はないのだろうと思え

る。とすれば、無事に帰れる可能性もある。無理に逃亡をはかる必要もないかも知れない。

「水を、もらえないか?」

メイドは、暖かな微笑みを見せると、「かしこまりました」とちょとんとお辞儀をして、去って

いった。代わりに、別のメガネをかけた長身のメイドさんが伊丹の側に進み出て脆いて控える。

伊丹は、乙の娘の顔を見て思わず眼を擦った。

「どうされましたかニャ?」

「いや、なんでもない」と言いつつ、こういう世界だしこういうこともあるのだろうと無理矢理納

得しようとした。というのも、メガネのメイドさんの頭に猫耳がはえていたからだ。しかも、ピク

ツピクッと微妙に動いていて作り物とは思えない。

伊丹は、

「状況は?」

「はい?

「いや、街の様子とか、お屋敷とか、それと俺の取り扱いとか、いろいろ;:」

猫耳メガネのメイドさんは、困ったような表情をした。

すると、脇から「ただいま、夜半過ぎでございます。街の者は寝入り、すっかりと静かになった

頃合いでございます」と、老メイド長が現れて話し始めた。

老メイド長の話によれば、街は平穏を取り戻しつつあると言う。明後日、犠牲者を合同で弔う予

定。ただ、周辺の村落の被害がどれほどなのかまだわかっていない。領内が元の活気を取り戻せる

まで、どれほどの時間がかかるか想像も出来ない。

古みだれ

ピニャ率いる騎士団の本隊や、落伍していた騎兵、歩兵が五月雨式に到着しつつある。ほぼ八割

近くが集結を済ませたので、ピニャは領内の各所へ出動を命じ、治安確保のために働き始めてい

る。

「それとイタミ様におかれましては、ピニャ様は、賓客としての礼遇を命ぜられました。そしてこ

の度の無礼を働かれました騎士団の隊長様は・・・・・・」

白・黄二人の隊長はピニヤに烈火のごとく怒鳴られ、黄蓄積ことボiゼスは女性なのに額に銀杯

をぶつけられて、深い傷を負った。傷、か残るかも知れず、騎士団の女性からは同情を集めていると

言尽つ。

非常に丁寧Eつ詳細な説明か」終えると、老メイド長は伊丹に対して、腰をおとして頭を垂れた。298 -

1

299

「乙の度は、この衝をお救い下さり、真に有り難うございました」

この席にいた、メイド達五1六人もメイド長に倣って深々と頭を下げた。猫耳、だけでなく、ウサ

耳らしきものも見える。

「このイタリカをお救い下さったのはイタミ様とその御一党であることは我らフォルマル家の郎

党、街の者も全てが承知申し上げていることでございます。そのイタミ様に対して、このような

仕打ちをするなど、許されるととではございません。もし、イタミ様のお怒りが収まらず、乙の街

を攻め滅ぼすと申されるようでしたら、我ら一同みなイタミ様にご協力申し上げる所存。ただ、た

だ、フォルマル家のミュイ様に対してだけはそのお怒りの矛先を向けられることなきょう、伏して

お願い申し上げます」

さらに深々と頭を下げられると、伊丹としても心配するなと告げるしかなかった。と同時に、乙

の家の者が帝国の皇女だの、帝国だのに忠誠心を抱いているわけでは無いことを知った。ここにい

るメイド達の忠誠心は、あくまでもミュイに対するものであり、主人に対して不利益であると判断

すればピニャを背中から刺すことだってあり得るのだ。そして、それは伊丹とて例外ではないだろ

予つ。

メイド長やメイド達が伊丹に頭を垂れるのは、あくまでもフォルマル伯家の利益を図るためなの

だ。それを知らずに調子に乗れば、えらい目にあう。

伊丹が水を頼んだメイドが、コップを差し出した。

、pif、ム“}、j ー、F1ud-fh町J 三ーしUてい川町か'ゆ川内々削こそうとサる・. 、州川メ月4hのメイドがl合川し

て身体を起こすのを手伝ってくれる。全身、か打撲と筋肉'痛で辛いので、とても助かった。

「イタミ様。アウレア、ベルシア、モlム、マミlナの四名をイタミ様専属と致します。どうぞ心

やすく、何事であってもご命じ下さい」

水を運んでくれたメイド・・:これはヒトのようだ。そして長身の猫耳メガネのメイド。さらにそ

の後ろのウサ耳と、外見的にはヒトっぽく見えるが緋色の長い髪、か妙に太くて無数の蛇みたいにな

っている少女:・併せて四名が伊丹に脆いて、頭を垂れた。

「ご主人様、宜しくお願い申し上げます」

愛らしい少女・女性達に声をそろえて言われると、

う。調子に乗ったらまずいだろうと思いつ?も、

ぁ、と思わずにいられない伊丹であった。

なんとも言えない浮ついた気分になってしま

ちょっとは調子に乗ってもいいんじゃないかな

さて、少し時聞を巻き戻して、夕刻のイタリカ。

その城市の外に、

いんべい

大地に伏せ隠蔽し、暗くなるのをじ隊長を捕虜とされた第三偵察隊の面々が、

っと待ちかまえていた。

「隊長、今頃死んでるんじゃない?」

双眼鏡で街の様子を監視しつつ、栗林がぼやいた。捕届になった伊丹が女性騎士連中にこづか300 l

301

れ、追い立てられ、走らされていたのを遠くから見ていたのだ。彼女の口振りにはどこか願望めい

た響きもあった。

栗林はよく知りもしない癖に「オタク傾向あり」というだけで「キモオタ死ね」と、脊椎反射反

応を示すタイプである。もちろん、ホントに死んで欲しいと願つての「死ね」ではない。目の前で

伊丹が殺されそうになれば、きっと助けるし積極的に後ろから頭に照準を合わせようとも思わな

い。ただ、深く考えることなくそう言っているだけなのだ。伊丹に「脳筋爆乳馬鹿女」と言われる

所以だ。

そのととをわかってる富田二曹は「あの程度なら、大丈夫だろ?」と、顔をドーランで迷彩に塗

装しつつ答えた。

傍らで時が来るのを待っているレレイやテュカ、ロゥリィでさえも、頬や鼻筋、額といった光が

あたったときに反射する部位に、栗林の手によって緑や茶色の化粧が施されていた。まあ、着てい

る衣装はいつもと変わらないが。

「あれでもレンジャ1持ちだからな」

「誰が?」

「だから伊丹二尉」

「うそ?」

「いや、本当」

「ハル税?」

「マぃン」

「そのマジ、ありえない1勘弁してよ1」

レンジャ1徽章にあこがれをもっている栗林は、この瞬間、自分の気持ちがなんだか汚されたよ

うな気がした。

日本語による会話がまだ十分に理解できていないテユカとロウリィはきょとんと聞いているだけ

であったが、かなりのレベルで理解できるようになっているレレイは持ち前の好奇心を発露し、栗

林にイタミがレンジャ!とやらか」持っていてはいけないのかと、質問した。

困る栗林。苦笑しつつ「伊丹隊長の、キャラじゃないのよねえ」と睦くのだった。そして、鋼に

も比肩されるほどの強靭な精神、過酷な環境にも耐え抜いて任務を遂行するという美化率二百四十

パーセントのレンジャl像を語って聞かせたのである。

これには、無表情冷静キャラのレレイもわずかに頬をほころばせた。

どっちかというとスライム並に軟らかい(故に、砕くことも断ち切ることも不可能)精神と、過

酷な環境は可能な限り避けまくり、なんとなく任務を済ませてお茶を濁すという、美化すれば『余

裕のある』、普通に評すれば『不真面目』な人物像を、伊丹に対して抱いていたからだ。

もちろん、レレイ達に関わるようになった第三偵察隊が、コダ村の避難民達を救い、炎龍を撃退

し、避難民の住処をつくり、イタリカを襲った盗賊を撃退しているのもその眼で見ている。だが、303 ゲ

l

302

それはあくまでも第三偵察隊全体、あるいは自衛隊の行ったことだ。

事実、レレイが通訳して聞かせた乙とで、ロゥリィもテユカも、ころころと笑った。栗林の語る

ような精強なイメージは桑原や富田に対して、女性としては栗林に対してこそふさわしく、暇さえ

あれば:・・暇がなければ無理矢理つくって、本(実際には漫画)を読みふけっている伊丹には似つ

かわしくないのだ。

実際に、アルヌスはずれの森につくられた難民キャンプの、木陰のベンチで昼寝をしつつ本(実

際にはコミケでなければ入手できないような同人誌)を読んでいる伊丹の姿を、彼女たちは何度も

目撃している。

「さて、そろそろ行こうか?」

富田の声でみな腰を上げた。

楽しく会話をしているうちに、あたりはタ聞に包まれ、丁度良い頃合いとなっていたのだ。

栗林はやれやれと唇をとがらせる。

「また徹夜かあ・:これって、絶対お肌によくない」

とかなんとか言いながらも、昨晩の立ち回りで腰のあたりが大いに充実した感じになって、しか

も肌がいい感じに艶々になっているのは、栗林とロゥリィの二人である。

こうして昨夜の激戦に引き続き、今宵は潜入救出ミッションとなったのである。

::と、言ってもイタリカの持戒はザルを通り越して州特戒であτた。

古くから居る警備兵は実戦の直後で気は抜けでるし、疲れてもいる。

その上、威張りくさった騎士団のお嬢様集団が到着して「案内しろ」とか「宿舎はどこだ?」と

か頭越しに指図する。厩舎に馬を運べ、飼い葉はこうしろああしろ・・・と実にやかましい。さらに

すいか

は顔も知らない歩兵達が、あとからあとからと到着して来るから、いちいち誰何するのも馬鹿らし

くなってしまうのだ。

騎士団の兵士達も、知らない顔は地元の警備兵とか住民ぐらいにしか思わないから、見ず知らず

の人聞がふらっと入り込んでも、誰も気にしないという状態だった。

そんなわけで、ロゥリィやらテュカやらレレイは、堂々と開いていた城門をくぐり抜けることに

成功してしまったのである。乙の三人なら、万が一見とがめられでも、あれ?まだ街を出ていな

かったのかな?:・ぐらいにしか思われない。

「顔にペイントを施す必要なんてなかったわねえし

などとテュカは吃きつつも、城壁を上がって見張りの兵隊の耳に、精霊魔法「眠りの精の歌声」

を注ぎ込んで、朝までぐっすりと眠らせる。

で、外に合図をすると栗林や富田、倉田、勝本といった面々が昇ってくるという算段であった。

夜の街は静かになっていて人の気配もなく、富田達は誰に見とがめられるとともなく、あっけな

いほどにフォルマル伯爵邸へと到着した。

305 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー304

さすがに、ここは警戒の兵が立っていたが、富田達にとってはどうということもない。

個人用暗視装置を使えば、暗閣の中でも誰かが居ることはすぐにわかる。巡回警備が通り過ぎて

から、静かに野分け草分け進めばよいのだ。

こうして建物までたどり着くと、富田は鎧戸(しころ板という幅の狭い薄板を一定の間隔で平行

に取りつけた扉)のおりた窓の一つを選んで、しころ板の一枚をそっと破壊した。

「ご主人様、宜しくお願い申し上げます」

と、下げられた四つの頭。その一つから伸びるウサ耳、かピクツと立った。

その耳の挙動たるやまさしく、警戒する兎のごとしである。ついで、別の頭のネコ耳も小刻みに

動いている。

「マミlナ、どうしました?」

老メイド長の冷厳な視線に、マミlナと呼ばれたウサ耳娘、か告げる。

「階下にてしころ板の折れる音がいたしました。どうやら、何者かが鎧戸をこじあけようとしてい

ます」

ウサ耳メイドといっても、彼女の発する雰囲気は暗殺者のそれであった。猫耳メガネメイドの瞳

も、剣呑に輝きはじめ愛玩猫というよりは、豹のような雰囲気になる。

「この街の者であれば、お屋敷に不法に立ち入ってどのようなことになるか知らぬはずもなく、ピ

ニヤ様の騎士団の者であれば正而玄関から入ればよく、あえて不制法なととをする必製もない。耐

賊は減したばかり::・おそらくイタミ様の手の者であろうL

老メイド長はそう断じると、「ペルシア、マミlナ。二人でイタミ様のご配下をこちらまで案内

してきなさい」と指示した。

「もし、他の者であったら?」

「いつもの通りです」

「かしこまりました」

ネコ耳娘とウサ耳娘が立ち上がった。その敏捷な挙動は、野生の肉食動物を思わせるが、二人は

音もなく部屋から出ていった。

伊丹はオタク的好奇心から、老メイド長に尋ねることにした。

「あの一一人は、どういうメイドさんですかっ種族とか・・・」

「マミ!ナは、ヴォIリアバニl(首狩ウサギ)、ペルシアはキヤツトピ1プルでございます。こ

ちらに控えるアウレアはメデユサ。モlムはヒトです」

「はあ、随分とたくさんの種族がいるのですね。こうして多種族が一緒の職場で働くということは

当たり前なのですか?」

「いいえ、滅多にないことでございます。先代のお屋形様は開明的な方で、種族聞におこる摩擦の

殆どは貧困によるという信念を抱いておいででした。その為にヒト以外の者を積極的に雇い入れる

307 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編306

ようにされていたのです:::まあ、・・・・・『ご趣味』ということもおありでしたが」

「なかなか親しみの持てそうな方ですね」

「イタミさま、センダイさまにニたニオイ、アルL

アウレアが、伊丹に向けてウニョウニョと長い緋色の髪を伸ばそうとするのを、モ1ムが横から

ピシャ!と、つっこみを入れるかのごとくはたき落とした。

「アイタタ」

「ご主人様への、失礼は許しませんよ」

「ハイ」

アウレアが、餌を取り上げられた子猫のような表情をしたために哀れみを誘うが、老メイド長か

ら、メデュサは吸精種でこの髪で他者の『精気」を吸い取る、十分に蝶はしであるが、時に本能に

負けそうになるので「ご注意を」と言われてしまった。

ほどなくして、部屋の戸が聞く。

すると、マミlナとペルシアに案内された、栗林や富田、倉田、勝本、

カらが姿を現した。

ロゥリィの姿を見るや、老メイド長やメイド達は「まあ!

は:・」と彼女の周囲に集まった。

敬虐な信徒達が脆礼して祝福を求めると、

ロゥリィ、レレイ、テユ

聖下御自ら脚をお運びいただけると

ロゥリィも柔らかな表情になって静かに掌を向けた。

イメージとしては挙から淵かい気だか光線、だかが出て、信徒述、かそれを治びて刊んでいるという掠

囲気だろうか?

とは言っても、死と断罪と狂気、そして戦いの神、エムロイの信者ってどんなものなんだろうと

も思ってしまう伊丹である。まあ、世には教祖がサリン殺人で死刑判決を受けるような信仰すら後

生大事にしている連中もいるのだから、それにくらべたらはるかにマシなのかも知れない。

厳粛な雰囲気の漂うなか、倉田は場を壊さないように静かに伊丹のベッドの傍らまで来ると、

「随分と羨ましい待遇のようですね、二尉」などとひそひそ語った。

倉田がケモナーでもあることを知る伊丹としては「どうだ、羨ましいか?」である。まあ、伊丹

自身にはケモノ属性もメイド属性もないので、そういうのが趣味の奴を喜ばせてやるほうが楽し

vhv

「あとで紹介してやろう」

そう告げる伊丹であった。

14

既に夜半であったが、ピニャは床にも入らず執務室で独り思索していた。308 l

309

このままではまんじりとせず、寝入ることもできないだろうから。

自分が犯したことになってしまう失敗を糊塗する方法を定めない内は、安らぐことが出来ないの

だ。どうすればいい。どうすれば:::。そんなことばかりを考えていた。

ピニヤが執務に借りているこの部屋は、フォルマル伯爵家先代当主の書斎であったと言う。上品

な調度品が並び、重厚な一枚板からなる机と、座り心地の良い椅子が中央に据えられている。そし

ほの

て羊皮紙とインクの香りが灰かにただよっていた。

先代の持ち物だろうか?轟獣の甲皮から削りだしてつくられた単眼鏡と、羽ペン、それとメイ

ドを呼ぶための小鈴が文盆の上に無造作に載せられている。そして机の傍らには、分厚い表紙をも

った収税報告の績りと、土地管理台帳、そして関税の受納記録が置かれていた。::・そうだ、後見

をする以上、フォルマル伯家の実務を管理する代官を選任しなくてはならないだろう。こうしたこ

とも、ピニャが考えなくてはならないことであった。

羽ペンを弄びながら、羊皮紙の切れ端にアイデアそ書き込んでは乱線でかき消し、再び書いては

消す。

羊皮紙の上には「協定違反行為を無かったことに出来ないか?」と記されていた。

しかし、伊丹の部下連中は逃げ失せてしまった。

中途で事故でも起こして全滅でもしない限り、彼らはアルヌスに帰り着いて、何があったのか報

告するだろう。報告をしない理由がない。

報告をさせないたMには、制らえるか殺すしかなカた吹いたり

設問今から後を追って、彼らを捕縛することは可能か?

答え不可能。

そもそも炎龍すら撃退する連中を、現有戦力でどうやって磁滅する?

考えてみれば、自分らの隊長を見捨てて逃げ出すなど、なんと不甲斐ない連中なのだろうと思

せんめつ

う。連中の能力なら、ピニヤの騎士固など一瞬で破滅できたはずなのだ。にもかかわらず、そうし

なかった。そうしなかったのは何故だ・・:おかげで自分、かこうして苦しむ羽田になる。いささか被

害妄想気味だが、悪蝶な好計に蔽められたのではと思えて来たほどであった。

羊皮紙にボ1ゼスとパナシュの二人の似顔絵を描く。そしてパカとか阿呆といった罵署雑言で二

人を飾りあげていく。そして最後にはぐしゃぐしゃと羊皮紙を握りつぶして、ピニャは思考を先に

進めた。

協定違反行為が知れてしまうことは、最早防ぎょうがない。時を巻き戻すことが出来ない以上、

仕方ないと諦めるしかないのだ。

頭を抑えて「諦める、諦める:::」と念じる。

ピニヤの考えるべきは、実現不能な課題に悩むことではなく、この失点による損害を、どのよう

に軽減するかなのだ。

戦争は外交の延長。外交はカlドゲ1ムに似ている。強力な鬼札を手にした敵と戦うには、三つ

311 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー310

の方法が考えられる。その鬼札を重要な局面で使わせない。あるいは無意味な局面で使わせる。そ

してその鬼札に匹敵するカlドを入手すること。

とはいえ、テーブルの向こう側にどんな相手が座るか解らないうちに、こちらの出方を決めるの

は不可能だろう。今は、相手側を利する手札を極力減らすことが重要なのだ。

こちらの失点は二つある。そのうちの一つは、往来を保障するとしたはずの自衛隊を襲ってしま

ったことだ。もう一つが虜囚とした伊丹在、彼らの言うところのジンドウテキでない扱いをしてし

宇品つ私ルアアと。

前者については、アルドの言う通り速やかに謝罪してしまうのも選択肢の一つだ。いや、

い方法かも知れない。

自衛隊はジンドウテキと称して、捕虜の扱いにすら気をつかう相手だ。「いい人」であることは

間違いない。となれば、連絡の不行き届きであることを説明して頭を下げれば、交戦中の敵にだっ

て容赦してくれるかも知れない。なにしろ実質的に損害は出ていないのだから。

だが、謝罪は逆に付け入る隙を与えることにもなる。代償としてどのような要求がつきつけられ

るのか:::それが恐怖であり不安の種となった。自衛隊の圧倒的な戦闘力、破壊力を直に自にして

しまえば、どのような要求をされても拒絶は出来そうもない。

敵は、圧倒的な戦闘力をピニャに見せつけた。そして交渉しようと言ってきた。

ピニャは仲介役だ。帝国の外交担当者は敵の恐ろしさを理解しているのか?

一番良

皇帝は? 宰相

はっ・

今この時点で、敵をいささかなりとも知っているのは、まさにピニヤだけなのである。

帝国の強気で居丈高な外交交渉、武力を背景にした情喝を、ピニヤはこれまで頼もしく思ってい

た。若手の外交官僚達が巧みな弁舌で論戦を挑み、拒絶できない要求を積み重ねていき、敵、か膝を

屈して許しを請う姿を想像しては、悦に入っていたのである。

だが、今回それをやらかしたらどんなことになるか・:・。

「胃、が痛くなってくる」

ピニヤは引き出しから新しい羊皮紙を取り出すと、インクにペンを浸して皇帝宛の報告書を綴り

始めた。いかに敵が強大で、恐るべき戦闘力を持っているか、見たままを記述していく。ところが

•par •par ・中途まで書き連ねていくと次第にペン先が重くなってきた。最後にはガシガシと紙面を乱線で

塗りつぶし、ペン軸そのものを折ってしまった。

「こんな内容、夢でも見たのか?と馬鹿にされるだけだ」

自分でも信じられないのだから。

報告の件は、後回しにすることにした。ハミルトンにも相談したい。

「まずは、イタミの件を何とかしよう」

伊丹は今この館で休んでいる。

彼さえ口を喋んでくれれば、失点を減らすことも出来るのだ。いや、上手くすればこちらの手札

313 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編312

にすら出来るかも知れない。

問題は、どうやって伊丹を説得するか。よくあるのが贈賄、あるいは伊丹が男であることを利用

しての寵絡、そしてその両方である。

だが、誰がその任を遂行するにふさわしいだろうか?

もちろん、自分自身が:::と考えた。しかし、相手は十人程度の小隊の隊長程度に過ぎない。特

別任務の小隊だとしても、イタミという男の地位は、帝国で言えば百人隊長程度だろう。そんな格

下の相手に、自分自身というカ1ドを切るわけにはいかない。皇女というカ1ドは、もっと重大な

局面でこそ使われるのだから。

となれば、誰、かいいか。

ハミルトンならばいいかも知れない。男にも慣れているらしいし。だが彼女は現段階ではピニヤ

にとって重要な参謀役であり、万が一の交渉役としても力をふるってもらいたかった。だから、除

外する。

ここまで考えて、ふとボlゼスとパナシュの二人の名前が浮かんだ。

自分のしでかしたことは自分で責任をとれということで、罰にもなるから丁度良いように思え

た。

それに、あの二人ならば適任である。なにしろその容姿はなかなかのものだ。ボlゼスは、金細

工のような繊細な美しさと豪奪な金髪を誇る美形で、しかもパレスティl侯爵家の次女と家柄もよ

'hv

パナシュはカルギI男爵家と家柄こそボlゼスに劣るがその濠然たる眼差しと才気だった容貌で

比類がない。あの二人に言い寄られて、墜ちない男などいないはずだ。

イタミ程度の男には惜しい限りだが、今回の役割の重要性からすれば、これぐらいのカlドは切

っても良いと思えた。

そもそも、性格的にそういう任務が二人に遂行可能か:::と、までは考えが及ばず、ピニャはこ

れが名案とばかりに早速実行に移すことにした。というより指示を下してしまわないといつまでも

落ち着けなかったのだ。

机に置かれた鈴に手を伸ばして、鳴らす。

心を落ち着かせるために用意された、濃いめの香茶を口に運ぶ。すると、蝋燭の炎、か風に揺らい

だ。

視線をあげると、メイドの一人が姿を現す。エプロンドレスを両手で摘み、膝を軽く屈し頭を垂

れるという作法に基づいた挨拶にピニャは領いて応じた。

「お呼びでございましょうか?殿下」

「うん。ボlゼスとパナシュの二人を呼んでくれ」

「お二人とも、もうお休みかと存じますが」

「かまわない。起こしてくれ」314 -

)

315

「かしこまりました」

メイドはそう言うと部屋を後にした。ピニャは部下を迎えるために机周りを簡単に整える。特に

二人の悪口を記した羊皮紙はピリピリに破って棄てた。

* *

倉田は、この世の春を謡歌していた。

エルフの娘とか、無口無表情の知性派魔法少女とか、暗黒神官の少女的姐さんとか、どうにも伊

丹の好むタイプばかり現れるのはなんでだっ!やり直しを要求するう!と、かねてから心の底

でずうっと念じていたのである。

そして、ようやく自分好みのキャラが現れたのである。となれば、興奮を抑えることは難しい。

いや、喜びは素直に表に出してこそ、喜びである。これを押しとどめることなどかえって害悪であ

ると、声を大にして言いたい。

特に、猫耳メガネメイドのペルシアの存在は、ツボにはまった。

可愛い系ではなく、黒豹とかライオンみたいな肉食獣タイプのおねえさんである。

それが、まん丸のメガネをかけているのだが、その双昨は当然のごとく猫目で冷たく切れそうな

印象であった。長身でスポーティで、出るとこは出てひっこむところはひっこんでる体躯を、無理

矢川メイド川というふんオりとした衣辿でラッピングした感じがまたたまむないい

しかもアキパのメイド喫茶とかパチンコ屋にいるような露出型コスプレ届員と違って、裾も袖も

ぴっちり肌を覆っていて、これ見よがしなチラリズムなど全くの無縁。働くための制服としてのメ

イド服である。これぞ本物というところが味噌である。

そんな、猫耳メイドさんに博かれている伊丹に「羨ましいぞ、コノヤロ。紹介してくれないと後

ろ弾(味方を後ろから撃つという凶悪な行為)だぞ」という念を込めて、声をかけた。すると伊丹

は苦笑しつつ、取り持ってくれた。

「おい、倉田:・・こちらのご婦人がペルシアさんだ。ペルシアさん、こいつは倉田だ。よろしくし

てやってくれ」

伊丹に紹介されたのをゴlサインと受け取って、早速挨拶。

「じ、自分は、倉田武雄ともうします」と、ピシッと敬礼してしまう。だが、そのかちかちな姿は

彼女の「はあ?」という表情を「くすっしと綻ばせることに成功した。

ペルシアからするとヒト種の男が、単なる憧慢心で向かってくるのは初めてのことであったの

だ。

ペルシアとて雌。容姿にだってそれなりに自信があるし、なによりも潔癖性の子猫から一線を画

した大人の雌豹だから、雄の視線を集めるのは嫌いじゃない。だが、ヒト種の雄が向けてくるのは

大抵は、下世話な欲望にまみれた視線か、あるいは彼女の獣性に怯えたものなのである。

317 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー316

ところが、倉田はちょっと違っていた。

「猫も女も、男、か自分に好意を持つかどうか直感的に理解する」と、ある女性作家は語る。猫であ

り女であるペルシアは、乙のクラタと名乗った男、かどういう心やつもりで自分に対しているか理解で

きてしまった。

ょっぽと捻くれてない限り純粋な好意には、純粋な好意が湧き上がって来るのが人間の情という

ものである。こうして倉田は猫耳メガネのメイドさんとの聞に、良い雰囲気を醸し出すことに成功

したのである。

倉田とペルシアの例を挙げたが、こんな感じで、フォルマル伯爵家のメイドさん達と、自衛官達

は、なごやかにうち解けていた。

深夜なのにお茶まで出てくる。こういう貴族の館では、当主の気まぐれや我が憧に応えるため、

夜だろうと軽食やお茶の支度がしである。それを不意の来客のためにと、メイド達は流用して、た

どたどしいながらも会話を楽しんだのだ。

武闘派の栗林は、ヴォlリアバニlのマミlナと、妙に気、か合ったようである。バディ・ムービ

ーの主人公達のように、はまった雰囲気をつくっていた。特に、マミlナは昨日の栗林の活躍を見

ていたようで、賞賛の言葉が尽きない。

レレイは、メデュサ種のアウレアに興味があるのか、まじまじ観察したり、ウニョウニョ轟く触

Fにも似た緋色の提を桁北九でつついたりしているりレレイがパういは、メデコ川ソハ川その札しム刊判

から虐待されるととが多く、その数が減って今では絶滅危慎種らしい。レレイも文献でしかその存

在を知らなかったと言う。

ロゥリィは、敬慶なエムロイ信徒らしい老メイド長に対して、どことなく昨易とした雰囲気を醸

しながらも態敷に応対し、神の御言葉を伝えていた。

テュカは、ヒト種メイドのモlムに、その身にまとっているロlライズのジ!ンスにシャツとい

あがな

う日本のファッションについて尋ねられて、自分で購ってきたわけでないからと困りつつも、わか

る範囲で着心地などについて答えていた。彼女達からすると、伸縮性のある生地は驚嘆以外の何物

でもないのだ。おかげで体の線がくっきり現れすぎて、困っているとはテュカの弁である。

伊丹は、富田と勝本相手に、状況の説明を受けて今後の対応について相談している。せっぱ詰ま

った状況ではないということも解って、無理に脱出する必要もないだろうという結論に達してい

た。

こんな有様だったので、ピニャの密命を受けたボlゼス嬢が思い詰めた表情で伊丹の部屋をノッ

クしたとしても誰も気付くことが出来なかった。

ボiゼス嬢が、緊張のあまりノックと言うより、戸を撫でる程度にしか叩かなかったというの

も、大きな理由となるだろう。

ボlゼスは、暗聞に等しい廊下にたたずんでいた。

319 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり1接触編ー318

返事のないドアの前で待つこと暫し。

人自在気にしているのか、右を見て左を見る。大きく息を吸って、緊張を解きほぐすようにしな

がら息を吐く。

る。

そしてドアの取っ手に手をかけるが、どうしても押し開くことが出来ないのであ

「イタミを寵絡せよ」と言う命令は、彼女にとって死んで来いと言われるような、ものだった。

家の利益や、政治的な目的から配偶者が決まるのは、貴族の家に生まれた者の運命として、とつ

くの昔に受け容れている。

政略的な目的を達するために内外の賓客を接待し、時に寵絡する手管も、貴族の娘としては当然

の曙みだ。

夢見がちな殿方には絶望的なことかも知れないが、帝国における貴族の娘に清楚な者など一人と

していない。どんなにあえかな外見をもっていようと、世事に疎く見えようとも、それは擬態であ

り、内面はしたたかであるように育てられている。それが、飢える者がいる一方で、何不自由のな

い生活を送ることを許された、高貴な者に求められる資質だからである。

だが、よりにもよって相手はイタミである。

出来ることなら、サロンで優雅な雰囲気をまとった貴公子然とした装いの青年将校を相手に対等

な立場で、酒脱で、智慧に富んだ言葉での戦いを'楽しみたかった。

最高の武器(宝石)と戦闘服(ドレス)と香水で武装した自分を見せびらかし、恋愛遊戯という

名の演習で磨き上げた技を実戦で試す。

甘美なる肢体で誘惑し、香粉の香りに酔わせ、これが欲しい?欲しいでしょう?与えてあげ

てもいいわよ。でも、欲しければ私に隷属なさい:・・と視線で語り、男の精神的な全面降伏との引

しとね

ぎ替えに、満酒な花壇を祷とするのだ。

ところが、どうた。イタミとの出会いは戦場ですらない。剣を交えるとともなく、感情のおもむ

なぶ

くまに糊って、罵倒して蹴倒して、踏みつけて:・。後で真相を知って博然としている有様。

最早戦いにすらならない。さらに今の我が身の無様さはどうだ。ありあわせの夜着。しどけなく

垂らした髪。額の傷を隠すための厚く塗り重ねた白粉。まるで安宿の淫売のようではないか。

精神的にも物理的にも最初から敗北している。どの面さげてイタミと相対しろと言うのか。この

ままこの部屋に入れば、ただの人身御供、峨悔し許しを請うための捧げものとして、我、か身は男に

むさぼられておしまいである。

男という生き物は、与えた後で「優しくしてね?」と願っても、決して適えてくれない生き物な

のだ。絶対に、与える前に「好意」という名の担保をとりつけなくてはいけない。だが何を引き替

えに?

イタミを誘惑し制圧する役割は、おそらくパナシュのものとなるだろう。自分はそのための前座

だ。自分、か供犠となることで罪を帳消しにして貰う。罪という汚れを拭き取るために使った雑巾は

それが例え絹であっても、用なしなのだ。

320 321 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー

くやしさの余り、涙が出てきそうになった。だが泣いてはいけない。泣いたら、隙が腫れてしま

う。そうなったら美貌が損なわれてしまう。世には、泣いている女が好きという男もいるが、そう

いう男の前でも流す涙は決して悔し涙であってはならない。魅せるための真珠涙は、こんな心境で

はけっして流れてはくれないのだから。

廊下は静かであった。厚い扉の向こうは寝室。寝室の扉というものは、中でちょっとやそっと声

をあげた程度で廊下に音声が漏れだしては来ないように作られている。

いよいよ意を決して戸を聞いてみる。期待したのは暗い部屋の奥に、イタミが寝台に横たわって

いることである。

ボ1ゼスは音もなく歩み寄って、寝台に忍び入る。イタミが違和感に目を醒ます前に、官能を以

てその口を塞がなくてはならない。

だが、扉を聞いてみると部屋の中は和気藷々とした雰囲気であった。

賛沢なまでにふんだんに蝋燭を灯し、メイドや異世界の兵士達、か、お茶など傾けている。

しかも、誰一人ボ1ゼスに気付かない。一

Lー

無視である。

「・・・・・・・・

•u8226 .•par •u8226 .•u8226 .•par •u8226 .•u8226 .

•u8226 .•par •u8226 .

•u8226 .

•par ・」

シカトである。

→「寸

くは

つつ

きj

り;

Lー圭去

Eコ.

つ・

て:

空気扱

:

し、

で :

ぁ;

つ・

たj

ようやく覚悟完了させたというのに、この扱いはどうだつ-

パレスティl侯爵家の次女ボlゼスを無視である。

いい度胸である。

自分という存在は、雑巾にすらならないと言うのか?

誰もそう語ったわけではないし、ヒステリーとか被害妄想に類する発想だが、ボiゼスのことろ

の中では自分の置かれた状況がそのように解釈されてしまった。女は、自分の存在が無視されると

とは絶対に許さない。

腹の底から沸騰してくる怒りに、彼女の両手はわなないた。

探音表現は漫画的で稚拙だが、この際あえて使わせて貰いたい。この時の、彼女の振るまいは以

下のようなものとなった。

つかつかつかっかつかつか、パシッ!!1

323 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー322

*

*

右目の周りの黒々としたアザと、左の頬に真っ赤な手形紅葉。さらに、つかみかかられたので猫

に引っ掻かれたような五本線の傷までほっペたにある。被害者の顔は、そのような状態であった。

「で、なんでこんなことに?」

夜半に、屋敷中の眠りを破った大騒動の果てに、ピニヤの前にそろったのは、伊丹ら自衛隊の

面々であり、ピニャの送り込んだボlゼス嬢、そしてメイドさん達である。

帝国皇女たるピニャ・コ・ラlダ殿下は、焼けた石ころでも飲み込んだような、腹部の熱痛を感

じながら、伊丹の顔面の損傷がどのような理由によるものかの説明か』求めた。聞くのがとても恐ろ

しかったが、立場上尋ねざるをえない。

「べつにあたいらが引っ掻いたわけではないニヤ」

「いや、わかってますよ。ペルシアさん」

倉田のフォローを受けて、ペルシア達メイドさんズは退場。

「右目まわりのアザは元々ついていたものよ。『今回の』騒動とは関係ないわし

ロゥリィ・マ1キュリーとレレイ、テユカは証言して、部屋の片隅へ下がる。

残されたのは、自衛官達に両脇から取り押さえられていた、ボlゼス嬢である。

仙似ぷを叫す服で、れ川や川林述は後とに.卜、かったの

ボlゼスは、術いたまま「わ、わたくしが、やりました」と蚊の鳴くような声で一言った。

この時のピニャのため息は、とても深々としていて、広間中の誰の耳にも聞こえたほどである。

こめかみがズキズキと痛くなって、ピニャは頭を抑えてしまった。

「この始末、どうつけよう・::」

「あのお、自分らは隊長そ連れて帰りますので。それについてはどうぞそちらで決めて下さい。そ

ろそろ明るくなって来ましたし:・:」

と答えたのは富田である。ピニャが何に悩み苦しんでいるか知らないから、安易なものである。

なにしろ彼にとっては、彼好みの美人がイタミをぶん殴った。それだけのことでしかないのだ。

だがその言い方は、ピニャには突き放すような最後通牒的響きそ持って「そっちで勝手に決めて

下さい」という意味で受け取られた。

レレイが、いつものように抑揚に欠けた口調で通訳したからさらに効果倍増である。

「それは困るつ!」

ピニヤは、このまま帰すわけには::・と、引き留める理由を探して、朝食を摂って行つてはどう

か、とか、接待を受けて欲しいとか、様々なことを言い引き留めにかかった。

倉田は、とても申し訳なさそうな態度そ示しながらも言い訳を続けた。

「実は、伊丹隊長は、国会から参考人招致がかかってまして、今日には帰らないとまずいんです」

325 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー324

この時、レレイの翻訳は、語藁の関係上次のようなものとなった。

「イタミ隊長は、元老院から報告を求められている。今日には戻らなければならない」

これを聞いたピニャの顔は、『ムンクの叫び』の如きものとなる。

帝国では、出世コ!スにのっている超エリートを、名誉あるキャリアと呼んでいる。将来の指導

者層となる人材と目されると、現段階での位階が低くても元老院での戦況報告や、皇帝に意見具申

をしたりする機会が与えられるのである。

そんなこともあって、元老院から報告を求められているイタミを、名誉あるキャリアに立つ重要

な人材であると勘違いしてしまったのだ。

そんな重要人物になんてことを:::、このまま行かせてはならない。なんとしても取り繕わなく

ては。

この時、ピニャ、決断の瞬間である。

拳を固めると立ち上がって決意表明した。

「では、妾も同道させて貰うH」

15

「国境の長いトンネルを越えると雪国だった」

アルヌスの丘と銀座を繋ぐ『門』。これを初めて越えようとした時、伊丹は川端康成の書いた雪

国の一節を思い起こした。

暗いトンネルから白銀の雪景色へと風景が一変する様相を見事に書き表したそれは、読者を作品

世界へと一気に引き込んだ名文中の名文だと思う。

実際、銀座の街中から、突如広がる自然の風景へと出て来るのは、それなりの感動があった。

ところが、今や「門』の特地側も銀座側も、地面はアスファルトで固められてしまった。しかも

その周囲は前後左右、天に至るまでを堅牢なコンクリート製ドlムで覆われていて『門』を行き来

する際に目に入る風景は無機質極まりないのである。

さらに、ド1ムそのものへの立ち入りも厳しく管理され、IC夕、グ付きの身分証・指紋・掌紋・

皮静脈・網膜パターンといった何重ものチェックそ経なければ近づくことすら適わない。

資材や物資を運び込む自衛隊のトラックさえ、厳重な検疫とチェックを経て始めて通過を許され

るのである。

327 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりー1接触編ー326

こうして、ようやくドlムの外へ出るとコンクリートも乾ききって無いような真新しい建築物が

何棟も建ち並んでいるし、さらにその建物群も六古形の防塁と壕によって周囲を堅く守られてい

る。

その外側つまりアルヌス丘の裾野は、野戦築城の教範そのままにお手本のような交通壕と各種

えんたいろくさいなら

掩体が掘られ、鉄条網や鹿砦が偏執狂的にまで列べられ、近づく者を拒むのである。

そして・・・丘の南側には森がある。

こちらにはレレイらコダ村からの避難民達が住まう難民キャンプがあるが、風景としてみれば森

というのは、日本も特地もあまり大差がなくて、植物学者あたりが見なければその差異を指摘する

ことは難しい。

丘の東側は滑走路と格納庫の建設作業が続く土木工事現場である。

その一角では既に空白地区も設けられて、数機のF4ファントムの組み立て作業が並行して行わ

れている。

こんな有様であるため世界を渡る『門』に期待される感動は、今ではすっかり失われていた。

強いて言えば大規模娯楽施設、例えばファンタジー世界を演じようとしているアメリカネズミ1

ランドの出入りゲlト並に成り下がったのかも知れない。

いや、娯楽性という意味に欠けているから、一般人にとっての駐屯地の営門と言い換えた方がよ

り適切であろう。すなわち、この雰囲気に住み慣れた自衛官達にとっては日常と大差のない連続し

た風景の続きであり、一般人からするとほんのちょっと雰囲気の違う世界がそこにある。

『門』の手前と向こう。『門』を挟んだこの両者の風景は、今やその程度の落差でしかなくなって

、, zu した

従って、ピニャ・コ・ラlダと、ボ1ゼス・コ・パレスティーにとってはアルヌスの丘乙そが異

世界の始まりであった。

今回の協定違反について、健軍あるいは、彼よりも上位の指揮官に、きちんと謝罪をしておきた

いというピニャの申し出を、伊丹はしぶしぶながら受け容れると彼女の同行を許可した。

ただし、伊丹も時聞がないため、騎馬の護衛だの側仕えの従者とかをゾロゾロ連れて行くわけに

はいかない。だから、「高機動車に同乗できるピニヤと、あと一人の合わせて二人まで」が、伊丹

のつけた条件であった。ホンネで言えば、それでは同行できないと断って来ることを期待したので

あるが・・・・・・。

ところが、すっかり性根を据わらせていたピニャは、イタリカの治安についてはボIゼスとパナ

シュに、またフォルマル伯爵領の維持管理と代官選任をハミルトンに押しつけると、「単身で行

く」と宣言して、同行の支度を始めてしまった。

さすがに、殿下一人でいかせるわけにはいきませんつと、ボ1ゼスやパナシュが取りすがって同

行を志願。ピニャはボlゼスを指名し、ぱぱっと荷物を整えると、無理矢理という感じで高機動車

に乗り込んだのである。

329 ゲート自衛隊彼の地にて、斯くlji~えりl接触編ー328

そして、高機動車のあまりの速度に目を回しつつ、アルヌスへと到着した。

アルヌスの風景は、彼女の知るものとは一変していた。

ただの土が盛り上がっただけの丘だったはずが、今や城塞がそびえている。

しかも、何をするつもりなのかその麓の土を掘り返して、平らに整地している様子が遠景からも

はっきりと見えたのだった。

ピニヤ達を出迎えるかのように上空を訓練飛行中のヘリコプターが三機編隊でNOE(旬旬飛

行)して急旋回する。エンジンの力ずくで空中に制止し、大地を嵐にも似たロlタ1風で掃き清め

ていく。

そんな中を、第三偵察隊の車列は砂利で整備された道路へとはいった。

opL(前哨監視線)を越えると、いよいよ自衛隊の支配地域である。

ここからFEBA(戦闘陣地の前縁)までの広大な地域は、無人のうえに荒野が広がっているだ

けなので現在は演習・訓練場として使われている。ちなみに、翼竜の死骸もこのあたりに転がって

いるため、コダ村避難民の子ども達もこのあたりに出没して仕事場としている。

まず見えてきたのは、隊伍を組んだ自衛官達が、旗手を先頭にハイポlト走そしている姿だっ

た。前方からすれ違うように走ってくる。

「いちっ、いちっ、いちにつ!」

「そlれつ!」

ー、J 、'J J 、'uw,t ・'vdi

「そlれつ」

'HJd」1 1』[ 』171

「連続呼唱lっ、しょ1っ、しょlっ、しょlっ、数えっ!」

.てな感じで、隊員達の練武の声が聞とえ、小さくなっていった。

その隊伍が後方へと消え去っていくのを見送ると、今度は路傍に骨組みしかない建物が見えて来

た。

帝都へ進撃すれば市街戦の可能性もあるため、この場所ではカトl先生監修のもと、この世界に

おける一般的な民家の構造を真似た街並みを再現しようと試みられているのである。

そして民家を模した小屋やスケルトンハウスで、ゲリラ・コマンドウ対処の訓練をしているの

だ。

最初、ピニャには自衛官達が何をしているのか理解できなかった。

この世界における戦闘とは、騎士や兵士達が武器を構えて「わあああ」と噸声をあげながら靴蹴

することだったからだ。

ひが

彼我が接触すれば、あとは個人の武技の出番である。目前に現れた敵を、剣や槍、楯を駆使して

倒していくだけ。野蛮な辺境部族との違いは、そんな戦いであっても戦意に任せてやたらめったら

戦うのではなく、隊列を維持し百人隊長の指揮の下システマチックに前列と後列が交代しながら

進むことにある。敵は疲れた者から倒れる。こちらは、常に新鮮な体力と戦意を有する者、か前に出

331 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編330

て、疲れた者は後ろに下がって休むという仕組みをもっているのだ。

あとは、野つ原だろうと市街地だろうと本質的にかわらない。現場指揮官のすべきととは兵士の

けしか

戦意を上手に統御して敵に嚇けることにあり、兵の為すべき訓練と言えば武技を磨くととなのだ。

ところが、ここでは違う。楯を装備しているわけでもないのに、あたかも亀甲隊形のように身を

寄せ合っている。時に散らばって走り、立ち止まり、身をかがめ、指先でなにか合図しながら、静

と動のメリハリのある機敏なふるまいで、動いていく。

さらには、四方八方に『杖先』を向けている。あたかもハリネズミのごとく。

いったい、何そしているのだろう?:・と首を傾げざるを得ない。

「彼らの持っている杖は、イタミらの持つものと同じ物のようだが、ジエイタイとは全ての兵が魔

導師ということなのか。もしそうならば、それが彼らの強さの秘密ということか」

寸魔導師は稀少な存在ですわ。魔導とは特殊能力だからです。ですが、これを大量に養成する方法

がジエイタイにはあるのかもしれませんわ」

ボlゼスは、ピニヤの感想をうけてそう解釈して見せた。

あの杖が火を噴き、敵を倒す様子が想像できた。そしてこれが、どこに隠れているか分からない

敵を警戒し、探し出し、破滅するという目的で為されている訓練であることが理解できる。

物陰で待ち伏せて襲いかかろうとしても、二階の窓から矢を射かけようとしても、前後左右から

挟み撃ちしようとしても'・・帝国の騎士も、兵士も、その槍先が剣が届くよりも先にあの火を噴く

杖によってばたばたと倒されていくだろうり

「ちがう。あれは、『ジュウ』あるいは『シヨウジュウ』と呼ばれる武器。魔導ではない」

ボlゼスの解釈を、傍らにいたレレイが否定した。

「あれとそが、ジエイタイが使う武器の根幹。彼らは、ジュウによる戦いを上手く進める方法を工

夫して現在の姿に至っている」

「武器だと?あれが、剣や弓と同じく武器と言うのか?」

「そう。原理は至って簡単。鉛の塊宇佐鮮裂の魔法を封じた筒ではじき飛ばしている」

この地に転がる翼竜の死骸をあさっていれば、嫌でも穴の空いた鱗や鉛の塊、破片を目にするこ

とになる。レレイの知性は教えて貰わずとも、見て、聞いて、考えた末に鉄砲の原理を導き出して

いた。

ピニャは目が肱むような思いだった。魔導ではなく、武器と言うことか?

を作ることが可能なら、兵士全てに装備させることも可能ではないか?

「そう。そして彼らはそれをなした」

もし、そんなことになったら戦争の仕方ががらっと変わってしまう。これまでのような剣や槍を

そなえた兵を多数そろえて敵に向かっていくような戦い方はまったくの無意味になってしまう。

「そう。故に、帝国軍は敗退した。連合諸王国軍は敗退した」

突如、九六式装輪装甲車、か薦進してきで停車した。後方のランプドアが開くと、なかから隊員が

もしそのようなもの

333 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編332

吐き出される。

飛び出してきた隊員達は、見事なまでの疾さで瞬く聞に横一線に展開すると、仮想敵に銃を向け

た。

この瞬間に、ばたばたとうち倒される騎兵や歩兵の姿、か想像できて、ピニャは眉を寄せた。

「遅いH もっと早く、速く、疾くだ。もう一度つH・」

指揮者の罵声をヲつけて自衛官達が、ふたたび元の位置へと戻っていく。その姿を見ながらピニヤ

は「根本的に戦い方、か違う・・・Lと思い知らされたのである。それは、イタリカにおいて魂に刻み

込まれた得体の知れないものへの恐怖とは違う、理性的に敵を理解するが故の恐怖感とでも言うべ

きものであった。

高機動車の車内にいる伊丹、桑原、倉田:::彼らの抱える「ジュウ」は魔導ではなく武器。武器

ならばピニャでも、ボlゼスでも手にしただけで使えるはずだ。

この武器について知ること、可能なら入手すること、それだけがこの戦いを少なくとも一方的な

負け戦としないために必要なことだと思うピニヤ達である。奪うか、あるいは職人の尻を蹴飛ばし

てでも同じ物を作らせる必要がある。

そんなピニャ達の決意を表情から読みとったのか、レレイは告げた。

「それは無意味」

レレイは、反対側の車窓を指さした。

以刈側の荒れ地では、対れ狂う巨象にも比円するほどの巨大な鉄の塊:・七四式戦車、か耐音を滋

げて走っていくのが見えた。

「『シヨウジュウ』の『ショウ」とは小さいを意味する言葉。ならは対義の『大きい』に相当する

ものがある」

七四式戦車の鼻先から突き出ている一O五mライフル砲が目に入った。

「あ、あれが火を噴くと言うのですか?L

ボ1ゼスが岬くように言ったが、ピニャには思い当たるところがある。コダ村の避難民達が、鉄

の逸物と呼ぶ強力な武器があったはず。

「まだ、直接見たことはない。だけど想定の範囲」

同じような物を作れる職人は帝国にはいない。帝国どころか大陸中探してもどこにも居ないだろ

う。妖精界の地下城にいるというドワlフの匠精に尋ねたところで同じに違いない。これは、まさ

しく異世界の怪物である。炎龍を撃退したという話も今となれば信じられる。

鉄の天馬。鉄の象。あんなものを大量に作り上げるジエイタイとはいったい何者なのか?

何故、こんな相手が攻めてきたのか?

ピニヤの愚問とも言える喧きに、レレイは噺くように応じた。

グリフォン

「帝国は、鷲獅子の尾を踏んだ」

「あ、あなたたち、他人事のように言いますわね。帝国が危機に瀕しているというのに、その物言

335 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー334

いはなんなのですかり」

ボ!ゼスの怒りを、レレイは肩をすくめてやり過ごすと言った。

「私はルルドの一族。帝国とは関係がない」

ルルドとは定住地を持たない漂泊流浪の民である。現在でこそ定住を強いられているが、もとも

との彼らには国という概念はなかったと雪ヨノ。

聞き耳をたてるつもりがなくとも聞こえるところにいたテュカも、手を挙げた。

「はい、あたしはエルフです」

F 寸

.

.

」一

ロウリィは、あえて言うまでもないと薄く笑うだけ。

帝国とは、諸国の王を服属させ、数多の民族企ぞ統べる存在。

皇帝は、武威を以て畏れられることをよしとし、愛されることや親しまれることを民に期待しな

かった。

力ずくの征服、抑圧、暴力による支配。その結果、がこれである。いかに帝国が支配していると言

っても、地方の諸部族や亜人達が心から服しているわけではないのだ。

今更ながら、国のあり方というものを思い知らされるピニヤであった。

ピニヤは、アルヌスの丘頂上近くに建設された特地方面派遣部隊本部の看板、か掲げられた建物に

案内されたω

とこで、伊丹達と別れる。

ピニャとボ1ゼスの二人は制服で身を固めた女性自衛官に誘われ、階段を上り建物の奥へと迎え

られた。

そして応接室で、待つこと暫し。

応接間は殺風景と言いたくなるほどに小ざっぱりとして、飾り気に欠けていたが、長椅子の座り

心地は最高。置かれているテーブルもよく見ればしっかりとした造りをしていて、その天板は波静

まった水面のように平らに輝いている。さぞ、名高い名工の手による者だろうと思われた。

そんな室内のもの珍しさに慣れて退屈しようとし始める頃、戸がノックされた。

ピニャとボlゼスの二人は、跳ね起きるようにして立ち上がった。

見ると初老の域に達しようとしている男が入って来る。

黒に白を混ぜたがために灰色に見える髪をもっ。その髪を精惇なまでに短く刈り上げているが、

健軍と違って穏和な笑顔が、芯にある堅苦しさを包み込んで印象的だった。

ピニャの感性からすると着ている緑の制服の飾り気はとても少ない。

胸に彩りの略輩、か列んでいるだけ。これが一軍の指揮者のものとはとても思えなかった。軍の高

位に立つ者なら、胸と言わず肩と言わず、休中を絢欄煙びやかな徽章、宝飾そして、金の刺繍で彩

っている。それにくらべて、この貧相さは一兵卒のそれにも劣るように思えるのだ。

337 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー336

だが、ここに来るまでにこの軍が、虚飾を廃し実を重視していることが理解できたために、そう

戸惑うこともなかった。

おそらくこの男がこの軍の最高位かあるいはそれに準ずる地位に立つ者だろうと理解した。

後から入ってきた健軍が傍らに立ち、彼に耳打ちするかのように何かを噴いているし、聞達とし

た振る舞いに、貫禄めいたものも感じられるからだ。

健軍に続いて、陰湿そうな笑みの男や、女の兵士達(女性自衛官)も入ってくる。皆外で見かけ

たそれと違う、緑色の制服をまとっていた。おそらく戦闘用のまだら緑と、典礼儀式の際に着るも

のとを分けているのだろうとピニャは推察した。

最後に、レレイが招かれたように入ってきて、初老の男の隣に立った。

初老の男が、笑顔でレレイを労うかのように何かを告げた。

レレイは首を振って、それからピニャの方へと向き直ると、初老の男について「こちらはジエイ

タイの将軍、ハザマ閣下」と紹介した。そうしておいて、ハザマに向けて、ピニヤのことを紹介し

ている。言葉そのものは理解できないが、固有名詞はそのままなので自分の名前が紹介されたこと

は解るのである。

「こちらは:::帝国皇女ピニャ・コ・ラlダ:::ニホン語での尊称がわからない」

「『殿下』がよいと思うよ。こちらの言葉で、皇族につける尊称はどのようなものがあるのか

ね?」

「川刈ぷの仙い分けがあり、瓦れに刈しては刈『吋mESEが適切」

レレイに言葉をならった狭間は、ピニャに対して腰掛けるよう勧めた。

殿下「どうぞおかけ下さい、フランセィア。そして、ボlゼスさん」

その後、狭間達もそれぞれに腰掛けると、レレイの通訳を聞に挟んだ会話、か始まった。

「協定を結んで早々に、しかも殿下自らお越しに成られたのは、どういったご理由からでしょう

か?」

「我が方にいささか不手際がありましたので、そのお詫びに参った次第です。それと、若干お願い

したいことがございまして」

「報告は伺っています。現場で何か行き違いがあったとか?」

「はい。汗顔の至りです」

「そうですか?ま、帝国政府との仲介の労をとって頂ける殿下のお心を患わせるのも、自分とし

ては本意ではありませんからな・・・・・・必要なら協定そのものの扱いも考え直す必要もありましょう」

日本人は交渉相手の些細なミスには、寛容さで応じてしまうところがある。故に外交下手と言わ

れるのであるが、協定の存在がイタリカとフォルマル伯爵領を守っていると解釈しているピニャに

とって、協定の否定は自衛隊によって侵攻されることを意味していた。従って、狭間のこの言葉は

「協定が守れないなら、侵攻するよ」と聞こえた。「仲介の労をとってくれる殿下の云々」の下り

は、その意味で解せば強烈な嫌みでしかない。

339 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編338

「いや、それは」

すると、傍らに座っていた陰湿そうな男、か、口元をニンマリとゆがめると、口を聞いた。

「イタミから聞きましたよ。なんでもこちらのご婦人に手ひどくあしらわれたそうですね」

これがレレイに通訳された途端、ピニャとボ1ゼスの背筋は冷たい汗が吹き出し始めた。

結局、伊丹の口を封じることはできなかったのだ。二人っきりで話したいと何度か誘ったのに、

あの朴念仁は全く受け容れてくれなかったのである。まあ、伊丹としては自分を理不尽にもぶん殴

った女性やその親分に、二人きりで話したいと艶っぽく微笑まれでも「おまえ、ちょっと顔カセ

や」と凄まれているようにしか思えなかっただけなのだが。

「あのアザとひっかき傷。見た途端、笑っちゃいましたよ。イタミは公傷扱いにしてくれって言っ

てましたが、どう見ても痴話喧嘩の痕にしか見えませんよね。あの男、か、そちらのご婦人に何か失

礼なことを言ったんじゃないですか?」

ニヤニヤ笑いながらア::イタミが暴力を誘発するような言動をしたかっ」と手厳しいことを言

うこの男に、ピニャは蛇みたいで嫌な奴という印象を強く抱いた。

こちらの隙や落ち度を見逃さないばかりか、「何で彼に暴行をしたのかっ」「暴行されなければ

いけない理由とは何だ?」と、しつこく、挟るように追及してくる。

彼は、何もしてないのだ。何もしてないのに暴行を受けたのだ。この男の言葉は、その理不尽

さ、凶悪さを際だたせ、ピニャらの罪を弾劾する言葉として聞こえた。

ピニヤが答えに窮していると、レレイが何かを『陰湿そうな笑みの男』に告げた。すると男は、

陰湿そうな笑みを、皮肉そうな笑みに切り替えて、名を告げた。

「これは失敬。自己紹介が遅れました。自分は柳田と申します。どうぞ、お見知りおき下さい」

ピニャには、「私の名前は、ヤナギダと一二一口う。よく憶えておけよ」という意味に聞こえたのであ

った。

「さjて、飯を食って寝るぞお」

残った弾薬を弾薬交付所に返納して、銃を整備して武器庫に収め(栗林の小銃は、この度廃銃と

なった。剣を受け停めた時の損傷が銃身そのものまで及んでいることが確認されたからだ)、車両

の泥を落として:・・などとやっていたら食事をする時間もなく、既に陽は落ちて夜になっていた。

さらに報告書とかも書いて、提出して、明日の参考人招致と、それが終わったあとの行動につい

ての指示を受けたりして・・・・・・さすがに疲れた伊丹である。

とりあえず、どっかりとデスク前に座って引き出しに図嚢から取り出した書類などを片っ端から

放り込んでいると、机の中に入れて置いた携帯がチカチカと点滅して、メールが届いていることを

知らせていた。

誰だ? と思って聞いてみたら、梨紗と、太郎閣下であった。

341 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー340

この両者は、いずれも伊丹のオタク仲間である。太郎の場合は、彼自身が名乗った名前に周囲が

とある理由で勝手に「閣下」をつけて呼ぶようになり、それが用いられるようになったのである。

梨紗は、近況報告に類することと、単万直入に「金を貸してり」と書いていた。二通目や三通自

になると、「至急援軍を請う」とか「我、メシなし、ガスなし、水道代なし」と悲痛な叫びへ変わ

っていた。わずか一日1二日でこの内容に至るとは、どうなっているのかと思うところである。

この女は公務員としての安定収入をもっ伊丹を、カードロiン代わりに使うことが度々あった。

どうせどこかのドルパで異様に高価なアイテムを衝動買いして、生活費に影響しはじめたのだろ

う。どちらにしても放っておく訳にもいかないので、助けてやらねばならない。

太郎からのメlルには、伊丹が近日戻ることを知ってか一度顔を出すようにと書いであった。

季節がずれているので忘れてしまうが、『門』の向こうはもう冬である。年末も近いし、そろそ

ろ休暇を申請しておこうと思う。夏の同人誌即売会中止から半年、冬の同人誌即売会はその分盛況

になることが期待された。太郎閣下からの呼び出しも、気軽に人の多いところに出られない彼にか

わってゲットするアイテムについての依頼だろう。

参考人招致で本土に戻ったら、まずは「カタログ」を入手しなければならない。

そんなことを考えていると、窓の外から消灯ラッパが聞こえ出す。あちこちの隊舎から灯りが消

えていった。

もう、そんな時間であった。いくらなんでも糧食斑も食堂を閉じている。

仕ハがなく机の小に問.mしておいた判メシ(戦刷削食l出/とり飯/たく老ん出/ます野菜煮)を

デスクの上に置いて、缶切りをあてた。

すると、廊下のほうから戸を叩く音が聞こえた。

思わず幽霊でも出たかと思って振り返ると、暗い廊下にレレイがたたずんでいた。

「こんな時聞に、どうした?」

レレイは各種資料の翻訳のためということで、特例措置として臨時雇いの『技官』の身分が与え

られている(もちろん働いた分の給料も出る。ただし日本円)0 そのためにかなり自由に歩き回る

すいか

ことが出来るのである。巡察や不寝番に誰何された時のために、首から身分証を入れたパスケIス

も提げている。

「イタミ。キャンプまで送って:::疲れたL

そう言って、杖を投げ出すと女の子座りでしゃがみ込んでしまった。

レレイは感情などを顔に出さない上にかなり我慢強い。それだけに「疲れた」などと弱音を吐き

出す時は、真剣に疲れ切っていると見るべきだった。ピニヤと狭間とのあいだで通訳として働き、

相当に神経をすり減らしたのだろう。

「メシは喰ったのか?」

最早言葉を発するのも辛いのか、ウンウンと二回ほど領く。彼女の伊丹を見る目は、捨てられた

子犬のようでもあった。

343 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー342

「あl、もう車を出すのもなんだし、ここで寝ていったらどうだつ・

ぜ」

彼女の住むキャンプまで地上図は二キロだが、道のりだと結構ある。

しかも、夜間は営外に出るには武装しなければならない規則だ。単独でなどもつての他なのだ。

従って今から難民キャンプに下りていくなら偵察隊の誰かを叩き起こさないといけない。武器を出

すのに書類を出して、それから草を出して・:面倒くさいことこのうえない。だったら、空き部屋

のベッドにレレイの寝床をしつらえてやった方が楽なのである。

レレイはイタミに任せるとばかりに、ウンウンと二回ほど領くと崩れるようにして眠りの世界へ

と旅立ってしまった。

空いてる部屋は結構あるんだ

さて、ベッドである。

隊員にはベッドにマットレス一つ、枕一つ、毛布五枚(飾り毛布一枚)、枕カパl一枚、シlツ

二枚、掛け布団一枚が与えられる(今は新ベッドが導入されつつありこの限りではない)0

陸上自衛隊ではこれらを用いて、厳密に定められた形にベッドを作ることとなっている。

まず、毛布を三枚敷く。大抵の毛布は横幅がベッド幅二つほどなので、たたんで重ねることにな

る(この時のたたみ方が、寝心地と形の基礎になる)。

この上に二枚のフラットシlツをかける。その際、角に三角形の折り込みがきちんと出来ている

ことが大切だ。

だ。

一枚が敷き布団側、一枚が掛け布団側で、眠る時はその聞に潜り込む形になるわけ

そして、これらの上から毛布を身体側と枕側の双方に被せるように包み込むのだが、やはり角の

折り込みはきちんと三角形が描けでなければならない。あたかもプレゼントの包装紙のごとくであ

る。織もたるみもなく、角はぴしっと折れている。この状態を延べ床と二一一口う。

どちらかと言うと温暖なこの世界では掛け布団は使わないので省かれていた。

こうしてベッドを作ると、伊丹は床に転がして置いたレレイを抱え上げて、ベッドへと放り込ん

だ。

レレイの真っ白な髪。真っ白な肌は陶器のようで思わず髪の乱れを整えてあげてしまった。

その方面の趣味は伊丹にはなかったはずだが、彼女をベッドに載せて毛布とシlツで包みあげて

いると、人形遊びの類に喜びを見いだす人々の気持ちが、共感できそうになってしまう今日この頃

である。

思わず、ブルブルと首を振って「違う!Lと怯いて。そう、俺の歳になれば、このぐらいの娘が

いても可笑しくないし、と、心理学的防衛規制のひとつである合理化をはかった。まあ、高校卒業

した年の十月に子どもを出産した同級生女子、かいたから、ありえないとも号一守えない。

レレイは十五歳だと言うが、日本で十五歳と言えばもう少し体つきに凹凸があってもよい年頃

だ。だが、レレイはその年齢に比すれば、幼い上に小さく細くて軽いのである。年齢に比べて外見

345 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編344

が圧倒的に若い実例が、他に二人もいるが。

ふと、気づくとレレイを見守る形で藤臨としていた。

どうやら睡魔に捕らわれたようである。

いけない。こんなところ人に見られたら絶対に誤解されてしまう。すぐに部屋に戻って寝なけれ

ば、と思った。

ただでさえ、倉田あたりから「二尉は、ツルペタ系が好みでしょ」と榔撤されてるのである。

確かに『いかにも女』というタイプは苦手だ。しかし、ツルペタ系が好みというのも誤解なので

ある。はっきり言って胸はあった方がよいし、腰はくびれているほうが良いと心の底から思ってい

る。

その意味では、レレイには食指が動かないのである。とは言え、レレイが眠っている傍らに不必

要に滞在していたら、あとでどんな噂を立てられるかが心配である。直ちに立ち去らなくてはなら

なかった。

だが、その頃には身体がじっとりと重くなっていた。

考えてみれば徹夜で戦闘、帰還途中で捕虜になって、小突かれて走らされて、そのまま夜もゆっ

くり休めないという不眠不休が続いていた。蓄積した疲労から来る睡魔も、相当に強烈である。

こうして、伊丹の意識は途切れる。

結局の所、その意に反してレレイのお腹を枕にして眠ることとなってしまうのだった。

*

*

翌日。午前十一時、中央ド!ム前。

この日は朝から晴天で陽射しが強かった。そんな中、伊丹は虚ろな表情をしてぼやっと突っ立っ

ていた。

服装は日本側の気候に合わせて九一式の冬服を着ている。温暖なこちら側ではこれが暑くてしょ

うがないのだ。だから上着は袖を通さずに抱えている。ワイシャツの袖までもまくっていた。

その姿がなんともだらしなく見えて、通りかかった階級の高い人達は大抵眉をしかめる。だが、

彼の抱えているのが冬服であることに気付くと、一転して気の毒そうに笑って通り過ぎていった。

こちらにいる限りは夏服で済むのだが、冬の日本へ行くとなれば冬服を着るしかない。季節のず

れがもたらす小さな喜劇と言えるだろう。

さらに伊丹を苦しめるのが待ち人がいつまで経っても来ないことである。

「遅い・・・・・・」

時間という概念にいささかルーズなのが、この世界の人の特徴かも知れない。時計というものが

普及していないから、時間に合わせて行動するという習慣がないのである。

待つこと暫し。額に流れる汗を二回ほどふき取って、ようやく待ち人達が現れた。

347 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー346

「栗林ぃ1、富田ぁ1遅いぞお」

「済みません二尉。支度に手間取っちゃって」

制服姿の伊丹に対して、現れた栗林や富田『達』は私服であった。

「この暑さなのに、なんで厚着が必要なのよ:::」

と、ぼやいてるテュカとか、「:::-ji--:」と何も言わずに、意味深げにじっと伊丹を見るレ

レイとか、いつもの黒ゴスのロゥリィとかもいる。

ロゥリィはいつも持っている巨大ハルパlトを帆布で包装しているが、それが気に入らないの

か、なにやらブツブツ言っていた。

「しょうがないでしょ。そんなものむき出しで持ち歩いてたら、銃砲万剣類所持等取締法違反と

か、凶器準備集合罪とか、各種の法令条例で捕まっちゃうのよ。ただでさえ、最近は冗談じゃ済ま

ないんだから。ホントなら置いて行かせたいくらいよ」

'し'hv『レ

「神意の徴を手放せるわけないでしょう?」

「だったら、我慢してよね」

ロゥリィには、『門』の向こうに行かないという選択肢はないようである。

実際の所、参考人招致で呼ばれているのは、炎龍との交戦時において、現場の指揮官であった伊

丹と避難民数名である。

そとで「避難民数名を、どうするか」なのだが、こうなると言葉の通じるレレイははずせない。

最近便利使いされて彼女に負担がかかっているが、現状では我慢して貰うしかない。今回の参考人

招致では、終わったあと慰労も兼ねて彼女をゆっくりさせるようにと狭間陸将直々の指示が出てい

る。

テユカを選んだのは、こちらに住むのはヒトという種だけではないという良い例になるからであ

る。見た目で判る程度の違いをもっ彼女の存在は、映像メディアにおいては強力な説得力を持つだ

ろう。

ロゥリィの場合は見た目はヒトと同じ。しかも外見は子どもだし、着ている神宮服と合わせたら

どこのコスプレ少女を連れてきた?と言われかねない。

亜神たる証拠の奇跡を示せなどとは畏れ多くて言えないし(その手のことを口にして滅前ほされた

者の数は神話を紐解いてみると少なくないことがよくわかる)、その強さを国会で証明されても困

る。だから、あんまりメリットがないのである。

それでも行くことになったのは、彼女の「そんな面白いことにわたしいを仲間はずれにするつも

りい?」の一言であった。

栗林と倉田は、彼女らのエスコlトである。

「おlし、そろったな。そろそろ、行くぞお」

伊丹、かそう言いかけた時、公用車が伊丹の前に滑り込んできた。

助手席から、柳田が手を挙げながら降りてきた。

349 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編348

「悪い悪い、手続に手間取っちまった」

思わず何の?と尋ねたくなるほどの気安さであるが、柳田はそう言うと後部座席のドアを聞い

て客人在降ろした。

「ピニャ・コ・ラlダ殿下と、ボiゼス・コ・パレスティl侯爵公女閣下のお二方、か、お忍びで同

行されることになった。よろしくしてくれし

ピニヤとボIゼスの二人は降り立つと、伊丹等の前に進み出た。

「おい、柳田。聞いてない」

「あ? 一言つてなかったか?まあ、いいだろっ市ヶ谷園(防衛省共済組合直営のホテル)の方

には、宿泊客追加の連絡はしといた。それと伊豆の方にも連絡済みだ。二泊三日の臨時休暇だ。し

っかり楽しんでこい」

「あのな。このお姫様達に俺がどんな自にあったと思ってる」

「ああ、誤解だろ?笑って水に流せよ」

「笑えねえってL

「いちいち気にするな。なにしろピニャ・コ・ラ1ダ殿下には、帝国との交渉を仲介をしてもらわ

ないとならんからな。その為には我が国のことも少しは学んでおきたいという、ご要望も当然と言

えば当然だ」

「それが、なんで俺たちと一緒なんだよ」

lJ-つがねdnんγ川HT内(J一つ'kh‘川川川市吊そうふ人材が仏、た門つてないんだかtl

そとまで言って柳町は伊丹に近づくと、声をひそめる。そして一通の白封簡を伊丹のポケットへ

と押し込んだ。

「狭間陸将からだ。娘つ子達の慰労に使えとさ」

16

帝国皇女ピニャ・コ・ラ1ダは、その日の日記にこう書いている。

「世界の境たる『門』をくぐりぬけると、そこは摩天楼だった。かつてこの地を踏みしめた帝国の

将兵は何を思ったのだろうか。自らの運命を予測し得ただろうか?私は、今この巨大な建物の谷

間にあって、自らの短小さを味わっている。これほどの建造物群を作り上げる国家を相手に戦争を

している帝国の将来を憂えている」

いくらなんでも銀座程度で摩天楼はないだろう。と思うのは、日常的に新宿などの高層ビル群

や、テレビなどの映像でニューヨークのような高層ビルの大集団そ知るからだ。

巨大な建物といえば帝都の宮殿とか、元老院議事堂、あとは軍事用の城塞しか知らないピニャと

ボlゼスにとって、銀座の街並みでも十分に摩天楼なのである。

351 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー350

巨大な建造物は、そうでない建物の中でひときわ目立つ。

だから周囲を開院する存在感をもって風景の中心軸として鎮座している、というのがピニャの常

識である。だが、ここは違う。都市を構成する全ての建物が巨大であった。

一本の巨木の存在は、拠り所となって見る者の心を安らかにさせる。だが、巨木の大集団たる樹

海は人々の心を圧倒して飲み込んでしまうのだ。

この街並みも、ピニャとボ1ゼスの心を打ちのめした。

もちろん、二人だけではない。レレイやテュカ、そしてロゥリィすら、目を丸くして呆然と立ち

つくしていた。冬の銀座の真っ直中で、寒さも忘れてずうっとたたずんでいた。

「ま、おとなしくて丁度良いか」

そんな五人老後日に、警衛所で営外へと出る手続きを終えた伊丹に声をかける者、かいた。

見た目には、『いかにも』という黒服の集団である。その代表者らしき人物は、一見する限りで

はどとにでもいそうな中年っぽいオヤジ風の男だった。

「伊丹二尉ですね」

「はい。そうですが」

己まかど

「情報本部から参りました、駒門です。今回のご案内役とエスコlトを仰せつかっています」

満面の笑みを浮かべているように見せつつも、眼が鋭く光って全く笑つてない。それはレンジャ

ー教育を終えたばかりの隊員が発する、迫力のある雰囲気に似ているが、自衛官の場合剥き身の蛮

川刈九似るもωrH

との男の場合は、隠されたカミソりっぽい雰囲気があった。それが、生粋の自衛官のものとは逃

うように感じられた。もしかしたら警察官・:・特に公安畑の出身者とか、情報関係の職種の人では

ないかと思った。自衛隊は、警察との人材交流(つまり自衛官が一定期間警察で警察官として働

く。警察官が自衛官として、自衛隊で一定期間働く)が盛んであることの成果かも知れない。

「おたく、ホントに自衛隊?」

「やっぱり、わかりますか?」

「空気が違う感じがするからね。もし生粋の自衛官でそんな雰囲気を身にまとえるような職場があ

ったら、今時情報漏洩とか起きないだろうし」

駒門は、口元をニヤリとゆがめた。

「あんた、やっぱり夕、ダ者じゃないねえ。流石は二重橋で名をはせたお人だわ。実は、あんたの経

歴を調べさせて貰ったんだよ」

「何にもなかったでしょ?」

「そうでもないな。結構楽しませてもらったよ。平凡な大学を平凡な成績で卒業。一般幹部候補生

過程を経てビリから二番目の成績で三尉に任官。その時のピリの学生だって、途中で怪我をしたか

らで、そいつがいなけりゃあんたがピリだった。ああ、ちがうか。(メモの頁を捲る)あんたが合

格するのに、そいつが不合格になるんじゃ理不尽だという意見が出たんだ。:::その後実部隊配

353 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー352

備。勤務成績は、可もなく不可もなく:::じゃなくて、不可にならない程度に可。業を煮やした上

官から、幹部レンジャーに放り込まれて、何度か脱落しかけながらも尻尾にぶら下がるようにして

修了::・あんたその時のバディから蛇蝿のごとく嫌われてるよ:::その後で何でか判らないけど、

習志野へ移動。万年三尉のはずが、例の事件のおかげで昇進した:・と」

黒革の手帳をめくりながら、駒門は伊丹の概略を読み上げた。

「隊内での評価は:::『オタク』、『ホントの意味での月給泥ぼI』、『反戦自衛官の方が主張し

たいことが解るだけマシ』:::くつくつくっ、こてんばんだねえ」

伊丹はカリカリと頭を掻いた。

「そんなあんたが、なんで『S』なんぞに?」

あちゃiと思いつつ伊丹は肩を掠めた。その質問をされると痛いのである。

「ちょっと前にね、こんな論文が発表されたそうです。働き蟻のうち一1二割は、怠け者ってね。

その二割を取り除くとどうなったと思います」

「つ・」

「それまで働き者だった蟻のうち二割が怠け者になったそうです」

「なるほど。つまり優秀で働き者な蟻が、優秀なままでいるためには、同じ集団の中で怠け者が存

在することが必要だという訳か」

「なんでお前はそうも怠け者なんだって叱られた時に、思わずそういう鹿理屈を口走りましてね。

それがどういう川か従なところ九伝わって、川御λんな人川ばカり仙掛川久ると

.•par 川が怠けμ引にな

うなら、最初から怠け者を混ぜておけば少なくとも優秀な人聞が堕落せずに済むだろう:::という

話になりまして。西普連結成時に自殺者、か頻発したということもあって、自殺予防とか心理学的な

理由からも、その提案、か真剣に取り上げられちまって」

「くつくっくてそれで、あんたが特殊作戦群へ行くことになったと?ま、あんたみたいなのが

のんびりやってれば、壁にぶち当たって伸び悩んでる奴だって、自分を追い込むほど焦ったりしな

いだろうからなあ」

駒門の言葉に、とても深いため息が出てくる伊丹である。

その時。

「ひいいいいいいいい」

てしま

恋人に、別れの言葉を突きつけられた少女のような、切なく悲しい悲鳴が傍らから聞こえた。

見ると、栗林であった。

顔面を蒼白にして、冗談でもネタでもなく、本気でこころがちぎれそうな表情そしていた。彼女

にして見れば、伊丹がレンジャ!というだけでも許せないのに、とともあろうに特殊作戦群。この

オタクが、怠け者が、憧れの特殊作戦群の一員と聞いてどう思うか。それは絶望であった。この世

の全てを呪い、敵とするほどの怒りと悲しみであったのだあ。

「いやあああああああああああっIll-」

355 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー354

脱兎のごとく走り去っていった。と言っても、

であるが。

『門』を中心にして周囲を取り囲むフェンスまで

富田が後を追いかけて、しゃがみ込み泣いている性犯罪の犠牲者を慰めるかのように、背中を優

しく叩いている。

それを見て駒門は腹を抱えて笑った。どうにか笑いを堪えようとしてるが、それでも抑えきれず

に笑っていた。それも時聞を経ることで何とか収まってきて正常な呼吸が出来るようになると、駒

門は伊丹の前で背筋を整え、ピシッと実に色気に満ちた敬礼をして次のように言い放った。

「あんたやっぱり夕、ダ者じゃないよ。優秀な働き蟻の中で、怠け者を演じてられるその神経が、凄

い。俺は冗談じゃなくあんたを尊敬する」

「嘘よ、誰か嘘だと言って・・・そうよ、きっと夢なんだわっ。これは夢L

顔を両手で覆って、現実逃避している栗林。そんな彼女の発するどょっとした重暗い空気を避け

るには、情報本部差し回しのマイクロバスという乗り物は大変重宝であった。

なんと言っても、車内が広い。

栗林を最後尾に座らせて、伊丹らは運転席側に詰めてしまえば、彼女の発する雰囲気に汚染され

ずに済む。ロゥリィや、ピニャ達も、栗林が嫌いではない。どちらかというと好感が持てるのだ

が、今の彼女からは距離を置きたがっている。

このムうん川林が川角小引の状出にめるたけM、ハーの川叫が党作したれ

「伊丹二尉、どこに行きましょう」

情報本部がつけてくれた黒服の運転士、か、伊丹に振り返った。

「まずは、服だな。仕立ててる暇もないし、適当に吊しのスlツを売ってる庖へ。あの娘の服装を

なんとかしないと」

国会に向かう前に、テュカの服装を整える必要があった。何しろ公式の場に出るのだ。それ相応

の格好というものがある。

彼女の着ているジーンズにセーターという服装は、日本製であるが故に国会の参考人招致という

場にはふさわしくない。

本来なら、こういった配慮は栗林が担当するはずだった。だが、今のところ彼女は機能停止中で

あったため、こういう事に最もセンスのない伊丹、か決定を下すこととなってしまったのである。黒

川あたり、かいたらきっと止めただろう。

運転の黒服が、無線であちこちに行き先を連絡して、マイクロバスが動き出す。

銀座の『門』周辺につくられた、自衛隊の管理区域、後に銀座駐屯地と呼ばれる場所を出ると、

いよいよ銀座の街中へと進み始めた。すると幼稚園児か小学校低学年の子どもがするように、女性

達は車窓にかぶりつきになってしまった。

それも仕方のない話である。何しろ、復興の始まっている銀座のデパート街は、クリスマス商戦

357 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり一l接触編ー356

のためか煙びやかなイルミネーションと飾り付けで客を集めようとしているし、ショ1ウインドウ

に飾られたマネキンが着飾るブランド物のコiト、アクセサリーなど等、女性にとっては目を惹く

ものばっかりなのだから。

銀座の街は、夏に酷い事件があったと思えないほどに、たくさんの自動車が行き交い、多くの買

い物客で賑わっていた。

もちろん、シャッターが降りて再開の目処の立たない庖舗もある。庖主が亡くなってしまったか

らだ。

運営そのものが立ち行かなくなってしまった会社もある。社員の殆どがいなくなってしまったか

らだ。

それでも、多くの人が銀座を復活させ、客を呼び戻そうとしている。これが、

のかも知れない。

「随分とたくさんの人間で賑わっているな。乙こが市場なのか?」

「あ、あのドレス」

日本人の逼しさな

ピニャとボlゼスの会話は微妙に噛み合っていなかった。

そんな中でマイクロバスは、紳士服などを取り扱っている量販店の前に停まった。

屈の女性スタッフに「こいつにちゃんとした服装一式、今すぐ着せてください。できれば一番安

いのをお願いします。あと領収書下さい」と言ってテユカを押しつける。特に「安い」を強調した

ため、山側は川数の多しリクル11スlツを山り倣う-ノけアへと-フコカを辿れてわったれ

「ロゥリィやレレイはどうする?」

ロゥリィは屈に列んでいる女性用スlツや紳士服を見て歩いたが、「いいわ」と断ってきた。

「見た感じ、趣味に合いそうなものないから。それにこれは神官としての正装よし

レレイは一言「不要」と答えてくるだけだった。彼女も興味はあっても、自分が着るとなれば趣

味ではないという態度である。

まあ、レレイのポンチョに似たロlブは民族衣装で押し通せるだろう。問題はロウリィの黒ゴス

だが、彼女が正装だと言う以上、無理に変えろとも言いがたい。これもゴスロリに非常によく似て

いる民族衣装です・・・・・・で押し通すしかない。

一方、ピニャとボlゼスの二人は、庖内の男物や女物を間わず物色して、スーツの生地や縫製に

ついて目を見張っていた。

今の彼女達の服装は、帝国の貴族社会ではセミフォーマルとして位置づけられる服装であった。

非常に高級な生地と仕立てのパンツルックで、例えば園遊会とかで馬に乗ったり遊んだりする際

に着るような活動的なデザインである。ある意味、昔の乗馬服に似ているとも言えた。

本当なら、これに腰に剣をつるすのが、騎士固としての略装である。だが、武装を持ち込むこと

は、柳田から堅く断られていたので今日の彼女たちの腰は軽い。

問題は生地が薄いため、冬着としてはいささか心許ないことだが、移動は暖房の効いたマイクロ

359 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー358

パスであるし、庄の中は温かいので困っていない。だから、庄の中を見て歩いているのは純然たる

興味であった。

「これほどの仕立てと生地。帝国で手に入れようとしたら、相当に高価なものになる」

これらの商品を無数に、所狭しと列べている屈の主は、さぞ大商人なのだろうなぁと感心してい

た。

「二尉:::次の予定は?」

運転手の言葉に、伊丹は「どっかで飯を食って、それから国会に行きましょう。参考人質疑は一二

時からだから、余裕を見て二時に入ればいいでしょう」と応じた。

「食事はどうしますか?」

伊丹は、苦笑して庖の名前を指定した。

「で、どうして牛井なんすか?」

富田が稔った。折角こっちに来たんだから、もうちょっと良いものを食べたいというのが人のこ

ころとして正直なところであろう。

だが伊丹は、銀座から国会議事堂に出るのに、ちょっとばかり新橋へと足を延ばして牛井屋に入

った。牛井セットの並チケットを八人分買って(半券が領収書となっている)、全員でカウンター

に席を取る。

「今日は、参考人招致までは出張扱いになってる。だから交通費と食糧費は公費でまかなわれるん

だが、残念なことに今回は一食五百円までしか出ない」

「ご、五百円?」

「で、ここらはちょっとした喫茶屈でもコーヒーの一杯で五百円以上とられる土地だよ。そんなと

ころで昼飯を食べようと思ったら、立ち食い蕎麦か、牛井以外ないでしょ。まさか立ち食いさせる

わけにもいかないし、牛井しかないと思うわけだ。:::ま、みんな幸せそうに喰ってるからよしと

しようよ」

レレイ達も、不満はないようで午井を掻き込んでいた。ちなみに彼女らは、箸の使い方を難民キ

ャンプで覚えている。戦闘糧食を食べ慣れているレレイ達にとって、牛井の味は意外としっくりと

来るようである。

「でも、良いんですか?お姫様達に牛井なんて喰わせて」

「こちらの庶民の生活というのを知って貰うのも勉強になるんじゃない?」

高貴な出自のお姫様達も、スプーンを出して貰い牛井の並盛りに卵をかけて食べていた。『井も

の』という初めてのジャンルにも物怖じしないのは、やはり騎士団のような軍営生活で雑な食事に

慣れているからだろう。それどころか、結構美味しいという評価を下していた。

食事を済ませると、一行は一路、国会議事堂へと向かう。

361 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー360

た伊

。丹

レレイ、ロゥリィそしてテュカの四人は議事堂の係員によって、控え室へと案内されてい

ことでピニャとボ1ゼスの二人は伊丹等と別れる。

栗林と富田の二人と共に、国会の正門前からマイクロバスで都内某所の高級ホテルへと向かうの

である。

彼女らは公式の使節ではないから、公的な施設に迎え入れるわけにはいかないのである。それど

ころか外務省も、総理官邸も、表向きは彼女たちが日本にいることは知らないことになっている。

防衛省も、文書的には彼女らを招致された参考人に不都合があった時の補欠要員として扱ってい

る。

現段階での彼女らが存在するという事実には、不都合なことが多いからだ。

交渉の窓口を得たとなれば、軍事行動よりも交渉を優先させるべきだという意見が出てくるだろ

予つ。

だが、外交交渉というものは、特にこういった武力紛争の後始末は、軍事力そのものを背景にし

なければうまく行かないのである。ところがそれを知らない、あるいは知っていても無視してしま

う頭のおめでたい連中も少なくないのだ。

日本政府は現在の段階で、自衛隊の活動に制限を加えられたくなかったし、外国からの雑音も避

けたかった。故に彼女らの存在を、公式には無視することとしたのである。

, 田川川パっても、やはりVlpでめる“ 仲介役を仰たことは川悦、た目川叩川との相桝・父沙九おいて、

にも適うととであるから、裏では他の名目で予算と人員が出て、このような対応がなされたとも言

える。

ホテルのスイlトル1ムに案内されると、二人をひと組の男女が待ちかまえていた。

「歓迎申し上げます、殿下、そして閣下」

しらゆり

本位内閣において首相補佐官に任命された白百合玲子議員と、外務省から出向している事務担当

秘書官の菅原浩治である。

ここで、栗林と富田の二人も自衛隊の制服そ纏ってあらわれる。レレイや伊丹には及ばないが、

二人が通訳役であった。

ピニヤもボiゼスも、緊迫の一時を過ごしていた。迂聞な言動が、国を損ないかねないからだ。

ピニャは、ここに講和をするために来た訳ではない。交渉の仲介を引き受けただけである。講和

をするよう固に勧めるのと、交渉を仲介するのは根本的に違う。現段階、すなわち圧倒的な軍事的

敗北の状況で、講和を勧めるとは降伏を勧めることに他ならないのだから。

故に、仲介役に徹するのである。とは言ってもするべきことは多く、かなり突っ込んだ話も出て

その度に額に汗した。

ピニャは、「外交とは言葉による戦争だ」と思うに至った。乙んなことならハミルトンにも来て

363 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー362

もらえばよかったと思う。

苦労しているのは栗林や富田も、である。

レレイほどの解釈力・推測力や語量もないし、伊丹ほどちゃらんぽらんではないので、どうして

も細かい表現に気をつかつて時聞がかかってしまうのである。だが、それでも単語帳をめくりなが

ら、時に両者の協力を得て意思の疎通をはかりつつ、会談の通訳を行っていた。

帝国政府首脳、特にキ1パlソンとなりうる人材は誰か?その人の帝国政権内の地位や立場は

どのようなものか?

その人材に、まず「日本という固と交渉をしてはどうか?」と持ちかけるのはピニャである。ピ

ニゃにそういった者とのパイプがなければ、仲介役そのものを果たすことができない。その意味

で、これが確認されるのは当然と言えた。

第一次交渉団の人数はどのくらいが適切か。

交渉といっても、たった一人で乗り込んで、講和条件について話し合うわけではない。時聞をか

けて、それこそ様々な形で面談を積み重ね、互いの腹を読み、妥協できる条件を探り合って落とし

所をみつけるという果てしない作業の積み重ねなのである。交渉のための要員が複数人になるのは

当然のととである。

滞在中の宿泊場所の手配、費用の支払い方法等々・::。

当然の事ながら、外交交渉というのは一日や二日ではまとまらない。

数ヶ月、下手をすると年の単位が必要となることだってあり得る。「会議は踊る、されど決まら

ず」という言葉があるが、利害の調整というのはかくも手間取るものなのだ。ちなみに上述の言葉

は、ウィーン会議のことを言い表した・ものであるが、との会議において妥協が成立したのはナポレ

オンがエルパ島を脱出したという報が届いたからである。要するに、危機的事態になるまでウィー

ン会議は何も決めることが出来なかったのである。この例から見ても、今回の交渉には時間が必要

となる。従って、交渉中の宿泊場所から宴会の費用まで、現実的な問題を解決しておかなくてはな

らない。

さらには、交渉を仲介するために、贈賄をどうするかという話も出てきた。贈賄と聞いて眉を寄

せているようではまだまだ尻が青い。こういった交渉においては必要経費と思わなければならな

'U

あからさまに、どのような立場の者に幾らくらい必要かという話すら出た。だが、これについて

は金銭についての価値観が一致してないことが解ったので、必要性の確認というところで話は止め

られている。

要人の相互訪問の必要性も確認された。それと、ピニャからは何人かの人材にニホン語を習得さ

せたいという希望が出て、官原秘書官から検討するとの解答を得た。対等に外交交渉をするのであ

れば当然のととである。

そして、最後にあがったのが捕虜の取り扱いであった。

365 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編364

日本には、侵攻した帝国軍将兵の生存者、約六千名が犯罪者として逮捕されていた。人数もそう

だが、取り扱いの大変さもあって、監置場所に困った政府は急逮瀬戸内の無人島を整備して、そこ

に集めていた。

この連中の食費が馬鹿にならない。負け戦は下っ端から死ぬから、生き残って捕虜となるのは高

位の者が多いのである。故に気位ばかり高くて扱いに困っていた。得られる情報も、軍属ばかりで

程度が知れている。そんなこともあって正直言えば、製斗つけてでも引き渡したかったのである。

ただ、あからさまにそれを口にするわけにも行かない。あくまでも、捕虜を解放するのは人道上の

理由であり、そして帝国側の求めに応じてという形でなければならない。

ちなみに、六千という数字の中にはトロルやオlクといった亜人:::こちら側の感覚からすると

ゴリラ同然の連中も入っている。人間でない亜人という種族の意味が解らなかったし、一応言葉ら

しきものもあるようなので、後で人権問題になっても困るとヒト同様の扱いをしていたのだ。

ちなみに、その中のごく少数が、『国連による調査』という名目でアメリカに連れて行かれてい

マ匂。

「我が固としては、犯罪者として取り扱っていますので、そちらからの求めに応じて引き渡すとい

う形を取りたいと思っています」

ピニャは六千人という数に呆然としながら「み、身代金はいかほどに考えておられますか?」と

彼女の常識に従って尋ねた。膨大な金額になるはずと、額に汗する。

サるt山川'lA川m,j山川仏ハHUころころと吠しなカ円、川代の叫が川には身代合という刊似は庇り

ません。奴隷として売買されることもありません。ですから金銭以外による交換条件、通常ならお

互いの捕虜を交換するという形が良いのですが、:::今回の場合は『何らかの譲歩』という形で代

償が得られることを期待してます」と、つけた。その上で補佐官は吃いた。

「仲介なさっていただけるピニャ様そ後押しするために、ピニャ様が指定される若干名ならば、無

条件での即時引き渡しが可能です。この条件はお役目を果たされるために上手くご利用下さい」

こうしてピニャは、ニホンという国が捕虜というもの申そどう取り扱おうとしているかを学、ぶとと

もに、元老院や貴族達に交渉を仲介するための武器を得たのである。

「私の掴んだ情報によると、貴方の息子は生きているらしい。彼を取り戻すために、彼の国の者と

話し合ってみてはどうかつ必要なら会談の場を取り持ってもよい」

そう言われて心の動かない親が、果たして居るだろうか?

するとボ1ゼスが口を挟んだ。

「今回は無理かも知れませんが、一度『捕虜』にお会いしたいと思いますわ。お許し頂けますか?

あと名簿も必要になります」

実は彼女の親友、か、夫を戦地(銀座)に送り出していた。

先の出征で戦死したと思っていたのが、生きているかも知れないという希望がもてたのである。

ただ、あからさまに「誰それは生きてますか?」と聞くわけにはいかないので、このような物言

367 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー366

いになったのだ。内心では、今すぐにでも帝都に戻って「貴女の夫が、生きてるかも知れないわ

っ!」と知らせてやりたかった。

菅原秘書官が、「次にお越しの際には、捕虜の収容施設までご案内できるようにしておきましょ

う。それと名簿については、お帰りの際にはお渡しできるように手配しておきます」と述べた。

こうして、歴史に記されることのない、秘密の会談第一回目が終了したのである。

* *

NHKの全国放送で視聴率が低く、人々の関心も薄いけど、公共放送という意味合いから

も義務的に垂れ流されている番組と言えば、やはり選挙における立候補者の演説と、国会中継の二

つが挙げられるだろう。

だが、「有権者諸君っ!」の第一声で名高い自称革命家の登場以来、色物演説への視聴者の関心

が国会中継をほんの少しばかり上回っている今日この頃である。

かつて国会中継の視聴率が跳ね上がった証人喚問は今では中継そのものがないし(静止画像と音

声のみ)、疑獄事件とか、官僚汚職、偽装事件も、参考人招致程度では嘘をついても罰せられない

ことから、招かれた参考人がしれっとした態度をとることが多くて、面白味に欠けるのだ。

だが、この日の中継だけは違った。

さて、

lvl山い』付小仙h、川九小刷'hN川川山HJ山Jパソが山ぃtねfい・つハ川ム込みかん仙とれる小

川や、腕く川に制服部山制は急勾配で上昇するととになったのである。

参議院予算委員会の議場は、レレイ、テュカ、ロゥリィの三人が現れると一斉にどよめいた。

伊丹もいるのだが、彼は外見的にはインパクトに欠けているので、なんとなく無視されている感

じである。

やはり、短めの銀髪でポンチョにも似たロIブをまとっているレレイとか、金髪碧眼笹穂長耳の

テユカ、そしてなにやら長くて大きな包みを抱えた、黒ゴス少女のロゥリィ達は、よく目立つ。議

員の皆様や、中継のカメラ、そして傍聴席からの視線を集めていた。

最初の質問に立ったのは、少数野党の女性党首、幸原みずき議員である。

幸原みずき議員は、意気揚々と、若干のカメラ写りを気にしつつ大きなボlドを片手に質問を開

始した。

「伊丹参考人に、単刀直入におたずねします。特地甲種害獣、通称ドラゴンによって、コダ村避難

民の四分の一、約百五十名が犠牲になったのは何故でしょうか?」

幸原みずきの手にしているボ!ドには、「民間人犠牲者百五十名H」と民間人を強調するかのよ

うに描かれていた。

「伊丹耀司、参考人L

委員長に名前を呼ばれ、前に出る伊丹。

369 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー368

制服をぴしっと着こなすと、さすがの伊丹もなんとなく、いや、どととなく・:jもしかしたら

漂々しく見えるかも知れない::・ような気がする今日この頃である。

「えl、それはドラゴンが強かったからじゃないですかねえ」

のっけからのこの回答に、幸原議員も絶句した。

「自分達に力が足りなかったからです」とか、日本人のよくする、真面目で自己批判的答弁を期待

し、それを元に質問を展開していくつもりだったからである。二重橋濠の防衛戦で名をはせた伊丹

という男は、そういう真面目な男だとマスコミで喧伝されていたとともある。だが、どうも、違っ

たようである。

「そ、それは、力量不足を転嫁しているだけなのではないでしょうか? 百五十名が亡くなってい

るんですよ。それについて責任は感じないのですか?」

パンパンと百五十人と書かれたボ1ドを叩きながらわめく。

「伊丹耀司、参考人」

委員長に名前を呼ばれ、再び前に出る伊丹。

「えl、何の力量でしょう?それと、ドラゴンが現れた責任が自分に有るとおっしゃられるので

しょうか?」

「私が言っているのは、あなたの指揮官としての能力とか、上官の能力とかっ、自衛隊の指揮運営

方針とかつて政府の対応にって問題はないのかと尋ねているのですっ1 それと、ドラゴンの

山別、か北方のせいだとは号ハてません。F- AP' 帽、十'ナJ 川出場で山わった円として、悦円円か山たことなどろ

受け止めているのですか? と尋ねているのですっ!」

「はあはあっ」と息を荒くしている女性議員を前に、伊丹は後ろ頭をガリカリと掻きながら「力量

不足といえば、銃の威力不足は感じましたよ。はっきり言って豆鉄砲でした。もっと威力のある武

器をよこせつて思いましたね。プラズマ粒子砲とか、レーザーキャノンとか、実用化しないんです

かねえ。パワ!ドス1ツは実用化してるじゃないですか。早く導入して欲しいところです。基礎研

究は国立の教育機関でやったんだから、介護用とか更生福祉用なんて乙だわらず、祖国の国防目

的に特許開放してくれたっていいと思うんですがねえ。

ぅ。自衛隊じゃなくったって警察や消防が導入したらどれだけの人が助かるか考えないんですかね

軍事は悪だ:・なんてどこの発想なんだろ

ぇ。あと大勢の人が亡くなったことは残念に思いますよ」などと愚痴混じりに答えた。

伊丹の混ぜっ返すような態度に与党側からは苦笑が、

だ。

野党側からは不謹慎だとかのヤジが飛ん

「本省の方から補足したいのですが宜しいでしょうか?」

そういって防衛副大臣は、内心の笑いを巧みに誤魔化しながら手を挙げた。

「,ぇャス、伊丹二等陸尉から提出された、通称ドラゴンのサンプルを解析した結果、鱗の強度はな

んとタングステン並の強さを有するということが分かりました。モlス硬度ではダイヤモンドの

『十』に次ぐ『九』。それでいて重さはなんと約七分の一です」

370

371 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー

そんな鱗をもっドラゴンとは、いわば空飛ぶ戦車です。こんなものと戦って犠牲者Oで勝てと言

う方がどうかしているというニュアンスのことを告げた。

幸原議員は、ため息をつくと伊丹に対する質問を早々にうち切り、その対象を変えた。

まずは、レレイである。

さすがに幸原議員も、見た目、中学生程度のレレイに大上段から質問しようとは思わず、当たり

障りのないととろから始めた。まずは挨拶がてら「えl参考人は、日本語はわかりますか?」と尋

ねた。

「はい、少し」

はっきりとした答えに安心したように領くと、レレイに自己紹介を求めた。そして彼女から、レ

レイ・ラ・レレlナという名前を得た後、今はどのように生活しているかと尋ねた。

「今は、難民キャンプで共同生活している」

「不自由はありませんかっ」

「不自由の定義、か理解不能。自由でないという意味か?それは当たり前のこと。ヒトは生まれな

がらにして自由ではないはず」

迂闘な質問をして出てきた哲学的な解答に、あわてふためいて「生活する上で不足しているも

の、こちらから出来る配慮等はないですか?」と尋ね直す。

「衣・食・住・職・霊の全てにおいて、必要は満たされている。質を求めはじめるとキリがない」

レレイの符えはが山川叫にとって小削の山川るものであったりだからでもないだり?つがい川九州

するものよりもさらに直裁に、百五十名の人が亡くなった原因として、自衛隊側の対応に問題はな

かったか? と尋ねた。

レレイは、驚いたように目を白黒させて暫し呆然とする。その上で、ポツリ「::::::ない」と

だけ答えた。

次に呼ばれたのはテュカである。

「私は、ロドの森部族マルソ1氏族。ホドリュl・レイの娘、テュカ・ルナ・マルソl」エルフ、

名前を尋ねられて、テュカは胸を張って答えた。

今日の服装は、リクルートスiツのような濃紺の上下をまとっている。紳士服屈で女性庖員に無

難な吊るしものをと任せた結果、がこれである。そのせいか、いつもは高校生ぐらいに見えるテユカ

も、就職活動中の大学生くらいには見えた。

「不膜な質問をするのであらかじめ謝罪しておきますね。その耳はホンモノですか?」

レレイが通訳するとて、「は?」という表情をした。「それはどうそして請しそうに、テュカは

いう質問か?」と問い返す。

レレイが、外見の相違に対する好奇心から出た質問と思われると解説した。

「はい、自前ですよ。触ってみますかっ」

テュカは、酒落っぽく微笑むと長い髪を細い指先でたくし上げてその耳を顕わにし、ピクピク動

372

373 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー

かして見せた。

その一連の動きと、はにかんだ表情が小動物系ぽくって妙に可愛く見えた。それが原因かどうか

は分からないが、一部議員と、傍聴席、目を開マスコミ席からどよめきの声があがる。さらには、

けていられないほどのフラッシュが集中して瞬いた。

「そ、それは結構です」と断って、難民キャンプでの生活などについて質問さすがに幸原議員も

し、不足はないという答えを得た後、レレイにしたのと同じように、「百五十名の人が亡くなった

原因として、自衛隊側の対応に問題はなかったか?」と尋ねた。

かえってきたのは、表情を氷のように閉ざし怖いた姿である。テユカの答えは

い」であった。理由を尋ねると、「その時、意識がなかったから」とのことである。

最後に登場したのがロゥリィである。

「よく分からな

今日もロゥリィは黒ゴスをまとっている。F-AVF-、十J十J いつもは後ろに流してるべlルを今日は前に降

ろして顔を隠していた。

もちろん、

まさに喪服をまとった小貴婦人の如き装いである。

かんばせ

薄い紗でできているベ1ルだけに、その顔を完全に隠せるものではない。が、幼さと

気品が入り混じった独特の雰囲気を発していた。わずかに見えるオトガイの線は幼い少女のふくよ

かなものとちがって、透き通るように細く滑らかだった。体躯は小さいが大人そんなところから、

の女を感じさせる。そのアンバランスが妖艶さとなって、ロリ・ペドの趣味がない者にも十分な魅

力として感じられた。

ドにしてい忍帆布に包まれた川川般のある物体を川「九、1・Jjf1山|'川こ11ぺ, EH IIILl--V1・1

ロゥリィの黒ゴスを、喪服の一種と解釈した幸原議員は、この少女からなら政府を攻撃するのに

よい材料を得られるのではないかと期待した。喪服を着ているのは、家族か誰かを亡くしたのに違

いないから:・:。

だから、

た。

悲しんでいる少女の心に寄り添うかのように、優しく、親しげに話しかけようと試み

「お名前を聞かせてもらえる?」

「ロウリィ・マlキュリー」

「難民キャンプでは、どんな生活をしている?」

「エムロイに仕える使徒として、信仰に従った生活よお」

「、どのような?」

「わりと単純よぉ。朝、目を醒ましたら生きる。祈る。そして、命を頂くう。祈る。夜になったら

眠るう。まだ、肉の身体を持つ身だから、それ以外の過ごし方をすることもあるけれどお」

「い、命を頂く?」

「そう。例えば、食べること。生き物を殺すこと。エムロイへの供犠とか::・他にもいろいろね

え」

最初に「食べること」を持ってきたがために幸原議員を始め、他'の議員達も、彼女の言う「命を

375 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり1接触編374

頂く」という言葉を、食事をする行為に付随するものと受け取った。実際食事をするとはそういう

ことなのだから。おかげで、「殺す」という言葉を文字通りに解釈せずにやり過ごせたことは、議

事堂にいた者の精神衛生にとって幸運なことだったかも知れない。

こうして、一通りの質問を済ませると、幸原は「あなたのご家族が亡くなった原因に、自衛隊の

対応は問題がなかった?」と尋ねた。

これには首を傾げたレレイである。なんと翻訳しようと迷ってしまった。なぜなら、ロゥリィは

使徒であり、もし彼女に家族がいたとしてもそれは遥か彼方、大昔に亡くなっているはずだから

だ。少なくとも今回の出来事と関係はない。

しばし質疑が中断され委員長から「どうしました?」という声が飛んだ。

そこでレレイは、この質問の主旨は、ロゥリィ・マlキュリーの家族のことか?コダ村の避難

民の件か?と尋ねた。

どちらも同じ事だろうと思っている幸原議員は、自衛隊や政府にとって不都合なことを隠すた

め、翻訳過程で悪質な操作がなされているのではないかと邪推した。その為、強い口調でもう一度

尋ねた。

「レレイさん、こちらの質問通りに尋ねてください。ロゥリィさんの家族が亡くなられた理由に、

自衛隊の対応は問題、かなかったか::と」

仕方なく、レレイは幸原議員の言葉通りに質問を翻訳した。

廿』併し

しばし、沈黙するロゥリィ。払十郎みずきは「しめたっ!」と思った。彼女の琴線に触れたow木か

の情緒的反応が望める。だがロゥリィが発したのは「貴女お馬鹿ぁ?」という日本語、だった。

しんと静まりかえる議場。

「し、失礼。今何と言ったのつ」

幸原みずきは、戸惑いながらも問い返した。

「あなたはお馬鹿さんですかあ?と尋ねたのよぉ、お嬢ちゃん」

ロゥリィはレレイを介さず、日本語で話していた。

「おじよ・・・失礼ですね。馬鹿とは何ですか馬鹿とは?」

「お馬鹿な質問をするからよお」

そう言いながらベiルをたくし上げるロゥリィの眼は、馬鹿を見下す蔑視の視線であった。

「さっきから黙って聞いてると、まるでイタミ達が頑張らなかったと責めたいみたい。炎龍相手に

戦って生き残ったことを誉めるべきでしょうにい。四分の一が亡くなった?違う、それは違う。

四分の三を救ったのよぉ。それが解らないなんて、それでも元老院議員?ここにいるのがみんな

そうなら、この国の兵士もさぞかし苦労してるでしょうねえ」

「参考人は言葉を慎んでください」

委員長から、窒めの言葉が飛ぶ。ロゥリィは、これを受けると余裕の笑顔で肩を掠めた。

377 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編376

これに腹、か立ったのか、幸原は目を座らせると「お嬢ちゃん。こういった場は初めてだから解ら

ないかも知れないけれど、悪い言葉を使つてはいけませんよ。それに、大人に対して生意気な態度

をとってはいけません」と、幼子を脹るかのように砦めた。

それは、年齢の高い者が唯一それだけを頼りどころとして、年若い者をねじ伏せようとする時の

言動であった。

「お嬢ちゃん? それってもしかしてわたしいのこと?L

ロウリィは胸に手を当てて尋ねた。

「貴女以外の誰でもありません。まったく、なんて娘かしら?

せんね」

「これは驚いたわねえ。たかが:::」

この時、やばいと思った伊丹は自ら手を挙げた。議員の先生方は、姿が同じならこちらの常識が

通じると思っているのだ。彼女らが、こちらの常識外に生息する存在であることを示すには、もっ

とも効果的なこと:・。

「委員長!」

「伊丹参考人、指名するまで発言を控えてください」

「幸原議員は、重大な勘違いをなさっておられるようなので、申し上げておかなければと:::L

ロゥリィと幸原の聞が剣呑な気配を有しているのは確かである。委員長は、伊丹が発言すること

年長者に対する礼儀がなっていま

でそれが湖似すをことを川仰したω

「伊丹参考人」

ロゥリィが唇をゆがめて、伊丹を脱みつけつつ席に戻った。彼女の目線は「邪魔そしゃ、かつて

・・コノヤロ」と語っていた。

「えl、幸原議員、そして皆様。我々は、若い人に年齢を武器にして物を言うことがありますが、

時としてそれが我が身に返って来ることがあると思うのです」

「参考人は、簡潔に説明してください」

「:・:あ、申し訳ありません。つまり、その:::ぶっちゃけて言えば、ロゥリィ・マ1キュリーさ

んはここにいる誰よりも年長でありまして・・・」

「それは、健よりもか?」

大臣経験もある保守党の重鎮:::御歳八十七歳が一番後ろから不規則発言した。

「::ji----はい」

馬鹿なことを・・・・・・という気配が議場内に満ちた。

参考人の歳を聞いて見ろというヤジが飛んだりする。

ロゥリィは「女に年を尋ねるものではないわよお」と席にいながら応じるが、幸原としては尋ね

ないわけにもいかないことである。

「おいくつですか?」

379 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー378

「九百六十一歳になるわ」

静まる議場・・:唖然とする女性議員。不老不死:・?という声が、漏れた。

女声による他の参考人の年齢も聞いてみて、というヤジが出たりした。

「百六十五歳」というテュカの答えに、ゾッとする男性議員と、ぐびっと唾を飲み込む女性議員。

雪の結晶のような天然の美しさと永遠の若さ。テユカが圧倒的な存在感をもって放射するそれは女

性達が追い求めるものであったからだ。それを体現したものが目の前にいる。

ま、まさか::という思いを込めてレレイへと質問が及び、彼女が「十五歳」と答えた時、議場

にいた男性議員の聞にはホッとした雰囲気すら流れたほどである。美しさH若さという等式が成立

している旧人類の男心というのは、斯くのごとく複雑なのである。

ここで、レレイの解説、か入った。

レレイは、門の向こうにおいて「ヒト種」と呼ばれる種族であり、衛生状態にもよるがその寿命

は六十j七十歳前後である。向とうに住む者の多くはヒトである。

それは、まさしく門のこちら側における人間と同じであり、議員連中をホッとさせ、同時にがっ

かりさせた。

テュカは、不老長命のエルフ。しかも、その中で也稀少な妖精種であり、寿命は一般のエルフを

遥かに超えて永遠に近いという説もある。

ロゥリィもヒトではなく、亜神である。肉の身体を持つ神である。やはり不老だが彼女に関して

バえば.んし米はヒiで、小川へ川川した川の介附で外川が川小川パとれ工いおHM川lq州ぃtY4山川山

身体を捨てて霊体の使徒に、そして真なる神となる。従って、寿命という概念はない。

幸原みずきは、内心で頭を抱えた。

先ほどの自身の言からすると、年長者に対する礼儀を示さなければならないのは幸原の側となっ

てしまうからだ。だが日頃から政府に対して高齢者に対する礼儀や、思いやりが欠けていると主張

しているその口は、言葉を失っていた。

こういう時は忘れてしまう。それが政治家のメンタリティーである。都合の悪いことは忘れる。

無視する。あるいは担造する。白を黒と言い抜ける尻理屈論述能力と、それをして平気な面の皮が

なければ与野党問わず政治活動なんてやってられないのである。

「質問を終わります」

ホントに終わったのかよという不完全感が漂うが、質問者が終わったと言えば終わりである。幸

原みずきは使用する予定だったボードの殆どを使わずじまいのまま小脇に抱えて自分の席へと戻っ

ていった。

つづいて与野党から何人かが質問に立ったが、これ以降は、『門』の向乙うの生活や、それぞれ

の文化についての質問ばかりで、ロゥリィやテュカがへそを曲げるようなものはなかった。

要するに炎龍撃退は、誉めこそしても非難するようなことではない。自衛隊は案外うまくやって

いる。彼女たちには不満はない。そういうことであった。

381 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり← l接触編ー380

ひぐれ

最後の最後に日暮議員が立ち上がった。

そして、特にロゥリィを指さすと「生きながら神とあがめられ九百年の長きに渡って生きている

という貴女に尋ねたい。私たちは自由を大切にしているが、行きすぎた自由によって不当に庇めら

れる人を守るためにそれを制限しなければとも考えている。例えば、幼い女性を描いた物語や絵画

といったものの、とある方面の内容についてです。どうしたら良いでしょう?」という質問をし

た。

それは、異世界の価値観を知りたかったのか、それともその答えの内容から彼女の精神的な成熟

度を測ろうとしているかのいずれかのようであった。

ロゥリィ参考人は次のように答えている。

「答えのない問いは、長年生きていても答えは出ないわあ。答えが出ないことがまさしく答えなの

だから。それでもあえて答えるなら、自分に理解できないとか、合わないとか、気に入らない、あ

るいは誰かの権利が害されるのを防ぐため等の理由で、ある種の文化や芸術・表現方法を廃絶する

姿勢は、結局差別に行き着くと知りなさい。『健全』とか『人間性』といった名目で文化を健全と

退廃に分別することを大義名分にしたとしても、その一方を抑圧し廃絶しようとするならあ、ど

こで線そ引くかが必ず問題になるのだから。今日、中間で線を引いたつもりでも、一方が廃絶され

た明日には、それは端つことなるわぁ。また、その中聞に線を引きたくなる。また端っこになる0

・::やがて人の魂を抑圧する考え方に行き着くことになる。行きすぎた清潔主義、健康主義は必ず

掛端化して、書恕に転じてしまうのよお

*

*

伊丹等が、国会において参考人招致を終えた頃。

マイクロバスは、伊丹達を迎えに国会議事堂へと向かっていた。その前と後ろを、情報本部から

差し回された車がきっちりガードしているが、夕刻の首都だけに道路が混んでくれば、割り込みし

て来る車がいたりするのは、どうしても防ぎきれなかった。

信号で、停まり再び走り出す。

周囲の車、か、追い抜いたり、あるいはマイクロバスの後ろに入る。その車が妙に遅くて、マイク

ロバスの後ろで、警護に就いていた駒門達の車は、マイクロバスから徐々に引き離されつつあっ

た。

「うーん、妙だな」

咳く駒門。苛立つ運転手。

「ったく、足が遅い癖に割り込んでくるんじゃないよ」

運転手が、ウインカーを出して前の車を追い抜こうとするが、追い越し車線にいる車が妙に遅く

て、なかなか車線変更の機会が得られなかった。

383 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり1接触編ー382

そうこうしてるうちに前方の信号、か赤になって、ついにマイクロバスは先へと行ってしまった。

次第に見えなくなっていくマイクロバスの後部を見つめながら、駒門はマイクを片手に肱くよう

に言った。

「指揮車より全車、敵さんがお出でなすった:・:気を緩めるな」

17

地下鉄丸の内線が、滑るように国会議事堂前駅へ入ってきた。

駅の立地条件もあって終業時刻となったお役人とおぼしき人々が、そろそろ帰宅の途につこうと

いう頃合いでもある。

この中には国会中継を見ていた者はいないようで、レレイやテュカ、ロゥリィの一際目立つ外見

にさりげないチェックを入れても、ジロジロと見るようなことはなかった。

どちらかというと、伊丹に対する視線の方が痛かった。

今の服装は陸上自衛隊の制服を脱いで、地下鉄に乗るようにと知らせてきた駒門の部下から受け

取ったグレlのスlツにコlトという姿である。

これを着ると見た感じうら、ぶれたサラリーマンのようになってしまう。こんなパッとしない男

合.・似-M04W点ルメ、み少心外をAHわせて. 人もまとわり

に誰だって「といつ何者、だ」という視線を投げかける。

余りにも毛色が違うから「娘です」とか「親戚です」という雰囲気をまとうことも難しい。かと

言って「恋人です。羨ましいでしょう?」と、砂を吐きたくなるような雰囲気を発することも、伊

丹の男、ぶりではちょっと無理であった。

善良な第三者が伊丹を見て思うのは、酷い例だと海外の女性を臨すか脅すかして、誘拐してきた

人身売買組織の悪人の「手下その三」・・:あたりである。

わりとマシなのは、来日した外国人タレントの観光案内を仰せつかった怪しいタレント事務所の

『スタッフ三号』だろうか。どちらにしても怪しさ満点である。それでいて、一番とは思ってもら

えない、見た感じ三番目くらいというところがポイントかも知れない。

こんな事なら、観光会社の小旗でも作っておけばよかったのである。それを振りながら「はい、

こっちですよ1」とか言っていれば、世間は一涜旅館や風光明婦な風景、そして高級料理の写真を

広告にのつけておきながら、すみっこに『これはイメージ写真です』とか書いてあるような広告を

出す、怪しい観光会社のツアコン程度に思ってくれたに違いない。

指定されていた先頭の車両を待ちかまえていた伊丹は、列車のドアと、ホ1ムのスクリーンドア

が開くと、人々の視線から逃れるような気、せわしさで素早く乗り込んだ。

レレイやテユカも、伊丹に続いて電車の中を珍しやけに見渡しつつ入ってくる。

かせてしれば、あまりの不釣り什いさ

385 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー384

ロゥリィは、珍しいことに表情を少しばかり引きつらせていた。

見ると、車内で待ちかまえていたピニヤとボ1ゼスの二人も不安げだ。富田と栗林がそれぞれが」

エスコートしている。

「ょう」

伊丹が手を挙げる。富田が黙礼して話しかけてきた。

「ホテルから、パスで移動するとばかり思ってたら、急に四谷駅へ行って地下鉄に乗れって言われ

ましてびっくりしましたよ。時間もなかったし、慌てました」

「ま、問題なく乗れたようだし、いいんじゃないか?」

伊丹は、富田の腕にしがみついてるボlゼス嬢へと視線を送った。

富田、かボlゼス嬢を心憎からず思っていたことは周囲の誰もが感づいていたから、「はいはい、

おめでとさん」という気分である。見ていて腹が立つほどだ。

革のパンツに、ジャケットという服装で背も高くワイルドな雰囲気の富田は、金細工でゴージャ

スなお嬢様であるボ!ゼスを隣に立たせても全く遜色ない。要するにお似合いなのだが、ボlゼス

嬢の表情は不安から逃れようというものが感じられて、甘い雰囲気など微塵も感じさせないところ

が、彼女のない男達にとっての唯一の救いであろう。

ピニヤも、ボlゼス嬢ほどではないが、ぎこちない表情をして栗林につかず離れず立っている。

今、大きな音、か鳴ったり、電気が消えたりしたらピニャは悲鳴を上げて栗林にしがみつくんじゃな

いかん仙白山と言え川ゆえるけ

思わず、わっ!と脅かしてみたくなるが、観盛を買いそうなのでやめておく伊丹であった。

「丸の内線が地下を走るようになってから、カタコルlベに連れ込んでどうするんだって怯えはじ

めて。大丈夫だって言い聞かせてるんですけどね。天井は崩れてこないのかとか、灯りは消えたり

しないかとか、このまま地の奥底へ連れて行くのか?とか心配してます」

四谷あたりだと、丸の内線は地上を走っている。それが途中から地下に入ったので、びっくりし

たのだろう。そういうものだと解っている我々は気にならないが、何につけても初めてのピニャ達

にとっては、驚天動地の出来事かも知れない。車内は灯火が明るくとも、車窓の外は真っ暗な地下

だ。この乗り物が、どういうものかという予備知識もなく、どこに行くのかも知らされていない現状

では、不安感を抱いたとしても無理からぬ話だ。

「カタコルlベ:::お化け屋敷みたいなもんか?(初出の単語なので、単語帳に記入しつつ)慣

れないと地下鉄の走行音つてのも耳障りかも知れないし、恐いのもしょうがないさ。まあ、でも今

でよかった。一昔前の丸の内線って、走行中に電気が途中で切れて真っ暗になることもあったそう

だ」

そんな風に話していると発車の合図音がして、その後ドアが閉った。

ロゥリィは、音の一つ一つにその都度驚いてはピクピクとしていた。小さく震える手を伸ばし、

伊丹へとしがみつく。

387 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー386

「ど、どうしたんだ?」

:t、事ハ4M ロゥリィの怯える様は、ピニヤ達のものとロゥリィも、ピニヤ達と同じなのだろうか?

は、いささか質が異なる感じである。

「じ、地面の下はハlディの領域なのよお」

「ハlディ? 知り合いか?」

「あいつヤパイのよぉ。もし、こんなところに居るのを見つかったら、無理矢理お嫁さんにされか

ねないのお。二百年くらい前に会った時もお、しつこくって、しつこくって、しつこくって、しつ

こくって、しつこくって、しつこくって:::」

そう言って、ロゥリィは伊丹の左腕に自身の左腕を絡めてがっしりと抱きかかえた。

右腕は、例によって帆布に包まれたハルバ1トを抱えている。どんな存在なのかは良く判らない

が、ハlディという神様(地下というイメージから魔王ということもありえるか?)をロゥリィは

毛虫のごとく嫌っているようである。

「それで何で、俺に?」

「ハlディ除けよぉ。あいつ、男なんて見るのも厭って奴だから、例え見つかっても男の側にいれ

ば近寄って来ないかも知れないでしょお」

この時、伊丹は間違っている、と強く主張したかった。「か、勘違いしないでよねえ。ただの虫

除けぇ、カモフラージュなんだからあH」といったセリフこそが、こういう場面ではふさわしいは

ずである。

異世界の住人に門のこちら側の常識(?)に従うことを求めるのは、間違いであることはわきま

えているが、やっぱりロゥリィがお約束のセリフを口にするのを聞いてみたいと思ってしまうの

が、オタクとしての正直な気持ちなのである。これは教育の要があるかも知れないと心密かに決意

する伊丹であった。

次の停車駅霞ヶ関駅では、駒門が「よおっ」と手を挙げつつ乗り込んで来た。

「どうでした?」とは伊丹。

「見事にひっかかりました。市ヶ谷園から、レトロパシフィカに場所を変えたことを知っていて、

地下鉄に移動手段を変えたことを知らなかった時点で、機密漏洩の容疑者を二人まで絞り込めた。

湧き出てきた連中には、今切り返しをかけてる。ほどなく、素性が割れるでしょう」

切り返しとは、追跡してきた連中を逆に尾行して、『どこの誰か』を確かめることである。

「その二人、どうするんで?」

「置いておく予定です」

「捕まえたりしない?」

「必要ありません。そこで水が漏れるということをとっちが承知していればよいのです。それに、

敵さんもガセネタ掴まされたと解った段階で、切り捨ててるよ。どうせ特定の主義思想団体と関わ

っているか、ハニ1トラップにはまっただけのどっちかだし。いちいち処分してたらキリがないも

389 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )後触編ー388

ん。当然、フォローはいたしますがね」

「ハニlトラップねえ:::」

「ハニ!トラップつてのは、農だと承知してかかれば、美味しい思いが出来ます。上司にハニlト

ラップかけられてるようですって申告しておけば、漏洩させても良い情報を用意してくれる。金、

女を好きなだけ喰い散らかして、上の用意したガセネタかませばいい。敵が怒り狂って暴露するぞ

と脅してきでも、こっちは先刻承知。みんな知ってる、それがどうしたと笑えば良い。なのに、そ

れが出来ないのだから困ったもんだよなあ」

そういうことが出来そう-もない人間だからとそ、敵も狙って来るんだと思うところである。要は

教育の問題なのだが、日本人は、防諜という概念は伝統的に薄いのである。そこに国防に熱心であ

ることを悪のごとく扱う風潮が加わるから、どうにもならなかったりするのだ。

ど乙の国か、俺にハニlトラップを仕掛けてくれないかなぁと駒門は下品に笑った。

「伊丹さんには、ハニ1トラップの心配はないですね」

「そう?L

「だってねえ」

そう言いながら、伊丹の左腕をしっかと抱きかかえるロゥリィへと視線を向け、次に伊丹の右に

立つレレイへと視線を向ける。斜め後ろのテュカも、ジーンズにセーターというアメリカの女子高

生風外見に戻っている。

駒門は、国会中継を見てなかったからロゥリィやテュカの実年齢を知らないのである。

「幾ら某国だって、この年齢層の工作員は養成してないでしょ:::ん・:いや、待てよ」

ロリな工作員を敵さんが養成し始めたら、我、か国にとってかなりの脅威となるかも:::などと怯

きつつ、「いや、まて、待て、待て。最近噂されている少女コlルガiルの組織を、その方面から

当たってみる必要もあるかな・:」と、急に考え込み始めた。

「コ!ルガlルの組織がどうしたって?」

「いや、な:・・」

駒門は、周囲を見渡して女性達の耳に入らないよう、小声で説明か」始めた。

この手の組織は、スキャンダルに敏感な高級官僚とか一流企業の経営者ばかりを顧客とする。送

り出されてくる少女の方も超高級の上玉ばかりだ。ブランド物のドレスやスlッ、あるいは着物。

そういった金のかかる格好をして超のつく一流ホテルに、まるで家族連れの如き雰囲気で投宿すれ

ば誰も疑わない。

もしその組織が某国の工作機関だったら、ターゲットが少女とのいかがわしい行為に及んでいる

場面を隠し撮りして、後でこれをマスコミにばらまくと脅す。今なら、動画サイトにアップするの

でもよい。

対象が大人の女性なら自由恋愛とか言い逃れのしようもあるが、相手が見た目にも判る少女とあ

ってはハニ1トラップと判っていても対処不能。後は破滅、だけが残る。だからこそ、脅された側は

391 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー390

絶対に拒絶できない。

「まさか、そんな年頃の女の子をどうやって」

「それが出来るのが、独裁国家なんですよ」

少女を選抜し、時には投致して洗脳教育を施し、送り込む。人は教育次第で何にで也なる。爆弾

背負って自爆テロに走らせることも、銃を持たせて人殺しを厭わない少年兵に仕立てることだって

だっきせいし

人権という言葉を知らない固なら非常に簡単なことなのだ。そして歴史には、姐己や胃施、あるい

ちょうせん

は詔蝉・・・年端、もいかない少女、か国家を傾ける武器として使われて来た記述、もある。

伊丹を眺めながらその事に気付いた駒門は、携帯電話を取り出すと知り合いの捜査担当者宛にメ

ールを打ち込み始めた。走行中の地下鉄内だから、アンテナこそ立っていないが文面を打っておい

て、後で発信すればいい。

「このあとだが予定を早めて、箱根へと向かいます」

駒門は、携帯に文字を撃ち込みながらも、伊丹に今後の行動予定を告げた。だが、ロゥリィが口

を挟んできた。額に珠のような汗をかいて必死な形相であった。

「ねえ、すぐここを出たいのお」

「どうした。乗り物酔いか?」

「どうにも、気になるのよぉ。落ち着かない」

「乗り換えは次の次だし、もう少し我慢できないか?」

この時、ロウリィの爪が伊丹の二の腕に食い込んだ。真剣な、そして懇願するかのような視線が

伊丹を突き刺す。よっぽど辛いようだつた。

タイミング的には銀座駅に到着したところだ。ドアも開いた。

二の腕に食い込んだ爪が相当痛いはずなのに、痛くない。そんな不思議を感じながら、伊丹は力

の寵もるロウリィの手に自らの手をそっと添えた。そして駒門へと視線を向ける。

駒門はよく解つてない様子だ。周囲を見渡して、レレイからは無表情のままの視線を交じらせて

来て許諾を得、テュカは肩を蝶めでしょうがないなぁという態度ながらやはり許諾の意を示した。

富田と栗林は伊丹の部下だから従うのが当然。ピニャやボ1ゼスだって、地下鉄に乗っているこ

とが良い気分では無いようだから、反対はしないだろう。

帰宅や買い物の客で、地下鉄は混み始めている。降りる客の流れが終わって、乗り込む客が車内

に流れ来ようとする、その瞬間。

「ということで駒門さん。俺等、ここで降りるわ」

「降りるよi」の声と共に、伊丹等はお上りさんを訪備させる大家族のノリでわいわいとホlムへ

と降りていく。人の流れに逆行するという空気の読めない振る舞いに、乗り込もうとしていた客達

はみな嫌な顔をした。が、見ればピニヤやボ1ゼスらは外人だということもあって、皆あきらめて

しまう。日本人の「空気読め」という感覚は、同じ文化の人聞に対して発動される。明らかに人種

や文化、か違うと「しようがねえや」という寛容さがとってかわるのである。

393 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー392

「ちょっと待てって、あんた、こっちにも段取りというものが」

駒門も置いてかれまいと、人をかき分けつつ後に続いた。こちらは日本人である。遠慮無く空気

読めという感覚、か発動されて、人の流れが彼をぐいぐいと押し返した。駒門は必至になって人の波

を泳いで、どうにか列車から降りた。

「いいじゃないか。一駅くらい歩いたって」

銀座から東京駅は、目と鼻の先だ。歩いたってたかが知れている。

地下鉄丸の内線、すなわち今降りたばかりの電車が、銀座・東京駅間で発生した架線事故によっ

て停止したことを知らせるアナウンスが響いたのは、伊丹達が改札を出た頃であった。

地下鉄駅から地上:::夜の銀座に出てようやく緊張から放たれたらしく、ロゥリィは、うーんと

両腕をのびのび伸ばしていた。例え空気は汚れていても、ロゥリィとしては地下にいるより安心で

きるらしい。よっぽどハlディという存在に近づきたくないようだ。ピニャとボ1ゼスも、地の奥

底へ連れていかれずに済んだという安心感からか実に幸せという表情そしていた。

皆、夜の銀座の街を見渡して、昼間とはまた違う風景の煙びやかさに目を見張っている。クリス

マス商戦のイルミネーションは、ひときわまぶしく色鮮やかだった。

栗林と富田は、寸前まで自分達、か乗っていた列車が、架線事故で停まったという事実を重く受け

とめて周囲へ警戒の視線をめぐらせている。

「敵さん、何が目的だと思う?」

伊丹の間いに、駒門は自在細めた。

「こっちを威圧してるんでしょう。ついでにこっちの力量を測ろうとしている気配があるな:・・威

力偵察っていう奴だ」

異世界からの賓客が乗っている(と見せかけた)マイクロバスへの、威嚇追跡。

地下鉄で架線事故を演出して、しばし電車を止める。

どちらも、直接危害を加えようとするものではないが、こちら側の危機意識をあおるには充分で

ある。

狙われていることをこちらに意識させ、怖がらせる。すなわち示威行為だ。言わば「お前等に、

いつだって手が届くんだよ。憶えておきな」という類の警告なのだ。ただ、それらの全てが成功し

てない。マイクロバス追跡は駒門の策略で、地下鉄停止はロゥリィのおかげで回避された。

「敵さんも、二度も空振りして今頃焦っているはず。次に空振りすれば三振だから、今度の手はも

っと直接的で、分かりゃすい手段になる可能性、か高い」

交通手段を地下鉄に切り替えたととを知っている人聞は極めて少ないため、どんなルlトで情報

が敵に漏れたのかを推測しようとして、いささか混乱気味な駒円である

。何度も尾行をチェックす

るのもそのせいだろう。

「分かりゃすい手つてのは?」

395 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー394

「例えば・・:」

言った瞬間、ロゥリィが襲われた。彼女の帆布に包まれた大荷物を、人混みから現れたチンピラ

風の男が奪い取ろうとしたのである。

「荷物をひったくって後を追跡させて、国民に誘い込む:::つてのは古典的な手口なんですが、何や

ってるんだあこいつ」

チンピラは、ロゥリィの荷物に押し倒されて動けなくなっていた。その大荷物の正体を知る伊丹

達はさもあらんという表情で、チンピラを気の毒に思うだけである。だがそれを知らない駒門は、

小さな少女が軽々と抱えていた荷物に押し倒されて、なんで岬いているんだろうと不思議に思っ

た。

駒門は、チンピラにのしかかる帆布に包まれた大荷物へと手を伸ばし、持ち上げようとした。そ

してその瞬間、立木の枝を折るような音が彼の腰部から聞こえる。

「ん¥・」

急性の腰椎捻挫:::すなわち、ぎっくり腰である。下手をすると椎間板ヘルニアを起こしている

可能性もある。腰に走る激烈な痛みに、駒門は崩れるように両膝をつくと、両腕で腰を押さえて地

に伏した。

「なんてぇ重さだ。パlベル並みだぜ」

額に脂汗を涜しながら倒れ伏す駒門。

周囲には野次馬の人垣がぐるりと周囲を取り囲み、しかも遠方からは救急車とパトカーのサイレ

ンが聞こえてくる。さらには、国会中継を見た人もいたようでロゥリィとか、テュカ、レレイにカ

メラ付き携帯を向ける人々も出てきた。

ここまで衆目を浴びてしまえば、隠密裏に襲撃することは不可能と言える。

こうして、見えざる敵の三回目の攻撃は、駒門の献身的な犠牲によって防、かれたのであった。

*

*

料金滞納が崇って、携帯が止まった。

ガスも止められた。

水道代も督促が来ていて、そろそろヤパイ。

年金、健康保険料?んなもんとっくに滞納中である。

パソコンが止まったら破滅だから何としても電気代と、ネットの光回線代・プロパイダ料は支払

ったが、そのかわりに食事が徹底的に貧してしまった。

九十九円屋で、シリアルと豆乳を買って、朝食と昼食の二食分とする。二百八円(一食一O四

円)。

九十九円屋で、総菜とご飯。二百八円。これが晩ご飯。

397 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編一一396

ありがたや九十九円屋。我が国日本は、なんて豊かな固なのだろう。

-・昨日から三食、か、シリアルと豆乳となった。たまに気分を変えてカップ麺に、パン、野菜ジ

ュース:::なんとヴァリエーション豊かな食事だろう。だがしかし、これで一日を三百十二円で過

ごすことが出来る。なんとか食を繋いで生き延びる。生き延びてやる。

「冬の同人誌即売会までの我慢、我慢」

そう念じながらペン・タブレットを握る。あと十ぺlぢ:・・であった。

Xデイまで持たせれば、まとまったお金が入る。借金と滞納していた公共料金を支払って、お正

月が迎えられる。温かいご飯が食べられるのよ。

「そう思って我慢してきたけれど、そろそろマジでヤパイ。夢にまで、シリアルが出てきた。要す

るに人聞は、明日のマン円よりも今日の百円なのよ。って、こんなところで人生の真理を倍ったと

ころでなんになるのだ1あたしい」

電気代、か恐いので、空っぽの冷蔵庫のコンセントを抜き、室内の電灯も必要最低限以外は消して

しまう。暖房?何それ。服を沢山着込めばいいのよ。パソコンのスリットから漏れてくる空気も

あったかいし。

パソコンの液晶画面の光だけが、今や室内を灯す照明となった。

「誰か金貸して・:・」とPCメlルを打ってみたが、サークルの仲間は皆ほぼ似たような状況。印

刷所の締め切りに追われて忙しいか、金欠で汲々としている。よって、つれない返事ばかり。

親は勘当状態で頼み込めるはずもなく。いっそのこと、夜の街角で立ちんぼするか?

などと思った瞬間、窓ガラスに映った自分の姿が見えた。

ことしばらく手入れしてない肌。ボサボサもじゃもじゃの髪。牛乳瓶の底みたいなメガネ。クマ

の出来た目。暗い部屋を背景に、モニターの光に照らされた幽霊みたいな姿だ。不摂生な生活で痩

せぎすの手足、緩んだ筋肉、たるんだお腹・:・・スタイルにもいろいろ難あり。

大きなため息が出てくる。

「こんな二十九女を、金払ってまで抱きたいなんて思う男なんていねiって」

PCに、友達からの返信メ1ルが入った。

『あんた、なんだってヨiジと別れたのさあ? 少なくとも衣食住は保障されてたゃないの?

鹿なととしたよねえ』

「言わないでくれ。つくづく馬鹿だと思ってる。だけど、それだけは、ヒトとして駄目だと思った

のよ1」

先輩と結婚したのは、親が早く結婚しろ、結婚しろと煩かったからだ。

あの時も今と同じようなシュラパで、収入の安定しない毎日の不安から先輩の持つ『国家公務

員』という肩書きが、とても魅力的に見えたのだ。

それに中学時代からのつきあいで、先輩という人の性格を良く知っていたこともある。先輩の家

- )接触編ー398

,~

399 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり

庭事情を知っていたこともある。

クリスマス(二十五才)が近づいて、なんとなく血迷っていたのもある。

お腹をすかせていたあたしは、お腹が減った著ってくれ、と頼みこむ。

先輩は、「ま、いいよ」と近くの居酒屋につれてってくれて、焼き鳥をごちそうしてくれた。

安定した収入の威力というものを、とても強く感じた。あのときの、ネギ焼きやボンボチ:・の

美味しかったこと。

「先輩、養ってください。かわりに結婚してあげます」

と、酔った勢いで頼み込んでしまったのだ。先輩なら、断らない。その事を知っていて。

先輩の答えは思った通りの即答:::ではなかった。しばし、あたしの事をみつめて、何を考えて

いるのか不安になるほどの一時が過ぎて、それから「いいよ」という答えが返ってきた。

おそらく、きっと:::先輩は分かっていたのだ。『結婚してあげる』かわりに『養って』という

意識で、結婚生活がうまく行くはずないってことを。

分かっていて、それでも「いいよ」と言ってくれる。それが先輩だった。

その先輩に向けて、助けてくれとパソコンからメ1ルをうつ。

世間的には、別れた夫にこんなこと頼むのはおかしなことだろう。でも、先輩とあたしは嫌いあ

って別れたわけではないし、ただ、あたしが結婚というものを、甘く考えていただけで、先輩は悪

くなくて、結婚という間違った関係を元に戻したかったから離婚届にハンを押してくれと頼んだだ

けで・::::そんな先輩に頼ってばかりの自分は、どうかしてると思うけれど:

メールを発信しようかどうしようか、パソコンを前にして悩む。悩む。悩む。

『我、メシなし、ガスなし、水道代なし』

まるで核兵器の発射ボタンを押すかのような、苦渋の決断であった。

身勝

もう、メシを食つてない。最後に食べたのは昨日だっけ、おとといだっけ。

ひもじさを突破して痛みすら感じるなかで、眠さと疲れで重たくなった頭と、かちかちに凝った

項と肩とに気合いの拳をたたき込んで、「あと一ぺlぢ」と吃く。

二十七インチワイドTFT液晶モニタの右下隅に表示される時計が、二十三時三十五分になっ

た。その時・:

部屋のドアが何者かによって聞けられる気配を感じた。

鍵が差し込まれ、軽快な音を立てる。

ドアのきしむ音。冷たい冬の空気が流れ込んでくる。

「なんだ、起きてたのか梨紗。部屋を真っ暗にして何してんだ?

になんだか寒くないか、ここ。エアコンぐらいつけろよな」

もう寝てるかと思ったぞ。それ

401 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー400

あたたかい声は、伊丹耀司先輩、その人だった。

「あ、先輩」

あたしはその名を呼んだつもりだった。なのに自分の口から出た声は「ごはん」だった。情け無

あ・・。

*

*

梨紗にとって、それは驚天動地の出来事だった。

「せ、先輩が女を連れてる」

夜の夜中に、女を連れて「よおっ、悪いけど朝までかくまってくれ。疲れた」とやって来たので

ある。それはもう、梨紗の知る伊丹のすることではなかった。

呆然としている梨紗を後日に伊丹は「あ1、入ってくれ」と、ドアの外にいた女性達を部屋の中

へと迎え入れる。

見れば、外人ばっかりである。

問題は、梨紗の琴線に触れるタイプばかりであることだった。

「うわあああああっ!黒ゴス少女に、きんばっエルフ、銀髪少女と、紅髪のお姫様っぽい美人

に、縦巻きロ1ルのお嬢様っぽい美人と、巨乳チピ女はどうでもいいか・・・国際的なコスプレの催

しつであったつけ?」

その手のイベントのスケジュールはすっかり頭に入っている梨紗であるが、今年は冬の同人誌即

売会まではなかったはずである。そんな梨紗の疑念に伊丹は窓から外を警戒するように見渡しなが

ら、深夜の訪問を詫びて事情を説明した。

思わず、「かわいいよおお」とロゥリィに抱きつこうとする梨紗。ひょいとよけられて、ダイナ

ミックに顔から床に滑り込んだ。

「実は宿泊したホテルが火事になって::・::焼け出されちゃったんだ、これが」

「火事つ」

梨紗はパソコンをネットに繋ぎニュースを検索した。

市ヶ谷園の火災が記事となっている。出火原因は「放火か?」と書かれている。

その下には、丸の内線の架線事故。

そして、国会での参考人招致が写真つきで記事になっていて、梨紗の自にとまった。写真に映っ

ている、異世界から招かれた少女達の姿が気になったのだ。

「ん::・」

聞いてみると、ロゥリィ・マ1キュリーの「あんたお馬鹿?」発言が大きく取り上げられてい

た。高齢者H老人という、我々の概念を根底からたたき壊す、異世界からの美少女(?)軍団、と

いった記述、かスポーツ系新聞では書かれている。

403 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー402

他にエルフ美人や、銀髪の少女の写真も載っている。

ネット上の動画投稿サイトにも参考人招致の動画がアップされ、

いことになっている。

動画に映っている黒ゴスの少女を見て、そして、今自分の部屋にいる黒ゴス少女を見比べる。

真っ黒で、フリルたっぷりのゴスロリ服。黒色の薄い紗のベlルに覆われた黒髪。そして、何が

入っているのか彼女の背丈を超える帆布に包まれた大荷物。なにより・も、幼げなのに妙に成熟した

大人の女然とした切れ味のある容貌は、この世に二つとしてないものだろう。

結論:・・同一人物。

動画に映っているエルフ女性を見て、そして、今自分の部屋にいる金髪エルフとを見比べる。

腰まである金糸を流したような髪。笹穂長耳は、締麗な曲線を描いて、髪の隙聞から後方に半分

ほど突き出ている。アクアマリンのような碧眼。着ている服こそ国会でのリクルートス1ツっぽい

ものから、細い脚の曲線、がくっきりきっちり浮かび上がるストレッチジーンズに身頃たっぷりのセ

ーターと変わっていたが、身体的特徴はやっぱり見間違えようがない。

結論:::同一人物。

動画に映っている銀髪少女を見て、そして、今自分の部屋にいる、銀髪少女とを見比べる。

光の当たり加減で、白髪とも銀髪とも表現できる髪を短くショートにして、肌も博多人形ばりの

白さ。小柄な身体は、中央アメリカのポンチョにも似た生地の厚いロ1ブですっかり包んでいて、

コメントやアクセス数がもの凄

かえって首や肩の細さが目立ってしまう。整ったその容貌は表情とそないが、かといって能面のよ

うな無機的な気味の悪さがなく、しっかりと生きた人間であることを感じさせてくる。強いて言う

なら無表情という名の表情をもった少女。

結論:::同一人物。

ニュース記事の、参考人招致へと至る一連の説明か}読み込んで、ようやくポンと手を打って合点

のいったことを示す梨紗であった。

「そう、この娘たちはレイヤーじゃなくて、ホンモノなのね。ふふフふふふフふふふフふ腐腐腐」

独りほくそ笑む瓶底メガネ女を眺めて、「な、なに?これ」と一同を代表して尋ねたのは、テ

ユカである。

女捨ててると言いたくなるような梨紗の姿にしろ、あちこちに置かれたダンボール箱にしろ、積

み上げられ山をつくっている薄っぺらい本にしろ、生きているのでは?と思ってしまうほどの精

巧な人形がずらりと列べられた部屋の有様にしろ、やっぱり奇怪である。

ロゥリィは「ここにも、ハ1ディがいたあ」と、おびえを隠そうともせず伊丹にしがみついた。

半ハ在配きそうである。

これ誰?という皆の無言の問いに答えるべく伊丹は口を聞いた。

「乙れは、俺の『元』奥さんだ」

「・えつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつH・」

405 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー404

「二尉結婚できたんですか?つというか、こんな男と結婚するような物好きが居たってことじた

いが、驚きつH だけど、実物見てみたら、非常に納得できる組み合わせっ」と、巨乳チピ女こと

栗林の声は、この場にいた皆のこころを代弁していた。

梨紗の部屋に、久しぶりに明かりが灯された。

エアコンも長い休息を解かれて、あたたかい空気を吐き出している。伊丹から緊急援助を受け、

とりあえず電気代支払いの心配がなくなった梨紗の大盤振る舞いである。

とは言っても、一同はようやく落ち着き場所在得てたちまち雑魚寝状態で眠ってしまった。門の

向こうでは、旅の最中は野宿・雑魚寝は当たり前だし、お姫様方二人は軍営生活経験者だから、そ

ういうことでいちいち目くじらを立てるようなこともない。さらには、雑魚寝用の各種毛布類、か豊

富に取りそろえられていたこともあって、それほど悪い環境でもないのだ。ちなみに『各種』とい

うのはこの場合、あんパンをモチーフにした子ども向けマンガキャラクターなどの模様が入ってい

るという意味である。

で、伊丹の傍らを陣取るようにしてレレイが寝ている。何故か懐かれているような気がする今日

この頃だ。その隣がテユカ。伊丹を挟むようにして反対側がロゥリィ。ちなみにボlゼスとピニヤ

は、富田の向こう側、だ。

「ふーん。事情はよく分かったけど、そういう危ない話にあたしを巻き込むかな1」

梨紗は、伊丹、か買ってきたコンビニ弁当をガツガツと掻き込みながら、パソコンのモニターを暁

んでいた。時折、ペンタブレットを握って、かしかしとなにやら描き込んでいるから、原稿チェッ

ク作業に入っているのだろう。何としても、徹夜で仕上げるつもりのようだ。

「そうですよ、隊長。元奥さまとはいえ、やはり民間の女性を巻き込むのはどうかと思います」

起きている富田が窓の外を警戒しながら言った。

「それに、駒門さんを放り出してきて良かったんですか?」

ホテルの火事を知らせるベルが鳴り響くや否や、伊丹はぎっくり腰でうんうん除っている駒門を

放置して出てきてしまったのである。いくら彼の部下がいるといっても薄情きわまりない行為だ。

「だってさぁ。ここまで続くと、駒門さんそのものが怪しくねっ・」

「駒門さんが、情報を漏洩してると?」

「いや、そうまでは言わないよ。だけど、彼と関わりのあるところで情報が漏洩してるんじゃない

かつて思うわけだ」

「尾行されてたとか」

「それもあり得るけど、どっちとも言いづらいよな。駒門さんを放り出して、こっちに何か有れば

尾行というのが正解。何もなければ、駒門さんの方に原因ありつてことかな」

「だから、ここで何かあって欲しくないんだけど:::」

梨紗の言葉を伊丹は何気なく無視しながら、「さぁ、寝よ、寝よ」とばかりに毛布を被る。そし

407 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり1.接触編406

てふと気付く::・レレイの腕、か伊丹の腰に回ってる。

「::・・:・・・どうしよ」

なんとなく気恥ずかしいが、とりたてて騒いで周りに気付かれるのも困ったものである。いらぬ

誤解を生みそうだ。どうせ毛布の下でのこと、黙っていれば分からない。

「明日はどうするんですっ」

「何もなければ、休暇が楽しめる。せっかくの骨休めをつぶされてたまるか。買い物、そして、温

泉にのんびり浸かって疲れを癒そう」

「でも、宿泊先に手が回っている可能性、ありませんつ」

「予約したところには行かないよ。どっかに、飛び込みで行けばいいし

「この時期に、いきなり行って宿泊できるとこなんてないでしょっ・」

「大丈夫、何とかすっから。それより、午前四時で起こせよ」

一応、不寝番を富田と伊丹でするのである。

現在午前一時二十分。富田は、午前四時から午前八時まで休める予定だ。

伊丹は目を閉じた途端、眠りに落ちていった。

「時に:::梨紗さんは、伊丹二尉の奥さんですよね」

「『元』奥さん。今は、友達:・・かな」

梨紗は、パソコンのモニターを院みつけたまま、富田の聞いに答える。

「離婚した関係って、別れたあとも友達に戻れるものなんですか?」

「他の例を知らないからなんとも分かんないなあ。あたしんちの場合は、離婚してからの方が友達

としてうまくいってる。結婚している時はどうにも落ちかなくって、妻っていう役割そ演じきれな

かったのよね」

富田は部屋の各所に山積みとなっている同人誌の山とか、各所に列べられた球体関節人形の数々

を見渡して、「はあ、まあ、そうなんでしょうねえ」と、暖昧な答え方をした。そうですねと肯定

すれば本人を目の前に隠してるようだし、否定すれば嘘をつくことになってしまうからだ。

富田は、積み上げられた本の一つに、何気なく手を伸ばした。そして、頁をめくって凍り付く。

「ああ、止めといたぼう、かいいよお。男の人には目に毒かも:::って、遅かった?」

紙面一杯に描かれた十八禁BL漫画の描写を前に、富田は仕掛けられた対人地雷でも踏んだよう

な顔をしていた。掘り返した地雷を扱うかのように、丁寧に表紙そ閉じると、そっと本の山のてっ

ぺんに積み置くのだった。

409 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編408

18

冬の午前四時過ぎというのは、まだ夜中の内だ。

原稿が仕上がったのか、プリンターは静かながらも作動音をたてて忙しく働いている。部屋の主

は、することもなくなって緊張が解けたのかモニターの前でうたた寝していた。

伊丹は、そんな梨紗の背中にリリカルなキャラクター模様の毛布をかけると窓の外へと視線を向

けた。だが、明るいところから暗いところは見えにくいし、もしこちらを監視する者、かいたら相手

から丸見えだということを思い出し、部屋の灯りを落として改めてアパートの外を観察する。

見た範囲では、人影もない。

時折、新聞配達のスーパーカブが軽快な四ストローク音をたてながら家々を回っている。タクシ

ーから酔っ払った人が降りてきて、支払いに手間取っていたり、生活リズムがどうなってるんだろ

うと思うような人のキックボ1ドの音も聞こえたりする。

それが明け方近い、都内住宅街の生活音であった。

首相官邸。

『お休み中、申し訳ありません。総理:::』

「なんだね?」

パジャマ姿の内閣総理大臣、か、ベッドの中で携帯電話を耳に当てていた。

『特地からの来賓が行方不明になったようです』

「それはいつのことだ」

『昨夜の二十三時頃です。投宿先の市ヶ谷園で火災が発生しまして・:・』

首相は枕元の時計を見た。現在午前五時を過ぎている。

「で、第一報が遅れた理由は?」

『はい。ご報告申し上げるならば、状況をある程度把握してからと思いました』

「で、把握できた状況というのはなんだ?」

『はい。市ヶ谷園の火災の原因は、放火のようです』

「火をつけたのは誰だ」

『まだ、判っていませんが、予想では:::』

「予想ならば不要だ。現場担当者はどうしている?」

『現在入院中です』

「負傷したのか?それは、敵対勢力と交戦したということか?」

『まだ、判っていません』

411 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー410

「ちっ。で、来賓は無事なんだろうな?」

『::::::現在、捜索中です』

「馬鹿か?」

『申し訳ございません。ですが、担当部局も鋭意努力しておりますれば:::』

「違う。私が言ったのは君のことだ」

『:・:と、申しますと?』

首相は舌打ちすると「もういい」と電話を置いた。

首相という職に就いた時に、危機管理の重責を担う以上、緊急の知らせが時と場所を間わずに押

し寄せて来ることの覚悟は充分に済ませたつもりだった。だが、手足となって働く官僚達がこの体

たらくという現実には、ほとほと参っていた。

エリート中のエリートであるはずのキャリア組官僚達。彼らは、ひとり一人を見れば相当に優秀

だし、組織を運営していくことについては国際的にも高く評価されている。一つの課題について

も、一度問題意識を持てばそれを研究し、対策をたて、それなりの行動を起こすことも出来る。だ

が、その場その時、その瞬間に自ら責任をもって判断し、必要な対策を施さなければならない突発

的な出来事に遭遇すると「なんで?どうして?」と小一時間問いつめたくなるほどに、頑迷で無

能な存在となり果ててしまうのだ。

しかも、彼らは意外と仕事が出来ない。書類と言えばお役所仕事の代名詞であったのに、

記録をきちんと整えておく』ということすら出来ていなかったことが暴露されたのは、

話だ。

『年金

つい最近の

これとて、世の中が平和で比較的安定していれば、時聞をかければ何とかできただろう。

だがしかし今は有事である。しかも、日本を取り囲む環境はとりわけ厳しい。

特地での戦況こそ有利であるが、『門』のこちら側では、アメリカ、中園、ロシア、EUのみな

らず、インド、中東、南米各国大使からの、「『門』にかかわる問題を話し合いたい」という申し

込みが連日のごとく入ってくる。そしてこれが厄介なのである。

アメリカは、最初っから分け前があると思いとんでいる。招かれないパーティに勝手に押し掛

け、しかも行儀良く客用の皿に家の主人が料理を取り分けるのを待つつもりもなく、自分用の大皿

を持ち込んでお手盛りで欲しい分を取らせろというのだから、図々しいにもほどがある。今のとこ

ろ大人しくしてるが、それは料理がまだ出来上がっていないからでしかない。

EU各国の首脳からは、日本が特地の権益を独占することがないように、釘を刺しておくような

発言が増えているし、ロシア、中園、あと中東や南米の一部・・・すなわち資源輸出国は、国連によ

る『門』の共同管理を主張している。

これらの資源輸出国は技術大国にして経済大国の日本が無尽蔵とも言える資源を握ることで、自

国の権益や発言力、か低下することを恐れているのだ。

ただ、第二次大戦後のベルリンでもあるまいし、一国の首都、しかも皇居から目と鼻の先に外国

413 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー412

の軍隊を入れるという主張は常識はずれに過ぎる。向こうも無茶を承知で口にしているに過ぎない

から、真剣に取り合わなければならないような事態にはなっていない。

摘に障るのは、こうした海外からの圧力に迎合する圏内勢力の存在だった。

与野党、各種のNGO団体、挙げ句の果てに宗教勢力等から、『門』の向こう側に立ち入らせ

ろ、調査させろ、特地での活動を保障しろ、マスコミ関係者に立ち入り許可を出せ、それが無理な

らせめて向こう側の人間と話をさせろという要求が出て来ている。

そう言えば、昨日の参考人招致。『亜神』という種族のロゥリィと名乗る少女:・ではなくて本

人の言によれば九百才を超えると言うが、彼女たちの登場は、各界に強い衝撃を与えたようだつ

た。

新聞各社のみならず、週刊誌、雑誌社、出版社、あげくのはてに芸能界、それとニュlエイジ系

の団体や、東西の新興宗教などから問い合わせの電話がかかってきたと言うから、笑ってしまっ

た。

こうした有象無象からの情報開示の要求も日増しに強くなってくるだろう。

上手にコントロールしなければ、『門』の向こう側について権益を求める連中と結びついて、無

茶な要求、か現実になりかねない。国際関係というのは、学校の教室内に似ている。国連という名の

教師は無能で無力だ。恨み辛みを記した遺書でも残して自殺しない限り警察は来てくれないのだ。

来てくれない以上、無いも同じである。従って、子どもは有力な友達をつくって群れなければ、い

じめや無法から身長信守れない。

対処としては、同盟国であるアメリカを始め、関係の良好なEU諸国については、それなりに取

り分が期待できることを灰めかせておく。実際問題、特地についての情報はまだ多くはないし、も

し想定通りなら、特地開発は日本だけでは手に余る。要は、重要な部分で日本によるコントロール

が効けばいいのだ。そしてアメリカも、ヨーロッパもそれで満足するだろう。

問題はロシアと中国だ。

ロシアの、エネルギーの元栓を握りながらの強引な外交施策は、EUのみならず東欧諸国でもか

なりの反感を買っている。EUが特地に強い関心を示すのも、乱暴なロシアの態度に、内心で酔易

しているからだ。特地から安定したエネルギー供給を受けられるようになれば、強いられて来た我

慢もしないで済む。

当然、ロシアとしては困るわけで、ロシアが強行に国連による管理を主張するのもそれが理由

だ。ロシアにとっては『門』は無い方がよいのである。その意味では厳重な警戒が必要だった。あ

の国は民間機だろうと漁船だろうと平気で撃つ。下手すると通常弾頭のSLBMを『門』めがけて

ぶっぱなしかねない。

ロシアに対しては、EUとも相談しなければならないが:::要するにロシアのヨーロッパへの発

言力が急激かつ極端に低下しないように気をつかわなければならないということだ。このあたりは

『気をつかっているゾ』と示しながら、手を出したらただじゃあ済まないぞという毅然とした態度

415 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー414

を取ることが必要となるだろう。

中国の場合は、ロシアと違って『門』の存在そのものについては否定的でない。何しろ状況が逼

迫しているからだ。

中国は資源輸出国であるが同時に、資源輸入国でもある。この国は、愚かなことに十三億人の国

民全員に豊かな生活をさせようとしている。それは、エネルギーや資源の需要と供給を大きく崩す

行為だった。これまでの数十倍という膨大なエネルギーを、一時に必要とすることになるのだ。こ

れと言うのもあの国が十三億という数の国民を御すことが難しくなって来たからだ。国をまとめる

ために必要だったのかも知れないが、長年続いた偏った教育の結果、中国人の自我は中華思想を背

景に限りなく肥大してしまった。大国意識、過剰なまでの優越意識、そして一人っ子政策からおこ

る両親による甘やかされ:::気位が高くなれば貧しい生活で満足できるはずもない。日本やアメリ

カから入ってくるテレビドラマに映し出される主人公のような、高級乗用車を乗り回し、物質的に

豊かで享楽的な生活をしたいと思うのも当然のことだった。思ってしまうのだ。偉大なる漢民族の

一員たる自分が、日本人などよりも劣った暮らしが出来るか、と。十三億人が不満そ抱く。国内の

不公平に不満を抱く。大国の国民のはずなのに、偉大なる漢民族の一員なのに、自分はちっとも豊

かでない。

不満が欝積し、はけ口を求めて駆けめぐる。

エゴを抑制する力はなく、実力の裏打ちのないブライドは傷つきゃすい。真実を指摘したり我慢

を強いる者は敵で、自意識を満たしてくれるものだけが正義だ。

溜まり溜まった不満が出口を求める。

日本のような民主国家は、国民は不満に思った政権を選挙という方法で平和裏に引きずり降ろす

ことが出来る。だが、独裁国家では破壊と暴力によって政府そのものを転覆させるしか方法がない

のだ。だから、彼らは暴動を起こす。それは彼の国の指導者にとっては恐怖であった。あり得ない

はずのソビエト崩壊もそれほど昔のことではない。だからこそ必死なのである。国民の不満をなだ

めるため、肥大していく欲望をいかに満たすかで汲々としているのである。だから甘い言葉を噛

く。『共産党の政治により未来は明るく、誰もが豊かになれる明日が約束されていて、諸外国はか

つてのように中国を宗主国として敬い、ひれ伏すだろう』と。

日本としては、このような中国ともつき合っていかなくてはならない。ならば、事を荒立てるよ

り仲良くしていた方が得だということを解らせることだ。

そのための餌が特地であった。

中国はとにかく資源が欲しい。そのためには強引に奪うか、友誼を求めて、分けて欲しいと頼ん

で来るかのいずれかになる。今は、日本の権益独占に対する警戒と嫉妬心を示している段階、た。頭

を下げるのも業腹だから『耳障りな雑音』を発しているのだ。それもこれからは、ますます露骨に

なって来るだろう。

ある意味、ここが踏ん張り所なのだ。

417 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー416

他人が、自分の欲しいものを持っている時、強引に手を出して奪い損なえば、後で態度を改めて

「分けて下さい」と頭を下げて頼んでも、貰えるはずがない。その常識をしっかりと理解させる。

そうすれば、これまでのことはあたかも無かったかのように、好意的な笑顔で友好ムlドを演出し

つつ握手の手を伸ばしてくるだろう。しかしとれに容易に乗ってはいけない。中国の対日外交の基

本は、『握手をする時に、つま先を踏む』だ。外務省の官僚は、拳を振り上げてくる相手には断固

として退かないが、握手する時につま先を踏まれると簡単に一歩退いてしまうという性格がある。

そこにつけ込まれているのだ。だから、中国は様々な形で喧嘩を仕掛けてくる。そして、必ず後で

握手しようというサインを見せる。その時に飛びつかず、足を踏まれでも痛いと言わずにじっと相

手を脱みつける覚倍と根性が、対中政策上は必要なのである::・・・:が、官僚達のこの体たらく

である。先代の北条首相はよくぞ我慢できたものだと思う本位である。「もしかして、わざと?

オレって虐められている?」と思いたくなった。

「結局大事なのは学歴なんぞではなく、人間の質なのかも知れない」

先代首相は、反対勢力からは蛇帽のごとく嫌われていたが、逆に言えばそれだけ指導力に優れ、

自分がよいと思う政策をどしどし推し進めていた。内閣も政府も緊張感があって自分が、彼の官房

長官として働いていた時は、ホントに良いのかと思うほど果断に振る舞うことが出来たが、それも

彼の揺るがない政治姿勢が後ろ盾となっていたからだ。

さすがに、あれは不味いと思って自分が首相になってからは各方面に配慮した政治をするように

したのだが・:・何が悪かったのか閣僚の汚職疑惑とか過去の問題が噴出してくるわ、党内の身内が

身勝手この上ないことばかり言い出すわ、各省庁の問題が頻出するわ、もういい加減仕事を投げ出

したくなる。おまけにこの不始末である。

第1の問題は、「特地からの来賓が行方不明」という重要な情報、か、この時間まで報告されなか

ったことである。

第2の問題は、ある程度の状況を確認してから伝えようと思ったのであれば、この程度では状況

をまとめた内に入らないということだ。すなわち中途半端なのだ。

第一報というのは不正確であってもよいのだ。何か事が起きているということを知らせることに

意義があるからだ。従って速さと早さのみが価値を持つ。この報告を受けた責任者は、対応の準備

を(物心両面で)整えることになる。

ついで第二報とは、何が起きているかを詳しく報じることになる。これによって、具体的な対応

に動き出す。従って、何が起きているかの具体的な中身、か大切になるのだ。その意味から見ても、

今回の報告は遅きに過ぎて、しかも内容は不十分である。要するに、ちゃんと報告はした。責任は

果たしたというアリバイ工作でしかない。

「これで何を指示しろって、言うんだよ」

と、ぼやいてしまう。とは言っても、何もしないわけにはいかないのが彼の立場だ。特地からの

来賓は、この戦争を終わらせるばかりか、特地と我が国との将来を方向付けるという意味でも重要

419 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー418

な存在となる。しかも、その中には国会を沸かせてくれた、あの締麗な三人組も含まれている。彼

女達には恐い思いはさせたくない。

本位は携帯電話を再び聞いて、電話をかけた。

しばしの呼び出し音に続いて、相手が出た。

かのう

「嘉納さん、朝早く済みません」

「よかった、起きておられましたか?睡眠を邪魔するんじゃないかつて心配してたんです。とは

言え電話をしなければならない立場がお互いに辛いところですね。ぇ、私ですか?さきほど叩き

起こされました」

「実は特地からの来賓の件です。各所からいろいろと雑音が入ってたのは嘉納さんもご存じだと思

うんですが、雑音もいささか度が過ぎたようで、来賓が逃げ出してしまったんですよ。無事ならい

いんですが・・・・・・ええ」

「pえっ・-いや、実はお恥ずかしながら、たった今報告を受けたところで」

「はい。正直言って今の担当者では心許ないので、お手を患わせますが『特地問題対策担当大臣』

をお引き受け願えないかと:・丸投げになってしまって申し訳ありませんが」

「ええ、宜しくお願いいたします」

本位は、携帯電話を閉じると盛大に「くそっ」と罵倒した。嘉納から嫌みの一二百二言も言われた

ようである。「もう辞めてやる。辞めちゃうぞ、こん畜生め」と怯きながら、ベッドに潜り込むの

であった。

とばり

夜の惟があけた。

テレビでは、無責任なコメンテ1ターがあちこちで起きた出来事について、あまり意味があると

も思えない個人的な感想を述べはじめた頃合いである。まだ眠っている者を邪魔したくないので、

音量を小さく絞って流しっぱなしにしておき、雑魚寝している者を踏まないように注意しながら、

伊丹はワンルlム・マンションに申し訳程度につくられている狭い台所に立つと、コンビニで購入

したパン、牛乳、卵等を用いてフレンチトーストを作り始めた。

彼のする料理は焼くか、妙めるか、のどちらかだけである。味は甘くするか、ソースないし醤油

をかける、あるいは軽く塩をふる、といった単純なもの。複雑な味付けはしないし、そもそも出来

ない。ダシも使うとすればスーパーで手に入るカツオダシだ。

421 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり← l接触編420

素材の味を活かした素朴な:::と表現すれば、それなりの料理であるかのように思えるが、要す

るにフライパンしか使わないのである。

もし、晩飯を作らせたらきっとスーパーで一番安いオーストラリア産かアメリカ産の肉を買って

きて、フライパンで焼いて、軽く塩と胡槻をふっておき、後でソ1スをかけて食べるという食事に

なるだろう。もちろん野菜は、冷凍のミックスベジタブルである。生野菜を食べるなら、キャベツ

とかレタスを半玉買ってきて、ざくっと切ってそのまま出すという大胆さだ。ご飯は、一度に四合

くらい炊いておき、一膳ずつラップにくるみ、冷凍保存しておく。そうして毎回必要分を電子レン

ジで解凍して食べる。要するに料理は、変な味付けをしようとしなければそれなりに食える。そう

すれば、とりわけ美味くなくても、まずく・もならない。それで良いと思うところが、伊丹の食に対

するこだわりと言える。

散らかっている荷物を部屋の隅に押し退けて、大判の折脚テーブルを部屋の中央に置く。そこに

伊丹は皿を列べていった。

富田はぐlすかと入眠中。栗林は一度トイレに起きてきたが、今は再び眠っている。この二人が

目を醒ます頃には、朝食はすっかりと冷めているだろうが、そういうことはあんまり気にしない。

特地組では、ピニャとボlゼス:::それとロゥリィの三人が早起きであった。ロゥリィは起きた途

端、窓の外に見える太陽の前で脆いて祈っていた。ピニャとボ1ゼスは最初はテレビに驚いて見入

っていたが、この時聞に流れているニュース番組の類は言葉を解さないと面白くないためにほどな

く飽きが来て、今度は室内に置かれた同人誌の数々へと関心を移していた。

「で、殿下、こ、これは」

「う1む。これほどの芸術が、乙の世にあったとは」

「殿下。とこは異世界です」

「そうだつた」

一.「

.. .. .. .

.

-

Lー

「:・:・:::::・」

「文字が読めないのが恨めしい」

「殿下。語学研修の件ですが、是非わたくしをし

「狭いぞ」

「わたくしがこれらを翻訳して、殿下の元に:::」

「::::::・・・・」

っ・・・・:::::」

「・::::う、うーむ」

伊丹は、自分なりにピニャやボlゼスの会話に割り込むタイミングを見計らいながら、「あの

:・」と声をかけた。二人とも、ペ1ジを捲る手を止めて驚いたように顔を上げた。ロゥリィも、

丁度お祈りが終ったようで、伊丹へと顔を向けた。

423 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編422

「朝食。出来たんだけど、食べる?」

防衛大臣兼務特地問題対策担当大臣、嘉納太郎宅。

伊丹等がフレンチトーストという洋風の朝食を食べている頃、嘉納も東京滞在時用の自宅で、ご

はんに納豆にみそ汁という日本人的(関西方面の方には、異議がおありであろうが、とこはご勘弁

頂きたい)な朝食をとっていた。

のじ

第一秘書の野地が、嘉納事務所の秘書集団を引き連れて「おはようございます」とやってくる。

「大臣、今日のご予定ですが:::」

などと、メモを聞きながら読み始めるのをさえぎって、嘉納はみそ汁をすすりながら「悪いけ

ど、それは中止だぜ」と独特のしわがれ声で宣った。

「どうしました?」

「明けがたによお、総理から電話があったんだよ。特地からの来賓が行方不明だってさ。だから任

せるってよ」

「それって!だって特地のととであっても講和については、総理が官邸主導で行いたいからって

強引に奪っていった仕事じゃないですか。それが、自分では手に負えなくなりました、あとはお願

いしますなんて、都合が良すぎませんか?」

「そう思うだろう?俺も思っちゃうんだよ」

ま、考えなくても分かることだが、首相はとの戦争を圧倒的に有利な条件で終わらせたという成

果を独り占めしたかったのだ。狙いは間違ってないと思う。だが、手に負えなくなるとすぐに投げ

出すのが、今の首相の悪いところである。要するに根性が座つてないのだ。

もしゃもしゃと味海苔を口にする嘉納は、そんなことを怯いた。

「はい、かしこまりました」と怯いて、携帯電話で各所にキャンセルの連絡をしてい

。野

「それでよ、野地。悪いけど官邸まで行って、来賓の方々の資料を貰ってきてちょうだいよ。つい

でに総理の顔色彩-見てきてくれ。松井、朝一番で担当者会議を招集するから関係省庁に連絡してく

れ。それと情報本部の担当者に状況がどうなっているか問い合わせてくれよ。以後の報告はこちら

にするようにと付け加えてな」

「あ、はい」

野地は、携帯と手帳を懐に戻すと即座に席を立った。第二秘書の松井も携帯電話を取り出すと各

方面に連絡を始めた。

*

*

「よし、今日は楽しむぞ」

425 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー424

朝食終了後、伊丹は片づけを済ませると、かぶりつきでテレビを見ている特地組女性衆に宣言し

た。テレビの画面には昨日の参考人招致でレレイらが質問されている様子が映し出されている。

「楽しむって、それどころじゃないんじゃないですか?」

昨日は狙われたり、ホテルに火をつけられたりしたのに軽率ではないかと栗林は言う。

だが伊丹は首を振った。「俺のモットーは喰う、寝る、遊ぶ。その合聞にほんのちょっとの人

生!だ」と。

そういう問題じゃないように思うんですが:::と富田も首を傾げるが、この場における最高指揮

官の伊丹が「休暇を楽しむぞ」と宣言する以上、二等陸曹でしかない身では言い返しょうもない。

「第て万が一敵が俺たちの居場所を知ってるんなら、ここに閉じこもってたって危険なことに変

わりはないじゃないか。それだったら、外を出歩いて人目の多いところで遊んでいた方がよっぽど

得だ。違うかつ・」

確かに一理あるようにも思える話であるが、なんだか、それだけのためにもっと重要な何かを犠

牲にしているような感触もあった。もちろん富目だって、栗林だって仕事大好き人間というわけで

はない。若いのだから買い物をしたり、遊んだりもしたい。だから、伊丹が遊ぶというのなら「ま

あいいか」と最終的には受け容れてしまうのである。

そうなれば、問題はどこへ行くかである。

「はいっ、お買い物っ!渋谷っ、原宿っ!」

手を挙げたのは、梨紗であった。買い物は狩猟本能の代償行為とも言われている。金銭的な困窮

を堪え忍んできた反動からか、熱烈な購買意欲、か頭をもたげたようである。

「なんでお前が提案するんだ?」

「え11111111もしかして仲間はずれりいぢめかな? いぢめつつ・」これって、

「別にいじめてないって。みんなが良ければ、別に構わないと思うぞ」

「ゃったあ」と喜んだ梨紗は栗林に買い物を提案した。テュカやレレイ栗林もこれに賛同すると、

に、渋谷や原宿がどんなところであるかの説明か」はじめた。「洋服、だの下着だの::・」云々という

言葉、か聞こえて来る。ロゥリィはなんだか気が乗らない様子であったが、梨紗が「黒ゴス・・・・・・今着

ているようなのが良ければ、下北沢に専門の屈があるよ、行ってみる?」と言ったのを栗林が通訳

した途端、態度を百八十度変えて賛成票を投じた。

女性陣の希望が渋谷を中心としてその周辺に決まりそうな中で、伊丹は「俺としては、

中野なんだが」・:・:と、何が目的なのか理解できそうな地名を怯いたりする。

秋葉原、

「自分としては、どこでも良いんですが、ボlゼスさんが『この世界』の資料とか見れるところが

いいと言ってますので、図書館などはどうかと思ってます」と、富田がピニャやボlゼスの意向を

代弁した。実に渋い意見である。図書館デlトを企画しているようであった。

行きたいところが別れてしまった。

伊丹は、と梨紗の顔を見て、「同行してはいけない、という第六感の絶対にいけない」

一..「

.

-

Lー

427 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編426

噴き・::ではなく絶叫を耳にした。女の買い物につき合った男の末路は悲惨である。覚悟を決めて

とととんつき合うつもりなら、それなりに楽しめる可能性もあるが、中途半端な気持ちで関わるな

ら絶対にやめておいた方が良い世界なのである。

「とりあえず午前中は別れて行動するぞ。余裕をもって午後二時に新宿駅で待ち合わせして遅めの

昼飯にする。それからは集団行動で移動して夕方は温泉で、夜に宴会ってことで」

こうしてレレイらは、異世界の街へと買い物に繰り出すこととなった。

単独行動の伊丹や、図書館行きの富田・ピニャ・ボlゼス組と別れたロゥリィ・レレイ・テユカ

組らは、栗林と梨紗に連れられてまず原宿に現れた。

おのぼりさんよろしく、周囲を歩くものすごい数の人に圧倒されてきょろきょろしている。そん

なレレイ達を連れて梨紗が入ったのは、当然のごとく服のお屈であった。

「どうにも、その格好が我慢できなかったよねえ」

と、梨紗は宣言すると、レレイのポンチョにも似たロiブを追い剥ぎか性犯罪者のように「うへ

へへヘへ。良いではないか、良いではないか」とひっぱ、かして、可愛系や、ギャル系、ナチュラル

系等の服を次々と取り出してきでは着せ替えた。どうも、等身大の人形遊びとでも思っているかの

ようである。

着せては脱がせ、着せては脱がせ・:そうこうしている内に、色は別にしてもレレイが気に入つ

た様子を見せたトップは、シンプルで腿を半分まで覆うロング丈のカットソl(ここまで長いとワ

ンピースと呼ぶべきかっ・)、ボトムは膝丈のレギンスであった。たっぷりとした生地で身体の線を

覆い隠してしまおうとするところに彼女の恥じらいが感じられる。だが逆に下の方は伸縮自在でぴ

たつとした生地が細めの脚をなかなか良い感じで強調するから、こちらのほうでは冒険を試みてい

る。

「ふむ。そう来たか」

ならば、色としては水色、黄色、ピンク・:・と眼にもまぶしい色を勧めたい。梨紗としては、こ

れにしっかりした作りの可愛いアウターを選んで、冬の東京にも対応可としたいと思うところであ

る。だが、レレイとしてはパーソナルカラlの自に、どうしても気が惹かれるようであった。一

方、梨紗としてはさすがに上下全部が自の無地はどうかと思う。

「自に白じゃ、詰まらないじゃないつH」

そこで妥協策として刺繍が入っているものとか、柄物を勧める。

結局の所、トップは無地の白が採用された(ただし悪戯で、背中のカットが深い大胆なデザイン

のものを忍び込ませた。これによって、細い肩からうなじのラインがあらわになってコケテッシユ

な魅力を男共に振りまくだろう)。レギンスも生地は白だが、とれについてはおとなしいながらも

刺繍やリボンが入っている可愛いデザインのものを強く勧めた。

対するに、テュカの方は、すらっと列ぶ衣装を前に、自分なりの好みから次々と欲しいものへと

429 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー428

手を伸ばした。今着ているストレッチジーンズとTシャツ+セーターという組み合わせも悪くな

いが、どうにもおへそが出るのは心許なく思っていたようで、レレイが選んだような丈のたっぷり

としたものを手にした。ただし、身体の線、か強調されるピタっとしたTシャツワンピースを選ぶと

ころは、スタイルに対する自負心が感じられる。「脳筋爆乳」と呼称される栗林とは方向性は違う

が、形状の良い曲線を肢体に有しているのだ。色は森の妖精らしく当然のことながら緑:::若草色

だ。

梨紗としては、テユカのウエスト周りはすっきりとしすぎているから、小物入れかハードなベル

トでウエストマlクをつけたいところである。寒気対策としてはダブルのコlトが良いかも知れな

' ν

着替え終えたテユカやレレイが試着室から出てきたところで、梨紗や栗林そしてロゥリィが「お

おっH」とぼちぼちと手を叩いたりとフアションショlのノリとなる。へきがんすいどう

金髪ブロンドで碧眼のテュカやプラチナブロンドで翠瞳のレレイは、外国人モデルみたいにとて

も見栄えがよく、見物人も集まってお屈の中はちょっとしたガ1ルズコレクションという雰囲気に

なった。お屈のスタッフも丁度良い人寄せになると思ってか、大いに協力的だ。

こうして、レレイが眉を寄せるような例えば花柄のノースリーブのタンクトップとか、脚をつけ

根から露わにするホットパンツといった物も含め、様々なアイテムが買い物龍に放り込まれてい

く。テュカの買い物寵も、梨紗によって深Vサイドギャザーなど、いわゆるセクシー系の衣装まで

もが次々と放り込まれていった。

昨日の国会中継や、今朝方のテレビ等で、テュカやロゥリィを見憶えていた人達もいたようで、

時々「あの三人って、『こっかい』でしゃべってた娘とかでしょ?」などという声があちこちで暗

かれだした。その頃合には、このお屈での買い物も一段落ついたのでお会計である。お屈も売り上

げに貢献してくれた五人の女性の買い物には、たっぷりのおまけという形で好意を示してくれた。

ちなみに、買い物の代金はそれぞれ各自が負担している。以前述べたように、レレイは日本政府

から通訳などの業務のために雇われているし、テユカは森を切り開く際にどの樹は切って良い、ど

の樹は駄目という指導をしたり、水源捜索(水の確保は、非常に重要である)といったことで重要

な役割を果たしている。ロゥリィは、アルヌスの北の麓につくられた墓地で、祭把をしたり、宗教

的禁思などを避けるためのアドバイザーの役割をしている。そんなとともあって、三人とも特地で

は使い道のない日本円を結構貯めているのだ。

「次はインナlよH その次が黒ゴス、そしてアクセっ!」

梨紗の宣言によって五人の女性は、下着のお匝へと向かうのであった。

一方、ピニャとボlゼスの二人をひきつれた富田は、図書館へとやってきた。

図書館に収蔵されている膨大な量の書籍に目を丸くしつつ、二人は国家がこれらの書籍を一般に

開放し、見たい者、かいつでも見ることが出来るということに感銘を受けていた。

431 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー430

「どんな資料が良いですか?」

『門』のこちら側の世界を知るための資料は無尽蔵にある。だが、文字が読めない以上、写真集や

映像資料がよいだろうと思いつつ、どんな資料、かいいのかと注文を尋ねたところ、二人の答えは即

答であった。

「芸術」

19

東京都新宿区新宿二丁目。

いにしえ

ことにはかつて古の聖地があった。もちろん今は存在しない。地下鉄丸の内線新宿御苑前駅を出

て、とあるピルの外壁に面した鉄の階段を上る。ドアをくぐるとそこには漫画を始めとした、他で

は入手の難しいアニメのポスター、下敷き、ポストカlド、そしてセル画などが販売されていた。

なんだ、そんなものなら扱っている屈はどこにだつであるではないか・・・と思う向きも多いだろ

う。どこでと問えば、秋葉原、池袋と、いくつかの地名を挙げることも難しくないだろう。:::い

やいや、それは今のこと。当時秋葉原は世界にその名も知られるただの電気街であり、池袋にも乙

女ロ!ドなどと冠される通りはなかった。そもそも『オタク』などという言葉も、市民権を得る前

だ。とある男、か幼女を拐かしては歪んだ欲望のはけ口とした上で殺めてしまい、オタクのイメージ

を惨潜たるものとしてくれた時期::その頃の話である。

そう。時は、およそ二十数年前。

「当時、結婚したばかりだってえのに、選挙で落選して浪人してたころだな」

スiツ姿のおっさんが旧き良き時代を懐古しつつ怯いた。

「俺は中学生でした」

伊丹は、さっばりしたような口調で語った。二人は互いに顔を見合わせようともせず、じっとた

たずむように、かつての聖地だったピルを見上げていた。

「SPも連れずに独りで来るとは思いませんでしたよ。何かあったらどうするんですか?」

「何言ってるんだ。最強のボディガlドがついてるだろ?」

「閣下も冗談を真に受けてるんですかっアテにされても困りますよ」

ようやく二人は向き合う。そして伸ばした手を互いに握り会った。

立ち止まっていても何である。二人はそぞろ歩きしながら入園料を支払って、新宿御苑の門をく

ぐった。さすがに冬の平日だけあって、御苑内で散策する人もまばらだ。遊歩道の枯れ葉を踏むと

パリという感触が靴底を通して感じられる。

「あのころのチュlボlが、今じゃ立派になって」

「あの時のおっさんが、今じゃ閣下ですからねえ」

433 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編← 432

「閣下ねえ:::今ひとつ、ピンとこねえなあ」

気のおけない同志の会話。互いに言葉を飾る必要もない。政治家の嫉妬や裏の意味、か込められた

陰険漫才のそれとは無縁のものだった。

「あの時に、この漫画は面白いかつって話しかけられたのが、きっかけでしたねえ」

「そうだつけか?」

「当時、青年誌は、中学生が手を伸ばすのは慣られた時代でしたからねえ。なんてとと訊いて来る

んだこのオヤジはって思いましたよ。しかも、内容を解説するのに小一時間くらいは喋らされまし

たからね」

だいたい、手を伸ばすのも惜られるって言ったって、ちゃんと内「代価としてメシを奪ったろ?

容を把握していたろ、お前さんは」

「そりゃあ、あの漫画はアニメになってましたから」

ン---, -, -,

で俺あ嘉そ

のもれ納う

決、か太だ

闘貸ら郎つ

はし、はた

、てお、か

あ凄頂前鼻?

りくいさで」

や燃たん笑

最え古がつ

高まい教た

だしマえ

」たンて

ねガく

」面れ

白た

か漫

つ画

たは

で全

す部

黒ん

人だ

ガぜ

ン」

マン

洋人

少年

との

タウ

「そうだろ?

こうして、二人のオタクはしばしの問、漫画談義で時を過ごした。だが、楽しい時とはすぐに過

ぎていくものでもある。

「お、そろそろ時間だ」

気がつくとあっと言う聞に一時間が過ぎていた。予定の詰まっている嘉納にとっては、もう次の

仕事場へと向かわなければならない頃であった。

「あ、これを:::」

伊丹は、嘉納に本屋の袋を手渡した。中には電話帳ほどの厚みと重量感のあるカタログが入って

いる。

「ありがてぇ。最近じゃ本屋にも迂闘に行けねえんだよ」

嘉納は「じゃあまたな」と手を挙げて挨拶をすると背中を向けた。

そして数歩歩いて、「あてしまった」と振り返る。

「お客さん方は元気かい?」

「Fえ宇えし

「ホテルから逃げ出して行方をくらましたのは良い判断だ。だが、ちと困ることがある。こっちと

しては伸びてきた手をピシャリと叩いて、悪戯小僧を叱りつけておきたいところなんでな。手間掛

けさせて悪いが当初の予定に戻ってくれ」

「態勢は?」

435 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1緩触編ー434

「お前さんの原隊の、えすえふじlぴい(自の}))その連中に任せることになっ

た。ってことだから、予約しておいた旅館に入れ。防衛大臣兼務特地問題対策大臣として、職権を

って言ったか?

もって命じる」

嘉納はここで「命じる」という言葉を用いた。そこに伊丹は嘉納の心意気を篤く感じるのであ

る。はっきりと命令するということは、何かあったら責任を取る姿勢を表しているからである。責

任を取りたがらない者ほど命令することを嫌う。命令をせず「頼み事」と言ったり、「相談」とご

まかして、何かあったら現場の暴走ってことにして逃げるのだ。その意味では、はっきりと命令さ

れた方が安心できる。そして、それは現場に立つ者にとって最高の支援となるのだ。「命令する」

「される」の関係を血の通わない無機的なイメージで捉えることもあるだろうが、現実にはこうい

う側面もある。

伊丹は、離れていく嘉納の背中が見えなくなるまで、四十五度:::則ち最敬礼をもって応じてい

た。

さて、待ち合わせの時刻に、待ち合わせ場所にそろった面々を見渡すと、伊丹は思わずため息を

ついた。なにしろ、それぞれに大きな荷物を抱えていたからだ。

「つい、買い物しすぎちゃって」は梨紗の言い訳であったが、はたしてこれが「つい」の二一言で済

む量だろうか?例えば梨紗は衣類、小物類、婦人用雑貨の数々を山盛りにした袋、か一人では抱え

きれないほどになっている。おそらく、伊丹の貸した金の殆どを使い切ってしまったのではないだ

ろうか?だが「大丈夫、冬の同人誌即売会まで保てばいいんだから」などと宣っている。

テユカは山岳用品屈の手提げ袋をぶら下げていた。それとスポーツ用品屈の包装紙に包まれた

コンバウンドボウ

機械式洋弓一式である。どうやら森の精霊というのは徹底してアウトドア派のようであった。「こ

っちの弓って凄いのよ」と言う口にはどこか言い訳めいた響きがあった。

レレイは、やっぱり十数冊にわたる書籍の入った袋をぶら下げて「::ji--本は必要なもの」と

ボソリと肱いた。

他にも、ノlトパソコンとおぼしき箱を大事そうに抱えてもいた。こんなもの買って、向こうで

電気・::どうするつもりなんだろう?と思ったりする。

ロゥリィは元から抱えているハルパlトもあってか、比較的荷物が少な目である。が、それでも

手提げの紙袋には、黒いフリルや刺繍の塊とおやほしき衣装の数々が詰まっていた。彼女は堂々と胸

中佐張って告げる。「向こうじゃあ、説えるのも大変なのよお」と。

これに対して、図書館でもっぱら芸術探しに時間の大半を費やしてしまったピニヤやボlゼス

は、買い物を楽しんだロゥリィ達を実に羨ましげに見ていた。どうやらお目当てのものは見つから

なかったようである。富田日く、「何を探しているのだか、はっきりしなくって。ギリシャかロー

マ時代の彫刻だと思ったんですが、どうも彼女たちの注文する芸術とはイメージがあわなかったみ

たいです:::」だそうである。

437 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編436

*

*

アメリカのロッキー山脈の地下には、緊急時:::例えば核戦争における全軍の指揮運用を目的と

した総合作戦指揮所が用意されていた。

グリッド

小説や映画で登場する薄暗い指揮所内のモニターやスクリーンにきらめく無数の光輝や、スイッ

チがイルミネーションのごとく輝く様相を水晶宮に例えて形容してクリスタルパレスと呼ばれるこ

ともある。

実際、日本国内でも航空自衛隊の防空指揮所といったところは、そのような場所らしい。

だが、市ヶ谷の地下につくられた広域指揮運用センターや、状況管理運用システムル!ムなどと

称される部屋は、どちらかというと報道番組か政治バラエティ番組を収録するテレビスタジオのよ

うな雰囲気を持っていた。明るい部屋の片隅には編集室のようなブlスがあって、無数のモニター

画面がある。そして、指揮運用に携わる制服組の幕僚達が詰めて、刻一刻と変化する状況に応じ

て、巨大な液晶パネルに表示される部隊符号を切り替えていた。正面に映っている画像によると、

現在九州南西部の石垣島に中国方面から近接してくる航空機があり、これに対してスクランブルが

発動されF日戦闘機が二機向かっている。あるいは、同近海に潜む所属不明潜水艦が赤く示されて

いる。その近くには、我が方を示す青い色の潜水艦マlクがあって、赤いマlクの後ろを執助につ

け回していた。

某刑事物の映画では、事件は会議室で起きているのではない:::というセリフが流れたが、ことで

は現場と会議室、か直結している。状況の中に投じられ、否が応でも視野が狭くなる現場担当者を、後

方に控えた冷えた頭の運用管理者、か広い視野の元で支援し、指揮を行うシステムなのである。

この部屋に、防衛大臣兼務特地問題対策大臣の嘉納が背広組の参事官と、制服組の幹部らに付き

添われて立ち入った。

「おはようございます、大臣」

二十四時間常時勤務態勢のとこでは、時計の針がどの数字を指していようとも、習慣的に「おは

ようございます」と挨拶される。テレビなどに見られる芸能界の習慣を諮語的に取り入れたものだ

が、かえって武張った印象が薄れて気軽な気分で挨拶が出来る。

嘉納も「おはようさん」と手を挙げつつ参事官に案内され、指揮所のなかに臨時にしつらえられ

た椅子へと腰を下ろした。

りゅうざ吉

「指揮運用担当の竜崎二等陸佐です。宜しくお願いいたします」

嘉納の前に現れた制服自衛官はそう名乗った。

「俺、正直言って戦争ってとんなんだと思わなかったぜ」

竜崎に感想を告げながら、嘉納はコlトを脱いだ。すかさず女性自衛官のひとりが受けてハンガ

ーにかける。

439 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー438

「そうですね、大多数の人は戦争映画みたいに大規模な戦力が連日衝突するような印象を抱いてい

ることでしょう。ですが、現代戦は大別して二種類のものになりました。ひとつは警察活動とゲリ

ラ戦とが混ざったようなもの。そしてふたつ目は湾岸戦争のような、戦う前に準備を周到に済ま

せ、敵の急所を見極めて、いざ戦闘を始めれば、一気阿成に敵の要点のみを一撃で粉砕してこれを

倒す:::というものです。昔のような戦争は映画の中か、あるいは途上国のものです」

竜崎が、中東で行われている米軍の戦いを例に挙げた。

かつてのゲリラ戦は、ジャングルを舞台に敵味方の視界のほとんど無い森に隠れるようにして、

互いに遭遇戦、待ち伏せ戦を行うというものだった。だが現在は違う。無事の市民の中に敵は潜み

隠れ、スーツや普段着のまま人混みの聞から撃ってくる。乗用車を爆発させてくる。子どもの背中

にくくりつけられた爆弾が爆発する。彼らはそれをしてカミカゼなどと呼んでいるそうだが、対象

が軍事目標でないが故に断じて神風ではない。ただのテロである。

これに対処するには、無事の市民と敵性人物とをより分けなければならない。そして倒すべき敵

のみを倒す。強いて例えるならば癌治療に似ているだろう。膨大な数の健康な細胞の中に紛れ込ん

だ、小さなガン細胞を見いだしてこれをつぶしてしまわなければならないのだから。

警察活動は、一つ一つの癌を探し出して捕らえる活動。

軍事活動は、癌の塊を外科手術で取り除く活動。かつて、膝に癌が出来れば、脚一本丸ごと切り

取るような手術をするしかなかったが、時代はそれを許さない。故に、いかに健康な細胞を傷つけ

ないで温存できるかが問われることになる。アメリカが国力を傾けて軍事力を投入しているのに、

中東の治安が一向に回復しないのも、極端に号一日人ば警察力が低いからである。メスをもって外科手

術をするには、中東という病人のガン細胞はあちこちに転移しすぎている。これを取り除こうとし

て、無事の市民を巻き込むような戦闘に訴えるしかなくなっているのだ。

「その意味では、我々がこれから行おうとしている作戦は、前者に当たります:・・すまんが状況を

モニターに出してくれ」

女性自衛官

コンソールのWACが領くと、端末のマウスを数回動かした。

すると正面のスクリーンに伊豆半島の付け根から箱根付近の地図が映し出される。十万分の一、

五万分の一、一万分の一:::と描かれる範囲はどんどん狭くなってくるが、同時に地形は分かりゃ

すく大きくなっていく。そして、山に固まれたひなびた温泉宿の一つが、壁面一杯の大型有機EL

モニターの中心に描かれたところで地図は停止した。

「温泉宿の山海楼閣。美味い料理に、風光明娼な露天風呂で評判です。いずれ泊まってみたい所で

すが、本日の舞台はここになります。ルールは至極簡単、予想しうる敵対勢力の襲撃から、こちら

に泊まっている来賓を守り抜くことです。隊員は既に配置についています」

旅館の周辺の山や、川といった地形の周辺には、隊員ひとり一人を現す『♀』マlクを逆さにし

た陸曹を示す部隊符号や、このマルが二重丸になった幹部を示す部隊符号、かあちこちに記された。

嘉納の「おおっ、攻殻みたいだぜ」というセリフは聴かなかったことにして、竜崎はコンソール

441 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー440

の方へと身を乗り出して尋ねた。

「ご来賓の方々は今どうしてるつ::・現在露天風目で入浴中り:・::・:おいて誰か露天風自の画

像を送ってこれる位置にいる者はいるかっ:::::ちていないのか」

制服幹部の砕けた冗談に、一同苦笑い。場が微妙に弛緩した。女性'自衛官の「セクハラですよ」

の一言で、皆少しばかり姿勢を正して場が再び締まる。きっとこんなやりとりばかりしてるのだろ

うなぁと思いつつ、嘉納はネクタイを少しゆるめた。

「さて、山海楼閣周辺に布陣しておりますのは、我が国の精鋭『特戦』です」

「おう。伊丹の奴もその一員だそうだな」

「大臣閣下が、アレとどういうご縁でお知り合いなのかは存じませんが:::」と言いつつ嘉納が机

の上に置いた同人誌即売会のカタログに視線を送って「まあ、その通りです」と竜崎は領いた。

「ただ一部で誤解があるようなので訂正いたしますと、特殊作戦群とは申しましでも、要員の全て

が全て、海に陸に空にと駆けめぐる忍者かスーパーマンのごとき戦闘のプロというわけではありま

せん。勿論、大半はそういった者なのですが、一部には特技をもって特戦群の一員に名を連ねてい

る者もいます。例えば、コンピュータの扱いに優れた者、鍵などの構造に精通していてどのような

鍵でも瞬く聞に開けてしまう者、オートバイや自動車の扱いに優れている者、医師、毒物等の扱い

しゅうらん

に長じている者、人心の収撹と煽動に長けている者:::」

「伊丹の奴、かそうだと?」

「ええ。アレは逃げ足:・・危険とか、嫌なことから逃げることについては、ピカ一の技量を有して

おります。そりゃあもう、特戦の連中が追っかけ回しても、なかなか捕まりません。と言うか、奴

をターゲットにしたフオツクスハンティングの訓練を始めようかという話になった途端、いなくな

ってます」

つ::・俺が見た資料は、ちょっと違う内容が書いであったが」

場にいた女性自衛官、か笑いを堪えきれず、数名の幹部達も笑ったら失礼とは思いつつも腹を抱えた。

「大臣、その資料は背広組から回ってきたものではありませんか?非合法の手段で入手されたも

のですので破棄されると共に、入手経路についてあとで教えてください。防衛機密の漏洩ル1ト解

明に使わせて頂きます」

「どういうことだっ・」

「特戦について、非合法な方法で情報を入手しようとすると・・:例えばハツキングとか、人を介し

た方法でもですが::・偽装された情報が出て来るようになってるのです。その代表例がアレでし

て、格闘の達人、心理戦のエキスパート、射撃の上級者、高々度降下低開傘・高々度降下高開傘の

技術を持つ空挺、海猿顔負けの潜水技能、爆発物の専門家:::痛い中学生の創作みたいな設定がて

んこ盛りです。::・違いますか?」

「ああ、そうだつた。でもなんで?」

「これは防衛機密ですが、大臣にはお教えする必要がありましょう。それは冗談です」

443 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー442

「一凡訣附つ・」

「ええ、冗談です。まあ、怠け者の彼に対する、

は欺繭情報ということになっています」

「おいおい、嫌味かょっ・」

「はい、イヤミです。特戦の一員となったからには、隊員達は自己の特技のみならず、自主的に互

いの技能を教えあい吸収しあって、各個の技能と練度を高めていくことが期待されています。とこ

ろがです。アレだけは他人から吸収しようとしない。ばかりか、怠けていることが自分の仕事だと

勘違いして、挙げ句の果てに群内部で漫画だのアニメの布教に勤しんでる有様です」

防衛大臣は頭を抱えた。

「おいおい、ここはどう考えたら良いんだ?特戦の連中は、そんな奴のととも捕まえられないく

らいにレベルが低いのか、それとも伊丹の奴が凄いって思うべきか」

だから奴をクビに出来ないんです・::と竜崎は愚痴った。

ここで無能で怠慢だからという理由でクビにしたら、そんな奴を捕まえられない特戦は全員無能

ということになってしまう。

「痛し痔しです」

幹部自衛官達は、肩を落として深々としたため息をついたのである。

一種のイヤミでもありますが::・ま、建前として

一方、山海楼閣では:

ゆったりと温泉に浸かって、ここ数日の疲れを流した伊丹達ご一行様は、食事を済ませ、その

後、酒盛りへと突入していた。もう、さっさと寝ればいいのにと思うのだが、栗林と梨紗の二人が

結託して、酒とつまみを買い込んできたようである。それぞれに、「もう寝よか」と床に入ろうと

しているのを後日に、二人はテーブルの上にピ1ルと酒、ワイン、ウイスキーそしてカキピーやポ

テチといったつまみの数々を所狭しと列べた。そして始まった栗林と梨紗の酒盛りに、ピニャとボ

lゼスが「葡萄酒はわかるが、これは何だ?」と興味を示してウイスキーを口にしたのがきっかけ

で参加。そして後からテュカとロゥリィも参入し、本を読んでいたレレイまでもが「吸い込みが悪

いぞお」と言われて、ビールを飲まされる羽田に陥っていた。そうして盛り上がってきたところ

で、栗林とロゥリィの二人が隣の男部屋を襲撃し「ゃい、男共、ちょっと顔出せや」と伊丹と富田

を無理矢理に、文字通り引きずって来たのである。

「なんだこりゃ」

伊丹と富田の見た光景は、まさにサパトであった。あるいは酒池肉林と言い換えても良いだろ

う。なにしろみんな酔ってる。しかも着慣れない浴衣は乱れまくっていて、下着だって見えてると

いうか見せまくっていた。思わず、ちょっと待て、恥じらいはどうした?ここに座りなさい、と

小一時間説教したくなるほどの惨状となっていた。

おずおずとボ1ゼスに「あの、見えてるんですが:・・」と指摘して服装を正すように言った富田

445 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編444

は、女性衆による「ムツツリスケベ」とか「ホントは見たい癖にい」「自己批判しろお」「後で布

団部屋にでも連れ込んで今フするつもりだろっ」と悪口雑言と、枕の集中砲火を浴びてしまい、

部屋の隅っとに引き下がって沈黙。このことは触れないのが一番と悟った伊丹はもっぱら酒か、お

つまみへと視線を集中し、大人しくすることにしたのだった。だが:

「ゃい、伊丹っ!お前には言いたいことがあるぞお」

と、伊丹の正面にあぐらをかいて座ったのは栗林だった。だから、浴衣であぐらをかいたら丸見

えなんですが・:と言ったら最期なので黙っている。

「たいちょj:::伊丹:::イタミ二尉・::お前に話がある。じゃなくてお願いがありまふ」

酔っぱらいが、伊丹の肩をパンパンと叩きながら言った。結構痛い。

「紹介して下さい!」

「何を・・・・」

「私をですう」

「誰に?」

「特殊作戦群の人にです」

「なんで?」

伊丹は、栗林の希望を知っていたから、特殊作戦群への志願でもしたいんだろうか?と思っ

た。だが、特戦はレンジャl資格必須。そしてレンジャーは女性には門戸が開かれていないのが現

実であったから、どうやって諦めるように言おうかと考えてしまった。ととろが、彼女の言葉は伊

丹の予想の斜め上へと行っていた。

「結婚を申し込みますっ!」

「ちょ、ちょっと待て!それって、誰でも良いって事か?」

「んなことありません。独身で、特殊作戦群でも優秀な人に限ります」

「んなこと言っても、相手の都合とかもあるだろう?確かに半数以上が独身だけど」

「それならOKじゃないですか?考えてもみて下さい。危険な任務に出ずっぱりの毎日、普通の

女にはそんな人の女房って務まりませんよ。その点、私なら完壁ですっ!小さな身体に、高性能

なエンジン搭載。清く明るく、元気よくっ。格闘徽章保持で夫婦喧嘩も手加減なしです。しかも、

今やコンパットプローブン(実戦証明済)つ!そしてこの胸っ!報道されない、誰もが顧みな

い作戦で疲れた心と体を、私ならとの胸で癒してあげられますっ!」

「胸って言ったって、お前さんのそれ、筋肉だろL

「違います!筋肉四十パーセント、脂肪分六十パーセント。バスト九十二。仰向けに寝てもたゆ

まない、張りがありつつも触り心地はゴムまりのごとき美乳ですっ!」

そう叫んだ栗林はいたずら猫のような顔をして、巨乳を胸張った。すると「どうだつ!」と言わ

んばかりにはじけるミサイル並の決戦兵器。伊丹は、しばらく魅入ってしまったが、はっと気付い

て目をそらす。斜め右上の天井へと視線を向けながら吃くように言った。

447 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー446

「ま、隊員の結婚問題はリアルで深刻な問題だからなあ。ちゃんと上に話は通しておくよ。変な外

国人にひっかかられでも問題でな。お見合いとか手配したりも仕事になってるくらいなんだ。これ

マジな話。:::お前さんなら顔も良いし、身辺もきれいなものだし、思想的にも申し分ない。もし

かしたら、取り合いになるかもな」

「ゃったあ!」と上機嫌で栗林は万歳した。その瞬間、伊丹の頭部を激しい痛みが襲う。

「ゴツン」という音がして、鼻の奥にわさびを塊で口に入れた時のようなツlンとした感触が広が

り視野が暗くなる。どうやら強烈な勢いで叩かれたらしいということは、かろうじて理解できた。

「あ、万歳した手があたっちゃった:::二尉・・:伊丹隊長:::い:::ちょ:::」

薄れ行く意識の中で、伊丹は「こういう時は、さっさと寝ちまうに限る」と思いつつ意識を手放

すのであった。

* *

正体不明の武装集団が、山海楼閣に近づいて来るのが確認されると、静かな戦闘が始まった。

状況管理運用システムルlムの中央モニターには、山海楼閣をとりかこむ周囲における戦況が描

かれていく。システムルlムに置かれた数台のコンソールでは、モニターと向かい合う担当者、か、

偵察衛星や、空に浮かぶ偽装飛行船などから送られてくる情報を読みとって分析し、インカムにむ

かつて語りかけていた。

「北北東の高の台に、熱源三。ア1チャl ::十時から十一時の方角よ」

『こちらアlチャ10目標を捕らえた』

「対処O三。よろし?L

「了解』

このような小規模の不正規戦において、どのような指揮運用方法が適切であるかを、歴史の浅い

特殊作戦群では、ほぼ手探り状態で見いだそうとしていた。実際に行ってみて、問題点を洗い出し

たり、改善点を挙げていくのが一番であるという考えのもと、今回はマスター・サ1ヴアントシスマスタサ17アンi

テムをとっていた。すなわち、後方に控える指揮者ひとりに対して、戦場に身を置く戦闘要員がひ

とり、という形のペアを組むものだ。

このペアが七組というところからコlド名に、セイパ1、アlチャ!等といった言葉が用いられ

ているが、このあたりは、誰かによる布教の成果かも知れない。

「ランサ10ポイント3へ移動:::」

『こちらランサI。了解』

「キャスター、対処O二。三時から四時方向でライダlが移動中なので撃たないように」

『こちらランサ10現在、泥淳に撮っているところ。ポイント3まで一秒の遅れ」

「早く抜け出しなさい・・・・・・」

449 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えりl接触編ー448

状況は、特殊作戦群にとって一方的に有利に展開していた

数は問題ではなかった。最新の機器によって敵の位置は見えているのだから。敵側は自分が見付

けられているということに気づかないまま、無造作に近づいては、一方的に無力化されていった。

これに対抗するには、数を活かした連携しての攻撃しかないだろう。だが、敵側には確認されて

いるだけで三個のグループが存在するのに、その数を全く活かしていなかったのだ。それは、まる

で別々の集団のようにも思えて来るほどだった。

軍事には素人の嘉納だが、画面に表示される図を見ただけでも、敵、か混乱の極みにあることは理

解できた。この様子を眺めながら、敵の思惑について考えをまとめるため、傍らの竜崎に話しかけ

てみた。

「連中はいったい何を考えてるんだ?こっちに備えがあることは、もう分かっただろうに」

先頭の集団が痛い自にあって後退する。すると今度は別の集団が近づいてくる

。ところが、この

集団の近づき方も無造作と言ってよかった。まるで味方が痛い目にあったことなど知らないかのよ

うだ。

「考えられるのは、こちらがこれだけの高度な武力を用いた防御に出るとは、予想していなかった

という可能性です。もう一つは、こちらの能力を測っているという可能性も考えられますが、損害

を度外視し過ぎにも見えます」

「敵側A集団の損害は、十名を超えました。後退を開始しています」

「もう時期B集団も体勢を立て直すために後退するでしょう。本格攻勢はその後になると思います」

「動かないC集団は、予備選力でしょうか」

「敵性集団に内部対立があるという可能性は?」

そんな会話が飛び交う中、嘉納は、今回の敵の行動についての政治的意図を考えていた。

戦争とは政治の一手段であり、政治と関係のない戦争はあり得ない。戦争の勝ち負けは、政治の

土台の上に成り立つ。従って、戦術的な敗北が政治的な勝利であることもあり得るのだ。そう考え

る時、こちらに備えがあることを分かっていて、壁にむかつて卵を投げるような、無意味とも思え

る攻撃を仕掛けて来るととにどんな理由があるだろうかと、見なくてはならない。

しかし、嘉納は考える材料が少なすぎることに苛立ち、舌打ちをした。

歴史を振り返って見れば、軍事については優秀だが政治を理解しない軍人が闇雲に目前の勝利の

みを追い求めて、最終的に日本を敗亡へと導いた。政治を嫌って軍事のみを好む気質は、政略や策

略を卑怯として正々堂々の戦いを好む武士道精神のそれときPえるだろう。だがそれは一兵卒の美徳

である。国政に関わる者、そして軍事に関わる者はそれではいけない。政治も軍事も、同じ物であ

るということを理解し、両方を見据えるべきなのである。昨今は、軍事音痴な政治家、か日本の政界

に多いが、これもまた亡国の原因になると嘉納は考えている。軍事イコール悪としてしまう、感情

的な平和運動の悪弊と言えるだろう。

「悪いけどよお:::連中がどこの所属か調べてくれないかっ嫌な予感がするぜ」

451 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- 1接触編ー450

嘉納の注文に、竜崎は眉を寄せた。

「敵は退却しているとは言っても、まだ状況が終了したわけではありません。それに、この手の作

戦では装備などに所属を示す物は持たない、ものです・・・・・・」

「そこを何とかならねえか?例えば人種とかは偽装できないだろ?」

例えば中国や、今のロシアは民族意識を組織の紐帯としているから、絶対的な忠誠心を必要とす

る工作員に異民族出身者、か採用されることは極めて少ない。そしてその極めて少ない例があったと

しても、潜入工作員として重要になるからこんな作戦には投入しないだろう。

中国人なら同じ東洋人として日本で目立たずに活動できるのだから、わざわざ異民族を送り込ん

で来る意味はないのだ。

「二佐:::セイパlの近くに、目標の遺体が二つあります。確認させられますが」

竜崎は部下の意見具申を受けて、セイパ1に敵の死体を確認するよう命じた。

暫し待機中、竜崎は嘉納に尋ねた。

「何をお考えなのですか?」

「ああ?勿論政治さ。俺は政治家だからな」

「しかし、それと敵を調べることとどう関係がL

『こちらセイパl。敵の遺骸を調べてるんだが、気になる点がある。ライト使って良いか?』

「それは駄目だ。敵に現在位置を暴露することになるぞ。地形から見て、二キロ向こうからも見え

る。それに暗順応をしばらく失ってしまうし

「気になる点っていうのは何だ?」

割り込む形で嘉納、かマイクに話しかけた。

『敵の顔立ちからすると、どうも東洋人ではないように思えます』

嘉納の背筋がさつと寒くなった。

「すまんが何としても確認させてくれ。連中がどの国から来ているかは極めて重要な問題だ」

竜崎が怒ったような態度で嘉納からマイクをひったくる。しばし黙って、首を振りつつ苦々しさ

を感じさせる声で命じた。

「セイパ10ライトの使用を許可する。ただし短時間だ。そして確認したら、すぐに移動せよ」

『こちら、セイパl。敵は黒人と白人、かいたぞH』

敵が中国やロシアならば、こんな作戦に黒人や白人を混在させるはずがない。この声が聞こえた

途端、嘉納は首相官邸に向かって電話をかけるべく受話器を取り上げていた。

20

「だ、大統領・・・この資料をどうやって」

453 ゲート自衛隊彼の地にて、斯く戦えり- )接触編ー452

『モトイ、問題はその資料をどうやって入手したかではなく、どう扱うかにある。違うかね?』

「た、たしかに」

額に脂汗を流す日本国総理大臣本位の手元には、アメリカから送られてきたファクスの束、か存在

していた。そこには本位内閣の閣僚それぞれの不正や、裏献金、各種の汚職行為の記録がしっかり

と日本語で記されていた。資料そのものはアメリカから送られて来たが、日本で作成されたものな

のだろう。

内閣発足からわずか二ヶ月。特別地域自衛隊派遣特別法案に反対した旧与党議員の復党問題から

始まって、閣僚達の不正、汚職、挙げ句の果てに現職大臣の自殺という一連の不祥事によって、本

位内閣は今や満身創撲の状態である。

この状態でのこの資料は、本位にとってのとどめの一撃に等しい。

『我、か国の調査機関が、毎朝新聞の編集部に持ち込まれる寸前でこれを抑えることができたのは、

幸運だった』

「有り難うございます。大統領」

『なあに、気にすることはない。とれは、君と私との友情の証だよ」

「とは言え感謝は忘れません」

『そとでなんだが、モトイには頼みがある』

「どんなことでしょう?」

『聞いたところによると、そちらには特地から高貴なご身分の方が賓客として来日しているそうじ

ゃないか?私としては、お姫様を是非合衆国にもご招待したいのだよ』

「どうしてそれを?」

『今の、君の手元にあるものと同じだよ、モトイ』

国家機密がだだ漏れである。本位は、あまりのことに絶望的な思いを感じていた。

これでは手札を、見透かされた状態でカl